ファントムオブキルSS集   作:三水レイシャ

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登場人物
ヴァナルガンド
薄紫色の髪のゆるふわお姉さん。
北欧神話に登場する巨狼フェンリルの別名が名前の由来。
神話のフェンリルは北欧神話の終末”ラグナロク”でオーディンを呑み込んだり、スレイプニルでとらえられた後で、口から流れた涎が河になったりと凄まじい逸話を残しているが、ヴァナルガンドは温厚で包み込むような優しさを持つ女性である。

マスター/弟/君
ヴァナルガンドの前マスターの息子。彼の母は彼を産んだ時に亡くなっており、父は奏官の仕事で忙しく、幼少期彼を支える人間がいなかった。そのため幼少期は極端に臆病な性格だった。





姉 ヒロイン:ヴァナルガンド

 初めてあの子と会った時のことはよく覚えている。

 

 

「今日からお前のお姉さんになるヴァナルガンドだ」

 あの日。今からちょうど十年前、私の身元を引き取った一人の奏官が彼の子供と私を引き合わせた。

 初めて見る大人の人を前にして、あの子は父親の背中に隠れながら私の様子を伺っていた。

 当時のあの子の年は5歳で、同年齢の男の子と比べると少し身長が低くかった。肌がとても白くて、彼の父親つまりは私を引き取った奏官があの子の写真を見せてくれた時は女の子だと思ってしまうほどに可愛らしい顔立ちをしていた。

 あと、あの子はとても泣き虫だった。

「はじめまして。ヴァナルガンドです。これからよろしくね」

「…う」

「う?」

「うわぁぁぁんっ」

 しゃがんで、あの子と目線を合わせて、安心させるように柔らかく微笑みながら自己紹介したのに、どうしてかあの子は泣き出してしまう

 途端におろおろしだすマスター。父親ならしっかりしなさい、と叱りたくなるけど、今は泣き出してしまった男の子が最優先。

 どうすれば良いかなんて決まってる。泣き出してしまった子供の宥め方なんてたった一つなんだから。

「大丈夫だよ〜」

 優しく、そっと抱きしめてあげれば良い。

 誰かを慰めるのに言葉はいらない。

 子供であってもそうじゃなくても、抱きしめてあげれば十分なんだ。

 そっと背中をさすってあげる。

「大丈夫?」

 耳元で優しく問いかける。

 こくり、とその子が頷いた。

「そう、よかったぁ〜」

 少し抱擁を緩めて、改めて目と目を合わせて自己紹介。

「私はヴァナルガンド。今日から貴方のお姉ちゃんになるの。よろしくね」

「おねー…ちゃん……?」

「そ、おねーちゃん」

「おねーちゃん」と不思議そうに言葉を噛みしめるように何度も何度も呟く姿が可愛すぎて、自然と頰が緩んでしまう。

「これから、よろしくね」

 そう私が笑い掛けると、その子もぎこちない笑顔で笑い返してくれた。

 

 

 これが彼との出会い。

 彼が私の弟になった日。

 私が彼の姉になった日。

 その日を契機に私の人生は鮮やかに彩られた。

 決してそれまでの生活が楽しくなかったわけではない。

 当時のマスターは何かとキラープリンセス(わたしたち)を気にかけてくれたし、同じ隊のキラープリンセスと一緒にいるのも楽しかった。

 ただ、そう、これは。

 誰かの世話をすること。

 それが私の性にあっていた。

 そういうことなのだろう。

 

 

「ヴァナルガンドっ、そのまま異族の側面を打て!」

 今のマスターの指示が花畑に飛ぶ。

 私は仲間のキラープリンセス三人が抑えている異族たちを、彼の指示通りに側面から魔弾で急襲した。

 ただし、異族という点を狙うのではなくて、異族がいる場に向けて面を制圧するように私は魔弾を打ち込む。私が担うのは、魔弾で異族を討つことではなくて膠着した場を攪乱し、有利にすることだ。異族の混乱を招くことで、仲間の近接系キラープリンセスは異族を討ちやすくなる。そういう意図があっての指示である。

 こういう遊撃の役割は通常魔銃を操るキラープリンセスの担当だけど、私達の隊にはいないので代わりに同じく魔弾を操れる私が担当しているのだった。

 その目論見は果たされた。異族は混乱し、仲間の三人は隙を突いて効率よく異族を倒していく。

 そして。

「やぁっ!」

 最後に仲間のマサムネが剣の異族を腰の部分で真っ二つにした。

 これで討伐終了。今日の任務はおしまい。

 だが、そうはならなかった。

「マサムネ、上だっ!」

 マスターが焦りのあまり上ずった声で、警告を発する。

 マサムネは上を見ずに、すぐさま地面を蹴った。

 直後に、ガッ、という音と共に地面に矢が勢いよく突き刺さる。

 空を見ると、そこには翼で空を飛ぶ一体の飛翔型がいた。おそらくさきほど討伐した異族たちの仲間だろう。私達が油断した所を虎視眈々と狙っていたに違いない。

「ちぃっ」

 マスターは思わずと言った様子で舌打ちをする。

 飛翔型には弓のキラープリンセスが有効だ。けれど、私たちの隊には弓のキラープリンセスはいない。となると飛翔型は空にいるという特性上、非常に厄介な敵となる。

「ヴァナルガンド、やれるか!?」

「君がそういうのなら、私はやってみせます」

「よしっ!みんな、ヴァナルガンドが弾を当てるまでの護衛を頼む!」

 陣形が変更された。 

 一人はマスターの護衛に、そして二人が私の護衛に着いた。

 空を往く異族は陣形の変化に対して、矢を撃つ相手を私に絞った。位置をずらしつつ、私に向かって矢は放った。

 だが、異族の魔手は一本も私に当たらない。頼りになる仲間たちが矢を一本残らず撃ち落としてくれているのだ。

 仲間たちの奮闘に応えるべく私は魔弾を放つ。

 一発目―――ひらり、と異族に交わされた。

 二発目―――翼を掠り、異族の飛翔速度と自由性を削いだ。

 そして、三発目。

「いやぁっ!」 

 裂帛の気合を込めて、魔弾を宙に放つ。

 動きの鈍くなった異族の位置を予測して放った渾身の一撃。

 それが異族の腹を撃ち抜いた。

 血と肉がとめどなく零れ落ちる。

 腹を起点として肉体が分裂した。

 浮力を失った異族だったものが地面に激突する。

 私達は周囲を警戒した。目に見える範囲での異族は討伐した。だが、まだ視認できていないだけで異族が残っているかもしれない。

 風の吹く音だけが耳に届いた。

 静かな緊張が肌をじりじりと照らす。

 そして。

「良し。みんな、お疲れ様。今日の依頼は終わった。後は各自自由行動にしてくれ」

 マスターの宣言と共に緊張感が霧散する。

 本日の異族討伐はこれにて終了。

 お疲れ様でした。

 

 

「姉さん、なんで俺の部屋にいるんだよ」

 開口一番彼はそう言った。

 彼。つまりは今のマスターである愛しの弟が。

 最近弟は反抗期気味だ。

 だから、お姉ちゃんとしては弟に構ってもらえなくて寂しかったりするのです。

「いいでしょ~、私は君のお姉ちゃんなんですから」

「よくない。もう少し俺個人を尊重してくれ」

「い~や~で~す~」

「ったく」 

 少し拗ねた振りをすると彼は私を無視して机に向かってしまった。

 昔は私がちょっと怒ると謝る素直な子だったのに。

 成長と言えば喜ばしいのだけれど、やっぱり姉心としては寂しさを覚えてしまう。

 だから、弟が反応せざるを得ない話題を振る。

「そういえば、花屋のあのことの関係はどうなったの?」

「ぶふーーっ!!い、一体どうしてそれを!?」

「何を言ってるの、私は君のお姉ちゃんです。君があの娘を好きでいるのは、見ててわかります」

「くぅっ……他の誰にも言うなよ!」

「はいはい、わかってますよぉ~」

 顔を真っ赤にして照れる弟。

 その姿がとてつもなく可愛らしい。 

 こういう所は昔と変わっていない。

 でも、やっぱり人間は誰もが成長する。

 いつかは庇護者の手から翼を広げて飛び立つ時が来る。

「そっか~、君も恋愛をする年頃か~」

「そうだよ。もう昔の泣き虫な頃の俺とは違うんだ」

「確かに、君は立派になったね」

「え?」

 彼が驚いた顔で私を見る。

「昔は小さなことでもすぐ泣いちゃう子だった。『お姉ちゃん、お姉ちゃん』て私の後ろを追っかけてきた。虫を見て泣いたことも、犬に追いかけられて一晩中私と一緒に寝た日もあった。

 そんな泣き虫君が今じゃ奏官をやってる。私達と一緒に勇敢に戦ってる。私は自分の弟が勇気ある人になってくれてとても嬉しいな」 

 あの小さな音にも泣き出してしまうような子が今では異形と戦う戦士になった。

 その成長を私は嬉しく思う。

 けれど、同時に心の中で何かが欠けてしまったような空白感が生まれていた。

 これは庇護者の強欲だ。もう弟は私がいなくても、前に歩いて行ける。彼の周囲には友人がいて、彼と共に歩く人はもう私一人きりではないのだ。

 変わらない所と変わっていく所。

 私は変わっていく所を毛嫌いしているだけかもしれない。

 だけど、それでも。

「ちょっ、姉さん!」

 そっと彼の頭を抱きしめる。

 ほんの少し彼は抵抗した。

 けれど、キラープリンセスである私の力に抗えるはずもなく、直ぐに諦めてされるがままになった。

 弟の頬がこらえきれずに緩んでしまっているのが見えた。

 変わらないものを見つけて、少し嬉しくなる。

「時々で良いんです。私の我儘に付き合ってくれませんか」

 鬱陶しいかもしれない。彼を縛りつける鎖になるかもしれない。

 わかっている。

 彼が許してくれる間だけでも私は彼の『お姉ちゃん』でありたいと、そう願うことくらいは許されないだろうか。

「私はいつだって君のお姉ちゃんだから。私の側に君が居なくても、それだけは忘れないでくださいね」

 こんなにも君のことが愛おしい。

 いつだって、どこでだって。

 私は君のことを思ってる。

 君のたった一人の姉として。

 君の幸いを。

 

 




あとがき
――ヴァナルガンドのような姉が欲しいだけの人生だった。
 というわけで皆さんお久しぶりです。長らく更新遅れて申し訳ありませんでした。この一年ほど忙しかったので、別連載の浄罪にしか時間をさけずに此方は切り捨てました。これからは定期的にまた投稿していきたいと思っています。
 さて、ヴァナルガンドといえば、世話焼きで面倒見の良いお姉さんというキャラクター像がぴったり当てはまる素敵な姉キャラです。きっと彼女に甘えたいと言う方も多いのではないでしょうか?私は甘えたいです。溢れる包容力で包み込んで欲しいです。まぁ、甘える対象としてはフライシュッツやプタハにも派閥が出来そうですがね。私はヴァナルガンドに一番甘えたいです。ええ、本音ですとも。こんな姉が本当に欲しい。
 閑話休題。
 どんな関係にだって、どんな人間にだって変化は訪れるものです。それを前にしヴァナルガンドは何思い、どういう行動を取るのか。今回はそれらを通して、ヴァナルガンドの心の在り方を描けたらな、と思います。

P.S.次はバッドではないですが、サドネスな話の予定です。
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