破滅への階段   作:ヘトヘト

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【後編】

クレマンティーヌには兄がいる。

彼女と同じ漆黒聖典の一員たる第五席次“一人師団”クアイエッセ・ハゼイア・クインティア。

彼は一人で複数体のギガントバジリスクを操ることのできる優れたビーストマスターである。

一体で街ひとつを滅ぼすギガントバジリスク。

その討伐がアダマンタイト級冒険者への依頼であることを考えれば、その脅威は伺い知れよう。

 

兄は漆黒聖典の一員らしく、闇の神スルシャーナを信仰(しんこう)している。

妹は漆黒聖典の一員らしく、死の神スルシャーナを畏怖(しんこう)している。

 

同じようでいて異なるクインティア家の兄妹。

二人の容姿は非常に良く似ているが、存在としてはまさに光あふれる太陽と、夜闇で静かに輝く月であった。

月は夜闇に飲み込まれぬよう精いっぱい。

無慈悲に死を星々のように振り撒いて、己の居る闇に飾ることしか出来ないでいる―――

 

 

「あ~あー……」

 

笑おうとした。

笑えるわけがない。

最奥の秘密を暴かれたのだ。

だから早くこいつを殺して、秘密を埋め直さなければ。

 

 

<能力向上> <超能力向上> <流水加速> <疾風走破>

 

 

声には出さずに武技を発動させ、精神力が許す限り身体の強化を重ね上げる。

クレマンティーヌの神経が速度を上げ、感覚が広がり、血液が熱く身体を駆け巡った。

人の形をした最速の矢となる準備は整った。

本来ならば片足を引き、四足獣のごとく頭身を下げて下半身に溜めを作るが、あからさまに予備動作を取る訳にはいかない。

踵をほんの少し浮かせて爪先立つ。

 

……じゃあ、死――

 

――ネと念じた瞬間、利き足に全体重を預けて地を蹴った。

まばたき一つの時間で相対距離をゼロに。

刺突武器(スティレット)は相手に届き、暴威の風罰となって胸部へ襲いかかった。

「がはッ!?」

アンデッドとして刺突攻撃への耐性を持つ盟主は、相手の攻撃を笑おうとして出来なかった。

吹き飛ばされて地を舐めるように転がる。

刺突ではない。この一撃は打撃ダメージ。

女戦士は巧妙に握りを変え、鋭利な刃と頑丈な柄を逆転させて、城門を破る破壊鎚のごとく叩きつけたのだ。

「……っ」

盟主が久しい痛みに混乱したコンマ数秒。

起き上がりに戸惑った一瞬の停滞が絶好の的となる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

突撃の勢いを駆って木々を蹴り登った彼女は、宙に身を投げて両手で武器を振りかぶった。

 

<超回避> <不落要塞>

 

防御の効果を持つ武技も発動。

空気抵抗を減らす為だけに、贅沢に用いられる。

刺突武器(スティレット)は側面に刃を持たない武器。

斬撃を放てなくてもアダマンタイトで補強された刃は、縦へ横へと振るえばちょっとした鈍器にもなる。

降下一閃。

敵を見失った盟主が周囲から上へと視線を上げた瞬間、風切り音と共に頭部を殴り倒されて再び地を舐めた。

人間だったら頭を陥没どころか、海辺で割られる西瓜のごとく破裂させる程の勢いだ。

この間、クレマンティーヌは一言も喋らない。

呼吸の音さえ抑え、淡々と無表情のまま手足を動かし続ける。

初撃の打突と違い、吹き飛ばしの無い二撃目は距離が開かないまま、戦士の間合いが維持される。

三撃目に繋げようとして―――

 

「調子に乗り過ぎだッ!」

 

範囲魔法なら接近戦で狙いを定める必要はない。

それは自爆にも等しいものだが。

完璧な不意打ちで自身も巻き込むことを辞さない至近距離、無詠唱の魔法を盟主が発動させた。

いかに“疾風走破”と呼ばれる戦士であっても回避は絶対に間に合わない。

火球(ファイヤーボール)

失った高弟の意趣返しとばかりに、彼女が用いた同じ炎の洗礼。

 

しかし―――

 

「……接触魔法(零距離)ならヤバかった」

氷のような冷たい視線を突きつけながら、クレマンティーヌが武器を掲げる。

その手にあったのは、切り札の魔法を失っている刺突武器(スティレット)

弾ける直前の火球に剣先を当て―――

 

魔法蓄積(マジックアキュムレート)

 

武器に込められている付与魔法が発動。

盟主の<火球(ファイヤーボール)>は吸い込まれ―――

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)相手に接近戦で負けるワケねぇだろ?」

 

まるで勝利を謳うかのように。

澄んだ破砕音を奏でて、刺突武器(スティレット)が盟主の仮面に突き刺さる。

 

「このクレマンティーヌ様が、よぉっっ!!」

 

噴き上がる激情と共に空いていた左手が腰に伸び、掴んだ得物を頭上に掲げて振り下ろした。

破砕音、二つ目。

仮面の両眼を抉るような形で、二本の刺突武器(スティレット)が並び立つ。

 

火球(ファイヤーボール)

電撃(ライトニング)

 

そして零距離からの発動。

電撃(ライトニング)>は貫通効果を伴って、一直線上に走る魔法である。

ゆえに斜め上から突き立てれば、クレマンティーヌ自身は巻き込まれない。

その特性を以って電撃が火球の破裂に指向性を与えた。

さながら天から裁きの雷を下された罪人の火柱。

武器から噴き上がった第三位階魔法の轟炎と紫雷が混じり合い、覆い尽くすように盟主の全身を包んだ。

念の為に様子を窺うが、盟主が動き出す気配はない。

まとうローブは白煙を上げ、徐々に灰になっていく。

残身のまま剣を構えていた両腕を下げ、クレマンティーヌは息を吐いて緊張を解いた。

これで手持ちの切り札は使い果たした。

だが、残る動死体(ゾンビ)たちを滅ぼすには支障はない。

 

「帰る時は来た時よりも美しくってか? ハァ、雑魚(ゴミ)の片付け開始っと……」

 

その後、盟主が完全に燃え尽きるよりも早く、女戦士は動死体(ゾンビ)たちを片づけて森を立ち去った。

残ったのは僅かな白い灰の山だ。

風が吹いた。

灰が飛ばされて露わになる、白い骨で出来た仮面。

不思議なことに女戦士が刺突武器(スティレット)で付けた傷は、消えたように無くなっていた。

 

 

 

            ※  ※  ※

 

 

 

遠征の任務であっても“疾風走破”であるクレマンティーヌの脚をもってすれば、帰還の時間は短くなる。

他の者なら中間地点で野営をするところだが、彼女は人里まで辿り着いていた。

さすがに疲労を感じていた為、冷たい大地でなく暖かな寝台を求めたのだ。

この世界において、安全な眠りは黄金の価値がある。

市井の一般人はもちろん、肉体と気力を酷使する戦士にとってなおさらだ。

戦闘だけでなく帰路にも武技を重ねて用いた為、消耗した精神力を回復する必要があった。

その深夜―――

町宿の寝台でクレマンティーヌが異変を感じて目を覚ました時には、全てが終わっていた。

身体が指一本たりとも動かない。

肉体の感覚はあるが、水に沈んだ鉛のように重たくままならない。

意識はハッキリしているから、これは一服盛られたか?

事態に対する不安や恐怖よりも、不覚を取った自分自身に怒りがこみ上げてくる。

が、怒りが強すぎて一回りし、かえって冷静さを取り戻した。

自身の状況を再確認する。

幸い夜襲に備えて、寝台には仰向けでなく右半身を下にして寝ていた。

これは不意を打たれても、剣を持つ利き腕を初撃から守る戦士の常識だ。

漆黒聖典としてチームで動かず、単独行動が多い――他のメンバーと行動を共にすると、文字どおり彼女には移動速度の足かせになる――彼女だからこそ必要な習慣。

仰向けだったら、天井にしか視線を送ることが出来なかっただろう。

扉に顔を向けて寝ていたおかげで、動かぬ身体でも宿部屋の様子を目に出来た。

 

「…………!」

 

悲鳴か怒声か分からないが、動かぬ身体で喉が震えた。

光のない宿部屋の闇に浮かんでいる白い仮面。

 

「こんばんは。……ああ、夜這いではないから安心したまえ」

 

化けて出たのか?

滅ぼした相手が目の前にいる現実。

いいや、こいつは不死者(アンデッド)であっても幽霊(ゴースト)ではなかったはずだ。

そして事態を理解する。

自分に施されたのは薬でなく麻痺毒だと。

 

「本当に大したものだよ、君は。私でなかったら滅んでいたぞ」

 

パチリと指を鳴らし、無詠唱で明かりの魔法を灯す。

黒いローブをまとった人物は、己の白い仮面に手を伸ばして外した。

露わになった素顔は、青白い肌をした壮年の男。

金髪の髪は珍しくないが、燃えるような赤い瞳と伸びた犬牙が異相だった。

 

(……吸血鬼!? あっ……!)

 

クレマンティーヌは戦闘を思い返す。

吸血鬼や人狼など、一部のモンスターは通常の攻撃が効きにくい。

あの時、一撃目は真なる銀(ミスリル)で造られた刺突武器(スティレット)の柄を用いた打撃だったから、銀の武器によるダメージが入った。

しかし二撃目は刃の部分―――ミスリルを覆うオリハルコンが打撃箇所。

オリハルコンは非常に硬い希少金属だが、銀に属するものではない。

刺突武器(スティレット)の刃の傷は無効化されたのだ。

となると、<火球(ファイヤーボール)>と<電撃(ライトニング)>で与えた魔法ダメージ。

この男が燃えていく様は幻ではなかった。

回復魔法を受け付けないアンデッドの肉体も徐々に癒やす魔法<生命力持続回復(リジェネート)>か、吸血鬼の特殊技術(スキル)だろうか?

確か一部の吸血鬼は自己再生能力を備えていると聞くが……。

 

「さて、こうして訪れたのは勝者である君に、褒美を与えようと思ってね」

 

何が勝者だ!

自由に動かぬ唇を震わせて、クレマンティーヌが胸中で吐き捨てる。

不死者(アンデッド)のタフネスは人間のそれとは比べならない。

そんな存在が回復手段を備えていれば、戦闘時間が長引けば長引くほど人間は不利になる。

仕留め切れなかった以上、自分は戦士として敗者だ。

 

「君にスレイン法国が知らない真実を教えよう」

 

嬉しそうに。

そう、実に嬉しそうに盟主ズーラーノーンは微笑んだ。

対してクレマンティーヌは真っ青になった。

直感が警鐘を鳴らす。

法国に属する者として聞いてはならない、いや――知ってしまったら上層部に消されかねない可能性がある。

この場合、情報の真偽は関係がなかった。

その正否を確認すること自体が身を滅ぼすから、虚偽だとしても黙して抱え込むしかない。

むしろ、正しい真実の方がタチが悪い。

女戦士は耳を手で塞ごうとして、麻痺している現状に悶えて悟った。

これは勝者への褒美ではない。

敗者からの意趣返しなのだと。

 

 

 

            ※  ※  ※

 

 

 

「スレイン法国が奉じているスルシャーナ神は、その影だと知っているかね?」

 

いきなり大問題の発言が来た。

狂人の戯言だ。

 

「君たちの奉じている漆黒神の御姿。その死者めいた隠者は神の代理で表舞台に立っていたアンデッド。

魔法<不死の奴隷(アンデス)視力(サイト)>を施されていた魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。

かの八欲王に殺害されたのは彼さ」

 

経験点を消費する特殊技術(スキル)“アンデッドの副官”。

これにより創造された高位モンスターのシモベのことである。

もちろん、クレマンティーヌにそんな知識はない。

荒唐無稽な内容に安堵したのか、青ざめていた女戦士の顔色は戻っていた。

 

「真なるスルシャーナ神は見目麗しい女性だよ」

 

そんな訳あるか。

女戦士の馬鹿にした視線を読んで、盟主が言葉を継ぐ。

 

「嘘かどうかは自ずと解かる。君たち漆黒聖典も用いている六大神の遺した装備。

その中で明らかに女性の物があるのは何故だ?」

 

クレマンティーヌにも思い当たる。

漆黒聖典の第七席次(スクール・ブレザー&かばん)や、第十一席次(ネグリジェ)など。

何より、見事な龍をあしらった最高位の秘宝。

スレイン法国が擁する切り札の一つである、世界級アイテム“傾城傾国(ケイ・セケ・コウク)”。

 

その装束アイテムの由来となった元ネタの故事では、絶世の『美姫』――都市や “ 国を堕とす ” 程の孤高たる美女を意味する。

なお、その美女とは北方の佳人(李延年の妹)であった。

北は玄武・玄冬――玄すなわち、スルシャーナを示す『黒色』と結びつき、死者の国である冥界がある方角でもある。

無論、誰にも指摘されることのないここだけの話。

 

「君も聞いたことがあるだろう? おとぎ話にある、忠実なる十二騎士(NPC)と共に水晶の城(ギルドホーム)を支配した姫君。

その姫君こそ我らが主・吸血『姫』スルシャーナ様だ」

 

姫に仕える忠実なる十二騎士。

闇神の漆黒を冠した十二人の聖典メンバー。

結社ズーラーノーンの十二人の幹部たる高弟。

偶然だ、偶然に同じ数字なだけだ。

あるいはズーラーノーンが模倣したに違いない。

それにおとぎ話の姫が、水晶の城を支配するヴァンパイアだと?

この男はきっと、スレイン法国が長年抹殺の対象に掲げている件の“ 国堕とし ” 。

水晶魔法を得意とする吸血王候(ヴァンパイア・ロード)と混同しているのではないか?

先程この男は『我らが主』だと言った。

ズーラーノーンは“ 国堕とし ”配下の組織だということか。

 

「……証拠が必要かな?」

 

女戦士の疑いの眼差しを誤解して、男は言葉を継いだ。

それは奇しくも、クレマンティーヌが連想した存在に。

 

「証拠の一つは吸血王候(ヴァンパイア・ロード)“ 国堕とし ” の誕生だ。

彼女はある儀式魔法の最中、自身の生まれながらの異能(タレント)をもって、スルシャーナ様から恩寵を得たのだよ」

 

吸血鬼のプレイヤーやNPCは、種族スキルとして吸血鬼(ヴァンパイア)を収得することが前提となる。

鮮血の戦乙女シャルティア・ブラッドフォールンはさらに上位の真祖(トゥルーヴァンパイア)を獲得して構成されたNPCだ。

一方で種族スキルではない希少価値の高い職業(クラス)

例えば、戦士職を極めて頂点に立った栄光の証である“ワールド・チャンピオン”。

例えば、真の死を極めた死の支配者(オーバーロード)に許される“エクリプス”。

例えば、吸血鬼(ヴァンパイア)系統の上位種で、限られた者に与えられる“吸血姫(ヴァンパイア・プリンセス)”。

“ 国堕とし ”と呼ばれる少女は異能でこの職業スキル(生き方)を得て、種族スキル(生まれ)という前提を飛ばして吸血姫と成った。

 

これはユグドラシル・プレイヤーを見ても可能なことだ。

通常100レベルの魔法職プレイヤーが習得できる魔法の数は300。

課金しても最大400までしか増やせない。

しかし、モモンガは特殊技術(スキル)“黒の叡智”により、敵プレイヤーキャラクターの死体を使って、様々な魔法を習得。

その数は驚嘆の718に達している。

魔法とは種族スキルでなく職業(クラス)スキルに属するものということだろう。

なお、“黒の叡智”のような能力を持つ職業(クラス)が他にも存在することは、ウルベルト・アレイン・オードルが発言している。

話を戻そう。

“ 国堕とし ”の異能が“黒の叡智”と同じ性質を持つとしたら。

その儀式が行われた地に、異世界において死体の役割を果たす不死者(アンデッド)が居たとしたら。

アンデッドの集団からより強い個体を生み出す連鎖反応“死の螺旋”。その地に始めから最強の個体(スルシャーナ)が居たとしたら。

 

盟主の話はクレマンティーヌの理解を越えていた。

否、理解できる訳がない。

なのに頭の片隅で、ひとつの符号が浮かび上がる。

六百年前に降臨した六大神の五神が没し、五百年前に現れた八欲王がスルシャーナ神を殺害、二百年前には魔神が暴れた。

スレイン法国が知る真実して、魔神の正体は身罷られた六大神の眷族(NPC)であると云われている。

創造主(プレイヤー)を失った為、暴走した眷族(NPC)

だとしたら魔神の出現は五大神が没した時か、スルシャーナ神が殺害されて六大神すべてが滅んだ時代でなければおかしいのだ。

しかし、スルシャーナ神が八欲王が斃れた以降も生存していたとしたら……

“ 国堕とし ”の誕生が二百余年前―――魔神の猛威も二百年前。

盟主の話が本当だとしたら、この合致も偶然でないように思えてしまう。

 

クレマンティーヌの瞳に宿る、理解と忌避の光を見て盟主が独り頷いた。

両手を掲げて誘うように構え、相手へと弁舌をたたみ掛ける。

 

「白金の竜王ツァインドルクス=ヴァイシオンは六大神と取引きをした。

白金の竜王は八欲王と死闘を繰り広げた。

八欲王はスルシャーナ様の影を殺害した。

白金の竜王はスレイン法国を警戒している。

この事実が導き出す『答え』は何か?」

 

女戦士は思考を硬直させた。

浮かんだ考えが、余りにも馬鹿げていたから。

 

「スレイン法国は八欲王の時代に活躍していない。

八欲王は人間寄りで、多くの亜人や竜を滅ぼしたから。

スレイン法国は十三英雄の時代―――白金の竜王の知己たちに協力していない。

十三英雄の多くは亜人たちが占めていたから。

この事実が導き出す『答え』は何か?」

 

女戦士は汗を額に浮かべた。

浮かんだ考えが、余りにも怖ろしかったから。

 

「では、君に最後のひと押しをくれてやろう。

人間の尊厳を叫ぶスレイン法国。

当時の神官上層部は、自分達が討ち滅ぼす対象である不死者(アンデッド)の姿をしたスルシャーナ様の影をどう思っただろう?」

 

女戦士は息を震わせた。

つまり……

つまりは……そういうことか!

最高位の神官たちは信仰と教義を篤くするにつれ、耐え難くなったのだ。

不浄の姿形をした神を信仰の対象に抱きながら、不浄や異形を討つ矛盾した現状に。

 

 

―――だから、スルシャーナ神(の影)を八欲王に売って殺害させた。

 

 

「……然り。その様子では察したようだな。

君は戦士でありながら、魔法詠唱者(マジックキャスター)のごとく賢い。我が高弟に相応しい」

 

盟主が指を鳴らし、無詠唱の魔法を発動。

クレマンティーヌの麻痺が薄れ、舌が自由になり声が出せるようになる。

我が高弟に相応しい?

これは嘘だろう。

ズーラーノーンの最高幹部たちは、不死者(アンデッド)魔法詠唱者(マジックキャスター)で構成された集団だと言われている。

魔法の武器を使えるとはいえ、女戦士である自分が勧誘されるとは思えない。

お世辞にも程がある。

 

「賢いと言うのなら、勧誘もう少しマシな説得を考えな。

始めからウソ臭いし、あんたの話は説明が多過ぎ。

誰か殺って欲しいとか、魂を売れとか、法国へのスパイになって欲しいとか、もっと腹を割って話しなよ」

 

抗議を声に込めて、クレマンティーヌが寝台から身を起こした。

そろりと枕下にある予備武器に手を伸ばす。

行為に殺気など必要ない。

感情が揺れるわけがない。

クレマンティーヌは『人』殺しが大好きで、心から愛しているのだから。

形だけヒトの異形など、息をするように排除できる。

 

―――と、見慣れぬ光景に女戦士は流れる動作を止めた。

 

盟主の青白い肌に刺す血の色。

何だこれ?

 

「……………ャ………に………からだ」

「身体? エロ目当てかー」

「……違うっッ!」

 

赤面する吸血鬼など存在したんだ。

毒気を抜かれて、クレマンティーヌの指が枕下の武器から離れる。

スルシャーナ神の件といい、今日どれだけの常識が壊されただろう。

 

「……スルシャーナ様に似ていたからだ」

「誰が?」

「……君だ。金髪に赤い瞳。髪を伸ばせば、もっと―――」

 

そういえば“ 国堕とし ”も金髪で赤い瞳の吸血鬼らしい。

何それ?

神とはいえ、他の女の姿を重ねて見られていたとは、ね。

今度ばかりは本当に心の底から白けた。

人生でかけられた口説き文句の中でも最低の類だ。

 

「ふーん。惚れているわけ?」

「創造主への敬愛を、人間の恋愛と同じにしないでもらおう」

「じゃあ、人の輪から外れた近親相姦っぽいヤツか」

「………………」

「あ~あ、ゴメンゴメンうそうそ。で、スルシャーナ様は今現在どうしているのさ?」

「さすがに最高機密だ。知りたいのなら、それこそ我が高弟になることだな」

「……ケチ」

 

 

紆余曲折を経て。

死の神の門徒たる契約は成された。

死神に選ばれたもの(Death's Chosen)。不死者に剣を捧げし戦士。

かくして『彼女』は破滅への階段に足をかけた。

あとは高みへと昇るだけ。

“死の螺旋”のように、死体と骨で紡がれた栄光の輪をまとって。

赤く染まった月。

白くて冷たい月。

十二枚の月の輪が重なり描く、ズーラーノーンの螺旋。

 

【彼女は夜闇でようやく輝く月であった。

月は夜闇に飲み込まれぬよう精いっぱい。

無慈悲に死を星々のように振り撒いて、己の居る闇に飾ることしか出来ないでいる―――】

 

その歩む先で、文字どおり死の『至高』と(まみ)えることになるとは、クレマンティーヌは知る由もない。

月を飲み込む存在は皮肉にも、月を蝕み闇に覆う存在(イクリプス)を極めし超越者(オーバーロード)である。

 

 

                              ~ Fin ~




以上、書籍版のイビルアイの職業スキルに吸血姫がある点(Web版では種族スキル)や
その他ネタ諸々を使って繋げて遊んでみました。
実際のところ、盟主はリッチ系だと思います。

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