来週、アタランテ回だよアポクリファ。
回想のアタランテ姐さん獅子耳あんのかな?
「…ごほっ」
目を開けると、そこには満点の夜空が広がっていた。視界の端から中央まで満たす宙の煌めきは点々としながらも太陽の如く、広々と地を満たす。その一部を眼球に拾いーーー不意に脳が刺激されたような鋭痛が響く。
「あ、起きたー!」
次は耳から痛みがした。少女のような甲高い声は頭を揺らす。鮮明に鈍るという感覚に酔いながらも、ヒッポメネスは声の主を見た。
「アス、トルフォ……」
「やあ、ヒッポメネス! からのオラァ!」
「ブゴッ!?」
眼、耳、からの頬部に突き刺さる鈍痛。殺意がない容赦ない一撃に視界が回る。
「アス、アストルフォ…?」
「何してんのさぁキミは!? キミ、今バーサーカーじゃないよね!? アサシンだよね!? なのに何突貫してんの!? 理性ないの!!?」
「え、えっと…?」
正直何を言っているのか分からない。頭が回らないことを自覚しつつ、記憶を辿る。が、蒙昧となっている記憶がうまく映像となって出てこない。耳元で騒ぐアストルフォをなんとか宥めつつ考えていると、数人の足音がした。
「先輩! ヒッポメネスさんの起床確認できました!」
「はぁー…! よかったぁ……」
マシュと立香だ。二人はヒッポメネスの姿を見るなり喜び、安堵の溜息を零していた。
「ふむ、もう少しかかると思っていたが案外早かったものだ」
「ええ、あれほどの重症でしたから。寧ろ現界している今でも奇跡でしょう」
「とにかく、目を覚ましてよかったです…」
更に現れるエミヤ、アルトリア、ジャンヌ。先ほどの二人と比べ、落ち着いた様子でヒッポメネスの様子に安堵していた。
「えっと…本当にどうしたのかな?」
「どうしたもこうしたもないよ、もー!!」
「いてっ、いてっ、痛い! ちょ、まって!?」
「心配したんだからな、このヤロー!!」
「だから、なんなのさ!?」
「とにかく、自分の姿を確認したほうがいいだろう」
流れるように放たれる拳打の嵐に打ちのめされるヒッポメネスに、エミヤは手鏡を渡した。どういうことなのかとヒッポメネスは受け取った手鏡を自分に向けて、絶句した。
そこに映っていたのは見慣れた自分ではなく、全身を包帯で巻いた木乃伊男だった。
「…敵の傘下にいたサーヴァントに受けた傷、あちらの“私”の炎が貴方を包み、彼女達が去った後、エミヤさんの魔術やマスターの魔術礼装、私が作成した聖骸布にて貴方を治療しました」
一度包帯を外し、自身の肉体を確認しながら背部のジャンヌの声を聞く。
「裂傷や穿刺創、打撲、骨折、一番の重症は火傷です。全身に余すことなく焼けた身体の一部には炭化している部分もありました」
皮膚はグズグズに爛れ、醜く変色している。手鏡が手元にあるが顔を見る気になれなかった。きっと見るに堪えないものになっていることは確かだ。
「何とか傷は治せましたがそれ以上の治療は叶いませんでした。あちらの“私”の炎には呪いが付与されておりました。その呪いが、今もなお貴方を蝕んでおります」
恐らく治癒に特化したサーヴァントなら解呪でき、ヒッポメネスの肉体を完全に治癒させることが可能だろう。
ヒッポメネスは試しに用意してもらった桶水に腕を浸すが、大した効果は見られない。ミミズ腫れしたような皮膚は相変わらずだった。
「…一つ、聞きたいことが」
あまり晒すべきではないだろうと、包帯と化した聖骸布を巻き直す。再び木乃伊のようになったヒッポメネスは木の陰から出てくると、一同を見た。
「ーーーアタランテは?」
ドロリ、と。包帯から覗く双眸に澱んだものが満たした。
ジャンヌ達の説明で、自身が気絶していた経緯を聞き、全てを思い出した。あの時の、彼女の姿を、声を、嘆きを…全て思い出した。
「…私が介錯しました」
「アルトリアさんっ」
ヒッポメネスの目がアルトリアに向けられた瞬間、立香が庇おうとしたがアルトリアがそれを制した。
「…アタランテは、何か、言ってました?」
「…頼む、そして、貴方にありがとう、と」
「ーーーあぁ」
そうだった、そう言われた気がする。
「アルトリアさん、すいません、そしてありがとうございます」
「いえ、礼を必要ありません。彼女を引き止め、我々の元へと引き寄せたのは貴方です。我々はやらなければならない事を成したまでです」
「…そう、ですか」
もう一度、空を見上げる。満点の夜空がそこにある。かつてはあの夜空の下には、必ず彼女がいた。並行世界の記憶では、敵でありながらも空の下に彼女がいたことを喜んでいたことがふと過ぎる。
「…そうか、そうなんだ」
また、彼女が先に死んで、僕が生き残ったのか。
「ごめん、マスター。一人になっていいかな?」
「…あぁ、でもあまり遠くには」
「うん、大丈夫だよ。それとごめんね? 勝手に特攻して、重症受けちゃって、あとでちゃんと説教は受けるよ」
そう言うとヒッポメネスは森の奥へと消えていった。残った一同は顔を見合わせた。
「…大丈夫かな、ヒッポメネス?」
「そこまで自棄になっているようでもなさそうだが…アストルフォ、君の意見を聞きたいのだが」
「…あー、多分? いや、どうだろ。とにかく奥さん絡むとなにしでかすかわからないよアイツ?」
嫁馬鹿、いや嫁狂いだ。バーサーカーだろうが、アサシンだろうがクラスは関係ない。彼女に害なす者は例え大英雄だろうが味方にさえ切りかかるのだ。扱いこそ簡単だが、簡単ゆえに単純で一直線。単純で歪みがないほど一度進むと止められないものだ。
「とにかく、今すぐ突っ走ることはないけどーーー」
ズン、森が揺れた。
「…ないけど」
バキバキバキ…、木が何本も薙ぎ倒された。
「…けど」
アアアアアァァァッッッ!!! 獅子に似た咆哮が響いた。
「うん! その時は僕の宝具で止めようかなマスター!」
トラップオブアルガリアを使うしかないかな? いや、足が無くなっても這っていくな、間違いなく。
「と、とにかく、ヒッポメネスさんが戻り次第次の事を考えましょうか先輩?」
「う、うん」
アサシンだよな? バーサーカーじゃなくてアサシンだよな?
マスターは自然と流れた冷や汗を拭った。
「…時間かけてごめん、ようやく落ち着いたよ」
「…あまり狂化してくれるなよ?」
エミヤはそっと破壊された森を見て嘆息した。
あれから三十分も暴れまわることで何とか感情の昂りを下げることが出来たが、再びあのジャンヌ・オルタと顔を合わせた時、同じ事が起きてはままならない。彼の暴走でマスターに負担がかかる場合は、最悪の手段も考慮しなくてはならない。
暗い考えだが、ヒッポメネスもそれを反省してか鋭い目つきで自身を見ていたエミヤに頭を下げた。
『えー、とにかく。これで次の話に持っていけるね』
管制室から送られてくる映像のロマンも苦笑いだが、すぐに顔を引き締めた。
『まず、君達が撃退した竜の魔女の軍勢はオルレアンの方向へと撤退した。まず間違いなくそこが彼らの本拠地と見ていいだろう。そこに聖杯がある可能性が高い、だから僕達はそこに向かうべき…だと考えたんだけど』
「相手も我々の戦力を知って備えているでしょう。不用意に突撃しては返り討ちに可能性もあります。ゆえにマスターと話し合い」
「最初の予定通り、協力的なサーヴァントを探し、数を集めた上でオルレアンを攻めることにしたんだ」
なるほどと、ヒッポメネスは頷いた。これは負けられない戦いだ、用心に用心を重ねる事は間違っていない。
「そこでまず、二人のサーヴァントを味方にすることに成功したんだよね!」
アストルフォがこっちへ来てー、と叫ぶとこちらへ近づいてくる二人のサーヴァントが。
「ヴィヴ・ラ・フランス! どうもこんにちは! ギリシャの一途な英雄さん!」
「やあ、どうもどうも」
「ああ、どうもこんにちは」
さらさらと流れる銀髪の上に大きな冠に似た帽子を被った美女、女神に似た雰囲気を放つが神の
美女の後を追うように現れた男は独特ながらも軽薄さを感じるような雰囲気だ。歩く姿に戦う者ではないと察するが、武人の覇気とは異なる厄介さと余裕を思わせる綽々さは侮れないだろう。
「彼らは?」
「マリー・アントワネット王妃とモーツァルトだよ!」
「…え? 本当に?」
「今は他意はないけどアマデウスと呼んでほしいかな?」
マリー・アントワネット。
かの有名な革命にて命を落としたとされる麗しきハプスブルク家の末裔にして、ルイ16世の妃。数多の人に愛されながらも、憎悪の対象となった悲劇の淑女だ。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
音楽界において、いや、世界において知らぬ者などいない。音楽家としての聖人、数多の名曲を作曲し、最上の才能を持った演奏家だ。
どちらも知名度において最高ランクの偉人だ。
「サーヴァントは戦闘に特化した者のみかと…いや、それなら僕が召喚されるのもおかしいし」
前回の聖杯戦争で召喚された作家もいる。何も変なことじゃない。
「…っと、これは失礼しました。マリー・アントワネット王妃、アマデウス殿。時代の違い、文化の違いから作法は違うことはお許しください。僕の名はヒッポメネス。麗しき純潔の狩人、アタランテの番いとして矮小ながらも神話に連なるもの、ヒッポメネスと申します」
「ふふ、構わないわヒッポメネス! 貴方のこれまでの経緯はちゃんと聞きました。今は体を休めることを優先した方がよろしくてよ?」
「ああ、あと僕達に畏ることはないさ。僕は音楽家だし、彼女は英霊になって…というか生前からこうだから自然体で話す方が喜ぶし」
「ええ、その通り! 名高きブリテンの騎士王に、シャルルマーニュ十二勇士が一人アストルフォ! 料理がとても美味しいエミヤ! 白百合のように無垢で可憐なマシュ! マスターである立香も男の子らしくて素敵だし、なによりあのジャンヌ・ダルクもいる! とても素敵な面々を前に一人畏れるのもおかしいわ!」
「と、言うことさ。ま、気軽に頼むよ」
そう言われるとそうするしかない。跪く姿勢を解いて、ヒッポメネスは地面に腰掛けた。
『彼女達は君が気絶している時に先ほどの町で出会ってね。色々と情報交換して、こちらの味方になってくれたんだ』
「なるほど、それは良かった」
『それでこれからどう動くかなんだけど…』
「俺達は、リヨンって街に行こうかと思うんだ」
「リヨン?」
ヒッポメネスの疑問に立香は力強く頷いた。
「リヨンには、サーヴァントがいたかもしれないんだ」
ハロウィンがハロウィンなのか分からなくなってきた