大冠彩る七の一   作:つぎはぎ

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此処で、歩みだせ。慈しむべき、今世の仔らよ





冠位・胎動

「グランドオーダー!? なんであのサーヴァントがその言葉を? いや、それよりも」

 

 大聖杯を前にし、所長は狼狽える。聖杯を守護していたセイバー。消滅する直前告げられた予言めいた言葉には不穏を思わせるものが多くあった。

 

「藤丸が人類最後のマスター!? あのセイバー何を言っているのよ!!」

 

『しょ、所長落ち着いてください。混乱する気持ちは分かりますが一旦落ち着きましょう』

 

 モニター越しにも伝わる所長の動揺にロマンが宥めるが落ち着く様子はない。

 人類最後のマスターと呼ばれた立香は立香で、頭を傾げていて理解が追いついていない。

 

「ったく、奴さんも分かんねえこと残しやがって…」

 

「っ! キャスター!」

 

 頭を掻きながら近づいてくるキャスターを見れば、肉体が光となって消え去っていっている。体を形成する魔力の保持が追いついていないようだ。

 

「聖杯戦争は終わった。なら、サーヴァントは消える定めだ。納得いかねぇ部分は多々あるが、仕方ねえ」

 

ぼやきながらもキャスターは指を指し示す。指の先にはセイバーがいた場所、そこには輝きを放つ水晶体が落ちていた。

 

「あれだけは回収しておけ。膨大な魔力を感じるもんだ、貰っておいて損はないだろうよ」

 

「…うん、分かった」

 

「んじゃ、次召喚する機会がありゃランサーとして喚んでくれや!」

 

 そう言って、冬木の協力者であるキャスターも消えていった。彼が立っていた場所をしばらく眺めていたが、立香は両頬を叩くと所長はと向き直った。

 

「所長、指示を」

 

「……えぇ、分かったわ。とりあえず、キャスターの言った通りあの水晶体を回収しましょう」

 

「じゃあ、念の為に僕が取ってくるよ」

 

 ヒッポメネスが自ら手を挙げると、所長と立香が頷くのを確認してから走って水晶体を取りに行った。

 水晶体に近づくが特に危険な反応は見られない。安全を確認した後、ヒッポメネスが水晶体を取ろうとした。

 

「いや、それは待ってくれたまえ」

 

 大聖杯、その魔法陣の前から声がした。

 

「……レフ?」

 

 緑を基調としたコートを着た男性が、大聖杯の前に立っていた。その男の名は、レフ・ライノール。カルデアの謎の大爆発で生存不明となっていた筈の技術者だ。

 

「ああ、レフ! 生きていたのね!!」

 

「お待ちください所長!!!」

 

 レフの姿を見るなり駆け出した所長をマシュが引き止めるが、耳に入らないのか止まることなくレフの下まで走っていく。

 

『レフ!? レフ教授だって!?」

 

「ああ、ロマニ。君も生きていたのか。管制室にきてくれと言ったのに」

 

 

 

「ああ、全く吐き気がする。どうしてこうも人間は統率が取れないんだ。どいつもこいつもクズばかりだ」

 

 

 

 酷く歪んだ顔だった。立香は今、それ以外考えられなかった。

 ここにくる前に一度、自分はレフ教授にあっている。その時のレフは落ち着いた、理解のある大人の様に感じられた。

 だが、今は違う。根本的に違う、あれは()()なのか?

 

「下がってくださいマスター! あれは、レフ教授は危険です!」

 

 マシュは警戒心を隠さず、盾を構えている。マシュも同じ考えなのだろう。あの男は、何かが違う。もっと危険な何かだと。

 

「くそっ!!」

 

 ヒッポメネスはレフの異質性に気を取られすぎていたことに舌打ちし、直ぐに水晶体を取ってオルガマリーの元へと走り出した。

 

「ああ待て待て待て、二流サーヴァント君。それは君が手にしていいものではないというのに」

 

 嘆息しながらもレフはヒッポメネスに向けて、手を翳した。

 

「ま───」

 

 その瞬間、ヒッポメネスの周りの空気だけが凍結した。まるで時間そのものだけが凍りつき、止まっているようであった。

 

「ヒッポメネス!?」

 

「とある魔眼の擬似展開だ。心配しなくとも永久に止まっている。気にしなくてもいいさ」

 

 淡々と無慈悲で酷いことを口にする男に、立香とマシュは言葉を失う。完全に停止したヒッポメネスを尻目にレフの目はオルガマリーへと戻っていた。

 

「レフ、レフ!」

 

「やあ、マリー。大変だったようだね」

 

「ええ、本当よ!! 管制室は爆発するし、街は廃墟だし、カルデアには帰れないし、散々だったわ!! でも、もう大丈夫よね!? 貴方がいるんだもの! 」

 

「ああ、私も予想外のことが多くて困ったよ。特に───君が生きていたことがね」

 

「……え?」

 

 彼の胸元に飛び込む勢いだった所長の足が止まる。

 

「まったく、足元に爆弾を仕込んだというのにしぶとい。まさか、レイシフトの適正がないというのにこんなバグが起こるとは、頭にくるよ」

 

「レフ、あなた、なにを」

 

「まさか不思議とは思わなかったのかね? レイシフトの適性もマスター適性もない君が、なぜ冬木にいるのかということを。君は管制室で死んだことにより、初めてレイシフトできるようになったのだよ」

 

「……え? え?」

 

 理解なんて、できるわけがない。今ここに自分は生きているのに、お前は死んでいると言われ、「はい、そうですか」と納得できるものなど何処にもいるはずがない。

 茫然とする所長に水を得た魚の如くレフの口は舌を動かす。

 

「残留思念だよマリー。君はあの爆発で死に、意識だけレイシフトしてきたわけだ。ははは!!傑作だろうマリー!?君はこの特異点を解決できたというのに、カルデアに帰還すれば消え去ってしまう。哀れだ、哀れだよマリー!!」

 

「…嘘よ! 嘘よ嘘よ嘘よっ!! なんでよレフ! なんであなたが、なんでよ! なんでよ!!」

 

 彼女は聡明だ。聡明で、努力家で、臆病だ。誰かに依存しても逃げることだけはしなかった。折れそうになっても、弱さをぶちまけてなんとか立ち続けてきた。

 だが、それでもこの仕打ちには耐えられなかった。

 

「まあ、そんな君にプレゼントがある。憐憫というやつさ。これまで頑張った君にもう少し優しくあげたくなったよ」

 

 レフの後ろ、何もない空間に穴が空いた。その穴の向こう側には立香やマシュ、所長が見たことがある光景があった。

 

「…カルデアス?」

 

 擬似地球環境モデル・カルデアス。惑星に魂があると仮想し、その魂を複写した擬似天体。

 かつてのカルデアスには文明の光が灯っていた。かつて宇宙に到達した飛行士が呟いた言葉通り『地球は青かった』。

 しかし、今は違った。

 

  ()()()()

 

 燃え盛るような赤がカルデアスを染め上げていた。文明の光ではなく、断絶の炎が映されていた。

 あれが単なるエラーだったならばよかった。けれど、カルデアスは今も正確に己の役目を果たしている。

 

 

 

 人類は、人理は赤く焼却されている。

 

 

 

「そんな」

 

「アレは虚像なんかじゃないよ。聖杯の力により時空を繋げている。カルデアスの姿を今ここに映しているのだよ」

 

 全ては現実。夢でもない、悪夢たる光景。それを前にレフ・ライノールは嘲笑う。

 

「よく頑張ったねマリィ? 君が頑張ったおかげで…人理は焼却された」

 

「嘘よ! そんなはずがない! 私はまだ失敗していない! まだ、何も、何も……成し遂げていない!! 私はまだ絶対に死んでなんかいない!!」

 

 頬に涙が流れていた。滂沱の涙が溢れかえっていた。止めようのない感情が剥き出しになって、彼女自体自分が何を叫んでいるのかさえ、すぐに忘れてしまっている。

 

「そうか…。なら、これで本当に教えてあげよう」

 

 眉を顰めたまま所長を見ていたレフが指を鳴らした。

 

「え? なに、これ」

 

 ふわりと重力が無くなったように所長の体が浮いた。ただ空中を漂うままだったが、徐々に所長の体はまっすぐと突き進み始めた。

 

 真っ赤に燃える、カルデアスへと。

 

「やめて、やめてよレフ!!」

 

「優しくしてあげようって言ったじゃないか。最後に、君の宝物に触れさせてあげようと思ったんだよ」

 

「カルデアスよ!? 高密度の情報体、別次元の領域なのよ!? そんなものに触れてしまったら…!!」

 

「ブラックホール、もしくは太陽か。まあどちらにせよあれに触れたら分子レベルに解体されてしまうだろう。正に地獄の苦しみだ。生きたまま無限の死を味わいたまえ」

 

 段々と早くなる。引っ張られるように、引き寄せられるように、カルデアスへと引きずり込まれる。

 

「所長ォォォォォ!!」

 

「先輩、いけません!!」

 

 立香が自らを庇うマシュをすり抜けて所長へと走り出す。

 その姿にレフははぁ、とため息をついた。

 

「まったく、三流の一般人だから見逃してやったもののここまで足元で囀ると鬱陶しい」

 

 レフの手が立香へと向けられた。マシュが立香へと駆け出した。だが、遅い。レフの手から向けられる敵意が、これの肉体に、彼の精神に、危害を及ぼすのを防ぎきれない。

 先輩、とマシュの口から発せられる。レフの口角がつり上がる。

 

「ここで死にたまえ」

 

 

 

 

 

「お前が死ね」

 

 

 

 

 

 閃光が走った。空気を裂く一線は、硝子がひび割れたような音と同時に迸った。

 

「は?」

 

 間の抜けた声と同時にぼたぼたと垂れ落ちる音が響き渡る。レフが視線を下へと下げた。そこには勿論見慣れた自身の肉体が映っている。

 

 だが、そこに槍が刺さっているのだけは決して見慣れたものではなかった。

 

「な、が、はぁ!?」

 

 痛みの苦悶と吐血。口から溢れると同時に腹部に突き刺さった槍からも血が噴出する。

 

「くそっ!! ごめんマスター!!」

 

「───ヒッポメネス!!」

 

 そこに、ヒッポメネスが動いていた。肉体を凍結され、動けない筈だったヒッポメネスが動き、レフめがけて槍を投擲し終えた彼がいた。

 

「紛い物の魔眼で死ぬ程僕も三流じゃないぞ!」

 

「ヒッポメネス! 所長を!!」

 

「了解!」

 

 腹部の痛みで蹲るレフの横を通り抜け、ヒッポメネスはカルデアスへと進む所長の元へと駆け抜けた。

 赤い太陽のような威容を放つカルデアスへと近づくたび、その存在感に気づかされる。

 あの擬似地球を作るたびにどれ程の資源を浪費したのか、そして、どれぐらいの神秘が関わっているのか。小さくない。アレは国そのものの価値を誇るものだと、理解できる。

 それゆえ、あんなものに触れた瞬間、人がどうなるのか───思考を止めたくなる程の苦痛が待ち受けている。

 

「助けて! 助けて!!」

 

「っ!!」

 

 必死に手を伸ばす。指先が触れられれば、それだけで引っ張り出される。互いに伸ばされた腕は、手は、指はあと、あともう少しで。

 

 

 

「この、低脳サーヴァントがあああああっっっ!!!」

 

 

 

 届く、筈だった。

 

「なにっ!!」

 

 あと数ミリ。それほどの距離で所長の手へと届きそうだった。しかし、その僅かな距離が一気に引き剥がされていく。

 ヒッポメネスの足には長い、()()のようなものが巻きついていた。全体的に黒く、赤い筋なようなものが縦長に走り、均等に目玉が並ぶ異様な触手が、()()()()()()()()()()()

 

「っ!!」

 

 ヒッポメネスの足に巻きつく触手はうねりを上げ、勢いよくヒッポメネスを地面へと叩きつける。衝突の勢いで地面が割れ、ヒッポメネスは大地の中に沈んでいく。

 

「くそ、このような体たらくを! この私にっ!!」

 

 咳き込みながらも腹部に突き刺さった槍を抜き捨て、レフは立ち上がる。あの謎の触手は普通の腕へと戻っており、人間の手をしていた。

 

「いや、なんで、こんな。誰か、誰かっ!」

 

 最後の希望は地面へと叩き伏せられ、手を伸ばしても掴んでくれる相手は存在しない。

 所長の手は空を掻き、必死に求めるも掴めるものは何もなかった。

 

「いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「所長ォォォォォォォォォォ!!!」

 

 それは一瞬だった。

 彼女はカルデアスに触れた。それだけで彼女を構成していたもの全てが弾け飛び、血の一滴も地面に残すことなく消え去った。

 

「そんな…」

 

「っ…! 先輩!!」

 

 自らの無力さと落胆に顔に暗い影が落ちる。

 しかし、悔やむ時間はあまりなかった。マシュが即座に立香へと接近し、手を掴む。

 マシュの行動に目を開く立香だったが、即座に地面が揺れ始め、体勢が崩れてしまう。

 

「フォウフォーウ!?」

 

「な、これは!?」

 

『空間が崩れ始めている…そうか! 特異点を生み出していた原因であるセイバーが敗れたことで特異点が修正され始めているんだ!!』

 

 大地が揺れ、土の天蓋に亀裂が走り、崩壊が急加速する。頭上に落ちてくる瓦礫はマシュが盾を振るい砕くが、周りに落ちてきたものは道を塞ぎ、退路を絶っていく。

 

『急いでそこを離れるんだ!! 埋まってしまえばカルデアには戻れないぞ!!』

 

「…くそ、どうやらここまでか」

 

 口元から流れる血を手で拭いながら、忌々しげに立香達を睨みつけるレフ。崩壊し続ける大空洞において、一切の焦りも見せていない。

 

「四十八番目のマスター。今回はここで去ってやろう。私も暇ではない。次の仕事があるのでね」

 

「レフ・ライノール…っ!!」

 

「精々無駄な足掻きをしてみたまえ。どうせ最後には絶望しか待っていない。お前達は既に、終わっているのだから」

 

 そう言い残し、彼は消えた。

 瞬きよりも早い一瞬で、この特異点から姿をくらました。

 

「ドクター! レイシフトはまだですか!?」

 

『あー、ちょっと待っておくれよ!! 時空が定まらないから座標を合わせるのに手間がかかるし…!最悪何処かに放り出されても数十秒では保てるから大丈夫だし!』

 

「フォー!!!」

 

「巻いて巻いて巻いて!! ちょっ、上!?」

 

 フォウが怒りの咆哮を上げ、立香が腕を回して急かすようジェスチャーするが彼等の頭上には特大の岩が落下し始めている。

 あれほどの大きさはトンは行くだろう。顔を真っ青になる立香だが、その岩はあっけなく二つに割れた。

 

「マスター、マシュちゃん無事!?」

 

「ヒッポメネスさん!」

 

 岩を砕き、割り、切り裂きながら二人と一匹の元へと戻ったヒッポメネスは瓦礫を薙ぎ払い続ける。

 

「ごめん! オルガマリーさんを…っ!」

 

「ヒッポメネスのせいじゃない! 全てあのもっさり緑の所為だ!」

 

「もっさり緑!? …いえ、確かに頭部というか頭髪は盛り上がっていましたが」

 

「フォーーーウ!!」

 

 フォウの警戒の雄叫びに皆の視線が集まる。天井だけではない、地面までも盛大に割れ始めている。このまま立ち止まっていたら、一気に巻き込まれて土の下は確実だ。

 

「走れーーー!!」

 

 背後に迫る崩壊を振り返らずに全力疾走する。尤も立香はマシュに抱えられ、ヒッポメネスはフォウを肩に置き立ちふさがる瓦礫を砕きながら道を進む。

 狭くなる空間の中、僅かな空白を突き進む。圧迫してくる空気の中、やがて声が聞こえる。

 

 

 

『いよっし!! 準備完了!! みんなレイシフトに備えてくれ!!』

 

 

 

 こうして、藤丸立香のファーストオーダーは終了した。

 

 そして、これから始まる人理修復の旅の幕開けでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







星見の観測譚、世界を辿れ


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