始まりの召喚
人理継続保障機関フィニス・カルデア
人が築く巨大な航海路、過去より計測されてきた星の動き、様々な観点から人類の未来を保障する為に設立された魔術と科学による特殊機関。交わることのない二つの法則が重なり合い、今後起こりうる最大の危機に備え、人類の絶滅を防ぐことを目的としている。
───事象記録電脳魔・ラプラス
───擬似地球環境モデル・カルデアス
───近未来観測レンズ・シバ
───守護英霊召喚システム・フェイト
───霊子演算装置・トリスメギストス
五つの機構が中心的に機能し、その機構を吹雪が止まぬ標高6000mの雪山の地下工房という諸人が容易に足を踏み込めない環境にカルデアは建設されている。
カルデアス───擬似地球環境モデルは惑星に魂があると仮定し、その仮定に基づき、その魂を複写することで作られた擬似天体。その天体を観測するレンズ・シバにより、人類の文明の光を観察し続け、カルデアでは百年後の未来まで安全を保障しつづけれていた───筈だった。
だが、カルデアスに灯されていた文明の光は突如消え去った。
原因は不明、情報を洗い出した結果、2017年に人類が滅ぶことが明らかになった。カルデアスを観測し続けてきた結果、観測できない領域、通称『特異点F』を発見。
これにより急遽、カルデアの所長にして現責任者、オルガマリー・アニムスフィアは『レイシフト』を行うことを提案、可決、実行することにした。
レイシフトとは肉体を擬似霊子転移、つまりは人間を擬似霊子化させて時間を移動する技術のことを指す。
レイシフトのため用意された
所長オルガマリーとその48名、そしてカルデアに元々所属していた少女で特異点へとレイシフトし、事態の究明の為作戦を開始しようとした。
しようと、していたのだ。
○ ○ ○ ○ ○
「いい!? 必ずよ? 必ず高位のサーヴァントを召喚するのよ!?」
「は、はい! 了解です所長!」
高圧的な言い方に思わず背筋を伸ばし、直立不動となる少年がいた。貴族のような雰囲気を放つ、どことなく余裕が見受けられない女性に焦る少年がいた。
「あの、所長…、非常に言いにくいのですが」
『僕達が用いる召喚式、カルデアの召喚システムは触媒を用いない縁頼みになるので藤丸君を威圧しても喚ばれるサーヴァントが高位になる訳ではないんですけど…』
そんな少年を庇うように横からおずおずと意見を申す少女と姿が無くともその場に声を響かせる青年がいた。
「わかってるわよそんなこと!! でもこんな状況じゃ強いサーヴァントに来てもらわなきゃ困るわ!!」
『まあ、それもそうなんですが…、高位のサーヴァントだと魔力消費が大きくて彼に大きな負担が』
「…とにかく召喚なさい!!」
「はい!」
「フォ〜…」
少年の肩に乗る白いリスのような、猫のような生物がため息をつくように鳴き声を放つ。
吊り上がった瞳に思わず目を逸らし、少年は息を整えるために一度深呼吸をし、思わず空を見上げた。
空一面に広がる黒い煙と赤い火、視線を少し下げると崩れた廃墟の群と空同様に纏うように立ち込める煙に瞼を下げたくなる。
ここは特異点F。
この地獄のような風景が広がる場所こそ、人類が滅亡する可能性を秘める領域だった。
何故こうなったのか、少年───藤丸立香は少し前の過去を思い返す。
藤丸立香はただの学生だった。当たり前のように両親がいて、当たり前のように友人がいて、残念ながら彼女はいないが不満のないそこそこの平凡の人生というものを謳歌していた。
しかし、とある休日の昼間にカルデアと名乗る特務機関の人達がやって来て、レイシフトに参加してほしいと言って来た。
曰く魔術は本当に存在する。曰く自分にはマスター適正という稀有な素質がある。曰く人理を継続し、強くする為に彼らは奮闘している。
曰く、君に世界を救ってほしい、と。
あまりに唐突で、漠然で、現実離れしていたが…とにかく断る理由が見つからなかった。熱心に誘われたし、世界を救ってほしいとか言われてもそれは自分のようなものではなく、もっとそれに相応しいものが為すことだろうが…とにかく、それを話す人がウソを言ってるようにも思えなかったので誘いに乗ったのであった。
雪山を登り、何やら小難しい承認を受けて、そこで自分を先輩と呼ぶ後輩に出会った。
彼女の名はマシュ・キリエライト。色素の薄い髪色と眼鏡が似合う少女だ。
不意に眠気が襲い、施設の廊下で自分を起こしてくれたことをきっかけに彼女と知り合うことになった。
そこからは怒涛の流れだったと言えるだろう。所長直々のブリーフィングを寝落ちしてファーストミッションから外されて、自室に向かったら医療部門のトップと名乗る男のサボり現場に立ち会い、その男と談笑していたら事故が発生。事故現場に向かうと自分以外のマスター適正のある47人が死にかけになっており───瓦礫に半身を下敷きにされていたマシュを見つけた。
マシュを助けようと試行錯誤していると緊急時のシェルターが作動し閉じ込められてしまったのだった。
まあ、仕方ないか。
マシュの手を握りながらそう思いつつ、これから起こりうる最悪を全て受け入れた。
受け入れて、生き残った。
どうやら運良くレイシフトが成され、あの絶望的な状況から抜け出されたらしい。しかもだ。マシュもデミサーヴァントというサーヴァントと融合した存在となっており、無事生き残ることに成功した。一体合切どういうことだと聞きたいだろうが勘弁してほしい。自分にも一杯一杯で耳に入った情報がすり抜けているんだ。
とにかく、マシュも自分も無事で…ついでに事故の中心地にいたのにも関わらず大丈夫だったカルデアの所長のオルガマリー所長も無事だった。あ、あとリスのようで猫のような生物フォウも生きていた。マシュの側に常にいたカルデアを自由に歩き回る生物なのだがまさか特異点まで付いてくるとは。
自分達はレイシフトに成功し、本来万全の状態で挑む筈だった特異点Fに人材も物資も殆ど足りない状態で燃え盛る廃墟の中心に立っている。
先ほどから所長が金切り声で召喚しろと叫んでいるのは、これからサーヴァントを召喚し、戦力の増強を図る為だ。
マシュはデミサーヴァントでサーヴァントだが、正式なサーヴァントではない。サーヴァントととしての能力はあるものの経験が圧倒的に足りず、この先いざという時に動けないこともある。そういう事態に備え、サーヴァントをもう一騎召喚しようというのだ。
所長と再会した時、偶然にも所長が立っていた真下が霊脈、所謂魔力が集まる場所だったのでそこに召喚サークルを敷いたので早速召喚しようというのがこれまでの経緯だ。
立香は令呪が宿る右手を上げて、召喚サークルへと向ける。後ろではマシュ、叫んでいた女性───オルガマリー所長が見ている。
教わったように手に魔力を集め、召喚サークルと繋げるイメージを思い浮かべる。すると、設置された召喚サークルに光が満ち、魔法陣が浮かんだ。
本来ならサーヴァントの召喚には必要な詠唱があるのだが、すでにシステム化されているために省略されているらしい。
そんな夢も欠片もない召喚だが、そんな所感などすぐに吹き飛んだ。
召喚サークルに吹き荒れる魔力の渦、引き込まれるように、引き離されるように渦巻く力の奔流に視界が狭くなる。
「これが…英霊召喚」
『サーヴァントの召喚まであと五秒! 四、三、二、一……!!』
四散されていた魔力は巻き戻るようにサークルへと収束される。雷光のように弾ける光が無理やり形になり、人型へと変化する。そして、完全に人型になった瞬間に光は弾け飛んだ。
「うわっ!?」
「先輩!」
弾け飛んだ光の衝撃で後ろに倒れそうになるのをマシュが支えてくれる。
背中越しに伝わる感触が非常に柔らかいのだが、それを究明する暇はない。
目の前の召喚サークルの上には、青年が立っていた。
「こんにちは」
この廃墟の街の中心には似合わない穏やかな声音だった。
「君が、僕のマスターかな?」
白い衣に身を包み軽装の、碧い青年。碧という色がなんとなく合う人だ。青のように冷たく、水のようには涼やかではない。なんとも淡く流れるような碧だ。
その人の頭には、本来人が生えているにはおかしいケモノの耳が生えている。時折動く様子に被り物ではないと理解できる。
「…あ、これ? この耳はちょっとね、とある女神様を怒らせた名残なんだよねぇ。触ってみるかい?」
「え、いや…」
視線に気づき、笑いながら自分の頭を指す様子になんと言ったらいいか困る。というか、サーヴァントととのコミュニケーションは普段通りでいいのか? そんな謎が頭に過ぎる。
「別にいい? うん、よし。なら自己紹介といこうか!」
置いていくように、というより戸惑うこちらを気遣い会話を進める彼は自信満々に胸を張る。
「サーヴァント、クラスアサシン。僕の名はヒッポメネス!! ギリシャの海の神ポセイドンの孫にして───」
「純潔の狩人、アタランテの夫だよ!!!」