登場人物
ラグナロク(彼女/先輩)
高校三年生。成績優秀者で、有名国立大学に進学がほぼ確定と言われている。
僕(後輩君)
高校二年生。ラグナロクとは幼馴染の関係にある。
01
「たまには遠回りしてみない、後輩君?」
最終下校時刻の鐘が鳴ると、彼女はそう言って席を立った。
どういう風の吹き回しだろうか。特別な事情がない限り、寄り道をせず最短距離で下校するこの人が、遠回りをしようだなんて。
珍しいこともあるものだ、と思いつつ、彼女の言葉に同意する。
「そっか。ありがと」
少し声を弾ませてお礼を言う彼女は、そそくさと教室を出ていってしまった。
足取りの軽い彼女の背中を急いで追いかける。
外に出ると、冷たい空気が出迎えてくれた。
「寒いわね」
裸の両手に息を吹きかけて彼女は言う。
長引く残暑を吹き飛ばし、短い秋風は冬の足音を運んできた。11月の空気は一年ぶりの寒さに慣れない体には少し辛い。
「もう十一月か……あっという間ね。三年生になったのはついさっきだと思ってたのに」
思わずといった風情で、彼女がポツリと呟く。
その声色には若干の寂しさがあった。
長くとも短い三年間。
彼女の青春の終わりは、もう目の前だ。
だから。
「それじゃ、いこっか」
彼女は振り返る。
正面に広がる薄墨色に染まる夕暮れ。
澄んだ空気のせいで鮮やかに見えるオレンジ色から、確かな晩秋の姿から目を背けるようにして
けれど、そんな弱気は一時的なもので。
彼女の心の内は常に前を向くことを、僕は誰よりも知っている。
02
遠回りの行先は、街を一望できる小高い丘だった。
いつもの別れ道を逆方向に真っ直ぐ行った所にあるそこに着く頃には、日はすっかり沈み切っており、辺りは真っ暗。昼は憩いの場として親しまれる丘のてっぺんにも、流石に人気はなかった。
たった一つの街灯と一台の自動販売機だけが、ぽつん、と寂しげに鎮座している。
「悪いわね、付き合ってもらっちゃって。この暗闇の中、流石に私一人で此処に来るのは怖かったのよ」
そう言って渡してくれたのは、自販機で買った缶コーヒー。
黒いパッケージの苦いやつ。
本音を言えば、ブラックコーヒーは苦手だけど、彼女からの贈り物なのでお礼を言って受け取った。
缶コーヒーの栓を開ける。
「こんなに綺麗だったのね、此処からの景色」
眼下の景色に彼女は感嘆の声を漏らした。
広がるのは一面の人工灯。人々の生活が織りなす夜景。
有名な夜景と比べると光量も少なくて迫力もないけれど、知る者は知る穴場スポットとして密かに知られている。
特に地元の学生の間では、逢瀬の場として。
「あの…」
「何?」
「どうして僕を誘ったんですか?」
だとすれば、此処に居るべきなのは、彼女が誘うべきだったのは僕じゃない。
彼女には恋人がいる。
誘うんだったら、僕よりも彼の方だろう。
僕の当然とも言える問いに、彼女はこう答えた。
「理由は二つかな。一つは信頼できる男の子が幼馴染の君しかいなかったから。やっぱり人気のない場所に行くんだから、一番信頼できる君と一緒が良いと思って。それから、二つ目は―」
すっ、と彼女が息を吸った。
それに呼応するように、夜の風が吹き、彼女の銀の髪が街灯に照らされ煌めいた。
そして、ふっと口元を柔らかくして言葉を紡ぐ。
「――彼は努力家だから」
春に蕾が綻ぶような笑顔で。
抑えられない気持ちが溢れだし、思わずといった風情で溢した恥ずかしそうな笑顔で。
僕の知らない、僕に向けられない、僕に向けて欲しかった笑顔で。
そして、何より恋をしている乙女の笑顔で。
彼女はそう言った。
「勉強は苦手なのに、私と同じ大学に行くんだって張り切っちゃって、今塾に通ってるの。もう受験まで時間がないでしょ。だから今は、会ってる暇がないんだ」
本当は寂しいはずだろうに、それでも彼女は笑う。
どこまでも幸せそうに。
「ほんと真っ直ぐな人でしょ。馬鹿だって思っちゃうくらいに。別に同じ大学に行かなくたって、私の気持ちが変わるわけないのにさ。でもね、そんな愚直な彼のことを私は大好きなの。だから、面倒なことが全部終わったら最初に此処にデートに行こうと思ってるんだ。今日はその下見」
彼女は再び街の夜景を見つめる。
瞳が輝いて見えるのは、人工灯の移しているからだけではないのだろう。
だから、僕は。
「先輩」
「ん、何?」
「幸せになってくださいね、絶対に。応援していますから」
精一杯のエールを送ろう。
もう僕の手の届かない所へ、行ってしまった貴女に。
僕の唐突な激励に、彼女はきょとんとした顔をした。
けれど、直ぐに笑顔に、僕の知る何の変哲もない笑顔になってこう答える。
「そう、ありがと」
短い感謝を聞き届けて、手元の苦手なブラックコーヒーを一口含む。
言いようのない苦みが舌に染みた。
いつもだったら拒絶する苦みだけれど、今この時だけはありがたい。
この胸の痛みを和らげてくれるような気がするから。
ようやく胸に燻っていた恋が終わった。
僕と彼女の関係は疎遠にはなれど、これ以上近づくこともないのだろう。
だから。
焦がれた貴女の、いつもの笑顔が向けられる。
ただそれだけで充分なんだ。
あとがき
――ラグナロクは近所お姉さんが絶対似合うと思います。
こんばんは。台風24号の影響で初めての停電を体験した三水レイシャです。文明の光の素晴らしさを痛感しました。
本作はツイッターで投稿したものの再度上げたものです。一度読んでくださった方もいらっしゃるかもしれませんね。
さて、それでは恒例の解説を。
今回は失恋話を書かせていただきました。失恋話といっても、振られるお話ではなくて、未練を断ち切るお話になります。無理だとわかっていても、中々切り捨てられないのが恋心。『僕』はラグナロクの幸せそうな恋する笑顔を見て、完全に踏ん切りがついたわけですね。もうちょっと、そこらの描写が上手くできていればと思います。勉強します…
それでは、今回はこの辺で失礼します。暗い話が続いたので、今度は明るい話で会いましょう。
P.S.ファンキル同人誌とか同人ゲームの原稿のため更新遅めになります。