機動戦士ガンダム UC.0094 -巨人の末裔-   作:一一人

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注意:このお話はオリジナル要素、独自解釈を多分に含みます。苦手な方はご注意いただいた上でお読みください


第五話「過去」

 中立コロニー群、サイド6。一年戦争当初に中立を宣言して以来、表立った歴史に名前を残す事はなかった。

 連邦とジオンどちらにも肩入れぜず、中立の立場を取り続けてきたサイド6だったが、実際の歴史を問われれば本当に中立であったかは怪しい所である。

 中立というのはどちらにも属さないという意味に過ぎず、どちらとも敵対しないという言葉ではない。寧ろどちらの陣営も敵に回しかねない立場ですらある。事実、一年戦争終盤には連邦軍の極秘研究施設が設けられているなど、中立の立場であったという表現がどこまで正しいかは疑問が残る。無論、コロニー建設に従事するコロニー公社自体が連邦政府の元で運営されている以上連邦側に傾くのは些か仕方の無い事であるのは否めないのだが。

 かようにして一年戦争という人類史上、最悪と言われる戦禍を切り抜けたサイド6には平和が訪れるはずだった。

 しかし、そんな期待を裏切るように、地球連邦軍の一部将校たちによって発足したティターンズによる、少しでも連邦に対して不和があれば弾圧されるという世の中が生まれた事で再びの緊張を強いられることになるのだった。

 一年戦争終盤に連邦軍の極秘施設が設けられたコロニー〈ネビロス〉を抱えるサイド6は後のグリプス戦役の戦果に巻き込まれる運命にある事を当時は知らなかったのである。

 

 UC.0080。〈ネビロス〉にはジオン公国から接収した人員や資材で構成されたニュータイプ研究所が設立されていた。オークランドの本部や地上の多くの施設とは別に、ジオ二ズムの礎になった「宇宙に適応した新人類の出現」という予言の検証を行うことを目的としていた。

 連邦軍上層部は眉唾物として唾棄したその思想だったが、一年戦争で実際にニュータイプと呼ばれるエースパイロットが出現した事から研究の必要性に駆られたのである。

 仮にその預言が正しければニュータイプを軍事利用し、間違っていたのならば研究の結果を公表してジオ二ズムを否定する材料にすればいい。その程度の浅慮の元行われた研究は後に狂気を孕んで、恐ろしい結果をもたらす事になるのであった。

 

 

 

 UC.0083、戦後の復興も程々という頃、戦後最大規模のジオン残党の武力蜂起から、残党狩りの為の組織の発足を求める声が高まり、連邦幹部の積極的な働きかけもあり治安維持を目的とした先鋭部隊「ティターンズ」が結成された。

 同時期、地上のモビルスーツ工廠はティターンズに掌握され、ティターンズでの運用を目的としたMSの開発が進められていた。当時MS技術者だったターツァはカレッジの卒業後すぐにその開発に携わることになる。

 ターツァが着任したのはアジアの旧タイ王国領〈パヤオ基地〉。一年戦争中に疎開させてきた工業設備が現役で稼働することから敷地内にMS工廠を抱えており、MSの地上調整を行ったり、試運転ができるようになっているなど、地味ではあるものの地上の拠点の中ではそれなりの規模を誇っていた。

 

 着任して数ヶ月。新しい生活にも慣れようかという頃、パヤオ基地にロールアウトされたばかりの新型MS〈ハイザック〉が試験機体として納入される事になる。納入にあたって、式典に駆り出されたターツァは格納庫に収められたその姿を見上げて言い得ぬ恐怖を覚えていた。

「悪趣味だよな」

 背後からかかった声に肩を震わせ、慌てて振り返る。自分と同じように〈ハイザック〉を見上げたデヴォン・クロウズが片手をあげるのを挨拶にしていた。

 一年戦争以前より宇宙艦艇用の装備の生産を生業としていたクロウズ・インダストリー社の次期社長と名高いエリートで、カレッジ時代にひょんなことから知り合ったターツァの友人だった。最近ではMSの台頭に合わせて、20m級モビルスーツに対応した手持ち武装のライセンス生産を積極的に行っているという。

「ジオン残党狩りの為の組織、ティターンズ。そして納入される新型機は、ジオンの主力機〈ザクⅡ〉を彷彿とさせるモノアイ・タイプと来た。連邦の、しかもエリートが乗る機体として不釣り合いだって声は聞こえるが、どうしたってかつて自分達の運命を託した機体に瓜二つの巨人に追われるジオンの連中の方が可哀想だ」

「バカ、お前口には気を付けろよ。どんな事で吊るされるかわかったもんじゃねえぞ?」

 地球連邦政府の盤石な土台を揺るがしかねない、スペースノイドの自治独立運動。その嚆矢とも言えるジオン公国軍の残党勢力を駆逐するティターンズの活動は発足から日の浅い今でさえ過激と評されている。事と次第によってはその場のティターンズ隊員の独自判断で連行、粛清されるという噂もあながち誇張されたものでは無いという気にさせられるほどであった。

 そんなターツァの心配なぞつゆ知らず、デヴォンは堂々と屹立する一つ目の巨人を見上げていた。

「ジムⅡの試験データ見たよ?反応速度、最大推力共にキャパシティギリギリって感じだね」

「ああ。オーガスタのクゥエルの改造機もどっこいって感じだし、この〈ハイザック〉がブレイクスルーになってくれりゃいいんだが」

 当時、各工廠での開発は競走のように行われていた。制式に軍に登録されるためのコンペティションのようなもので、現状の機体をベースに費用対効果の優れたエースパイロット用の高性能機の開発を行わせていたのである。

 新人とはいえ、めでたく連邦軍のMS開発、しかもエリート部隊用の機体開発に携われるとなっては、なるべく良いものを残したいという思いもあり、今回の〈ハイザック〉の納入に藁にもすがる思いを抱いていた。そんな熱を帯びたターツァの隣で「ああ、オーガスタねぇ」と呟いたデヴォンの声は対照的にやけに冷たく、酷くターツァの耳に残った。

 

 

 それからしばらくは研究に次ぐ研究で、カレッジの卒業研究よりも過酷なスケジュールに忙殺される日々が続き、ターツァはデヴォンとの連絡の暇はなかった。1週間連続でほぼ徹夜状態だったり、機体付きで実地に赴いたり。熾烈を極める機体開発の生活が一年続いた頃、ターツァは後の運命を変える人事を言い渡される。

「宇宙に上がる……?」

 怪訝な声のターツァの問いかけに、基地工廠の人事担当は大きく頷く。

「ああ、参謀からの直々の人事だ。しかも、二階級特進。任官数年で技術大尉だなんてなかなかある事じゃないぞ」

 喜色に満ちた人事担当の声と裏腹にその目は笑っていなかった。明らかに裏がある人事なのは目に見えている。人事担当の喜びも、自分の部下が出世する事への誇りではなく、組織の裏事情に自分が巻き込まれなかったことへの安堵の方が大きいのは想像に難くなかった。そしてその様子を見て胸騒ぎを覚えずにいられるほどターツァは組織の空気に鈍感ではなかった。

 参謀の目的を推察しようにも情報は乏しく、余計な詮索をすれば自らの進退、ひいては生命すら脅かす可能性がある。

 通告から早々に従来の仕事から外されたのは不幸中の幸いと言うべきか、ターツァに身辺整理をさせる余裕が与えられていた。面倒事に巻き込まれたターツァに最後の休暇を与えるための粋な計らいか、巻き添えを嫌った主任の保身を計った足切りかは判別としなかったが、いずれにせよターツァの心境は穏やかではなかった。

 そんな、かつてとは別な意味で多忙な中、ターツァを訪ねてきた男がいた。

「やあ、元気してる?」

 それは着任当初に顔を合わせたきりのデヴォンだった。

「なにも、こんな忙しい時期を狙わなくたって……。お前ぐらいの人間なら宇宙と地上の行き来ぐらい自由なもんだろ?」

 かの大戦以来、とりわけ地球とコロニー間の渡航制限は厳しくなっていると聞く。ただでさえ地上に住めるのはひと握りだと言うのに、その中でも自分の自由意志で渡航日程を決められるのは相当の立場を持つ人間に限られる。

「それはもちろんさ。でも、今君と会わなくちゃいけない理由がある」

 ターツァの指摘を否定しないデヴォンは、唐突にいつもの余裕に満ちた笑みを引っ込める。

 それを見たターツァは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。良くも悪くも、この男は余裕じみた、人を小馬鹿にするような笑みを顔に貼り付けているのが常であった。それは自分がどんな窮地に立たされたとしても変わらず、クロウズ・インダストリーの出世競争に蹴落とされそうになった時ですらその笑みを忘れたことはなく、むしろその笑みが結果を覆したとすら思える。

 そしてそんな男が、その笑みを引っ込めたということに、ターツァはただならないものを予感せざるを得なかった。

「君に見せたいものがあるんだ」

 

 

 次の日、デヴォンに連れられてターツァが訪れたのはパヤオ基地郊外にある軍病院だった。

 終戦から三年の時が経っているが、一年戦争時の怪我の治療で入院しているパイロットがいるらしい話を思い出したターツァは、てっきりそういった人物に会わされる物だと思っていた。

 ところが敷地に足を踏み入れたデヴォンが一番大きいA棟を素通りして裏手に回り出した所でターツァはその首をかしげた。

「どこに行くんだよ」

 前を行くデヴォンは返事を返さない。

 ひたすら無言のまま、2人がたどり着いたのは正門からA棟を挟んでちょうど反対側、人気のない建物だった。二階建て程度にみえるその建物は、軍病院のすぐ裏手にある山の斜面がちょうど始まるという具合の場所に建ち、比較的新しい建物が目立つ軍病院の中で一際異彩を放つ程に年季が入っているように見える。

 そんな外観に不釣り合いな最新式のセキュリティをパスすると、すぐに目に入ったのは街にあるような普通のクリニックのような待合室だった。違う点をあげるならば、天井の蛍光灯の多くが切れたまま交換されておらず、リラクゼーション映像が流れていたであろう液晶モニターはその役目を終えて久しく、表面に遠目から見て取れるほどの埃をかぶっていた点だろうか。

 デヴォンはその異様な空間に目もくれず、入口を入ってすぐ右手にあったエレベーターを操作する。扉越しに鈍い機械音を聞いたターツァはそこで思い出したようにエレベーターの存在に首を捻った。

 そのエレベーターが明らかに後付けらしいことは周りの壁材との相違で察しがついたが、見上げたところにある階表示にBが付いているところを見てますます疑念

 が深まる。

「こんな建物に地下があるのか……」

 ターツァの呟きにデヴォンは沈黙を通す。

 目的の階は地下三階。エレベーターの音だけが響く、妙に長い時間が流れた末、ターツァはゆっくり開いた扉から漂った臭いに鼻をおおった。

「相変わらず、だね」

 同じく顔を顰めたデヴォンだったが、こちらは慣れているらしい、文句を一言残してエレベーターを降りていった。

 半円状のエレベーターホールに出ると、目の前には病院の受付と言うには物々しい詰所とその脇のセキュリティゲートが見える。

 詰所から出てきた白衣の男性の敬礼をデヴォンは手で制すと、ポケットから二枚のカードを取り出した。

「説明は僕だけでもいいんだけど、専門家がいた方がいい」

 かしこまりました、と応じた白衣の男は詰所の窓から顔を突っ込むと誰かを呼ぶ声を上げる。程なくしてドタバタと音を立てて同じく白衣の男、違いは眼鏡をかけていることぐらいだろうか、が出てきた。

「お初にお目にかかります、マイク・ジョンソンです」

 忙しなくペコペコと頭を下げたマイクはボソボソと自己紹介をすると、セキュリティゲートのコンソールに首から下げたカードキーをかざした。

 開いた扉を手で示したマイクに促されるまま、デヴォンとターツァは奥へと進む。

 長い廊下だった。蛍光灯の光に照らされ廊下は白い壁と天井、鈍色の床の色彩をターツァに押し付けるようだった。

 歩を進めるにつれて徐々にキツくなる刺激臭は、マイクはもう慣れきっているらしく涼しい顔で二人を先導していく。一方でデヴォンもそろそろ限界が近いらしくハンカチで鼻を覆い始めた。

 そんな折、「セロトニン=イフェクサー」と前を行くマイクが呟く。

「なんだって?」

「この研究所で使用している精神薬のひとつですよ……この臭い、辛いですよね」

 尋ね返したターツァに振り向くとマイクは、表情こそ変えなかったが嬉々とした声でそう返した。

 そこに言い知れぬ狂気を見たターツァは不意にデヴォンの顔を仰いだ。

「なんなんだ、ここは一体……」

「ニタ研、って聞いた事あるかい?」

 ターツァの問いに問いかけで返したデヴォンはターツァを振り返らない。

「あ、ああ……名前だけは」

 少し前、工廠の技術者達で話題に上がった話にそんなのがあったと思い出したターツァは少し考えて憂鬱になった。その話題についてまともに考える事が出来ないぐらいに忙しい日々を送っていた自分の身に哀愁を感じたのだった。

 と、上の空だったターツァは突然立ち止まったデヴォンの背中にぶつかる。

「見てくれ」

 そう言ったデヴォンに促されたターツァはその視線を追う。延々続くかと思われた白い壁が途切れ、透明なアクリル窓になっている場所から見下ろすのは「手術室……?」そう呟いたターツァはすぐにその答えを否定した。

「似ているけど違うね」

 眼下に広がるのは、実際病院の手術室のように白く清潔そうな広い空間だった。だが、それと違うのは手術台のようなリクライニング式の椅子に座る患者の手足が拘束されている点だった。

 また、通常の手術室と違ってその手術台は一定の間隔を開けていくつも並べられている。

「さっきの話だけど、ニタ研。ニュータイプ研究所について、君はどこまで知っている?」

「え?それは……一年戦争の時に現れたっていうニュータイプについて、そして彼らが使う兵器についての研究をしているって事ぐらいしか……」

 ターツァの返答に頷いたデヴォンは「うん、間違ってはいないね」と答えた。

「でも、それだけではないのさ。ニュータイプ研究所、ここを含めて数カ所に開設されたそれは更なる研究を始めたんだよ」

 デヴォンの声が、さっきのマイクの声とは違って憂いを帯びているのがわかった。

 それが意図するもの、眼下の光景に注目していたターツァはそれに気がついてしまった。

「……子供ばかりじゃないか……!」

 先程のデヴォンの説明でここがニュータイプ研究所なるものの一つであることはわかった。そして、未知なる存在であるニュータイプについての研究をしていることも理解した。だが、ここで行われているのはなんだ?子供を集めて行っている事とは?

「ひひ……2915番を見てください」

 しばらく黙っていたマイクが口を開く。よく見ると確かに手術台毎に番号が振られているのがわかる。指示された2915番に目を向けたターツァは、それを認めるとすぐに目をそらした。

「なにを……なにをしているんだ……!?」

 一瞬、その目に映った物。それは額から上を切り取られた少年とも少女ともとれぬ子どもの姿だった。本来髪が生えている部分は一回り分小さく、ぽっかり空いた空洞に収まった脳みそがよく見て取れたのだ。

 ターツァは気付かなかったが、そこには複数の電極が突き刺さっており、その端子はケーブルで隣の機材に繋がれていた。

「作っているんだ」

 デヴォンの呟きがターツァの問いに答える。

「ここではニュータイプを作っているんだ」

「ふざけるな!こんな……こんな非人道的な事……」

 声を荒らげたターツァはもう一度下を覗き込む。その瞬間。

「……ッ!」

 目が合ったのだ。

 物言わぬ、額から上を無くした、紫色の脳みそを剥き出しにした、朦朧とした表情の少年とその視線を交わしてしまったのだ。

 生きている。彼は生きているんだ。

 当然の事だったが、得体の知れない恐怖心がターツァの身体を駆け抜けた。

 何を伝えたかったのか。あの視線に何が含まれていたのか。

 わからない。いや、もしかしたら何も無かったのかもしれない。ただ生きているだけ、心臓を動かし、肺は空気を出し入れして、血液が身体を巡るだけの存在だったのかもしれない。

 無数に湧いた思いは恐怖と絡まり、見えない傷をターツァに刻んだ。

 そして次に「……あれは失敗だな」と呟いたマイクの胸ぐらを掴んだターツァは力一杯にその顔に拳を叩き込んでいた。

「やめろ、ブリッジス」

 冷ややかなデヴォンの声にターツァはその腕を下ろした。

「ブリッジス技術大尉、君を召集したのは他の誰でもない。この私だ」

 そう続けたデヴォンにターツァは力なく首だけを振り向ける。乱れて垂れた前髪が視線を覆い、頬には一筋の跡が見て取れた。

「君には私と共に宇宙へ上がり、サイド6〈ネビロス〉に所在するニュータイプ研究所にて研究にあたってもらう」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「しばらくその時の光景は頭から離れなかった。いや、今でも夢に出るよ。あの眼がずっと俺を見つめてくるんだ。……一方で〈ネビロス〉の研究所は比較的穏やかだったのさ」

 話が始まりしばらくして、ターツァの“この件”へのファーストコンタクトについてが話し終わった頃。

 イオリは妙な悪寒に襲われていた。体調が悪いとかターツァの話を聞いて気分が悪くなったとか、そんな表面的な感覚ではなく、もっと魂の深くから湧き上がる感覚。しかし、そんな曖昧な感覚故に言葉にする事は出来ずにいた。

 そんなイオリを置いてターツァの話は進む。

「俺がファムと初めて会ったのは〈ネビロス〉でのとある事件が最初だった」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 着任するまでこそ、ターツァはパヤオ基地の研究所で見た光景が日常になると思い込んでいたのだったが、実際に蓋を開けてみると、そこは平穏そのものだった。

 〈ネビロス〉の一角、周りこそは工場などに囲まれた無骨な土地だったが、研究所の周囲だけは木々や色とりどりの花が植えられた楽園のような場所だった。

 そんな敷地のなかに建つのは、クラシカルな雰囲気のお屋敷。とてもニュータイプ研究所とは思えない見た目の場所だった。

 ただのカムフラージュという訳ではなく、そのお屋敷はニュータイプ研究所に所属する被検体である子供たちの家となっていて、規定のプログラム以外の時間では初等学校程度の授業が行われたり、綺麗に整えられた庭で子供たちが遊んだり、到底最初に見た施設と同系列のものという印象を抱かせない。もっとも、施設に出入りする大人の殆どは白衣着用であるという点は共通していたのだが。

 デヴォンによると、ニュータイプ研究所はいくつかの系統にわけられるらしく、〈ネビロス〉は地上のニタ研とは違い、“施術”レベルの低い子供たちが所属しているとのことだった。

 その話の通り、〈ネビロス〉で見かける子供たちの殆どは手術による改造を受けておらず、投薬やトレーニングなどによる調整が主だった。

 もちろん、脳には一度電極が埋められているのだが、地上で見たものとは違い、簡単な施術で済むということだった。もっともこの時点で認識がだいぶ歪められているのだが。

 そんな〈ネビロス〉において、ターツァの主な仕事は被検体達のケアだった。

 てっきり地上で行っていた機体開発に関係した仕事が与えられると思っていたターツァはやや肩透かしだったのだが、全くその仕事がない訳ではなく、お屋敷の地下、つまりはコロニーである〈ネビロス〉の外側に設けられた工廠にて、かなり機密に近いレベルで進められていたプロジェクトで開発される機体にアドバイザー的な立場で関わる事もあった。

 とは言え、ほとんどの仕事は地上のお屋敷にいる事が多く、過去の働き詰めの時代が幻のようにすら感じる程だった。

 しかし、平和な時間は長くは続かなかった。

 ある時、工廠で進められていたプロジェクトについて子供たちに情報が漏れる事態が発生した。自然と子供たちが嗅ぎつけたのか、誰かが意図的に漏らしたのかは定かでは無かったが、この事件が穏やかだった〈ネビロス〉を一変させることになる。

 進められていたプロジェクトというのは、当時ティターンズで進行中だったTR計画と付随する機種統合計画に連なるもので、ニュータイプ(或いはその能力を人工的に付与する強化が施された人間、通称強化人間)に対応したものだった。

 ギャプラン、或いはTR-5〈フライルー〉と呼ばれる可変型の機体をベースにしたその機体はコードネームとして〈ラビット〉という名前が付けられていた。TR計画で開発された機体は当時の試験運用部隊でウサギの意匠が施されていた、という事もあってのネーミングだったのだが、厄介なのはここからだった。

 TR計画の完成系として計画されていたTR-6には“強化人間の人格を取り込んだOS”が採用される予定だったのだが、このOSというのが“被験者の死をもって完成するOS”だったのだ。

 そして、この事実は子供たちの間で噂になるにつれ、「“うさぎ”に認められた子供は施設から出ることが出来る」という脚色された話へと変化して行った。

 そして、その被験者に選ばれた1人がファムが妹のように可愛がっていたマユだった。

 他に選出された6名ほどの被験者達と共に〈ネビロス〉に移送されたマユ達は、様々な訓練や実験を受けることになる。被験者の殆どが事故によって死亡したり、人格データの抽出に失敗したフィードバックで廃人になったりと悲惨な結末を迎えたのだったが、その中でマユだけは全ての実験を手筈通りにこなした。

 そして、その結果として帰らぬ人となったのだった。

 その後しばらくしてから〈ネビロス〉に移ってきたファムはマユが“うさぎ”に選ばれた事を知ったという。そんなファムを支えたのがターツァだったのだ。

 

 だが、さらなる事態の変化が訪れる。

 〈ネビロス事件〉の発生がターツァとファムの運命を変えることになった。

 この時既にグリプス戦役が開戦しており、徐々にエゥーゴが戦果を上げ始めたという頃。どこから情報が漏れたのか、〈ネビロス〉の研究所の存在がエゥーゴに察知され、施設が襲撃、制圧されるという結果になった。この時焦った幹部の一人が自爆プログラムを決行。

 一部の被験者を実験用の〈マラサイ〉に搭乗させて脱出させたものの、施設は壊滅。更にコロニー内の大気が流出し、〈ネビロス〉は急激な圧力変化で圧壊。これが死者行方不明者数不明、生存者7名という最悪の結果を招いた〈ネビロス事件〉の顛末である。

 ターツァはその生存者の1人だった。その日はたまたま工廠での作業でノーマルスーツを着ていたという事が幸いしたのだ。そして〈マラサイ〉に被験者達を乗せる判断をしたのも彼だった。結果として〈マラサイ隊〉で生存したのはファムだけだったが、その事をターツァは知る由もなかった。

 その後、ターツァは爆発に巻き込まれ、他の人間と同じく宇宙空間へ投げだされる。身体中に火傷や打撲傷を受けたものの、ノーマルスーツの損傷が少なかったことと、比較的大きなデブリに取り付くことが出来たことのおかげで、救援挺に無事に発見されるに至ったのであった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「待ってくれ、ラキアはどうしたんだよ。あいつだって強化人間だって言うんだろ?〈ネビロス〉にいたんじゃ……」

 話の区切り、ターツァが〈ネビロス〉のニュータイプ研究所を成り行きとはいえ離れる所まで聞いたイオリは、先程からの身体を襲う悪寒を抑えながら口を開いた。

 さっきターツァは「ラキアも強化人間」だと言った。ターツァの話ぶりだと彼が関わったニュータイプ研究所は〈ネビロス〉が最後のようだった。

「落ち着け。問題はここからなんだ。救助艇に回収された俺は“互助会”と呼ばれる組織に匿われることになった。連邦やジオンの垣根を越えて、人類という種の存続、繁栄を続ける為に情報収集、干渉の斡旋を行うという活動をしている組織だ。簡単に言えばどこにも属さない諜報機関だと思ってくれればいい。

 そこで俺は、ティターンズに与していた過去の情報を抹消されて、組織の目的のために行動するようになった。その最初の仕事としてお前達と出会った士官学校へと赴任するわけなんだが……実はこの表現は少しだけ正しくないんだ」

「ややこしい言い方しないでよ、ターツァさんの悪い癖よ?」

 ターツァは言いたくない事がある時回りくどい言い方をする癖があった。決して誤魔化そうとしているのではなく、自分の表現が正しいのかを客観的に整理して自分の主観の含まれない情報になるように頭の中で整理しているのであった。それはターツァの正直すぎる性格ゆえの悪癖だった。

「すまない」そうターツァが口にしたが、それは突如鳴り響いたアラートによってかき消されて、音として響くことは無かった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「いいか、ここで連中を潰す。そして必ず〈シルフレイ〉を手に入れるんだ」

 〈バーザム改〉コクピット内。ヘルメットの気密を確認したラキアが通信機に吹き込む。

 ニーゼスの乗る旗艦〈ジャミトフ〉に移動したラキアの〈バーザム改〉には大型のユニットが接続されていた。

 〈フレア・インレ〉ユニット。〈TRシリーズ〉の集大成〈インレ〉を小型化させたそれは〈ジャミトフ〉の格納庫内で一際スペースをとっていた。横幅高さ共に20m、全長が30m程の鳥型をしたユニットの腹部に収まるように接続された〈バーザム改〉はさながら主従が逆転したかのような錯覚に陥る。

(コクピットが残ってれば、どれだけ痛めつけても構わないんでしたっけ?)

「ああ、所詮必要なのはメインシステムに過ぎない。思う存分暴れてやれ」

 帰ってきた部下の問いに返事を返したラキアは視界の隅、モニターに映りこんだ人影に気がついた。

「プロフェッサー……」

 それは無重力用点滴ユニットを片手に半分ノーマルスーツを着崩したグローレンだった。 手招きしているところを見ると個人的な話があるのだろう。

 ため息をついたラキアは出撃までの猶予があることを確認して、コクピットハッチを開いた。

「どうしたんです。息子が戦地に赴くのを見送りにでも来たんですか」

 冗談めかしたラキアに帰ってきたのは予想外にも「そんなところだ」という生真面目なグローレンには珍しい返答だった。

「武力誇示の為、という名目で〈フレア・インレ〉を使わせているが、先程も言った通り〈バーザム〉をユニットにしている以上、100%の性能は出せないと思え」

 当初〈フレア・インレ〉の使用に待ったをかけたグローレンだったが、ニーゼスからの「武力誇示によって戦意を喪失させる」という提案を受けて渋々実戦用の調整を行っていた。

「それに……」

「サイコミュユニットの感度が推奨レベルに達してないって話でしょう?」

 ニーゼスからの提案を受けた際にもすぐに認めた訳ではなく、〈フレア・インレ〉を動かす事のデメリット、操作難度が非常に高い事などを何度も説いていたのだったが、その時そばにいたラキアはその主張の殆どを記憶に留めていたのだった。

「……ああ。君の〈バーザム改〉は試作段階の〈サイコ・AMBAC〉を搭載しているおかげで、なんとか〈フレア・インレ〉の器として使えるに過ぎん。細かい姿勢制御こそサイコミュとメインシステムが請け負うものの、火器管制から基本の戦闘動作は手動になっている。君を侮っている訳では無いが、このクラスの機体を動かすには……」

 そこで言葉を切ったグローレンは器用に身をひねりラキアに背中を向けた。

「どうしたんです?らしくないですよ」

「すまない。我々の為に君にこのようなことを強いてしまって」

 グローレンの前でこそラキアは進んで戦闘を好むかのような振る舞いをしていたが、本心ではやはりかつての仲間であるイオリやクリスティーナを裏切った負い目を感じていた。強化人間としての記憶を取り戻した事でターツァが過去に何をしたのかを思い出した事だけが唯一の原動力になっていたが、同時にこれまで本心はどうあれ自分たちを育ててくれたターツァへの恩を感じていたのも事実である。

 故に自分のような存在を生み出した世界への復讐のため、一部で利害が一致したニーゼス一派に取り込まれていたものの、〈レオントキール〉を沈めた事は消えない傷として刻まれ、逆に引き返せぬ道であることを自分自身に突きつけていたのであった。

「……無事を祈っててくれればそれで十分です」

 入り乱れる想いに返す言葉を見失ったラキアはそレだけ言い残し、〈バーザム改〉のコクピットへと戻っていくのであった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

(前より数増えてない!?)

 先に迎撃に上がっていたクリスティーナの悲鳴が無線越しにコクピットに届く。イオリは逸る気持ちを抑えながら〈シルフレイ〉の発艦準備を進めていた。

 〈シルフレイ〉の機能の中には未知なるものが含まれている為に、初期設定を済ませてあったのだが改めて出撃前にシステムチェックを行うべきという声があったのである。なにしろ一度自らの母艦を沈めた狂犬である。〈アルストロメリア〉のクルーが慎重になるのも頷けた。

 システムチェックに必要な人員としてターツァが残る事となり、先鋒としてクリスティーナ、ファム、アイザック部隊が一足先に火線を展開していた。ルイーズは怪我が完治していない事から船体上部に据え付けられたスキウレ砲の砲手に回っている。

「ターツァさん!早くしねぇとやばいんじゃないっすか!?」

(待て、もう少しで終わる……よし、行けるぞ!)

 モニターに映ったターツァが親指を上げたのを合図にイオリは口笛を返事として返すと、コンソールに指を走らせ〈シルフレイ〉の主機を立ち上げた。

 重々しい機械音がコクピットに響き渡るのを聞いたイオリはコントロールグリップを握り込む。今まで使っていた〈リゼル〉の洗練されたデザインと違い、明らかに試験機、機能性に特化した無骨な、それでいて拡張されて複雑なフィンガースイッチの類を弄ぶと、格納庫内の誘導灯が進行を示した。

 それに従い、カタパルトデッキへ機体を移動させ、管制官の指示を待つ。

 目の前に展開された発艦指示が全てグリーンに変わるのを見たイオリはその瞬間になってジオン式の発艦申告の有無について思考を巡らせた。

 一瞬の逡巡の後、とにかく一刻も早く戦線に加わる事を優先するべきという答えを導いたイオリは「イオリ、〈シルフレイ〉行きます!」と叫び、フットペダルを踏み込んだのだった。

 

 

 結論から言うと、戦況は好調とは言えなかった。辛うじて友軍に撃墜機は出ていないものの、大小の被弾、小破、中破が散見される一方、それを包囲するように展開した敵部隊は何機かの撃墜機こそあれど、圧倒的な物量差でじわじわと包囲網を狭めていた。

「……随分と舐めた真似しやがったな」

 先の戦闘時からの補充分を考えても、どうやら以前は投入する戦力を限っていたように見えた。

 あの時ですら辛酸をなめさせられたというのに、それを上回る物量を以前より限られた戦力で相手取るというのは無謀のように思えたのだ。しかし、

(三番機、援護する!)

 無線から聴こえる、ファムをはじめとした〈アルストロメリア〉隊はそれに怯むことなく、偵察用である〈アイザック〉を器用に使いこなす〈アイザック〉部隊と、それをカバーするように立ち回るファムの〈ジャ・ズール〉が前線を維持し続けていた。

(モノアイは、俺らだけで十分なんだよォッ!!)

 雄叫びをあげるのはスキウレ砲を操る〈ギラ・ドーガ〉を駆るルイーズ。まばらではあったが、的確な砲撃で徐々に戦力を削る事が出来ていた。

(負けていられないな)

 ゴンという音ともに無線よりクリアな音声が耳元で弾けた。見ればイオリに続いて上がってきたターツァが〈リゼル〉の腕を〈シルフレイ〉に触れさせている。

「……当然っすよ」

 闘争心を刺激されたイオリは、ニヤと言う笑みを返事にして、フットペダルを踏み込む。

 慣れない機体のせいか、思いの外加速の勢いが付きすぎた〈シルフレイ〉だったが、咄嗟の思いつきでその勢いを利用してそのままフットペダルを踏み込んでみる。

 こころなしか、加速の感覚が〈リゼル〉のウェイブライダー形態に近く感じられたイオリは、頭にその感覚を叩き込む。だとすると旋回は……。

 身体に染み付いた感覚と直感を頼りにコントロールグリップを倒す。

「なるほど」

 思った通りの操作を確認したイオリは改めて驚嘆の息を漏らした。直線の加速やスピードに優れた〈リゼル〉のウェイブライダー形態に匹敵する操作性を持つ〈シルフレイ〉の圧倒的な推力の底知れなさに好奇心半ばではあったが恐怖を覚えたのであった。

(なーに遊んでるのよ)

 モニターに映った〈リゼル〉、クリスティーナの声に「悪い」と素直に応じたイオリは、フィンガースイッチを操作、急遽〈アルストロメリア〉で予備として余っていたビームサブマシンガンを構えさせる。

 〈シルフレイ〉が持つ専用の携行火器、ブレードライフルがファーストコンタクトの時に破損して使用出来なかった為であったが、三指タイプのマニピュレーターを採用している〈シルフレイ〉ではユニバーサル規格の装備でも、本体からのエネルギー供給を要する装備は使用出来ないという制約があった。その点、〈アルストロメリア〉にあったビームサブマシンガンは弾倉式のEパックを採用している為、願ったり叶ったりというわけである。

 先鋒として交戦していた〈リゼル〉の接近によっていよいよ敵本隊に出現を認識された〈シルフレイ〉は、流石本来の目的と言うだけあって、集中砲火を浴びる羽目になった。

 包囲陣を敷いている敵最前線の後方、火力支援の陣形からも攻撃が始まる。

 シールドを装備していない(そもそも構造上装備できない)〈シルフレイ〉はそれらを全て回避機動だけで躱さなければならなかった。

 しかし、流石の推力と言うべきか。〈リゼル〉では考えられない軌道を描き、なんとか被弾すること無く凌ぐことが出来ていた。一方で操縦するイオリにかかる負担はなかなかのもので、一つ一つの動作に息を荒らげざるを得なかった。

「ははっ……!やっぱり……とんでもねえGだな……!」

 辛うじて茶化すのが精一杯だったが、その視線は確実に迫り来る敵の攻撃を捉えていたのだった。

 

 

「ふむ……あの軌道、やはりイオリでなければ……」

 一時的に攻撃の手から逃れたターツァは視界の隅、モニターのなかでズームアップされた〈シルフレイ〉の曲芸的な回避機動を見て呟く。改めて〈シルフレイ〉をイオリに預ける事が出来たことに胸を撫で下ろすとともに、あまりに過酷な道を強いてしまった事に胸を締め付けられていた。あの機体に乗ったのが“あの”イオリである以上必ず……。

 しかし、その思考は鳴り響いたアラートにかき消され、形を結ぶ前に霧散していた。

 モニターに目を向けたターツァは、最大望遠で映し出された映像に映った機体に息を呑んだ。

「まさか……こいつは……」

 

 

「くぅおおおお……!」

 幾度にも渡る強引な回避機動を繰り返し、いよいよもってイオリも唸り声をあげ始めた頃、突然止んだ敵の攻撃に、イオリは一瞬何が起きたのか思考が停止しかける。が、次の瞬間にアラートと共にモニターの隅で弾けた強烈な閃光に、とっさの判断でイオリはフットペダルを踏み込んでいた。刹那、背後を掠めるメガ粒子の奔流。続くアラートに、光の源に向けたカメラが最大望遠で捉えたのは“鳥”だった。

 正確に言えばそれは鳥のように先端が尖り、翼のように後部を三角形状に広げた大型のMAであった。

 腹部に収まるのは、ワインレッドに染められた〈バーザム改〉。その色にイオリは見覚えがあった。

「ラキア……!」

 パーソナルカラーでの塗装が認められなかった〈リゼル〉こそ通常カラーだったものの、訓練所から様々な物をその色で染めていた。

 懐かしさと同時に怒り、そして何故?という疑問、様々な感情が入り乱れた激情が身体を走る。次の瞬間には無謀にも全速力で〈シルフレイ〉を突貫させていた。

 右手でビームサーベルを抜き放ち、上段に振り上げる。その動作とともに一直線の軌道を上方にくの字型になるように折り曲げると、〈シルフレイ〉は〈バーザム改〉を目掛けて今度は下方へバーニアを噴射する。圧倒的な速度の斬りかかりは吸い込まれるように命中したかに見えたが、寸手の所で展開したサブアームが握るビームサーベルと斬り結び、攻撃は届かなかった。

(よお、イオリ。どうだい、“うさぎ”の乗り心地はよ?)

「お前の“鳥もどき”に比べたら幾分もマシだろうな」

 接触回線が開き、飛び込んできた懐かしい声に、イオリは感情を飲み込んだ極力平静を装った返事を返す。

(相変わらず馬鹿にしてくれちゃって)

「お前も大概だ、この野郎」

 神経を逆なでするような喋り方。ラキアは何も変わっていなかった。なのに。

「なんでお前はそっち側にいるんだよ……なんでそんなに変わっちまったんだよ!」

 今までと変わらない無駄口の叩きあい。だが、その間の距離は気が遠くなるほど離れてしまったように感じた。

(変わっちゃいないよ)

 隠し切れなかった激昴に対して、帰ってきたのは酷く冷めた声だった。

 同時に斬り結んでいたビームサーベルが押され始める。推力だけでは覆しきれない圧倒的なパワーの差。

 咄嗟にその場を離れたイオリは次に向けられた銃口を認めると、コントロールグリップを倒した。

 仰向けに姿勢を崩した〈シルフレイ〉を掠めたピンクの光条は後方へと飛びさり、数機の〈バーザム改〉を蒸発させた。

「クソ、孤立させられてたのかよ」

 〈アルストロメリア〉を中心とした戦闘中域を大きく外れた自分の今の位置に気が付いたイオリは、自分の浅慮を悔やんだが、同時にそれを誘発させたラキアの的確な判断にも感心させられていた。

(イオリ、お前もこっちに来ないか?)

 ノイズ混じりの声がイオリの耳朶を打った。

(こちらの目的は〈シルフレイ〉だ。投降してくれれば命は保証する。俺の口添えがあれば役職だって……)

「嫌だね」

 ラキアが言い終わる前に拒絶の言葉を吐いた。

「目的すらわからない、そしてなにか理由があるにしても仲間を平気で裏切るような連中に誰がついていくかよ」

 それは全てイオリの本音だった。今のラキアに小細工は通用しない。ありのままの言葉をぶつける以外の方策が見つからなかった。

(へえ……俺が平気に見えてたのか)

「あ?なんだって?」

 ラキアの呟きはノイズに紛れてイオリには届かなかった。

 次の瞬間、突然にバーニアの光を煌めかせた〈バーザム改〉は展開したサブアームで〈シルフレイ〉を拘束する。

(なら俺は、お前の言う通りを演じるしかねえな)

 接触回線によって今度はスムーズに聞き取れたラキアの声だったが、コクピットを襲う衝撃にイオリは返答どころではなかった。

 程なくして拘束を解放されると、続けざまにビームサーベルの斬撃を受ける。明らかにコクピットを狙った攻撃ではなかったが、ビームサーベルを構える余裕がなく、回避機動を取らざるを得なかった。

 しかしそれを見越したかのように放たれたマイクロミサイルの群れが〈シルフレイ〉を飲み込んだ。

 機体各所に穿たれるマイクロミサイルは、一つ一つの威力は小さいものの、連鎖的に爆発する事で広い面にダメージを与える。

 咄嗟に前方へバーニアを吹かし、相対速度を減らして物理ダメージを軽減させたものの、〈シルフレイ〉の装甲は至る所に傷を受けることになった。

 一番の打撃はビームサブマシンガンが破壊された事である。残るのは固定武装の肩部メガ粒子砲二門。取り回しが悪い上に、連射性に乏しい(イオリは知らなかったがモード変更で連射も可能である)ため、使いにくい印象を持っていて、事実この戦闘では一度も使用していなかった。

 すれ違うように後方に飛び去った〈バーザム改〉に向けて数発撃ってみるものの命中せず、諦めたイオリはビームサーベルを構える他なかった。

 数度の交錯の果て、〈バーザム改〉がいよいよビームサーベルを構えたという時、斬り抜けた〈シルフレイ〉に斬撃の感触はなく、フェイントだと気づいた時には再びサブアームの拘束を受けていた。

(殺しはしないさ)

 その声を最後に、スペースデブリに叩きつけられた〈シルフレイ〉のコクピットでイオリは意識を失った。

 

 

「ラキア……あんた」

 〈シルフレイ〉をスペースデブリに括りつけ、ビーコンを設置したラキアが駆る〈バーザム改〉はクリスティーナ機と相対していた。〈シルフレイ〉の回収を近くにいた適当な人員に指示し、それを見送った後でラキアは敵の予想外の戦果に「ほう……」と感嘆の声を上げていた。

 〈アイザック〉部隊から2機の撃墜機が出ている以外は健在な〈アルストロメリア〉隊は包囲陣の半数近くを削る大健闘を見せた。

 しかし、〈シルフレイ〉と戦闘を行っているはずのラキアの〈バーザム改〉の登場とあって、その士気が下がったのは言うまでもなかった。

「……まさかイオリを……?」

(さあな。まあ、目的は達成したとは言っておくか)

 目的の達成、つまりはイオリの乗る〈シルフレイ〉を回収したという事だろう。

 唇を噛んだクリスティーナだったが、(だが、それですんなり帰る訳にも行かなくてね)と付け加えたラキアの声にその動きを止めた。

(俺たちと同じように〈シルフレイ〉目当てで襲いに来られたら困るからな。ここで潰しておけ、という命令だ)

「あんた……!私はともかく、ターツァさんに申し訳ないとか、そういうのはないの!?」

(お前もか……。本当に覚えていないんだな)

 ノイズの乗ったラキアの声だったが、辛うじてクリスティーナはその言葉を拾っていた。

 覚えていない?なにが?覚えていないのはあんたの方じゃない。

「あんたこそ覚えていないの!?私達、ターツァさんに何度も……!」

(わかっちゃいねえな)

 クリスティーナの声を遮ったのは、クリスティーナですら聞いたことの無い、酷く影を帯びたラキアの声だった。

(それ以上に忘れられない恨みってもんがあるんだよ。成り行き、本人に悪気がなくても、だからこそ行き場のない怒りが込み上げる。死んで行った奴らの為にも、生きている俺達がケジメを付けなきゃいけねぇんだよ!)

 叫んだラキアの声に反応するかのように、〈バーザム改〉を覆う〈フレア・インレ〉ユニットから光が漏れ出す。それはバーニアやスラスターの光とは異なる、頭に突き刺さるような、それでいて優しい光。怒りや恨み、負の感情によって引き起こされた異変とは思えない現象だった。

(クリスティーナ!危険だ、下がって!)

 無線から聞こえたファムの声に従い、咄嗟にコントロールグリップを後ろに引く。機体前方に付いているバーニアと前方に向けた脚からの噴射で、距離をとった〈リゼル〉は目の前で変貌する〈フレア・インレ〉ユニットの異形をそのカメラに収めていた。

「なに、これ……」

 鳥の頭部のような機首ユニットをそのままに、両サイドに接続されていた三角形状のスタビライザーが後方に周り、90度の回転の後に屹立。さながら天使の翼を彷彿とさせるように聳える。続いて機体中程の〈バーザム改〉を固定するメインユニットも回転、〈バーザム改〉を正面に向けるようにして止まると、その両腕の拘束を解除、連動した大型のアームユニットが展開された。最後にテールユニットが伸び、姿勢制御用のスタビライザーを構成すると、その変化は止まる。しかし、30m級のMAが展開、50m級の半人型を取るその様は禍々しく、そして神々しさすら感じるものであった。

(〈フレア・インレ〉MSモード。殲滅の時間だ)

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「〈フレア・インレ〉ユニット、MSモード展開。各種機能、セーフモードで推移中」

 〈ジャミトフ〉の戦闘ブリッジ、ラキアの〈バーザム改〉、〈フレア・インレ〉を観測していたオペレーターが〈フレア・インレ〉の変形を告げた。

「無茶しやがって……!」

 その報告を聞いたグローレンは拳を握る。戦闘中、ブリッジにいる身とはいえ、あくまでも自分はこの場ではただのお呼ばれの技術士官に過ぎない。それを示すようにあてがわれたのは折りたたみ式の臨時シートだった。中央の艦長席に腰を沈めるニーゼスに目を向けたグローレンはその口元が笑ったように見え、その目を疑った。

 ニーゼスは初めからこうなる事を知っていた?

 目的を共有した自分達、反乱一派であったが、ニーゼス達本隊と自分のような各勢力への伏兵との間では、その間に起きていた様々な細事は共有出来ていない。ラキアの振る舞いに関しても、なにかあったのではと思わせる所が多く、グローレンは内心穏やかではなかった。

 もしかすると……。

 そこまで考えた時、不意に振り向いたニーゼスと目が合い、その思考は凍りついた。

 ニーゼスの顔は笑み、その言葉では表現出来ないような壮絶なものに歪んでいたのだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「こいつ……!図体がでかいくせに!」

 迫る光条をバレルロールで回避したファムは視界に映る〈フレア・インレ〉を睨めつける。

 明らかにこの挙動はニュータイプ、あるいは強化人間用に調整されたサイコミュを搭載している物故とわかる。しかし、「この距離で、思考が読み取れない……」呟くファムの表情は曇っていたが、ふと我に返ったファムは「ふふっ」と口の隅に笑みを浮かべる。

 攻撃の接近はいつも通り、回避に間に合う程度で把握していたが、逆にいつも自分を苦しめてきた「戦う相手の意志」を読み取ることが出来ずにいた。敵意は身を刺すように殺到するし、撃墜すれば憎悪が身体を突き抜け、その不快感に吐き気を催すのだったが、その感覚を常とした今となってはそれが無い現状に焦りを感じているのだから笑ってしまう。

「……もしかして、私に向けての敵意では無い?」

 あくまでも接近する自分を退けているだけであって、本気で狙っているのはこの〈ジャ・ズール〉ではない……?

 だとすれば、自分の不完全な感応では読み取ることが出来ないのもうなずける。

「……彼らに何があったんだ?」

 その答えはターツァとラキアのふたりが知っているのだろう。それを示すかのように、〈フレア・インレ〉はターツァの駆る〈リゼル〉へ殺到し、その巨体を活かしてじわじわと迫っていた。

 

 

「ラキア……お前」

 背後から迫る巨体と、そこから放たれる光条を躱しながらターツァは口の中にそう呟いた。

 ウェイブライダーに変形させ、距離を取ろうとするものの、マイクロミサイルとメガ粒子の群れに思い通りの軌道が取れずにいた。

 自分に向けられた憎悪の理由をターツァはただ独り理解していたが、それに屈することは出来なかった。それを利用したニーゼスの凶行を許すわけには行かない。それだけを理由に、自分の過去の過ちを一人で抱え続けるしかなかった。

 せめて、直接俺を詰問してでもくれれば。

 そんな思いを何度したことか。しかし、自分自身その現実から目を背けようとしていたのも事実で、ラキアの謀反に気付かぬふりをしたのもそれによるところが大きかった。結果として〈レオントキール〉という自分達の家、そしてそこで待つ“家族たち”を見殺しにしてしまったのである。

 ニーゼスやラキアが覚悟しているのであろう「もう戻れぬ道」というのはターツァも胸に抱いていた。

 数発の被弾を切っ掛けに徐々に機体を襲う衝撃が大きくなる中、ターツァは過去を悔いる他に、せめて償いとしてこの戦いを終わらせる事しか選択肢を持た合わせていなかった。

 

 

 ―……て……お……て。……おきて!

 頭の中に流れ込む声がわかった。

 自分が自分の輪郭を失っている為に声を認識する以外に感覚はなく、無意識の内に自分は死んだんだと感じていた。

 ―あなたはまだ死んじゃダメ……

 再び流れ込む声。どこかで聞いたことのある声。

 君は……。

 確か前に聞こえた声に似ている。

 前?

 いつの事だ?

 ああ、〈シルフレイ〉と戦っていた時……。

 ―そう、私は〈シルフレイ〉の中にいるの……

 なるほど、だから聴こえたのか。

 おぼつかない思考でなんとか結びつけた後、言いえぬ寒気のような感覚に襲われたイオリは周りを見渡す。

 ―あなたは狙われている……わたしは狙われている……

 狙われている?

 ―そう……だからあなたは起きなければならない……

 

 

 接近アラートの音でイオリは目を覚ました。覚醒しきらない頭だったが、響く鋭い痛みが徐々に身体の感覚を明確にし始めた。

 目を開けるとヘルメットのバイザーが割れ、赤い雫が宙を漂っている。どうやら顔、あるいは頭に破片が傷を作ったらしい。

 それを認めるとやっと動き出した頭が周りの状況を確認する。モニターに目を向けるとメインシステムの一部がダウンしていることが見て取れた。機体自体の損傷は少ないようで、叩きつけられた時に一部の装甲板と構造材が歪んだ程度で済んだらしい。

 その表示の向こうでは二機の〈バーザム改〉が接近してくる様子が望遠映像に表示されている。さっきのアラートはこれによるものだろう。どうやらこちらが機能停止しているのを知っているのか警戒した様子はない。しかし、こちらが動けばすぐにでも攻撃を加えてくるであろう。

 どうしたものか。考えを巡らせたイオリはふと夢の中で聞こえた声を思い出した。

 間違いない、あれは最初の時に聞こえた声。

 ファムが探していた少女の声。

 〈シルフレイ〉に取り込まれた魂の声。

 ―そう、私はマユ……

 マユ。それが彼女の名前。〈シルフレイ〉に眠る魂の名前。俺を導いてくれた名前。

「マユ、君は……」

 ―大丈夫。あなたならできる……

 頭の中に直接流れ込む優しい少女の声は、イオリを包み込むように広がっていく。

「できるって、なにを……」

 こんな機体の状態で何が出来るって……。

 ―わるいやつを倒すの

「どうやって……?」

 ―私を受け入れて

「受け入れる……」

 どうやればいいのか。しかし、逡巡している時間はなかった。今にも2機の〈バーザム改〉が〈シルフレイ〉を確保しようと腕を伸ばしていたのである。

 切羽詰まったイオリは、なかばヤケクソのように叫ぶ。

「……マユ、君の力を貸してほしい!」

 ―うん……!

 頭の中に響いた声を合図に〈シルフレイ〉のメインモニターには[CoCoon]の文字が現れる。続いてBunny's-ⅡOSの起動を示すアイコンがステータスバーに表示され、エラーを示していた各種ステータスは再起動されて正常値を示す。連動するようにコクピットシートがスライド、姿勢を固定するように拘束器具が展開された。

 予想だにしなかった変化にイオリは一瞬躊躇したが、なるようになるという半ば盲信に近い確信めいた感情に任せ、イオリはさながら棺のような形状となったコクピットシートに身体を預けた。

 キィィィィンという甲高い駆動音を聞いたイオリは、次の瞬間、目の前に広がった宙域の光景に目を見開いた。

 最初に〈シルフレイ〉と相対した時に見たビジョンに似たそれが、マユが見せたものだと理解するのに時間はかからなかった。しかし、それが間違いであることが頭に流れ込む情報から知れた。

「……俺達も強化人間だったのか」

 ―そう、だから私を感じれる。だから私とシンクロできる。

 なるほど。そうだったのか。

 イオリは衝撃的なそんな現実すら頭に流れ込む知識のひとつとして受け入れてしまっていた。それは強化人間としての記憶を思い出したからではなく、宙域に広がる自身の感覚が取り込む知識によって客観的に感じ取っていたからだった。

 体勢を立て直した〈シルフレイ〉を見た、拘束しようと近付いていた〈バーザム改〉はその動きを止めようと〈シルフレイ〉に殺到する。

 〈シルフレイ〉は立ち上がる動作のまま、一瞬で抜いたビームサーベルを振り抜いた。勢いのついていた二機の〈バーザム改〉はそれを利用した〈シルフレイ〉の不動の斬撃によって、それぞれが真っ二つに切り裂かれる事になった。

 ふたつの爆発を背に、〈シルフレイ〉は赤く輝く双眸を煌めかせた。

 そこからは昔から知っている、日常の習慣のようなスムーズな動きだった。後にインテンションオートマチックシステムと呼ばれる脳波を利用したシステムコントロールによって〈シルフレイ〉は簡易的な変形を遂げた。

 ―もともと〈シルフレイ〉は〈インレ〉を支援する為に開発されたユニットなの。

 頭の中に流れ込んだマユの声が告げる。

「衛星軌道を周回する三機の〈シルフレイ〉が地上での〈インレ〉の作戦行動を支援するって言うことか」

 初めて聞いたはずの〈インレ〉という単語。それは自分を飲み込む情報の渦の中から自然と既知の事柄として思考に染み渡っていく。

 〈TRシリーズ〉の集大成として計画された大型MA〈インレ〉はティターンズの崩壊とともに計画が放棄されたが、完成の暁にはかつての〈グリプス戦役〉の戦果すら覆したと言われている。

 そんなMAの作戦運用を支援する為に開発された〈シルフレイ〉は〈TRシリーズ〉のひとつとして開発されていた〈TR-5[フライルー]〉を原型としていた。衛星軌道上に常駐し、超高高度からの狙撃や〈インレ〉の弾道軌道による侵攻時の護衛機として活動する事が目的であった。

 いま〈シルフレイ〉が変形したのは衛星軌道上からの狙撃用に準備されたフォームだった。両肩のビームキャノンを正面に向け、対ショック用に両腕脚は後方へ向けている。肩部大型スラスターの上に設けられたスタビライザーは屹立し、先端についたサブスラスターを後方に向けて姿勢制御に特化した体勢をとっていた。

「メガ粒子砲、チャージ」

 両肩ユニット内部に搭載した専用のジェネレーター直結のメガコンデンサーへのチャージが始まる。

 戦闘宙域の隅で半ば漂流を始めた〈シルフレイ〉の行動に気づく者はいない。

 専用回路を使用しているため、限界までチャージするのにさほど時間はかからなかった。

 あとは照準。ミノフスキー粒子の濃度は濃く通常の火器管制システムでは直撃を狙える距離ではなかった。しかし、今のイオリには手に取るように宙域の光景がわかっていた。視線の先には大型のユニット〈フレア・インレ〉を備えたラキアの〈バーザム改〉と、その更に後方の二隻のクラップ級。

「……〈ジャミトフ〉がいない?」

 知るはずもない艦の名前を口にしていよいよイオリは可笑しさをこらえきれずに笑みを浮かべた。今まで自分はどれだけ無知であったのか、そんな自嘲と流れ込んだ情報の万能さへの呆れを含めた笑みだったが、それはすぐにかき消された。

 ―つまり、〈ジャミトフ〉は〈このOS〉以外にもなにか狙いがある……。

「そういう事だろうな」

 無線はミノフスキー粒子の影響でターツァ達に届く距離ではない。知らせるには……そうか、ファムへ直接……。

 そんな意識を向けた直後、視界の中でラキアの〈バーザム改〉がこちらに気づいたようにモノアイを向けた。

 その光景を見たイオリは自分の愚行を悟った。

 感応波の制御を思い出したばかりのイオリが放ったファムに向けた念は宙域に広がった。既に強化人間である事を思い出していた、感応波のコントロールができるラキアはその念からこちらの位置を感じ取ったに違いない。

 その時間は一瞬にも満たなかったが、その間に無意識の中で引き金を引いていたイオリは、メガ粒子砲の一撃が不発になる未来を見た。

 後悔の間もなく、凄まじい衝撃をもって放たれた一筋に伸びる光条は、〈バーザム改〉を貫く直前で躱されてしまった。

 かのように見えた。

「……っ!?」

 バーニアを吹かそうとした〈バーザム改〉へと直行する一筋のスラスター光。

(……すまない)

 そう呟いたターツァの声が頭へと流れ込む。

 〈バーザム改〉の動きを押し返したターツァのリゼルはその勢いのままメガ粒子砲の光条へと突っ込み、蒸発する事となった。そんな特攻まがいの体当たりによって姿勢を崩した〈バーザム改〉はその場を貫き続けるメガ粒子砲の直撃を受ける羽目にあった。

 大型の〈フレア・インレ〉ユニットはその表面を爛れさせ、融解した表面から内部へとメガ粒子砲の余波が流れ込む。

 内部の推進剤や燃料といった可燃物を尽く燃やしたそれは、遂に〈フレア・インレ〉ユニットを貫いた。同時に爆発の衝撃で辛うじて残った表面の装甲材は全て吹き飛び、ひしゃげた内骨格の接合が弾け飛んだ。

 一度吹き上がった炎は、燃えるもののない宇宙ではすぐに萎み、独特な一瞬の閃光を残して消えた。

 数秒間の出来事は異様に長く感じられ、流れ込んだ様々な既知を処理した疲労からイオリはすぐに意識を失った。あとに残った静寂が戦闘の終了を静かに告げていた。

 

つづく




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