機動戦士ガンダム UC.0094 -巨人の末裔-   作:一一人

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オリジナル要素含みます。苦手な方はご注意を…。


第二話「捕獲」

 とある連邦軍基地の広大な滑走路に降り立った、地球連邦政府役人専用護送機。重々しいエアの音が響き、頑強な扉が開くと、南国特有の湿った熱気が機体の中へ流れ込む。そんな中でも関わらず、黒服のボディガードはスーツをしっかりと着込み、額には汗の一滴すら流さず、横づけされたタラップを降り始めた。それに続くのはオレンジ色の癖っ毛が特徴の、眼鏡を掛けた長身の男、デヴォン・クロウズだった。

 胸にアナハイム・エレクトロニクスの社章を刻んだ背広を二人従えたデヴォンは堂々とタラップを降りる。警備人員の敬礼に微笑みと会釈だけで応えると、ボディガードが示す玄関へと歩を進めた。

「主席、このあとのご予定ですが……」

「あー、知ってるから言わなくていいよ。僕は天才だからね、予定は完璧に記憶してる」

 嫌味のこもった返事を返したデヴォンはそれきりボディガードへ目を向けることなく建物へと入って行った。

 

 中で待ち受けていた制服姿の兵士に案内役が移り、デヴォンは地下の会議室ヘ通される。数度のセキュリティをくぐり、たどり着いた会議室の入り口は、はたから見ればただの壁でしかなかった。関係者でも、その存在を知らなければ気づかないようなそこに居たのは、デヴォンが従えるふたりと同じようにアナハイム・エレクトロニクスの社章が描かれたネクタイをした二人の男だった。片方は連邦軍内でも有名な、コロコロと太った男、アルベルト・ビスト。もう一方はアルベルトに比べると幾分も細身の初見の男だった。

「いやぁ、どうもデヴォンさん。ご無沙汰してます」

 媚びへつらう様な笑みと猫なで声のアルベルトを無視し、デヴォンはもう一人の男に目を向けた。

「はじめまして。この度担当させていただきます、ドルト・クリューガーと申します」

 名刺を取り出しながら慇懃に頭を垂れたドルトを一瞥すると、デヴォンもそれに応じて名刺を取り出す。ビジネスの場で良くある、ただの名刺交換に過ぎないが、それは傍らに立つアルベルトへのあてつけであった。アナハイム・エレクトロニクスの大株主であるビスト家の人間であるアルベルトは、その叔母であるマーサ・カーバインによる身内人事によってその地位を盤石にしてきた。以前より何度か酒の席で顔を合わせていたが、自力で今の地位を獲得できるような器ではなかったと、デヴォンは感じていた。

 今回デヴォンとアナハイムとの間で交わされるとある契約は、元々アルベルトの関知の外のはずだった。ティターンズ時代のとある試作機の秘密裏の提供と、その運用データのフィードバック。見返りとして、デヴォンからはアナハイムへティターンズ残党とも言えるシンパ達とのパイプを提供する、という非常にデリケートな案件であり、デヴォンにとっては慎重に進めたい事案の一つだった。しかし、それがマーサによってアルベルトという邪魔者がくっつけられてしまったことに、デヴォンはマーサに切り捨てられた事を感じていた。

 端からマーサを頼りにしていたわけではなかったが、邪魔されるとなると話は別だった。

「まあ、立ち話もなんですから、座ってください」

 自分に向けられている感情を察しているのか、その場を取り纏めようとしたアルベルトに促され、デヴォンは椅子へと腰を下ろした。

 

 ☆ ☆ ☆

 

(戦闘継続中。これより戦闘へ介入する)

 事務的な声が耳元で弾け、イオリ・ノースフィールドは無意識に操縦桿を握る力を強めた。母艦を発して数十分。下手をすれば救難信号の主は既に沈められている可能性があったが、幸いにして交戦の光を確認することが出来ていた。

 周りに隕石やデブリの類が少ないこの宙域で、これだけの時間戦闘が継続されているということは大規模な戦力同士の衝突である可能性を疑ったが、『袖付き』と呼ばれるネオ・ジオン残党一派がそれほどの戦力を動かせるほどの余裕が無いのは周知で、すぐにそれを否定した。

 だが、イオリはなにか“居心地のわるさ”と表現する以外に形容し難い感覚に襲われていた。

 その感覚に苛立ち、さらに形容できないもどかしさがそれを加速させていた。

 予め展開した有線式の光学センサーを最大望遠にする事によってようやく戦闘光が観測できる、というほどの距離になってその感覚はますます強くなっていた。

「隊長。妙じゃありませんか?」

 そんな気分から思わずイオリは口を開いていた。

 自由な気風の小隊とはいえ、命のやり取りをする実戦の場において口にするには些か確証が足りない感情だった。少しの気の迷いが生死に繋がるという事は幾度かの戦場で教えられてきている。だが、後悔したところで口を出た言葉は元には戻らない。

 実際、無線からは(何訳のわからない事言っているの)というクリスティーナの指摘が聞こえる。だが、予想に反してターツァから帰ってきたのは(確かにな)という押し殺していながらも幾分かの動揺が感じられる意外な声だった。

(どうも、“気”に気持ち悪さがある。それに、モニターしているデータによれば身内の機体の出処が妙だ)

「出処?」

 オウム返しに聞いたのはイオリだけでは無かった。小隊メンバーの合唱に、いつもならツッコミを入れるターツァも思案に声を詰まらせている。いよいよもってイオリの疑念は小隊全体で共有されていた。

(ああ。と言うのも、データは75%の蓋然性であの機体をティターンズ製の〈ギャプラン〉であると示していてな)

 無線越しに一同が息を呑む様子が伝わる。

 ティターンズ。連邦の忌むべき汚点であるその名前は、6年前の同組織の崩壊をもって姿を消したはずだ。ティターンズで使われていた機体の一部は技術的価値が認められて保存されているものもあると聞くが、実践に駆り出されているという事を聞いたことは無かった。

 そして、戦闘中域に距離を詰めるほどに異様な気が益々の違和感を増長させ、遂にはイオリは自分が全身に脂汗をかき、浅い呼吸を繰り返している事に気がついた。

 その呼吸と動悸はより一層早まり、無意識に死を覚悟した刹那、半ば漂流物のように成り果てた〈ギラ・ドーガ〉を相手にビームサーベルを振るう〈ギャプランもとき〉が一瞬こちらに視線を向ける様子が“視えた”。

「っ!?」

 その瞬間に、イオリは身体中が粟立つのを感じた。混じり気のない純粋な殺意。何かの欲の為ではなく、本能のあるがままの鋭い殺気が自らを射すくめたのが感じられた。止まりかけた呼吸が吹き返すと同時にその光景は消え去ったが、あまりにも現実感のあるその光景は頭の中に焼き付いて離れなかった。

(どうした、B002)

 ターツァの声で我に返ったイオリは、声の限り「総員回避ッ!」と叫んでいた。

 訝しげな声が帰ってきたのもつかの間、火器管制レーダーの被射を告げるアラートが鳴り、四機は散開した。

 そして、ターツァ機とイオリ機を直線で結ぶ軌道をピンク色の光条が貫いた。その火力は絶大で、回避したにも関わらず小隊各機の装甲表面に焼き跡を刻む程だった。

 攻撃の主は言うまでもない。

(これは一体……)

 ターツァの呟きが今の攻撃か、それを予知したイオリに向けてのものだったのかは判然としなかったが、とにかく現状が常軌を逸する異常事態である事は共通の認識だった。

(っ……!?来るぞ!)

 さらなる異常に真っ先に気付いたのはラキアだった。

 機体各所に設えられたバーニアを全開にしながら猛然と迫る〈ギャプランもどき〉を視認した瞬間に、先程に比べれば控えめな閃光と(きゃああああっ!!)というクリスティーナの悲鳴がイオリ達を襲った。

「あの速度で当てただと……!?」

 ビームライフルを構えた〈ギャプランもどき〉が小隊を掠め、飛び去る。

 直線の機動ならば照準の補正はほとんど必要ないが、それは真正面に目標がいる場合である。

 自身の直進方向のベクトルにX軸を合わせた時、YZ軸方向に少しでもズレが生じていれば、それは自身の位置によって刻々と変化してしまう。コンピューターの処理だけでは補いきれない“技量の差”というものが顕著に現れる一つの例だった。

 クリスティーナ機はというと、ビームの直撃を受けたものの、右腕の全損だけで済んだようだった。ほかの各部はオールグリーン。奇跡的な幸運と言える。

 一方の〈ギャプランもどき〉は、あまりの速度に方向転換が追いつかず、小隊各機をかすめた後に通常視認範囲を超えた程度のところで再びこちらに相対した。

(B001より各機へ。救出目標の〈ボマレア〉は消息不明。よって、状況から轟沈したと判断し、現時点を持って作戦を破棄。代わってB003、B004は共に漂流中のジオン機を拿捕せよ。B002と私は共にコイツを何とかする)

「「「了解!」」」

 各機が指示の通りに散開しつつ、各々の目標へ向かう。

 イオリは〈ギャプランもどき〉の再突進の前に、ビームライフルで牽制する。その間にターツァは〈ギャプランもどき〉へ距離を詰める。

(イオリ、俺のケツに付いてこいよ!)

「了解したくないけど了解!」

 恐怖に震える身体を抑えて、イオリ大きな声で返事を返す。その視線が旋回を終えた〈ギャプランもどき〉と交錯した。

 刹那、一際その双眸が輝いたかと思うと、二機の間の距離は半分以下に縮まっていた。

 圧倒的な加速性能。その脅威を頭で理解するよりも早く、イオリは回避行動に移っていた。そして、無意識にビームライフルを向けると、〈ギャプランもどき〉へと容赦なく引き金を引き絞った。

 3点バーストに設定されたビームライフルからは3発の光条が僅かな扇形の軌道を描いて〈ギャプランもどき〉へ殺到した。それでもなお、3発目が機体を掠めただけで致命傷を与えるには至らなかった。

(ナイスだ!)

 ターツァがイオリのファインプレーへ賞賛を送りつつ、その攻撃によって軌道をずらした〈ギャプランもどき〉へ照準を向ける。その動きのさなかで、ターツァはモニターに映るイオリへ視線を向けた。

(なあ、イオリ。何故、さっきはあんなことを言ったんだ?)

 突然の質問に言葉に詰まる。思考を巡らせると、先程の「妙だ」という発言に思い当たった。

「なぜって……そう思ったから……ですが」

 説明としては不十分すぎる返答に、二人の間に沈黙が流れる。その間にも〈ギャプランもどき〉は再びの回頭を終え、加速を始めた。

(……そうか。ならばいい。だが、不用意な発言には気をつけろ)

 三度の突貫をいなしつつ、ターツァは口を開いた。

(この機体は恐らく、意図的にデータリンクから外された機体だ……。なにか大きな事が動いているのかもしれない……)

 口にこそ出さなかったが、それはつまり軍の中で、自分たちよりも権限を持った誰かによる“何らかの企て”がある、ということを示唆していた。

「大尉……?」

 その口調に、いつものターツァにはない影を感じたイオリは思わず聞き返していた。刹那、凄まじい衝撃に息を詰まらせていた。

「ぐぁっ……!?」

 飛び去ったと思われた〈ギャプランもどき〉が、ありえない速さで回頭し、異常とも言える軌道を描いてイオリの〈リゼル〉に肉薄していたのだ。

 咄嗟にビームサーベルを抜いて応戦するが、速度で負ける相手に受けに回るのは愚策であった。必死なあまりに失念していたが、その失策は命取りであった。

(イオリから離れろ!)

 ターツァが勇猛にも掴み掛るが、サブアームを駆使した〈ギャプランもどき〉の動きには追従できない。しまいにはサブアーム1本に体術のような動きで組み伏せられ、右腕の関節がひしゃげていた。

 その間にも、〈ギャプランもどき〉はイオリの〈リゼル〉の胴に両マニピュレーターの爪を立てて、引きちぎろうとばかりに力を加えていた。

「こんなの……獣じゃねぇか……!」

 動こうにも〈ギャプランもどき〉の拘束を解くことが出来ず、さらには徐々に金属の擦れる甲高い音が聞こえだし、異常を告げるアラームが鳴り響く。

 ペイルアウトしようにも、目の前には〈ギャプランもどき〉がいる。生身の機動でバルカンを躱しきることなど不可能に近い。しかし、ぐずぐすしていれば機体が引き裂かれると同時に起こるであろう大爆発に身を灼かれるのは必至だ。

(イオリィッ!)

 藻掻くターツァの〈リゼル〉。しかし、〈ギャプランもどき〉の器用なサブアーム捌きがコクピット部へ打撃を加え、沈黙させる。データリンクも途切れてしまったためにターツァのバイタルも確認出来ない。一時的なシステムダウンであることを祈ったが、自身も窮地であることには変わらない。

「……死なば諸共、ってか……」

 必死に頭を回すが、万策は尽きている。撃墜されるならば、相手ごと爆発に巻き込み、なけなしでもダメージを与えることが最善であると考えた。

 コンソールを引き出し、自爆コマンドを入力する。育成学校で習ったときに「使わねえよ、こんなの」と軽口をたたいていたころが懐かしい。後は演習と同じようにエンターキーを押すだけ……!

 ―もうやめてっ!!

 キーに触れようとした刹那、頭に降ってきた声に、イオリはその指を止めていた。

 聞き覚えのない少女の声。だが、それは間違いなく聴こえた。空耳なんかではない。それは音というにはあまりに儚く、感覚というには鮮明すぎる色を伴い、イオリの頭に響いた。

 しかし、そんなことに気を取られている場合ではない。目の前の“怪物”に一矢報いるために……。

 だが、イオリはそこで驚愕していた。目の前の〈ギャプランもどき〉は一切の動きを停止していたのだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「……止まったか」

 腕時計型の通信端末に表示されたメッセージに、デヴォンは満足げに頷いていた。それを聞いたドルトは、無言で頷き立ち上がると、会議室をあとにした。

 あらかじめ<シルフレイ>の試験プロトコルを送付してきただけのことはある。デヴォンはドルトの働きぶりに感心していた。既定路線だったとはいえ、顔を合わせたことのない人間に機密中の機密ともいえるデータの複製を送ってよこすなど、普通は考えもしない。だが、現実としてアルベルトという邪魔が入ったことによって、会話では意思の疎通ができない状況が生まれた以上、この気遣いでデヴォンが救われていたのは間違いのないことだった。

 一方で、ただ一人事情の飲み込めないアルベルトは目を白黒させるばかりで狼狽えるだけだった。

「なに、こちらの話ですよ。……それよりこちらの提案を一度検討頂けませんかね?」

 強引に話題に引き戻すデヴォンが指し示すのはテーブルの上の白いファイルだった。

「ぐ……その件に関しては、今はまだなんとも……」

「クリューガーさんとは別な部署を管轄されてるんでしょう?それにアナハイムは一枚岩ではないと聞いています。あなたの立場からしてみれば美味しい話だと思いますが?」

 甘い事を言って誘いにかける。デヴォンの交渉の常套だった。それがデタラメであっても彼だけは損をしないように立ち回る。天性の才能とも言える交渉のバランス感覚を駆使して、デヴォンはアルベルトを使ってマーサの首を締めようと考えていたのだ。

「……なるほど。ですがうちの現場の意見を仰がないことには、私としてはお答えし兼ねます」

 だが、いつもは地に足のついていない小心者も、デヴォンのその交渉の手段にだけはめっぽう強かった。付け入る隙があっても、強引な引っ掛けには一切動じない。その点においてだけは地位相応の能力を持っていた。

「やれやれ……ですね」

 困ったように顔を伏せ、肩をすくめるデヴォンだったが、その口調は少しも困った様子はなく、口元にも余裕の笑みを残していた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 うっすらと開いた視界の片隅で、白いカーテンが揺れているのがわかった。思考のおぼつかない頭は心地よく気だるく、そのままでいることを望んでいた。

 ここは何処だろうか。

 その疑問を起点に芋づるのように記憶を辿る。宇宙を漂う自分。確か戦闘があったはずだ。そして、モンテロールとダンケが命を落としたはず……。ルイーズ……?

「っ……!?」

 ファムはそこで一気に意識が覚醒していった。

 そうだ。任務中に連邦の〈ガンダム〉に小隊は壊滅させられたのだ……。屈辱以外の何物でもない。

 自分の失態を責めると同時に、再びファムは今自分がいる場所への疑問が湧き始めていた。

「おうおう、お目覚めかい」

 声と共に開いたカーテンの向こうから覗いたのは三十歳前後ぐらいに見える男。連邦軍の士官服を来ているところを見ると、どうやらここは連邦の艦の中らしい。

「おっと!そんなに警戒するなよ。別に俺らはあんたを取って食おうなんて考えてないさ」

 険しい顔をしてしまっていたのだろう、それを見た連邦軍の士官はファムを宥めるように両手をあげて、敵意のないことを示していた。捕らえられたところで敵意がないと言われても、素直に信じられるものでも無かったが、事実として少なくとも目の前の男からはそんな“色”は感じられなかった。

「怪我は大丈夫か?頭とか内臓には別状はないと聞いたが」

「ん、ああ……問題ない」

 今更だが、ようやくファムは額と腹部に包帯を巻いていたことに気付いた。言われてみれば鈍い痛みが残っているが、気になる程のものでもない。

「それは良かった。詳しくはわからないが、アンタんとこの艦も無事脱出したらしい」

「っ……!本当か!?」

 胸をなでおろすと同時に、今後あの艦はどうなるのだろうという漠然とした心配が頭をよぎる。ダンケとモンロールを失い、隊長である自分は連邦の艦につかまっている現在、ルイーズなら単艦、あるいは単機で自分の奪還に向かう可能性は十分に考えられた。

「……彼らと連絡は取れないか」

「再三やってはいるんだが、向こうが反応しないんだ。それでアンタなら緊急の連絡回線かなんかでも持ってるんじゃないかって、起きるのを待ってたんだ」

 なるほど。実際この男の読みは正解だった。自分の〈ギラ・ドーガ〉には緊急無線用の回線が設定されている。しかし、反応距離に難があり、一度も使用したことがない。恐らく常時電波を拾えるようにはしているのだろうが、艦まで届くのだろうか。

「そんな事より、あのガンダムタイプはどうなったんだ?」

「ガンダムタイプ……?ああ、〈ギャプランもどき〉か。あれなら勝手に止まってくれたよ。今は整備班がコクピットハッチの解放に手を焼いてるらしい」

「そうか……。あれに乗ってるのも私と同じ境遇の者のはず……だ。出来ればあまり手荒くしないで欲しい」

 撃墜されなかったという事に何故か安堵している自分に戸惑いつつも、同胞へ抱く念のようなものだと理解する。しかし、同時に思い出されるのは戦闘時の違和感だった。

「ふむ……興味深いな。知り合いか?」

「……いや、そういう訳では無い。戦闘中に一瞬だけ声が降ってきたんだ。……懐かしい声だった」

「見に行くか?あの機体をさ」

 そんな誘いに、ファムは胸の中の違和感が吹き飛んでいた。

「良いのか?私は捕虜だぞ、独房とかなんとかに……」

「構わんさ、艦長の許可はとってある」

 

 

「……」

 そんなふたりのやり取りを医務室の外から伺う者がいた。クセの強い黒い髪を短く刈り込んだ男、ラキア・シュヴァルツサザン。手には紙メモと、インクペンを握り、ターツァとファムの話に聞き耳を立てていた。

 メモ帳にペンを走らせながら「これが決め手になるな……」と一人笑うラキアに、後ろから「なにやってんだ?」と声がかかる。

「うわああああ」

 情けない変な声を上げながら腰を抜かしたラキアは、その拍子にリフトグリップから手を離し、明後日の方向へと流れ去っていった。

「なんだ、あいつ……」

 去っていくラキアを見送ったイオリは、ここへ来た目的であるターツァ隊長の呼び出しを果たすべく、ドアへと向き直ろうとした。しかし不意に開いた扉から出てきたターツァと出会い頭に正面衝突していた。

「あいたぁっ……!?」

 こちらもこちらとて間の抜けた声を上げ、今さっきのラキアのように流されん、という所でイオリはその手首を掴まれていた。

「大丈夫か?」

 その手を掴んでいたのはターツァの後ろにいたはずのファムだった。常人のものとは思えない身のこなしでターツァを掻き分け、イオリを救助したのだ。

「お、おう……」

 ファムの瞳に見つめられたイオリはその眼に、不意にも釘付けになっていた。その動きで乱れた前髪を正すと、ファムは茫然とした表情のターツァの方へと振り返る。

「なかなかやるね、お嬢さん」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「ターツァさん、待ってましたよ……。こいつ、なかなか頑固で扉が開かなくて」

 MSハンガーに着くなり、待機していた整備兵がターツァに声をかける。

「おうおう、そんなことだろうと思ってたよ。仕方ない、物理破壊を許可する」

「待ってました!」

 ターツァの返答に嬉々として敬礼を返す。その様子を傍目に、イオリは呆れた、といった風に肩をすくめた。

「私もああゆうのは好きじゃない」

 いつの間にか隣にいた女性、ファムがつぶやく。両手は簡易手錠で拘束されているが、ターツァさんの監視下でなら自由が与えられていた。

「ネオジオンの連中は戦時協定で捕虜じゃないんだろ?なら、危害を加えない限りは好きにさせてやってもいいんじゃないか?」というターツァの、聞く人が聞けばターツァが独房入りも考えられるような発言と、それに押し切られた艦長の許可のもと、ファムは最低限の自由が与えられていた。

「貴女、ニュータイプか何かですか?まるで俺の心を読んだような…」

「さあな。もっと怖いものかもしれん」

 もともと機械音がなり続けるうえ、チェーンソーと金属が擦れ合う甲高い音が響く格納庫の中で、不思議とファムの声はイオリの耳に届いていた。それはまるで、<ギャプランもどき>が動きを止めたあの時に聞こえた声のような…。

「あの人はいつもあんな感じなのか?」

「ターツァさんのことか?」

 ファムの視線の先で、ターツァは整備班に交じってコクピットハッチと格闘していた。いつも通りの威厳がありながら、それでいて陽気なムードメーカー。どんな人にも自慢できる最高の上司だとイオリは思っていた。

「いつも自分から動いて、誰よりも部下のことに真剣になってくれて。自慢の隊長だよ」

 それは嘘偽りのない、イオリの本心だった。だが、ふと思い出すのは<ギャプランもどき>を前にしたあの時見せた影。『なにか大きな事が動いているのかもしれない……』ターツァさんにしては珍しく焦ったような、なにかを企んでいるかのような感覚。

「やはり思い当たるものがあるのか」

 再びの指摘。不覚にも動揺を見せたイオリの顔をファムがのぞき込む。

「私が言う義理はないが、彼は完璧ではない」

「アンタがターツァさんの何を知っている…!」

 とっさにファムを突飛ばそうとするが、その腕はしっかりと握られてびくともしない。あまりの力で握られた腕は徐々に鬱血するほどであった。

「なにも聞かされていないか?」

「何が言いたい…?」

「いざという時は自分に従え」

 力強く見据えられたイオリは、反論の言葉を見つけられなかった。それどころか何を意味しているのか、理解の追いつかないイオリはファムの紅い瞳を見返すしかなかった。

 二人の間を支配する長い沈黙を破ったのは、「ハッチ開くぞ!」という整備長の鋭い声だった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 同じころ、ブリッジには〈レオントキール〉艦長、ヴァッフ・レイゲン少佐のいぶかしげな声が響いていた。。クラップ級〈レオントキール〉が所属する第十四独立艦隊は、かの有名な第十三独立艦隊〈ロンドベル〉の外郭組織として構成されている。艦隊全体が〈ロンドベル〉の傘下にあり、人員や戦力の補充源としての機能を見込んで設立されていた。…という建前ではあるが、実情として、養成学校上がりの新兵の収まりどころとしての機能が主立っていた。その中において、ターツァ隊は珍しく実働経験が豊富の異色の存在だった。一方でその運用の足となる〈レオントキール〉のクルーは第十四独立艦隊の大半を占めるルーキーたちであった。ヴァッフも例外ではなく、若くしてその座に就く彼に艦長帽と椅子は似合わず、ブリッジの空気に飲み込まれてしまっていた

「サイド6〈ネビロス〉へ、ですか…?」

『ああ。先の戦闘で確保した友軍試作機とネオジオンの機体を持ってきてほしい』

 モニターに映る、ひげを蓄えた男、ニーゼス・アリューゼ中将が淡々と伝える。。立てられた襟には数々の勲章が彩り、その男がいかに高位の将官であるかを物語っていた。一方でその内容に、ヴァッフはますます不審な表情に変わっていった。

「…お言葉ですが、中将。現在地点からですと、〈ロンデニオン〉の本部のほうが近く、それに本艦の連続作戦行動期間は規定を大きく超えています。補給を行わせていただきたく…」

 〈レオントキール〉がいる宙域から最も近いコロニー群はラグランジュ5にあるサイド1だった。そしてそこには親組織である〈ロンドベル〉の本部が置かれた〈ロンデニオン〉があるのだ。

『すまないが事態は急を有する。補給船を派遣する、補給に関しては彼らと合流して済ませてくれ』

 しかし、ニーゼス中将の指示は冷たいものだった。彼の指示の前に規定などを言い訳にしようとしても、意味をなさないのはわかっていたが、実際にここまではねのけられれば、従うほかなかった。

 それを最後に通信を切ると、ヴァッフは後ろに控えたアリーシャに視線を投げた。

「ネオジオンの連中の動きは?」

「おそらくこちらの信号を受信したかと。航路をこちらに寄せつつあります」

 先ほどターツァの指示で発信した、ファムの返還に関する暗号通信を無事受信したらしい。やたらに更新を行えば、後にログの調査が行われた際に問題になりかねなく、正式の通信の合間に紛れ込ませる必要があった。

 その矢先のあの指令である。もしかしたら感づかれているのか、という疑念も晴れないではなかった。クルーの多くがターツァのことを信頼しているゆえに不満や疑問は表立たないが、ヴァッフは徐々に疑念に支配されていた。

「っ!格納庫から通信です!コクピットハッチが開いたそうです!」

 アリーシャの声に、ヴァッフは再び彼女に視線を向けた。

「格納庫へ向かう。少しここを任せた」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 イオリとファムの目の前で開き始めたコクピットハッチの向こうに人影がのぞく。開き切ると同時に空中に投げ出されたのは、長身の男だった。整備長がかろうじてその男を受け止める。その拍子に外れたヘルメットから覗いたのは東洋系の整った顔。その顔に、その様子を見ていた多くのクルーが驚愕に包まれていた。

「あれって…」

 達観の眼差しだったファムも、その眼に若干の動揺を見せていた。

「グローレン、グローレン・T・ベルバーグ。ティターンズのニタ研技術員にして、グリプス軍事裁判で極刑を言い渡された一人」

 その男は今から六年前に死んだはずの男だった。

「そして…」

 ターツァの視線がファムに注がれる。

「いまの私の生みの親よ」

 

(続く)




だいぶ遅れた…。頑張る…。
設定がごちゃごちゃしてるので、まとめとか作るかもです。
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