私/ナーゲルリング
白っぽい金髪に黒いドレスを纏ったキラープリンセス。
キラーズはゲルマン民話の英雄ディートリヒが用いた剣。元々は巨人の夫婦グリムとヒルデの持ち物だったが、ナーゲルリングを鍛えた鍛冶師アルプリスに盗ませて、ディートリヒが手に入れた。さらには巨人の夫婦の息子ズィケノートにディートリヒが敗れると、ナーゲルリングはディートリヒの部下ヒルデブラントの手に渡ることになる。
こうした持ち主の変遷が理由で彼女は人間不信な節がある。
マスター
四十代後半くらいの、活力あるおっさん。がたいがよく、厚手のコートを着て、タバコをふかす。
ナーゲルリングには過剰とも呼べるスキンシップを取っていた。
その日は酷く重い雲が立ち込める曇天であった。太陽は厚い灰色の雲に隠れ、光の薄い世界は何処か息苦しさを感じさせる。
そんな今にも雨が降りそうな天気の下、私は一人、とある十字架の前で立ち尽くす。
此処は十字架の丘、住人くらいしか名前を知らない村の墓地。
「マスター…」
私のマスターは先日、死んだ。
別に私がしくじって、マスターを死なせてしまったわけではない。
マスターの死因は病死だ。ゆっくりと病魔に蝕まれるように体が動かなくなり、最後は眠るようにして死んだのだ。
タバコを咥えながら、豪快に笑うのが様になるマスターだった。
『何、暗い顔してんだよ。ガキは笑え』
こちらが落ち込んでいると、そう言って雑に頭を撫でてきたものだ。
『止めてくださいよ、マスターっ。髪が乱れるじゃないですか!』
『ガキがいっちょ前に色づくな。もうちっとガキらしくしろ』
『ガキ、ガキ、言わないでくださいっ。キラープリンセスとはいえ女の子なんですから、もう少し気を――ッ!』
『ほら笑え!いーっ、と』
『ひゃめれくらさいひょぉっ!』
そして笑わなかったら、口の中に指を突っ込んで無理矢理に口を開かせようとしてきたことも多々あった。
私は指を突っ込まれるのが嫌で、得意の作り笑いを浮かべるようにしたけれど、マスターはそれをあっさり見破って、
『なんだその作り笑いは、もっと心の底から笑わんか!』
『にゃんれ、しょうひゃめらいひゃにゃいんれすひゃあ!』
同じように指を突っ込んで、こちらの顔に笑みを作りに来る。
マスターには遠慮というものがなかった。私が取る距離を。
『おーい、ナーゲルリング。風呂一緒に入ろうぜー』
『なんで入ってくるんですかぁ!私入ってるの知ってますよね!?』
『なんだ、父さんと入るのは嫌か?』
『なんで父親面するんです!?』
『俺がお前の親父だからだ!』
『なんでマスターが私の父親になるのかを聞いてるんですよ!』
お風呂の件は長い戦いだった。
ちょくちょく父親として振る舞いたがるマスターは入浴中に頻繁に突入してきた。こちらが拒否すれば、大人しく出ていったのだけど、突入すること自体は止めなかった。結局仲の良かった別隊のマスターの説得で、ようやく突入を彼は辞めた。
正直に言えば、嫌だった。
見た目こそ幼女であり、父親に引っ付いているような年ごろの少女にも見えるかもしれないが、私はキラープリンセスだ。見た目通りの年齢などではない。恥じらいは持っている。ナーゲルリングであれば、大体はそうだろう。勿論男女の差を気にしない稀なイミテーションもいると思う。けれど、私は気にするタイプだった。
だから、一緒にお風呂に入るのも、手を繋いで歩くのも、一緒の部屋で寝るのも、私は嫌だから断り続けた。
だけど、誘ってくれたこと自体は嬉しかったのだ。
私のキラーズはナーゲルリング。所有者が度々変わる、誰にも大切にされなかった剣。
主人が滅びるまで共にいつづけたエクスカリバーや主人が身を挺して守ったデュランダルとは、真逆の位置に立つのがナーゲルリングという伝説の武器だ。
だから、私にはいつも不信が付きまとう。
いつだって、私は私自身の有用性を証明しなければ気が済まなかった。
いつか捨てられるんじゃいか、いらないって言われるんじゃないか。
どんな時だって、そうして肩を震わせて、必死に求められる偶像を演じてきた。
嘘を塗り固めて作られた、つまらない少女が、それが私だ。
そして、マスターは、きっとそんな私の真実に気づいていたんだと思う。
一緒にお風呂に入ろうとしたのも、手を繋いで歩こうとしたのも、一緒の部屋で寝ようとしたのも、
『ほら、俺の前くらいでは笑えよ』
『ひゃめれくらさいっへ!』
無理に笑わせにきたのも、きっと私の嘘なんか見破っていて、私の不安なんかお見通しだったからだ。
『俺のこと、パパって呼んでも良いんだぜ?』
『なんでマスターは父親面したがるんですか。嫌ですよ、マスターはマスターです!』
父親面は、奏官とキラープリンセスの主従関係以上の関係であると、私を捨てるつもりなどないという意志の表れだった。
「ありがとう…
厚手のコートに、広い肩幅、そしてタバコの匂い。
もう何もかもが無くなってしまって、私の言葉はもう届かないけれど、それでも貴方の豪快な笑顔はいつまで私の心に残り続けている。
ポツリ、と冷たい雨が頬を打った。
重い曇り空から、雨粒が音を立てて降り注ぐ。
生憎と傘の持ち合わせはない。
だけど、良かった。
「う……あ」
お願い。
私の何もかもを洗い流して。
私の涙も、悲しみも、後悔も、そして幸福も。
全てを忘れてしまえたら、きっといつもの私になれるから。
だから、これで最後で良い。
今だけは。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ」
あとがき
――物語における幼女の立ち位置は両極端になりがちですね
はい、定期的に更新したいと思うと言いながら、全然更新できませんでした。すみません。存外忙しかったです、新生活。自分の短編の書けなさを痛感しております、三水レイシャです。
みなさん、この夏は如何でしたか?私は八月の三分の二は別件の原稿に追われてました。地獄でしたね。良いのは書けたと思いますが。書き手さんからは共感を得られるかもしれませんが、結構充実してました。ただコミケに行けなかったのが、残念でしたね。他のファンキルの同人されてる方と交流したかったものです。ツイッターでは最近絡ませていただいてるのですけど、やっぱり多くの同人イベは多くの方と交流できる機会なのでぜひお邪魔したかったです。
さて、では今回の解説をば。今回は予告通りサドネスな話にさせていただきました。個人的にナーゲルリングはファンキルロリ勢の中ではお気に入りのキャラだったりします。彼女を主人公にして、物語を書いても面白そうだと今回思いましたね。
ナーゲルリングは猜疑心の塊です。故に彼女のマスターとなった場合は、彼女の心をどう溶かすかに重点が置かれます。レーヴァテインも似たようなキャラクターですが、彼女の場合は本質的に寂しがり屋な面があるので、難易度はレーヴァテイン以上です。今回のマスターは『家族』という枠組みを使って、彼女との融和を図りました。ただし、彼女はマスターに対して何も言ってないので、マスターは自身の考えが正しかったどうかを知りません。(だからこそ、『私の後悔も』の部分が生まれてくるわけです)。
それでは、今回はこの辺で。次回はどうしようかなぁ、と題材を探す三水です。次会えるのは浄罪かSSか、あるいは新作か。SAVEは……いつか書きます……一応プロットはあるので……はい…。でも、ホントにどうしよう。学園フォルカスは時期外れなんだよな。なんかリクエストとかありますか?
P.S.強い台風が近づいていますので、皆さんご注意を!