サーヴァントの召喚は済み、あとは特異点を待つのみとなった。特異点の調査は生き残った優秀なスタッフが日々観測を続け、探している。その間立香はマスターとして、魔術師として必要な知識と技術を学ぶこととなった。
スタッフには魔術的にも、科学的にも優秀な者が揃っている。そんな彼らを先生とし、立香は絶賛奮闘中なのだがその立香のサーヴァント達は、暇を持て余していた。
「や〜、それにしてもすることがないよね〜」
「うん、そうだね…」
桃髪の三つ編みに可憐な顔立ち、どう見ても美少女にしか見えないのだがその実は“男”。彼の名はアストルフォ。シャルルマーニュ十二勇士の一人であり、理性が蒸発したライダーである。そんなライダーは机に肘をつきながら、項垂れているヒッポメネスの頬を突きまくっている。
「もー、そんなに落ち込むことはないって。いつか来るって、いつかね!」
「その通りだヒッポメネス。ドクターから説明は聞いていたのだろう?」
会えなかったショックに意気消沈しているヒッポメネスの前にオムライスが置かれた。わあと感嘆するアストルフォの前にも同じものが置かれ、早々と食べ始めた。
「あ、すいませんエミヤさん」
「なに、気にするな」
「相変わらず貴方の料理は絶品ですね、おかわりを」
「すまないがおかわりはないぞセイバー」
「!?」
サーヴァント達は食堂に集まっていた。サーヴァントには食事や睡眠といったエネルギーを補給する必要はないのだが、マスターの立香の提案で親睦会を行うこととなった。親睦会と言ったら食事、その瞬間アルトリアが即座にエミヤに料理を頼み、エミヤもノリノリで作り始めたのは余談だ。
「な、なぜ…」
「外界から孤立した現状で物資は限られている。レイシフトを利用し、回収することもできるらしいがあまりスタッフを酷使しすぎるのもいけないからな。残念ながらおかわりシステムは廃止だ」
「」
おかわり廃止。その事実はアルトリアを打ちのめした。ブリテンを超えて現代、飽食の時代で知ってしまった食の楽しみ。それを奪われることはピクト人の進行並みにアルトリアの怒りを突いた。
「おのれ…! レフ・ライノール及び黒幕め、次に合間見えた瞬間聖剣の錆にしてくれる!」
「あれが“赤”のセイバーのお父さんなんだねヒッポメネス」
「うん、性格は違うけど似ていることはよく分かった」
「む? “赤”のセイバーとは?」
怒りに燃えるアルトリアに苦笑するエミヤは二人の会話を逃さなかった。
「僕とアストルフォはとある聖杯戦争で同じ陣営に属していたんですけど、相手の陣営に“赤”のセイバーとして敵対したサーヴァントがいたのですが」
「そのセイバーの真名がね、モードレッドだったんだよね」
叛逆の騎士、モードレッド。円卓の騎士としてアルトリアに仕えていた彼女の実の息子。姉の奸計により産み出された
二人の話に怒りを一旦忘れ、アルトリアは目を僅かだが見開いた。
「モードレッドと戦ったのですか?」
「うん、かなり強かったよー? 僕とヒッポメネスで同時に攻めたんだけど見事に木っ端微塵さ」
「今思えば、僕達よく生き残れたよね」
だよねー、と笑う二人にアルトリアは苦笑いするしかなかった。
「ええ、彼は最後には私に叛逆したもののその実力は確かなもの。円卓の騎士の中でも実力は、高いものでした」
「…私やセイバーもそうなんだが、君達も聖杯戦争の記憶があるのかね」
サーヴァント、英霊は世界の外にあるとされる英霊の座にいるとされる。聖杯戦争に召喚されたサーヴァントは死後、英霊の座に戻るのだがサーヴァントとして活動した記憶は無くなり、記録という形として残る。体感としては「そんなこともあった」「あったかもしれない」と曖昧になるのだが鮮明に記録として覚えることはない。
「そう、ですね。はっきりと前に参加した聖杯戦争のことを覚えています。だからこうしてアストルフォと仲良く話しているんですけど…」
「便利だよね〜大変だったけど楽しいこともあるし、忘れるなんて勿体ないよね」
「違うよアストルフォ、記憶があること自体が変なんだよ」
しかし、ここにいるサーヴァント全員が記憶を保持している。それは明らかに異変を起こしている状態だ。
「人理が焼却された今、時空自体が異常となり定まっていた事象自体が崩壊されていると聞きました。それが関係しているのでしょうか?」
「恐らくだがね。私もその道の専門家ではないから決めつけはできないが、関係はあるのだろうな」
「僕としてはありがたいといえば、ありがたいからいいんですけどね」
異変を起こしているが問題がないから大して危機はない。むしろ感謝しているとヒッポメネスは笑う。
彼の記憶には今、消えることのない大切な記憶が温かに光っている。追い求めていた理想が手に届いた瞬間が浮かんでいる。幸運だ、なんて幸運なんだ。
「まあ、アタランテにはいつか会えるかな」
「君はそれしかないのかね?」
「ええ、僕には彼女しかいませんから」
皮肉のつもりだったが淀みのない返しにエミヤがやれやれと肩を竦める。実はバーサーカーではないのかと思ったが彼にはバーサーカーだったことがあるのだ。
「いつか、会えるといいですね」
「はい、まあその為にも特異点で頑張らなくちゃいけませんけど」
「うんうん! そうだね、その為にももっと食べなくちゃ!! おかわり!!」
自らのペースを邁進するアストルフォ。綺麗に食べ終わった皿は舐めたかのようにピカピカだ。…本当に舐めていないだろうな?
「君は話を聞いていたのかね!? おかわりはできないと」
「アーチャー、おかわりを」
「セイバー、君もか!? ええい、マスターや他スタッフの分もあるのだ! 無理なものは…」
「あ、みんな」
スライド式のドアが開くと同時に食堂に二人の人物が入ってきた。マスターの立香と、デミサーヴァントのマシュだ。
「みなさん、どうしたのですか?」
「ヤッホー! マスターにマシュ! 僕ね、お腹いっぱいに食べたいんだよ!」
「ええマスター、戦いの前には英気を養うもの。特に食事は軍の士気にも関わるものです。食事を万全にすることで結束はより固いものとなるでしょう」
「君達はただ食べたいだけだろう…」
「ああ、まあ確かにご飯は大事だよな」
「はい。食事は体調を整える為に重要なファクターです。欠かすことはできませんね」
みんな愉快だなぁ、とサーヴァント達を眺める立花とマシュ。色々と頼もしいと思った。
「エミヤ、もっと作ることはできないのかな?」
「マスター。君が我々を気遣うこと自体誤りとは言わないが、我々サーヴァントに過度な食事、いや食事は不要だ。優先的に食事を摂るのは君とマシュ、ドクター達スタッフだ。我々に勧める必要はないのだよ」
「ブーブー!」
合理的に判断するエミヤ。冷酷にも思いがちだがそれはマスターとマシュといった今を生きるもの達への気遣いだった。
立香も厳しい言葉だとは思ったが、その節々でこちらを思ってくれていることを感じ取っている。それでも、立香は思う。
「確かにそうかもしれないけど、みんなもこうして頑張ってくれていることだし、それをサーヴァントだけ我慢するっていうのも変だと思うよ」
サーヴァントは使い魔である。強力な意思を持つ兵器である。それが魔術師の見解だ。
「我慢する時はみんなでする、ここではみんながそれぞれやれることをやっているんだ。俺達は特異点で頑張る、他のみんなは俺たちをバックアップしてくれる。みんなきっと対等だ」
立香は人である。人でありながら人でなしである魔術師とは違う。サーヴァントは強い、怖い。だが心がある。それを無視することは絶対してはいけない。
「だからそんなに固くなる必要はないんじゃないかなって、思うんだけど…駄目かなぁ…?」
「……ふ、なるほど」
鷹の目のように鋭い目つきのエミヤに最後にはしどろもどろになるものの、言い切った立香。そんな立香にニヒルに笑う。
「あまり合理的ではないが、マスターがそういうのであれば仕方ない。やれやれ、サーヴァントも世知辛いものだな」
「あー…ごめん」
「マスター、これが彼なのです。少しばかり厳しい面もありますが決して貴方に失望したのではありませんよ」
決して素直じゃないエミヤを懐かしそうに語るアルトリア。綺麗な笑顔なのだが手に持った皿がなければもっと感動できていただろうに。
「だがマスター、今日はあと君とロマン達の分しか残っていないのだよ」
「材料がないの?」
「先輩。物資がある倉庫が先日の爆破により道が塞がっていまして、現在スタッフの皆さんが瓦礫の撤去の為に尽力しているんです」
「つまり私の聖剣で瓦礫を吹き飛ばさせば万事解決と?」
剣そのものが透明な聖剣を取り出す彼女の顔はマジだった。
「す、すみませんアルトリアさん。道である通路には精密機器並みの配線が敷かれてまして、慎重に撤去しないとシステムに不調が…」
だからこうやってサーヴァントは駆り出されず、食堂で駄弁っているのである。力加減はできるが繊細な作業ができるかと問われれば……まあ、想像通りだろう。
「まあ、そういうわけだ。明日以降は問題ないだろうが今日のところは諦めてくれ。材料もあるにはあるが微々たるものでね、まともな出来にはならないだろう」
「そうですか…ならば本日は抑えましょう」
「そっかー、残念だなー」
シュンとアホ毛が垂れるアルトリアとアストルフォ。そんなにも食に固執しているのかと騎士王の一面を見た一同だったのだが。
「なら、僕が作りましょうか?」
余計なことを申す者がいた。
「え? ヒッポメネスさん、料理が出来たのですか?」
神代に生きた英雄ヒッポメネス。その時代に料理という文化はあまりにも未熟だ。にも関わらず、このヒッポメネスは名乗りを上げた。
「そりゃあね、自炊の一つや二つできるものさ。アタランテと暮らしてた時も僕が料理担当だったからね!」
もしここにアタランテが居ればこう止めていたであろう。
『やめておけマスター、あれは獣でなければツライ。とてもツライ。というか昔の私よく食べれたな』
「ほう、そういうのであれば君の料理を見て見たいものだ」
「神代の料理…少なからず興味がありますね」
「へえ、じゃあお願いしてもいいかな?」
「うん、任せてよ!」
「…あれ? アストルフォさんは何処に?」
「さあ、できたよ。召し上がれ!」
「「「「・・・・・」」」」
聖杯の泥か? とアルトリアとエミヤは思った。
黒い、とても黒いのだ。なんだか半液体というか、半固形というか形容し難い。なのに匂いは香ばしく、食欲をそそる。料理なのか? もしくは呪いじゃないのか?とても料理というには問題がある作品が爆誕していた。
(アウト? セーフ?)
(とりあえずツーストライクだ)
視線だけで意思疎通できるとは信頼関係が築けている証拠だ。こんなところで判明してほしくなかった。
「…ヒッポメネス、ちなみに何を作ったのか参考に」
「肉じゃがだね!」
「うーん、そっかぁ!」
ちなみにエミヤが確認していた材料は卵と野菜と果実の数種類で肉類は使い果たしたとのこと。肉は何処から持ってきた。
「私がシロウに作ってもらった肉じゃがはもっと固形でしたね…」
スプーンで掬う。なぜかそれだけなのに手に重力を感じる。肉じゃが(暗黒)には何が凝縮されているのだろうか。
「…ちなみにヒッポメネス、君は試食したのかね?」
「もちろんしましたよ? 当然じゃないですか」
「………そうか」
ここで食べてなかったら食べさせて悲劇(ほぼ確定)を回避しようとするエミヤの策略は無に帰した。というか食べたのか、これ。
「せ、先輩。これが日本伝統の家庭料理肉じゃがですか。これを習得してこそ女性は婚約が許されるという」
「うん、違うよマシュ。そしてこれは肉じゃがではなく、肉じゃが(ギリシャ)と定義しよう」
手に持ったスプーンが震える。これを食わなければならない、そう思うと震えが止まらない。
というかアストルフォ、これを知っていて逃げやがったな。
「食べないと冷めちゃうよ?」
なかなか動かないみんなに首をかしげるヒッポメネス。そこに悪意も何もない。これを料理だと本当に思って作っているのだ。相当タチが悪いぞこれ。
皆、視線を交わして頷く。物資が足りていない現状、お残しは許されない。嫌でも、これを乗り越えなくてはいけない。
「「「「せーの…」」」」
乗り越える時は一緒にだ。皆が同時に肉じゃが(混沌)を掬い
「「「「いただきます!」」」」
同時に口に入れた。
「・・・・・」
「…あれ?」
「……なに?」
「……おぉ!」
美味い。口内に広がる旨味が脳を浸透していく。
「これは、まさかだ!」
「先輩、美味しいです! びっくりです!」
「なんだと!? いや、これ、なんでさ!?」
「イケます! イケますよこれ!」
まさかのまさか、大逆転だった。最悪の見た目と反し、味は格別だった。食感は味わったことのない謎の食感だが味に文句がつけようのない。まるで美味の保存食かのようだ。
「「…ふぅ」」
「…ふむ、なにをどうしたらこうなる」
「美味でした。大変美味でしたよヒッポメネス」
ご満悦ばかりといい笑顔を浮かべる。エミヤだけはこれが作り上げられる過程を想像できなくて困惑しているが。見た目を除けばいい食事だった、見た目を除けば。
「満足していただければ良かったよ〜」
「ああ、最初はなんだかアサシンらしく毒殺にでも来られたのかと思ったよ」
「アタランテと同じこと言うんだねぇ」
言われたのかよ、と全員の考えが一致した。ちなみにアタランテは最初これを差し出されたとき弓を構えた。
「…ん? ならなんでアストルフォは逃げたんだ」
あの理性蒸発の騎士なら喜んで食べに行ったのではないのか? なぜ逃げたんだ。
「じゃあ、僕は片付けに行ってくるよ」
使用済みの食器を持って台所へとヒッポメネスは去って行った。それを特に思うことなく皆が見守るが、ヒッポメネスが消えた瞬間、異変は起こった。
「……ぐうおおおあああああああ!!?」
「アーチャー!?」
エミヤが腹を抑えて倒れた。
「ど、どうしたんだエミヤ!?」
「き、急に腹痛が!? なんだ、この胃液が沸騰しているような痛みは!?」
大量の脂汗を浮かべ、悶えるエミヤ。
皆が慌てふためき、エミヤを囲む。ドクターに相談すべきかと連絡しようとした瞬間、そこにひょこっとアストルフォが戻ってきた。
「あちゃー、やっぱりこうなったのかぁ」
「アストルフォ!? 貴方はこれを知っているのですか?」
「あ、あはは。まあね」
アストルフォは前回の聖杯戦争を、ヒッポメネスの料理を思い出す。
あの悪夢を形にしたような料理を自分を含めた四人で食べた。美味しく食べれた。そこまでは問題なかった。だが問題が起こったのはそのあとだった。聖女と呼ばれたサーヴァントが腹痛を訴えて倒れたのだ。
痛みは軽く一時間続き、自分とヒッポメネスのマスターは料理の残りを調べたらしい。その結果。
「あいつの料理、どうやら基本美味しいけど運が悪かったらダメージを負うらしいんだ」
「なんなのそのロシアンルーレット!?」
見た目など不要、栄養価と味さえ良ければいいんじゃない?がモットーのヒッポメネス料理講座。シェフが知ったなら助走をつけてぶん殴るだろう。
「……ヒッポメネスゥゥゥゥゥゥ!!!!」
もちろん、一流シェフとメル友と豪語するこの男もブチギレるわけだ。
一時間後、腹痛から回復したエミヤは強制的にヒッポメネスを引きずってパーフェクト料理教室を開催したとか。
たびたび魔術を使おうとするヒッポメネスが完全なる料理方法を習得するのはかなり先のことである。
そんなカルデアでのひと時だった。
話を改変しました。