──もうやめてよ、姉さんが傷付く必要なんてない!
鋼鉄の鎧に身を包み、盾と剣を持つ姉に向かって叫ぶが此方を見る気は微塵も感じられない。
それどころか、更に身構えて迎え討とうとしている。
姉さんの命……この世界での生命線はとうに危険域にまで達し、擦り攻撃でさえも受けてしまえば永久にゲームオーバーだ。
ネットゲームで死ぬなんて馬鹿馬鹿しい。普段は浅い考えで遊んでいた。……いや、間違っていないのは僕等の筈なんだ。
本来楽しむべき物でどうして命を懸けなくてはいけないのか、どうして僕達は………。
──怯えないといけないんだ。
多勢に無勢──僕等姉弟が二人に対し、相手は七人。
襲われている理由、そんなの無い。恨みを買っている訳でもない、僕等はいつか来る終わりの日まで静かに暮らしていただけ。それだけなのに……。
「私が時間を稼ぐ、だから
「で、でも……姉さんはどうするんだよ! 一人でどうにか出来る訳ないよ!」
姉のレベルは相手と比べてもやや高い位だろう。楓のレベルは……姉にも、相手にも格段に劣っている。
手を貸したところで足手纏いになるだけなのが痛いくらいに分かる。
例え、姉と共に戦ったとしても確実に殺されてしまう。
「僕は姉さんを見捨てたくなんてない……ずっと一緒に頑張ってきたのに、なんで僕だけが姉さんを見捨てて生きていかなきゃいけないんだよ!」
「──うるさいッ!」
姉が発した怒りの叫び声──たった一言で楓は黙り込んだ。
「そんなの分かってる」、「私だって……」、様々な想いが言葉を通して伝わってくる。
楓は下唇を噛み締めて溢れ出しそうになる涙を止めようとしたが、徐々に耐え切れなくなって涙が滴り、気付けば走り出していた。
振り返ってみると、姉さんは微笑んで僕を見送っていた。
僕達が何をしたって言うんだ? 姉さんは何も悪いことをしてないのに、してないのに……!
過ぎ去っていく日々に怯えてた僕を、姉さんはひたすら前に立って守ってくれていた。料理スキルまで上げて、美味しいご飯も食べさせてくれた。たまに僕を連れてレベリングもしてくれた。
優しい姉が死んで良い筈がない。死ぬのなら役立たずの僕が死ねばいいんだ。
やっぱり、僕は姉さんを見捨てることは出来ない。
「姉さ……っ!」
こんな形で別れなんてしたくは無かった。
僕らはまだ生きていい筈だった。
僕が見た光景は──
──姉さんが斬られる瞬間だった。
「うわあああ"あああぁぁ"ああああああああああああ"ああああああああぁぁぁ"ああああああああ"ああああッッ!!!」
断末魔に近い叫び声を上げ、楓は膝から崩れ落ちた。
姉を排除したプレイヤー達は楓の方へと徐々に歩み寄ってくる。
立つ気力も逃げる気力も無い。段々と足音が近付き、顔を上げてみると、遂にはプレイヤー達がニタニタと汚い笑みを浮かべて楓を見ていた。
優しかった姉は消え、ただ独りだけ生き残ってしまったなんて。それならいっそ、自分も死んでしまいたいという衝動に駆られる。だからもう──
振り上げられた剣は楓へと向かい、楓はジッとその剣先を見ていた。
走馬灯と言うのか、姉さんが料理を作ってくれてる光景が頭の中に浮かんで来る。
様々な思い出が頭の中に次々に流れ込み、それを一つ一つ、写真アルバムを捲って見ている感じだ。
剣が近づいて来る。僕はもう死ぬ。
姉さんの命を無駄にして。
……剣が近づいて来る。僕はもう死ぬ。
なんの恩返しも出来ないまま。
…………剣が近づいて来る?僕は死ぬ筈なのに。
まるで今居る空間そのものの時間が遅くなっているように感じる。
死ぬ寸前は何もかもが遅く感じるみたいなのを聞いたことがあるが、これは遅過ぎないか。
もしかして、生きろってこと?
まさか……姉さんが僕を助けてくれてるのかな。
…………分かったよ、姉さん。
黒い瞳には微かな光が宿り、楓は立ち上がったが、それでも時間がいつも通りに経過することは無かった。