機動戦士ガンダム UC.0094 -巨人の末裔-   作:一一人

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注意!
オリジナル機体や独自解釈を含む小説です。原作と矛盾する点などがある場合があります。その旨をご承知ください。


第一話「邂逅」

  深淵の闇と表現する以外、言葉を見つけることが難しいほど広大な宇宙。無数の星の瞬きとは別に、青白い閃光が見える。数は一つ。それは同じく青白い色をした尾を引き、デブリ群の間を縫うようにして高速で動いていた。白いカラーリングで三角形に近い形状をしたMA(モビルアーマー)、コードネームは〈シルフレイ〉。旧ティターンズの機体であるギャプランをベースにした試験機だった。本体の両脇にある大型のビーム砲と思しきユニットには大型の推進バーニアが、また機体の至るところに小型の姿勢制御バーニアが備わっている。

  さらに、それを追うようにして三つの光点、UC.0090年代では一般的と言える連邦の量産機〈ジェガン〉が宙を舞う。

  〈ジェガン〉隊を率いる、隊長機と思しき先頭の一機が散発的にビームライフルを撃つが、ピンク色の光弾は〈シルフレイ〉を掠めることすらなく明後日の方向へ飛んでいくのみだった。

  しびれを切らしたのか、隊長機はハンドシグナルで合図を送る。三手に分かれて追い込もうという魂胆だった。おあつらえ向きな事に、〈シルフレイ〉の進行方向は今以上にデブリの密度が濃く、その作戦は理にかなっている。

  〈シルフレイ〉の退路を断つように展開した〈ジェガン〉は徐々にその輪を縮めていく。が、〈シルフレイ〉は予想外の動きに出た。

「っ……!?」

  その場で全身のスラスターを器用に吹かして瞬間的に回頭。そしてその場で“変形”した。

 

 ☆ ☆ ☆

 

  戦闘が行われているその宙域からやや離れた地点に、連邦軍の中では一般的な艦船、クラップ級巡洋艦が停泊していた。ブリッジには三人のオペレーターと二人の軍服の男、そして数人のAE(アナハイム・エレクトロニクス)社の技術員が見受けられた。オペレーターは手元のデバイスとモニター、残りの者達はメインモニターに視線を向けていた。そのモニターには、その動く光点が映し出されていた。画面は動きに追従しながら徐々に拡大されていく。普通なら従って映像が荒くなるが、リアルタイムでCG処理されているために非常にクリアな映像だった。

「〈シルフレイ〉、変形を確認。MSモードへ移行。白兵戦データ観測開始。観測時差0.05」

  オペレーターのうちの一人、若い東洋人の女性だ、が刻々と変化するあらゆる数値やデータを報告していく。しかし、二人の軍服の男は不満げな表情を浮かべていた。

「報告値に届いていないじゃないか」

  二人のうち、若く長身の方の男が呟く。襟元のバッジは大佐を示すものだった。

「パイロットの調子、あるいはデバイス側の問題であるとしか……。"例のシステム"はパイロットが機体に同調するのが前提ですから……。それに、報告させていただいたのはあくまでシュミレーションの物で……」

「そんなことはどうでもいい。とにかく結果を出せと言っているんだ」

  評価試験は良くも悪くも結果主義のシンプルな世界だ。いかに綿密な準備をしてきたとしても実際の試験で結果が残せなければ全てが無駄に帰す。

「落ち着きたまえ。君の焦りはわかるが、ここで気を揉んでもどうにもならんだろう?」

  もう一方、准将を示す階級章をつけた軍服の男が大佐を窘める。が、決して本人も冷静な訳ではなく、あくまで言葉の上であることは一目瞭然であった。

「それで、どうなんだ?」

「〈シルフレイ〉、出力65%前後で推移中。仮想敵機、追いつけません」

  状況だけ見れば、六割強の能力で現役の〈ジェガン〉を振り切れるだけの出力を持っているという事は驚異的である。しかし、今回の試験、特に二人の軍服の男達にとっては満足のものでは無かったのだ。

「こちらOPより試験中のSR01へ。機体の調子を報告せよ。予測数値に達していない。機器の不具合でもあるのか?」

  しびれを切らし、 大佐の男は自らデスクの上のマイクを手にした。

(SR01よりOP。機器、及びパイロットに問題ありません)

  応答したのは四十代ぐらいの男性だった。名前をグローレン・ベルバーグ。旧ティターンズのオーガスタ研究所に所属していた大尉だ。表向きはオーガスタ研究所を初めとしたニュータイプ研究所、所謂"ニタ研"の関係者は、ティターンズのなかでもその後の処遇は特に厳しく処理された事になっているが、その時培われた成果を失うことを恐れた一部の軍幹部の策略によって匿われた者も少なからずいたという。グローレンもその一人である。

「ならば、何が問題だ!?」

(申し訳ありません。こちらとしてもオールグリーンとしか……)

  理不尽な怒りに、グローレンも言葉を濁すしかできない。そもそも艦の艦橋にどっしりと構えて指示しか出さない高官に考えられる可能性を報告したところで理解できるわけがない。仮にさせようとしても何時間かかるだろうか。

  心の中で悪態を付くグローレンだったが、その思考は突然の警報音によってかき消された。

「一体どうしたんだ!?」

「Eセンサーに反応!後方に熱源確認、ネオジオンです……ッ!」

  ブリッジに緊張が走る。准将の顔にも焦りが見えた。

  メインモニター上のセンサーに映るのは、戦艦を示す大きな点と、そこからこちらに向かう小さな点。おそらくはモビルスーツだろう。数は四つ。

  「仮想敵機隊、及び〈シルフレイ〉、ビームライフルのリミッター解除を許可する、ヤツらを蹴散らせ!」

 

 

「待ってください、大佐!こんな試験機でいきなり実戦なんて……!」

(さっきも言っただろう?性能がでなければ用無しだ。それに、実戦の方がより則したデータが採れる。ここまでの失態、しっかりと返上してもらおうか。機密保護のために無線は封鎖する。後は、わかってるな?)

  それだけ言って大佐は一方的に無線を切断した。

  残された静寂の中でグローレンは目の前のモニター上部に貼られた写真に目を向けた。白髪白眼の無表情な少女の顔をなぞると悔しげに強く手を握りしめた。

「まぁ、あんな事があったんだ。力を貸すわけもないか」

  含みのある呟きをこぼし、グローレンは自らの過去を嘲笑するしかなかった。

 

 ☆ ☆ ☆

 

(友軍から救難信号ぅ?)

  無線越しに聴こえる間の抜けた声。こんな神経を逆なでするような喋り方をする男は、この艦に一人しかいない。イオリの同僚、ラキア・シュバルツサザン少尉だ。

(いちいち声大きいわよ……。で、何があったんです?)

  ラキアを窘めつつ、先を促してきたのはクリスティーナ・ノヴェンバー少尉。ブリッジス隊の紅一点だった。女性だがその技量はなかなか侮れない。

(詳しいことは伏せられている……、まあよくある事だがな、とにかくこの先の宙域で行われていた友軍の試作機のテストにネオジオンが介入したらしい。なんでも相当な腕利きがいるらしくてな)

  的確な説明にイオリは舌を巻いた。流石は、ターツァ・ブリッジス大尉だ。隊員達の不満事にもちゃんと理解が及んでいる。前任者はとんでもない曲者だったものだ。イオリはふと懐かしく思い出していた。

(例の“シャアの再来”?)

(んなものは知らん。余計なことは考えるな。目に見えたものだけを信じろ)

「隊長殿は信じなくていいんです?」

  ラキアとターツァ大尉の会話の揚げ足をとってみる。普通ならば上官への無礼を咎められるが、この場合ではそのようなことは無い。

(無論だ。自分を救えるのは自分だけ。何度も教えただろう?)

  それがターツァ大尉の教えだったからだ。

「了解」

  やはり、持つべき上官はこういった人だ。改めてイオリは認識する。

(イオリ少尉、カタパルトへ)

  ブリッジの女性オペレーター、アリーシャ・カロジェッツがリフトへ促した。まだ着任してから日が浅いからか若干緊張しているように見えた。

「おうよ」

  イオリは配慮して淡々とした返事を返した。ヘルメットのバイザーを降ろし、気密の確認。グローブをはめ直してレバーを握り直す。そうしている内に目の前の扉、もちろんモビルスーツサイズである、が大きく開く。

  モニターにカタパルトの接続を示すウィンドウが示さたのを確認して、イオリは大きく息を吸いこんだ。

  「イオリ・ノースフィールド、B002。行きます!」

  発刊申告と同時にカタパルトが弾かれたように滑り出し、60t近い総重量を持つ〈リゼル〉を押し出す。全身にかかるGに歯を食いしばりながら、射出のタイミングでフットペダルを踏み込んだ。

  宙に飛び出すや否や、バックパックのスラスターが火を吹く。母艦であるクラップ級〈レオントキール〉から離れ、〈リゼル〉は変形、つまりはウェイブライダー形態へと移行した。

  イオリに続いて次々に出てくるブリッジス隊の〈リゼル〉も同じように変形し、さながら戦闘機の編隊のように展開する。

(お前ら、気合い入れるぞ!)

  ターツァ大尉のお決まりのセリフに、隊員がそれぞれの応答を返す。

 

 ☆ ☆ ☆

 

  遠目にそれら―情報によると、クラップ級〈ボマレア〉と艦載機兼、今回の試験の仮想敵機が数機、そして目標、を認識できる距離まで来る頃には、すでに向こう方の方も、当たり前だがこちらの接近を認知していた。

  モニターの中央でポップアップ表示されたカーソルの中に映る白い機体。連邦軍が一年戦争に勝利することの出来た一つの要因。

「ガンダム……」

  画面越しに睨む白い悪魔の眼光に、ファムは細く呟きを漏らした。

  白い悪魔と呼ばれる程の脅威はプロパガンダとしては格好の材料で、以後も連邦軍はことある度に〈ガンダム〉を造り、その力を誇示してきた。

  無論、齢17の少女の記憶ではあまり確かなことは覚えてはいなかったが。

(姐さん、ビンゴみたいですぜ)

  ビンゴ、というのは件の〈ガンダム〉の事だ。そう、ファムたちの目的はその〈ガンダム〉であった。

(どうするんです?捕獲、あるいは破壊ってな話ですけど)

  部下であるモンテロールの無線越しの問いかけに、ファムは微笑を浮かべながら頷く。

「聞かずともわかっているんだろう?」

(へへ。あたりまえですよ。6年も右腕をやってたら嫌でもわかるってもんだ)

「ほう?ならばその右腕の実力とやらをたんとお目にかかりたいものだな」

(おっと、口が滑った)

  恒例、とも言えるほど頻繁に行われる戦闘前の二人の掛け合いが小隊全体の緊張を解きほぐす。長く戦場に身を置くものとはいえど、命のやり取りを前にして緊張のない者はごく少数であった。

  ファムの駆る〈ギラ・ドーガ〉とは別に、三機の〈ギラ・ドーガ〉が続く。後方の三機はくの字を描くようにデルタ陣形を形成していた。

「私が“奴”の相手をしている間に、お前達は護衛のハエ共を堕とせ。その間に“奴”を無力化する……というのが理想だな」

(善処しますぜ)

「なんだ、私の“右腕”の割には消極的ではないか」

(そりゃあ相手は天下の〈ガンダム〉さんですからね。何されるかわかったもんじゃない)

「それもそうか」

  ふふと笑ったファムはフットペダルを踏みこむ。スラスターがひときわ大きな光を吐き出し、〈ギラ・ドーガ〉は大きく加速した。

「全機、健闘を祈る!」

(了解!)

  各機、散開。ファム以外の〈ギラ・ドーガ〉は、それぞれが〈ガンダム〉の随伴機であるジェガン達に襲いかかった。そして、ファムは自らの〈ギラ・ドーガ〉を〈ガンダム〉へ向けて前進させた。

  両肩のスラスター付きのビーム砲、背中に一つ飛び出たスラスターユニット、細い三つ指タイプのマニピュレーター、と特徴をあげればキリがないような特異なシルエットがモニターの中央に捕捉される。一向にその場を動こうとせず、猛禽類にも似た鋭い眼光を向けていた。〈ギラ・ドーガ〉が、自らのサブマシンガンの安定射程に入ろうというタイミングで、〈ガンダム〉ははじめて動きを見せた。両肩のビーム砲が一閃し、〈ギラ・ドーガ〉に迫る。その動きを予想したファムはそれを回避する。が、予想以上の出力の光線の余波で〈ギラ・ドーガ〉の装甲表面が薄く焦がされていた。その軌道のまま、〈ギラ・ドーガ〉はスラスターを全開させ、〈ガンダム〉に迫った。〈ガンダム〉のパイロットもその軌道を読んでいたらしく、バーニアとAMBACを利用した巧みな動きでそれを回避していた。

  〈ガンダム〉は姿勢制御バーニアを使い、瞬時に方向転換すると、すれ違った〈ギラ・ドーガ〉に急速に接近する。同時にビームサーベルを展開し、強烈な刺突が〈ギラ・ドーガ〉に迫る。ファムは自機のバーニアを全力で吹かせ、上方へと身を翻す。が、それを読んでいたかのように、〈ガンダム〉の肩部ビーム砲上面に備えられたハッチが開き、霰のようなマイクロミサイルが飛び出した。それを避けたファムは驚愕に目を見開いた。一瞬のうちに〈ガンダム〉が距離を詰めきっていたのだ。

 そしてその刹那。

 ―やめて。

  ファムの頭を声が掠めた。いや、正確に言えば降ってきたのだ。

  こいつ、強化人間か……?

  ファムは徐々に意識が鮮明になるのを感じた。だが、不思議とその声に懐かしさを感じた。そして、同時に不覚にも己の出自に重ねてしまっていた。

 ファムも強化人間であったのだ。それもネオ・ジオンのではなく、今相手をしている連邦の、ティターンズの。

  一瞬、脳裏にあの時の光景が浮かんだ。

  撤退戦にかこつけた、自分を含んだ“失敗作”の処分。あの時も確か〈ガンダム〉に掴まれて……!

「あっ……!」

  気がついた時には既に遅かった。

  〈ガンダム〉の腰部後方に備わっていたサブアームがいつの間にか〈ギラ・ドーガ〉を拘束していた。簡易的なマニピュレーターだが、見事に凹凸を掴んだらしく、逃れようにも逃れることは出来ない。

  ならば焼き切るしか……!

  ファムは即座にサブアームへビームサーベルを宛てがうが、〈シルフレイ〉は無情にもそれを腕ごとビームサーベルで切り払った。

  咄嗟に反対側の腕でもビームサーベルを抜くが、そちらは三つ指に抑え込まれてしまった。

  その姿勢のまま、〈ガンダム〉は無駄に大きい肩部スラスターから光を迸らせる。その推力で〈ガンダム〉は近くの大きなスペースデブリに〈ギラ・ドーガ〉を叩きつけ、馬乗りのような格好となった。衝撃がコクピットにも伝わり、ファムは呻き声を漏らす。

  目の前のモニターいっぱいに映し出された〈ガンダム〉の顔。眼、即ちツインアイから放たれる視線はまさに殺気そのものを帯びていた。ふと、額の部分に目をやると、「TR-V Silf lay」の文字列が目に入る。

「“Silf lay”……シルフレイ……」

  この名前を知っている……?

 先の声と同じ種類の懐かしさがファムの胸を満たしていた。忌むべきあの頃の記憶。

 あの頃?

 懐かしさに由来する場違いの安らぎと、繰り返される疑問による不安。それから絶体絶命の危機にある緊張。

 不安定な心情を示すように動悸が早まり、胸を締め付けていく。

 その中で〈シルフレイ〉は肩部ビーム砲を〈ギラ・ドーガ〉のコクピットに突きつけた。数秒後にはそこから放たれる光条によって〈ギラ・ドーガ〉は腹部に大きな風穴を開けることになるだろう。そこにファムの命はない。

  ふいに奥歯を噛み締めながら、ファムがそう悟った時。

(姐さんになにしやがる!)

  無線から響く声。モンテロールだった。こちらへ向けてスラスター全開の突貫姿勢で突っ込んでくるのが見えた。

「駄目だ、モンテロール!下がれッ!」

  ファムが叫ぶが、返事はない。夢中のあまり気が付いていないのか。いや、そうではない、自らの命を犠牲にしてでも、ファムを助けようとしているのだ。

  〈シルフレイ〉は腰部のサブアームを器用に使い、背部にマウントしていたビームライフルが一閃した。モンロールの〈ギラ・ドーガ〉はその餌食となり、あと数十mという所で爆炎を上げた。その間に〈シルフレイ〉が振り向くことは一度としてなかった。

 ―姐さん、あとは任せましたよ。

  死にゆくモンテロールの声が頭に響く。

「モンテロールッ!」

  強化人間の拡張された感覚機能がそれを拾った。それは〈シルフレイ〉のパイロットにも同じだったのだろう。一瞬、拘束の力が弱まった。ファムはその隙をついて〈シルフレイ〉の拘束を逃れると、瞬時に距離を取った。化け物じみた瞬発力と加速力の前に、その行為のもたらす効果は些か少ないように思われたが。

  ファムは一瞬のうちに宙域を見渡す。強化人間としての感覚を全力に、状況の把握に務めた。

  モンロールは今の攻撃で撃墜。ダンケとルイーズは敵母艦を発した増援と応戦。我々の母艦までの距離は……いや、的に位置を特定されないためにも逃げるわけには行かない。〈シルフレイ〉は……。

  ファムの視線の先に〈シルフレイ〉はいなかった。

「……!」

  直上。正確に言えば宇宙空間に上も下もないのだが、ファムの頭上に〈シルフレイ〉はいたのだ。

  ファムはモニターパネルの隅のゲージに目を向ける。推進剤の残量は母艦への帰還を考えても、なんとかなる程度には残っていた。

  やれるか?……いや、やるしかない。

  ファムは自らを鼓舞して〈シルフレイ〉へ意識を向けた。

  だが、〈シルフレイ〉はその場で動きを止めた。苦しげにマニピュレーターを蠢かせると、脱力したかの如く宙に漂い始めたのだ。

  さっきの直感が蘇る。〈シルフレイ〉のパイロットが強化人間だったならば、もしかすると昔のように未だに薬物を使用しているのかもしれない。だとすれば、この現象には一つ心当たりがあった。

「薬物切れの発作か……?」

  かつてティターンズの研究所で何度も目にした光景を思い出し、ファムははからずも同情の念を感じていた。

  ファムは〈シルフレイ〉にマーカービーコンを据え付けると、ダンケとルイーズの方へ視線と感覚を向けた。未だ増援部隊との戦闘を続ける二人はだいぶ疲労しているように見えた。

  離脱しようにも、これだけの兵力が残っているならば追撃されてしまうのは目に見えていた。

「ダンケ、ルイーズ、援護する」

  ファムはそう告げると、ビームサブマシンガンの弾倉を交換し、その群れへ近づいて行った。

 

 —助けて。

「っ……」

  グローレンは、けたたましく鳴るアラート音の中で目を覚ました。いつの間にか操縦系統は“例のシステム”に奪われていたらしい。“例のシステム”が全力で稼働したとすれば、それによって発生する加速Gは通常の人間の生命機能に異常をきたすほどのものになる。幸いにして新型の対Gスーツと、割合にしてグローレン自身が平均より対G能力が高かったことによって気絶だけで済んでいた。

  だが、問題はなぜ“例のシステム”が起動したのか。あまりに非科学的ではあるが、“父親”である自分が呼びかけても反応しなかったというのだ。何がトリガーとなった?

 ダメだ、答えは出ない。

 今わかることと言えば、〈シルフレイ〉が一時的に何らかの理由で機能不全に陥っているという事と、先の〈ギラ・ドーガ〉の脅威が去ったということ。まだ半ばぼやけたままの頭を必死に使い、グローレンは機体の再起動と情報収集を始めた。

 

 

「〈シルフレイ〉、応答してください。〈シルフレイ〉!」

  オペレーターの半ば怒鳴るような呼びかけに、帰ってきたのは沈黙だけだった。

「機体状況モニターできません!グローレンとの接続も不安定!」

  その報告に大佐は顔をしかめたが、反対に准将は落ち着いた表情を浮かべていた。

 使い物にならないのは分かっていた。今はデータの回収を優先させるべきだろう。

「交戦中のジェガン隊から何人か回収に向かわせろ!」

  慌てた大佐の指示が飛ぶが、准将はそれを手で制した。

「落ち着きたまえ。“例のシステム”の発動は確認したんだな?」

 准将の問いに一番ベテランのオペレーターが答える。同時にメインモニターの一部に補足説明を表示させる気配りまでしている。

「はい、間違いありません。現在も発動が確認されてますが、機体制御系統がモニタリング出来ないので詳細は不明です。恐らくはアイドリング状態のままかと」

  准将はオペレーターの返答に満足げに頷く。

「ならば、問題あるまい。長き眠りから覚めたばかりならば動きが鈍るのも当然だ」

「ですが……」

「それに、向こうの頭もジェガン隊に食いついている。手数を割く必要はないだろう」

  次々に並べられる言葉に、大佐は渋々ではあったが椅子に腰を収めた。准将はそれを見ると、再びオペレーターの方に視線を向ける。未だ復旧しないモニタリング機能を相手に格闘するオペレーター達は徐々に焦りの色を強くして行った。

「……もういい。戦果にはこだわらない。それより、“システム”の実稼働を優先しろ」

「しかし、データが受信できず……」

  オペレーターの困惑した返答に、大佐は冷ややかな笑みを浮かべて答えた。

「最悪の場合は目視でも構わんだろう。それに、受信はできなくても送信はできるだろう?」

「……っ!ですが、それではパイロットに負荷が……」

「使い捨てのモルモット風情にかける情はない。脳波系に介入しろ」

「りょ、了解しました」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

「あっ……」

  ふと触れた不快感にファムが〈ギラ・ドーガ〉を振り向かせると、〈ギラ・ドーガ〉の脇を掠めながらバーニアを全開に噴かせ、漆黒の闇を滑るように突進する〈シルフレイ〉が見えた。一度は身構えたファムだったが、〈シルフレイ〉は〈ギラ・ドーガ〉には一瞥もくれず、自身の母艦であるクラップ級へと吸い込まれるように突き進んでいた。

「何をする気だ……?」

  思わず口をついた疑問の答えは、次の瞬間にとった〈シルフレイ〉の行動で示された。肘から前腕部に沿ってマウントされたビームライフルの銃口をクラップ級のブリッジに向けたのだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「システム復旧、モニターできます!」

  オペレーターの一人がが大佐を振り返りながら報告の声を上げた。だが、大佐や准将、他のクルー達の耳にその言葉は届いていなかった。

「何が起きているんだ……!?」

  ブリッジの目の前でビームライフルを構え、意志の気配を感じない緑色に光るその双眸を、なにかに取り憑かれたかのように呆然と眺めていた。

(ちょっと細工させてもらいました。お楽しみいただけてますか?)

  何者かの声、少なくともその場にいる者では無い、人を見下した声がブリッジに響いた。

 同時に〈シルフレイ〉を観測していたいくつかのモニターのうちの一つが、ノイズが混じりながら別の画面に変化していた。

(他人の描いた線をなぞるのは赤ん坊でも出来ることですよ)

 画面に映るのは眼鏡をかけた男性。ボサボサの茶髪をいじりながら、人の神経を逆なでするような猫なで声でニヤリと気味の悪い笑を口に浮かべていた。

「なんのつもりだ……!」

 クルーの殆どがその男の映像に唖然とする中、准将一人だけは明らかに畏怖の眼差しを画面に向けていた。その異常な様子に、画面の男の微笑みは完全な笑い声に変わっていた。

(まぁ、なにはともあれ、とりあえずこの先の計画進行にとって貴方がたは邪魔なんですよね)

「邪魔……?貴様、何を言っている!軍の艦へのハッキングは重罪だ、極刑も有りうるのをわかっているのか!?」

  大佐が苦し紛れの反論にも男の笑みと余裕は消えない。それどころか、今の発言もあらかじめ台本にあったとでも言わんばかりの様子である。

(勿論ですよ。僕を誰だと思ってるんです?)

「知らん!貴様の様な顔など見たことも無い!」

(へぇ……じゃあ、准将殿に説明して頂こうかな)

 突然指名された准将はビクリと体を震わせた。訝しげに振り返った大佐の目が驚愕に見開かれた。准将の異様なまでの様子に流石に何かを悟ったのであろう。

「デヴォン君……君は……」

「デヴォン……!?」

 准将から漏れた名前に、大佐の目はさらに大きく見開かれた。再びモニターを向いた大佐の額には汗が浮かぶ。デヴォン・クロウズ。大佐達率いるティターンズ残党派の反乱分子の出資者でありながら、連邦政府の重役のポストに腰を収める男だ。

(わかって頂けました?という訳でそれを冥土の土産にでもして下さいな)

 デヴォンはそう言うなり大仰な素振りで指を鳴らした。

(計画を私物化するなんて、本当に困った人達でしたよ)

 

 

  〈シルフレイ〉のビームライフルが一閃し、クラップ級の艦橋を貫いた。ビームの熱に焼かれ、射軸上の物質全てが蒸発した。それによって生み出された熱によって火種が生じ、艦内の酸素という酸素を燃やし尽くしながら燃焼は拡大した。内側から大きく膨れ上がった炎は次々に燃料などにも引火し、断続的な爆発を続け、クラップ級の残骸を漂わせ始めた。

  その凶行に呆気に取られていたジェガン隊は、誰からともなく、更なる蛮行を止めようと〈シルフレイ〉に殺到した。だが、虚しくもその行動は無駄となった。

 結果から言うと、ジェガン隊の全滅に終わった。ビームサーベルに持ち替えた〈シルフレイ〉は瞬間移動と紛う如く圧倒的な機動力を以て、一瞬のうちに全ての機体のコクピットを貫いていたのだ。

 動力炉に誘爆したものもあれば、それを免れて宙を漂うものある。散発的に起きた爆発の光が〈シルフレイ〉を不気味に照らし出した。その双眸に紅い光を湛えた〈シルフレイ〉は再び、肩の大型スラスターを大きくひと吹きさせた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「各機、散開!」

 その様子を見ていたファム達は、ただ唖然としていた。その最中、突然突っ込んできた〈シルフレイ〉に面食らいながらも、ファムは的確な指示を出して回避を促した。

 だが、箍が外れた〈シルフレイ〉は“獣”さながらに、その動きに躊躇いはなかった。パイロット自身への負荷を考えれば、絶対に行わないし行えないような機敏な動きを見せていた。

(暴走……?)

 錯乱状態にある強化人間が辺り構わずに暴れるのは幾度と目にしてきたが、このように意志を持って行動するというのは経験にない。置かれている状態の原因を推し量ることができない今、現象への対処を行うのが精一杯であった。

 幾度かの突貫を捌きながら、ファムは徐々に焦りを覚えていた。少しずつではあるものの、〈シルフレイ〉はこちらの動きを読み始めているように見えたのである。実際、それは気のせいではなく、回避余裕もコンマ数秒ずつ縮み始めていた。

 そして遂に〈シルフレイ〉の細い三指の腕がダンケ機を掴んだ。

「くっ……!」

 ビームサブマシンガンを向けた頃には既に遅く、〈シルフレイ〉はそれこそ“獣”のような動きで臓物をまさぐる如く、コクピットを抉り取っていた。

(貴様アァッ!)

 ルイーズが雄叫びをあげ、〈シルフレイ〉に飛びかかった。古くからの友人だったダンケを失い、冷静な判断ができる状態ではなかったのだ。

 瞬時に振り向いた〈シルフレイ〉の腕が二人目のダンケを生む刹那、それはファムの蹴りによって遮られていた。無論繰り出した右脚は〈シルフレイ〉に毟られ、オイルが血液のように宙空へと吐き出された。

「ルイーズ、貴様は母艦との連絡を。可能ならば予備機を出すように要請してくれ」

 ファムは一息に無線機へ吹き込むと、(姐さんは!?)と訊くルイーズの声を無視し、フットペダルを踏み込んだ。機体の急加速に、一瞬意識が持って行かれそうになるのを堪え、モニターへ視線を向ける。〈シルフレイ〉を示す光点が圧倒的な速度で迫るのが見えた。ルイーズ機は指示に従い、戦闘宙域を離れていく。

 それでよし、と言わんばかりに胸を撫で下ろしたファムは、機体を反転させて再び〈シルフレイ〉と相対した。

「さて、ここからが本番ね……」

 ニヤリと口を歪めたファムの視線の先で、〈シルフレイ〉は“獣”の如き大きな咆哮をあげたように感じられた。

 

 

つづく




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