ロンギヌス
神の子殺しの槍。神の子の脇腹を突いた。
マスターとは長い付き合いで、気心のしれた中。そのため元来臆病な所のある彼女ではあるが、今作では強い積極性を持つ。
マスター
だらしない性格。白髪の多い頭に丸い眼鏡がトレードマーク。
一人称は私で、何処か捉えどころのない性格をしている。
「マスター、いい加減に起きてください、マスターっ」
私のマスターはだらしない。
今日だって、もう日が高く昇っているというのにそれでも一向に起きる気配がありませんでした。それも一切。
今現在、彼は布団を頭から被ってこんもりと山を作っています。苦しくないのでしょうか。空気が籠って寝苦しそうですけども。というよりどうして小山になっているのでしょうか?中にはマスター以外に一体何が……?
なんだか疑問がわきますけど、とりあえずマスターには起きてもらわなければなりません。
先程から努力はしているのです、努力は。
布団の上からマスターの体を揺らし、起床を促しているのです。
けれど、努力は空しく起きる気配はなく……
「仕方ありません」
優しく起こそうと思ってましたが、起きる気配がないなら仕方ありません。
体を揺するのを止めて、掛け布団の両端を握ります。
そして、やることと言えば唯一つ。
すなわち――
「とりゃっ!」
一気に掛け布団をマスターから引き剥がす。
そうすれば、彼だって起きるほかありません。
「――寒っ!」
ぶるる、とマスターは体を震わせます。寝ぼけているのでしょう。何処かに行ってしまった布団を求めて、両手が宙をさまよいます。
何処まで寝たいんでしょうか。
呆れて溜息を吐いて、
「マスター」
「ん?ロンギヌスかい?私の掛け布団を知らないかな?」
「知ってます」
「おお、じゃあ、掛けてもらっても良いかい?」
「嫌です」
「どうして?」
「私がマスターを起こすために、引き剥がしたからです。いい加減起きてください、マスター!」
「えー、もうちょっとくらい良いでしょー、寝かせてよー」
「駄目です。今何時だと思ってるんですか!お昼ですよ、お・ひ・る!」
「私は、このまま明日の朝まで寝られるけど?」
「不健康ですから、止めてください。というより起きてくださいよ、もう」
私が強く言うと、ようやくマスターは「はいはい、起きますヨー」と気だるげに言って起き上がります。
寝癖の残る白髪の多い頭と縁の黒い丸眼鏡。
すっかり見慣れた彼のトレードマークをそのままに、マスターは問いました。
「朝食は?」
「トーストと目玉焼き、サラダにしましょう」
「しかし、同じ食卓を囲んでいながら違うものを食べているのは珍妙だと思わないかい?」
サクサクと、マスターはトーストを食みながらそう聞いてきます。
事実でした。
マスターはよくあるありきたりな朝食。対して私はロールキャベツのトマト煮込みと豪華さと言う点では随分と対照的です。
とはいえ、仕方がありません。
「だって、マスター寝起きじゃありませんか。ロールキャベツなんて重いもの食べたら、お腹壊してしまいます」
「痛い所を突いてくるねぇ。ロンギヌスのトマト料理をおいしいから、是非とも食べたかったんだけどなぁ…」
「―――――っ!あ、ありがとうございます………夕ご飯にもさらに煮込んだ奴を出しますから、たっ、楽しみにしていてくださいね」
「お、良いね。私、とろっとした奴が好きなんだよね。あと、ロンギヌス」
「な、なんですか?」
「顔真っ赤」
「だ、誰のせいですか、誰の!」
にひひ、と意地わるそうに笑うマスターを睨み付けてみる。顔が赤いのは照れてるせいじゃありません、怒ってるせいなのです。私がそう言うから、そうなんですっ。
というよりマスターは不意打ちが過ぎるんです。何気ない調子でいつも私を褒めてくる。私が褒められ慣れてないのは知ってるのに……
苛立ったままロールキャベツをフォークで一口サイズに着りました。断面から、じゅわ、と肉汁が出てきます。トマトソースと相まって食欲を誘う良い匂いです。胃のあたりがざわつきます。
口に含むと、一回一回噛むごとにキャベツの甘味と肉の旨み、トマトの酸味が互いに互いを邪魔しないベストな配分で混ざり合い、舌を刺激します。うん、自分の仕事ながら手放しで賞賛したくなる。
「いいなぁ…」
「上げませんからね」
「ぶー」
マスターが物欲しげな目でこちらを見てきますが、甘やかしたりはしません。今のマスターの健康は私が担っているんですから、変に甘やかすわけにはいかないのです。
ただなんとなく自分だけが美味しい物を独占している優越感みたいなのはあったりして…
若干得意げだったりもするのです。
そんな時でした。
「隙あり」
「はい?」
マスターがニヤリと笑うと、もぞもぞ動きだします。
そして。
「へっ、ひあっ―――!ちょ、ちょっとマスター何するんですか!」
「食べさせてくれない仕返し」
「だからと言って突然脇腹を足でちょんちょんするのは止めてください!というよりも前も言いましたよね!?」
「だって、ロールキャベツ食べてるのずるいんだもーん」
表面上は拗ねているように聞こえます。駄々っ子のように、我儘言っているだけかもしれません。
ですが、付き合いの長い私には彼の内心がよくわかるのです。
絶対楽しんでる――!
「んー、んーっ」
「はっはー、君の足の長さじゃ届かないぞー」
仕返ししようと、私も足を伸ばしますがかすりもしません。
得意げに煽って来るあの丸眼鏡がムカつきます。顔を引っ叩いてやりたいです。手であっても届かないのですけれど。
しばらく頑張ってみましたが、物理的に不可能なものは不可能なので諦めます。もうちょっと精神的に攻めてみましょう。
「ロールキャベツの残ったものは、全部捨てちゃいますよ?」
「ごめなんさい許してくださいロンギヌス様」
うむ。分れば良いんです。
平身低頭をした――実際にはしてませんけど心の中ではしているはず――のマスターは目玉焼きをはむはむしています。
しょぼんとしている姿がなんだか可愛らしいです。叱られた犬みたいで。
白い、というよりは銀色の毛並みがあまり良くない犬。想像するとあまり人気がでそうにありません。ブラッシングの手がかかりそうで。飼うとしたら私くらいなものでしょう。
「そういえば」
手がかかるで思い出したことが一つありました。
「マスター、近頃の生活習慣。あまりよろしくないですよ」
「えっ、そうかい?」
「そうですよ。昔は立場が逆だったのに。昔はもっと冷たい、というか冷徹な人だったでしょう」
昔は。
随分と冷酷な人だと思っていました。同時にとても怖い人だとも。出会った当初は折り合いも悪かったです。
ぶつかり合い。いえ、それ以前に私が怯えてしまって、ぶつかり合うことすらなく一方的に尻を叩かれて――勿論比喩ですよ?――いた。
懐かしいことを問う私に、マスタ――は簡潔に答えます。
「だってもう必要ないから」
「必要ない?」
「もうロンギヌスに冷たくする必要なんてないだろう?本来の私はこんな感じだよ」
「そ、れは……」
それは、冷たい人間になっていたのはマスターと出会った時の私のため、ということでしょうか。
「正反対の人間を演じるのは結構大変だったけどね」
軽々しく言いますが、どれほど苦労があったのでしょう。少なくとも笑いながら言えるほど軽いものではないに決まってます。心を削って、精神を疲弊させて、なんとか出来たことのはずです。
だとしたら
私はどれほど彼に愛されているのでしょう。
どれほど愛されてきたのでしょう。
「だけど、苦労の甲斐はあったよ。君は随分と力を抜いて笑うようになった。怯えてこまったように笑うことは少なかった」
それは貴方のおかげです。貴方が私の背中を支えてくれたからです。
「世界はロンギヌスが思うほど冷たくない。その通りだったでしょ?」
それを知れたのは、貴方が外の世界を見せてくれたから。冷たさ以外の世界を教えてくれたから。
私は。
「君の素直な笑顔が私は好きだよ。こんなことを言ったら、怒られてしまうかもしれないけれど」
素直な笑顔で笑えるのだから。
「マスター?」
「ん、なんだい?やっぱり怒ってる?」
「いえ、別に良いです。恥ずかしいけど、嫌じゃないですし。だけど、一言言わせてください」
息を吸う。これから口にするのはありふれた五文字。覚悟を決めるほどのものじゃないけど、それでもこういう形で言うのは初めてだから。
私はマスターの目を真っ直ぐ見つめる。
丸眼鏡の奥の瞳を。
そして、胸を膨らませて。
言う。
「ありがとうございました」
彼が好きだと言ってくれた、私の素直な笑顔で。
あとがき
――イチャイチャ意識してみましたが、どうでしょうか?それっぽくなってますかね。
というわけで、10月からお久しぶりです三水です。今回は思いついたので、書かせてもらいました。同人誌の方も進めてますよ。ホントデスヨ。
さて、今回は好きだけど持て余し気味だったロンギヌスをヒロインに書かせていただきました。こんな感じで良いのかなーと未だ模索中ではありますが、気に入っても頂けたら嬉しいです。
多分ロンギヌスはマスターに心を許してしまえば、大分世話焼きな性格をしていると思うんですよね。今作みたいになるんじゃないかなー、と推測してます。
それでは眠いので、今回はこの辺で失礼します。今度はいつになるかな。
P.Sおそらくロンギヌスの同人誌を書く時は、今作の前日譚という形にしたいと思います。