大冠彩る七の一   作:つぎはぎ

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キミガイタ

 

 再考開始

 

 第一特異点、フランスを脅かす存在、ジャンヌ・ダルク・オルタ。

 

 その方法はワイバーンを駆使しての広範囲殲滅活動。

 

 聖杯を用いての英霊召喚でその手段の基盤をより強固にする。

 

 召喚されたサーヴァント、ヴラド三世、マルタ、バーサークアサシン、バーサークセイバー

 

 

 

 アタランテ

 

 

 

 召喚されたサーヴァントを従わせるため、召喚と同時にスキルの付与を確認。

 

 

 スキル名『狂化』

 

 

 確認した様子から自我があることを判明。ある程度の判断能力及び思考能力を残されている。

 

 戦闘能力の上昇及び戦闘時、もしくは殲滅行動のスムーズ化を図っての狂化だと推測。

 

 

 もしくは非協力的なサーヴァントを強制使役の為

 

 

 

 アタランテ

 

 

 

 殲滅行動時の特徴として、殲滅対象は全てに及ぶ

 

 老若男女、地位、身分、宗教関係なし。

 

 フランス出身、在住だけで殲滅対象。

 

 中には年端もいかない幼児まで見受けられる。

 

 

 

 アタランテ

 

 

 

 狂化の付与がされている以上、衝動的な殺人欲求が存在すると仮定

 

 アタランテ

 

 付与の対象者には自我がある以上精神的負担は免れない

 

 アタランテ

 

 聖杯を使用のため完全な抵抗は困難

 アタランテ

 苦痛は免れない

 アタランテ

 望まぬ行動

 アタランテ

 強いるのは

 アタランテ

 

 

 

 

 

 ジャンヌ・ダルク・オルタ

 

 

 

 

 

 

 

 アタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテアタランテ

 

 

 

 

 

 

 

 最優先行動目標決定、即刻開始する。

 

 思考終了

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 アタランテ、アルゴー船に乗船し大冒険を繰り広げたアルゴナウタイの一員にして、女神アルテミスを信仰する純潔の狩人。

 カリュドーンの猪狩りにて、大猪に初撃を与えたとして有名な女傑である。

 その他有名な逸話をあげるなら婚姻騒動である。

 父に結婚を強要された彼女は結婚を嫌い、徒競走で自分に勝利したものと婚約すると条件を提示する。

 多くの挑戦者を打ち破るも最後には彼女は敗北する。

 彼女を負かしたのは黄金の林檎を三つ持つ男。

 林檎の魔性を使用し、彼女は徒競走に敗北した。

 

 

 その男の名は、ヒッポメネス

 

 

 彼女の夫の名であり、藤丸立香のサーヴァントである。

 

 

 彼が放った一言に、カルデアのサーヴァントはバーサークアーチャーを注視する。

 アーチャーの顔は酷く暗く、その美貌は精神的な疲労により陰っていた。

 なによりもそのアーチャーを見たヒッポメネスの顔が変化した。

 

 

 緩く緊張感が薄そうな顔が、一瞬に無となった。

 

 瞳は光と感情を失い、顔からは表情が消えた。

 

 

 戦場の中心、戦火の海の中、ヒッポメネスはただ一人を黒い瞳に収めていた。

 

 

 

 首が回り、瞳に映す対象が変わった。

 

 

 

「!! いけませんヒッポメネス!」

 

 

 

 直感、アルトリアは叫んだ。

 しかしヒッポメネスは止まらない。

 瞳が映した女、ジャンヌ・オルタへと走り出した。

 

「いかん! 止めろ!!」

 

「全員!! やりなさい!!」

 

 彼らバーサークサーヴァントの主が旗を振ると、それに全員が従って攻撃へと転じた。

 特攻するヒッポメネスを守るためにエミヤが援護に回り、ジャンヌとアルトリアが彼を追う形で走り出す。

 

 まずヒッポメネスに立ちふさがるのはバーサークアサシン。

 

 真名をカーミラ。

 

 カーミラは加虐的な杖を振るい、正面から攻撃を放つ。だがそんなもの壁にすらならなかった。

 弱くても神代の英霊、中世のそれも一地域を治めて拷問に耽けていた吸血鬼のモデルに負けることはない。

 そのカーミラに目をくれず、横を通り過ぎると麗しい剣士が立ちふさがる。

 

 

 華麗な剣撃が迫る。次は流石に避けられない。

 

 

 だから、致命的な分だけ避ける。

 

 

「なっ!?」

 

 

 驚いたのはバーサークセイバーの方だった。

 

 真名をシュヴァリエ・デオン。

 

 デオンはまだ正気を保てているが、限界はある。特に戦闘になるとタガが外れ、望まぬ殺戮に抗えなくなる。この地獄を終わらせてくれる勇士達にも本気の殺意を向けてしまう。

 

 そんな彼は、

 

 心臓、頭部、両足を狙った斬撃以外を()()()に喰らった。

 

 散る血飛沫、肉体中を刻むも関係ないと、剣が深々と腹部を抉るのに突き進む。

 迅速に動くためだけにわざと攻撃を受け入れる姿勢は、バーサーカーにも思えた。

 

 デオンをも横切り、突き進む。

 

 追撃しようとしたカーミラとデオンは追ってきたアルトリアとジャンヌの対処に移る。

 

 次に現れたのは巨大なタラスクとマルタ。

 

 タラスクの背中に立つマルタは苦しい顔を浮かばながらもタラスクに指示する。

 高速回転で動くタラスクはその存在感を更に膨れ上がらせ、巨大な壁になってヒッポメネスの進路を塞ぐ。

 

 それを大きく飛翔し、飛び越えようとした。

 

「…甘いってのよ」

 

 聖女に似つかわしくない声と同時に、魔力弾が着弾した。

 

 ヒッポメネスの身体に直撃した魔力弾は、防御に移ることもできずもろに喰らった。

 回転するタラスクの上でもなお、マルタは杖から放たれる一撃を正確に飛ぶヒッポメネスへと当てたのだ。

 

「ヒッポメネス!」

 

「ふん! いいざ―――」

 

 いい様、とジャンヌ・オルタは言えなかった。

 

 

 無様に地面に撃墜されても、すぐにヒッポメネスは疾走を開始する。

 

「はぁ!?」

 

 ヒッポメネスの耐久は決して高くない、戦闘続行のスキルも持ち合わせていない。

 

 ライダーの攻撃とはいえ、ただの人間なら容易く即死させる一撃をくらっても彼の疾走は揺るがない。

 全体的に切傷が目立ち、口からは吐血した跡があるのに、彼は砕けていない。

 

 ただ、黒い伽藍堂のような目でジャンヌ・オルタを見ていた。

 

「っ! ランサー!!」

 

「…承知した」

 

 彼女と彼を隔てるのはヴラドだけだった。

 

 狂気に飲まれても、吸血鬼に堕ちていても未だ理知的な対応ができるヴラド。本人に言ったら殺されるだろうが、良くも悪くも適性があったおかげなのかもしれない。

 

 そんな彼は小さく鼻を鳴らした。

 

血濡れ王鬼(カズィクル・ベイ)

 

 肉体から射出される杭、ヴラドの体組織より形成された無数の杭は愚直に正面全てに放たれる。

 

 ただ放つだけではなくコントロールできるため、側面からの襲撃もできるのだが、そんなもの必要ないと知っているヴラドは全てまっすぐと解き放つ。

 

 

 ヒッポメネスはまっすぐ突き進む、杭の嵐の中。

 

 

 後ろで唖然とした声が聞こえるが、ヒッポメネスの耳には入らなかった。

 

 前には見たこともあるような()がする杭の雨、一つ一つが自身を殺しきることができる殺傷能力があることを理解できる。

 

 

 ―――痛い、痛い痛い

 

 

 痛覚が叫んでいるような気がした。

 

 腹部に三ヶ所、肩部に一つ、右足に一つ。杭が刺さっていることに気づき納得した。

 

 幸いなことに足の一本は浅く動けないことはない。

 

 足以外は無視して進むが、悪いことにも左手の槍を落としてしまった。左手と左腕は杭が刺さりすぎて使い物にならないようだ。

 

 

 ―――痛いな

 

 

 ここで漸く自分に痛覚があることを思い出した。

 

 痛い、そのせいで動きが鈍くなりそうだ。なんで痛覚なんてあるのだろうか不思議でならない。

 

 これでは殺せないではないか。

 

 

 

 あの女を あの魔女を あの◼️◼️を

 

 

 

 アタランテを穢してくれやがった◼️◼️の心臓を潰せないではないか

 

 

 

 

 

「―――余の方がまだ正気だと思えてくるな」

 

 

 そう呟くも、投げかけた本人は意も返さなかった。

 

 放てる分、啜ってきた血肉を一滴も残らず杭に注ぎ込んだ。

 

 それなのに、彼は健在だった。

 

 

 肉体中に刺さっている杭の数は尋常ではない。それこそ、杭の質量だけでもヒッポメネスを押しつぶせる数だというのに彼は立っていた。

 

 四肢に刺さっている、血を溢れ、死んでいてもおかしくない。

 

 だが、心臓と相手を捉える目だけは無傷だ。

 

「っ!!」

 

 黒い、黒い黒い眼。虚無のような目だと思っていたが、接近してきていまなら分かる。

 

 伽藍堂なんてものじゃない。

 

 

 

 淀み、濁り、混ざり

 

 

 

 煮えに煮えたぎった―――狂気の孔

 

 

 

 怒りとか憎しみとか、そんな真っ当なものじゃない。

 

 幾星霜と募ってきた想い、衝動、情熱。

 

 それが全てひっくり返ったような汚染された泥のようなもの。

 

 それに触れれば、淡い希望も塵と化すような危険が牙を剥いていた。

 

 それを一切隠すこともなく、邪魔な杭だけを走りながら引き抜いて走ってくる。

 

 走った後に濃い血が残る、むせ返るような血臭が立ちこもる。立ち上がることも、そもそも歩くことも困難だろう。

 

 手には武器たる槍と剣もない、あの杭の中で落としたのだろう。無防備な貧弱な相手に負けるはずがない。優位なのはこちらのはず、勝つのはこちらのはず。

 

 

 

 関係ない、お前は殺す

 

 

 

「…っ!!」

 

 

 

 走り出す狂ったアサシン、それを前にジャンヌ・オルタはひるんだ。

 

 無垢な殺意、それが彼女を縛った。

 

 

 十分近づいた彼の手は彼女に迫った。あの指先は血に濡れている。それが彼女の顔に触れようとした

 

 

 が、その前にヒッポメネスの片膝に矢が刺さった。

 

 

 ここにはアーチャーがいる。もちろんバーサークアーチャーであるアタランテである。

 彼女はサーヴァントだ。ジャンヌ・オルタのサーヴァントだ。

 狂化で狂わせられた彼女は今、サーヴァントの本能、マスターの命を優先してヒッポメネスを穿ってしまった。

 彼女の本心とは真逆の行動を取ってしまった。

 

 

 

「―――死ね!!!」

 

 

 

 崩れたヒッポメネスを見て、ジャンヌ・オルタは復讐の炎を放った。

 轟轟と燃え盛る黒い炎は一撃で周囲を火の海へと変える。鉄を、鋼をも溶かす怒りの具現は唯ひとりに集中された。

 

「は、はははは!! なによ、こんなのに私は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 炎に包まれても、()()一切に揺るがない。

 

 

 

 

 

 

 

「―――ガァっ!?」

 

 焦熱地獄の中から手が伸び、ジャンヌ・オルタの細い首を掴んだ。

 

 唐突のことで操る本人が焦り、炎が止んだ。

 

 彼女の首を掴む張本人、ヒッポメネスの身体は酷かった。

 

 肉体全体が余すことなく、焼き爛れ、焼けた肉の匂いが鼻につく。

 

 

 ヒッポメネスの少ない長所、『大海の血潮』

 水流の操作は肉体内部の血液にさえも作用する。

 ジャンヌ・オルタに辿り着く前に受けた傷の数々、流れた血潮は肉体全体に浴びたかのよう。

 ()()を瞬時に肉体に纏わせ、防護服のような役割に変化させた。

 ただの小細工、心もとない稼ぎだが()()だった。

 体を焼き尽くされる前に届いた。それだけで意味はある。

 

 

 

 

 

「が、あぁ…!!」

 

 

 

 メキメキ、と首が絞まる。

 筋力はジャンヌが上のはず、手負いはヒッポメネスのはず。

 しかし、ヒッポメネスの狂気は昂っていた。

 

 

 ただ殺す、その理が彼を突き動かす。

 

 

 アタランテ、アタランテ、アタランテ

 

 

 彼の英雄性、ただ一人の女に焦がれる。唯一無二の個性、それが今傷つけられた。

 子供を愛した彼女、親子の愛を尊いと語った彼女、折れることなく無茶を繰り返す彼女。

 

 

 それを自らの手で壊す苦痛は想像を絶する。

 

 狂いきっていたらまだよかった。

 

 自我がなければそれだけだった。

 

 

 お前は―――わざわざ愛する女(アタランテ)を苦しませたな?

 

 

 

◼️◼️(死ね)

 

 

 

 慈悲も神もいらない、ただ死ね。

 手の力を更に強める。一時的な狂化でへし折る。

 呻く彼女を無慈悲に

 

 

「それは、許せぬのだよ黒のバーサーカー」

 

 無慈悲に、杭が背中に突き刺さる。

 

「」

 

 声もなく崩れたヒッポメネスを見下ろすヴラド。その目は不憫や呆れといった感情が混ざっていた。

 

「っ! 遅いのよ!!」

 

「そうは言うなマスター。…避けろ!」

 

 地面に突き刺さる剣。それは瞬時に爆発し、暴風を撒き散らした。

 

 両手に剣を構え、こちらへと接近してくる赤い外套の男。敵のアーチャーと倒れているヒッポメネスを交互に見て、ジャンヌ・オルタは忌々しく舌打ちした。

 

「…今回は引きます」

 

「ほう」

 

「…戦力差を甘く見積もっていました、このような醜態を次回には持ち込ませない」

 

 それだけいうとワイバーンを引き寄せ、背中へ飛び乗った。ヴラドも異論なく、ワイバーンに飛び乗る。二人の様子を見て他のサーヴァント達もワイバーンへと移った。

 

「ヒッポメネス!!」

 

「酷い怪我…!」

 

 やっと彼にたどり着いたと思うと瀕死の重症、今にも死にそうな彼を見てアルトリア達は厳しい表情になる。

 

「アーチャー! 敵は」

 

「…駄目だな、ワイバーン達が盾となっている」

 

 逃がさないと弓を構えたが多くのワイバーンが敵のサーヴァント達を守るように群れているせいで敵に届かない、追撃は不可能と悟り、エミヤは武器を降ろした。

 

「彼の容態は…?」

 

「今対処しています!」

 

 スキルで作った聖骸布を被せ、処置をしているジャンヌ。それを見てエミヤもヒッポメネスの近くに膝をついた。

 

「手伝おう。君ほどではないが知識はある」

 

「お願いします!!」

 

 二人がかりで治療にあたる。その間アルトリアは敵がこないかあたりを見回している。

 

 立香とマシュ、アストルフォもロマンの連絡を受けて迅速に向かっている。

 

 先ほどとは違う騒がしさが戦場に響き渡る。

 

 

 そのなかで、ヒッポメネスの指が動いた。

 

 

 

 

 

 くそ、くそくそくそくそ!!

 

 

 苛立たちを隠さずジャンヌ・オルタは指を噛んでいた。

 最初の予定では敵を囲み、有無を言わさず圧殺することを考えていた。

 

 だが現実は見事に外れた。

 

 哀れな聖女にはこちらよりも質のいいサーヴァントが揃い、こちらが追い詰められた。

 しかも自分を殺しかけたのは、ただの二流サーヴァント。はっきり言って殺されかけるほうが異常だ。

 

 

 なのに、負けかけた。

 

 

 それが、その事実だけが苛立ちを募らせる。

 

 聖女なら許容しよう、聖剣の王なら認めよう、謎の弓兵なら認めないこともない。

 

 

 だが、あの半端な強さの男に負けかけたことは許しがたい!!

 

 

 聖女と違い、プライドが高くなっている魔女は弱者に負けた事実が認めきれなかった。

 

「アサシン」

 

「何かしら」

 

 カーミラも同様だ。彼女の場合、ただプライドが高い。自身の他は家畜、そう教わり生きてきた狭い社会で培われた在り方がサーヴァントになった今でも健在だ。

 ジャンヌ・オルタ同様、ヒッポメネスと戦い善戦どころか苦戦に追い込まれ鬱憤が溜まっていた。

 

「私が許します。アーチャーを()()()()()()()

 

「―――あぁ」

 

 そういえば、そうだ。

 

 あの宝具の林檎、アーチャーの姿を見た時の表情。

 それを察するにあの男の真名などすぐ思い当たる。

 

「死なない程度に遊びなさい。喋れる程度ならどのように扱っても構いません」

 

「えぇ、喜んで」

 

 その会話を聞いてデオンとマルタの顔が露骨に歪む。

 カーミラ、便宜上そうなっているが、本当の名はエリザベート・バートリー。

 領地の年若い娘を集め、拷問し、その生き血で若さを保とうとした残虐な殺人鬼。

 

 女を痛めつけること、拷問に特化している彼女にアーチャーを任すということは―――()()()()()()()

 

 

「―――くっ」

 

 

 その二人の会話を聞き、ヴラドは笑った。

 

「あらランサー、貴方も加わりたいのかしら?」

 

 同類がいたとカーミラが嗜虐的に笑い、マルタとデオンが侮蔑の目でヴラドを睨んだ。

 だが、ヴラドは心底心外だと顔を歪めた。

 

「違う。うら若き乙女の血には興味あれど、貴様のような嗜好はない」

 

「ではなにかしら?」

 

「なに―――貴様達はあの男を見誤り過ぎだ」

 

「…なんですって?」

 

 どういうことだと、ジャンヌ・オルタは問いただそうとした。

 

 

 だが、気づいた。

 

 

「…なに!?」

 

「あの男はそういう英雄だ」

 

 英雄とはただ強いだけではない。ただ強いだけなら、叙事詩のページはもっと薄くなっている。

 

「あの男は、絶対に妻を逃さない。それだけが取り柄なのだからな」

 

 

 

 

 

 

 

「すまない」

 

 アタランテは謝った。

 

 彼女の周りにはアルトリア達が囲んでいる。いつでも斬りかかれるように剣を構えるが、敵意はなかった。

 アルトリア達と合流した立香達は彼女の行動を見守っていた。

 

 

 倒れ伏すヒッポメネスの手には二つの黄金の林檎があった。

 

 

 一つあれば注意を引き、三つあれば魅力に当てられた全てを引き寄せる。

 

 二つあれば、一人を強制的に引き寄せる。

 

 

「情けない姿を見せた」

 

 

 死に際まで痛めつけられ、混濁した意識の中でもヒッポメネスはただアタランテを考えていた。

 

 呼吸のたび喉が焼け、皮膚が爛れ、目も開けず見えない。

 

 でも、暗闇のなか彼女の姿は霞まなかった。

 

 

 ヒッポメネスはアタランテを殺せない。

 勇気がないのではない、覚悟がないわけではない、だが殺せない。

 結局半端と言われても仕方ない。

 その上で暴走して、アタランテを狂わせる張本人にしかけて失敗した。

 惨めで、みっともなくて、無様である。

 

 

 

 だから、殺さなくては。

 

 

 

 倒れながらも、武器を探すために林檎がある逆の手を動かす。なにもないし、掴むものはゴミだけだった。

 

 

 見た瞬間から分かる敵の残虐性はきっと最悪だ。

 

 自分の関係者、更に言うならば夫婦なのだ。

 

 あの敵の性格上、このままいけばアタランテには想像したくない結末が待っている。

 

 

 それだけは、それだけは絶対に避けなければならない。

 

 

 切れかけの一本の糸に成り果てた意識でも、宝具に頼り、彼は最悪を回避するために最愛を殺そうとする。

 

 

 

 目の前に座り、頬に触れてくれているというのに。

 

 黄金の林檎により引き戻され、狂化の影響に耐えながら彼女は()を力のない笑みを浮かべていた。

 

「汝が、ヒッポメネスのマスターか?」

 

「…はい」

 

「…そうか、このような醜態を晒してしまい申し訳ない」

 

 立香に語りながらも、目をヒッポメネスに離さず愛おしそうに撫で続ける。

 

「情けないが、私は自害ができない。どうしても殺してもらう必要があった」

 

 だから、自身を一番知っているヒッポメネスを頼った。そのせいで千載一遇の機会を台無しにしてしまった。

 自分のこの姿を見たら、彼がどのような顔をするかなど想像できたのに。

 

「頼みがある」

 

「…マスター、ここは私が引き受けます」

 

 時間はやがてやってくる。ヒッポメネスがこのようになっても宝具を発動させたのは勿論理由がある。

 それを皆が理解した。だから、間違いなく一撃で終わらせられるアルトリアが自ら名乗り出た。

 

「ああ、すまない、本当に…すまない…」

 

 狂化の抵抗が解けそうだ。それよりも先に黄金の林檎が消えそうだ。ヒッポメネスの意識が無くなる寸前を意味しているのだ。

 

 少し離れよう立ち上がろうとする。

 

 

 

 ヒッポメネスの手が、アタランテの手に触れた。

 

 

 

 

「…っぁ」

 

 

「・・・・・」

 

 

「……たぁ」

 

 

「…あぁ」

 

 

「ぁ…ん、てぇ…」

 

 

「そうだ、私はここだ」

 

 

 

 彼の手を引き寄せ、自分の頬に触れさせた。

 とても熱く、力がないのに胸を暖かくしてくれる手の感触だ。

 ずっとこうしていたくなる、温もりが、生前に求めていたつながりが確かにあった。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 それでもその手を離し、彼から離れた。そうしなければ、私も彼も泣いてしまうかもしれないから。

 

「頼む、カルデアの英雄よ」

 

「あとは、お任せください」

 

 目を閉じ、その時を待つ。きっとすぐこの悪夢は終わる。それでいい、これで子供たちが悲しまずに済む。邪悪と成り果てたこの身には過ぎた終焉だ。

 

 

 あぁ、でも。

 

 

 もう少しだけ、一緒にいたいと思った自分が情けなく思えた。

 

 

 軽い衝撃と浮遊感、痛みを感じる暇もなく意識は消えてなくなった。

 

 

 

 

 




しばらく書き溜めようと思うので更新遅れます。すみません
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