俺達と神達と空想神話物語   作:赤色の魔法陳

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零「あれ、今回こっち?」

卯「五ヶ月振りだね」

翔「番外編あれで終わりなんですか?」

麗「まだまだ続くよ」

零「ん?“麗”って字違くないか?」

麗(霊)「これで良いか?」

翔「まあ何故なのかは番外編で」

卯「番外ってほどどうでも良いストーリーじゃないよね。ガチガチにこっちの本編に関わって来てるし」

神「作者からすれば冬映画みたいな物なんだろう」

卯「いや、もう冬開けてDVD発売される季節なんですけど...」

零「じゃあ夏映画枠は誰が主役なんですかね」

作「翔だよ」

翔「急に湧いてきてネタバレ!?ってか僕?それより前書き長過ぎでしょ。誰も読まないよこんな前書き!」

卯「だって...今回私セクハラされてばっかだし...それでも良いならどうぞ」

神「投げやりだな...」


第6章 僕と預言と箱舟物語
心休まる暇もなく


 大型連休最後の五月七日日曜日。通常高校生の連休と言えば友達とカラオケだとか恋人とお泊まりだとか魅力的なイベントが盛りだくさん!とかお思いだろうが現実はそう上手くはいかない。大抵が課題に負われるか何もせずに終わるの二択だ。

 

 因みに俺はその二択には入らない。なら翔達と一緒に打ち上げ的なカラオケか?一昨日あんな事件会ったのにそう易々出掛けたりするか。一応針太郎さんが手回ししてくれているお陰で俺達が警察に追われていることはない。

 

 じゃあ恋人とお泊まりか?どの状況で恋人ができるチャンスがあったんだ?わかるなら教えて欲しい。星相手に喧嘩吹っ掛けてたようなものだぞ。お泊まりってなんだ、片道切符で冥王星に永遠にお泊まりしに行くような状況だったし。

 

 そもそもウイッチさんが同じ家に住んでる時点でお泊まりみたいなものだろ。残念ながら恋人では...ない、そりゃまぁそうだったら嬉しいが...じゃない!何を回想しているんだ俺は。彼女は姉みたいなものだし...

 

 じゃねぇ!何か論点がズレてる。答えは...

 

「で、何か考えているが思い当たる節があるのかね?」

 

 重要参考人として学校で校長から事情聴取だ。ロマンの欠片もあったもんじゃない。

 

 校長から聞かれている事はテロリストが学校を占拠した時に俺が警察を呼ぶ訳でもなく無謀にもテロリスト達に立ち向かった件。それに関連して二十五日に起きた爆発の原因なのではないかという事。近くにいたのは俺と翔だけだったからだろう。

 

 テロリストに無謀にも挑んだ件は確保されたメンバーや夏川さんが話したのだろう。現に彼女も学校に呼ばれていたらしく廊下ですれ違った。人形に入れ替わった事はバレてはなかったが急に大人しくなったらしく不審がられていたので適当に言い訳を言っておいた。

 

 警察呼べたら呼んでたし、と言いたいところだがあの状況で呼んでたら他の生徒が負傷していたかもしれないということがわからないのだろうか。

 

 弁明するために俺はテロリスト相手に戦闘経験があり、能力もあるので他の生徒を守るために戦いました、なんて言ったらどうなるか。答えは簡単、漫画の見過ぎだとかアニメの見過ぎだとか言われて痛い奴となる。

 

 というか自分で考えた言葉だがこんな事を言っていたら間違いなく反感を買いそうだ。完全に世の中を舐めている。

 

 話は反れたが二十五日に起きた爆発は俺が原因だが主犯は麗華だ...いやあの頃は霊香か。流石に仲間となった彼女を売る訳にもいかないからこの件は黙秘するしかないだろう。

 

「二十三日の件については知りませんが、テロリスト騒ぎの際に勝手な行動をしてしまったのは反省してます。ただ、彼女の辛そうな顔を見てつい手が出てしまいました」

 

「夏川君に好意を抱いていると?」

 

「いえ、全く。相手が他の女子生徒であれ、男子生徒であれ襲われていたなら助けたつもりです」

 

「フフフ、流石生徒会なだけあるな。書記とはいえその正義感、せいぜい曲がらないように気を付けたまえ。以上だ」

 

 一礼して校長室を出る。嫌みを言うのも大概にしろよ、と叫びたくもなるが何とかこらえた。相手は事情のじの字も知らない一般人である。俺が死人で生き返る為に必死になんて説明したところで...負け惜しみみたいになるから止めよ。

 

 携帯を確認すると神事屋グループのチャットからメッセージが入っていた。俺は事情聴取が終わったという事を伝えるメッセージを打つ。分け合った情報だと次は翔、最後に麗華だ。

 

 取り敢えず家まで帰ってウイッチさんと今後の行動を決めようと思い昇降口までの廊下を歩いていると、

 

「へいへーい、そこの書記~丁度良いところに。これ手伝ってよ~」

 

 後ろから呑気な声が聞こえてくる。どうせ先生から手伝いを頼まれたとかだろう。振り向く必要もなく何か抱えているのは目に見えた。

 

「無視しないで~!マジヘルプ!助けた恩を忘れたの?」

 

 わざとらしく脅すように声を掛けてくるのは我らが学園の生徒会長、 武田(たけだ) 弥生(やよい)だ。圧倒的カリスマ性、迅速な決断力と誰から見ても人を纏めるのに相応しい彼女だが人が良い為に上からの命令には殆ど逆らわない。いわゆる良い子ちゃんというタイプなのだがハッキリ言えば社畜候補である。

 

 ブラック企業なんかに就職することなく早めに結婚して専業主婦とかやった方が向いてるのでは?と時々考えるがセクハラ紛いなので直接口にした事はない。

 

「会長は断る事を覚えろよ」

 

「だってさ、書記の件以降また良い子ちゃんを演じないと先生方の機嫌を取れないし」

 

 それは嫌味か、それとも天然な発言か?どちらにせよ恩を盾にされると言い返す事ができない。全生徒の目標の割にやり口が汚いぞ。

 

「ハイハイ、何を手伝えば良いんすか」

 

「そう言ってくれると思ってたよ~!はい、じゃあこれ校内に適当な間隔を空けて貼って、それ終わったら生徒会室の備品整理、あと今度のボランティアの情報話すから。じゃ、よろ~」

 

 何だか口車に乗せられた気分がしてならないのだが仕方ない、これも仕事の内だ。会長だって文化祭で引退するまではあの演技に付き合ってあげるとするか。

 

 携帯を見るとウイッチさんからメッセージが届いていた。

 

❲今日お昼家に帰って来る?❳

 

 マジで姉か、と思ったが普通に昼飯を二人分作るかどうかってことだろう。今は十時、だが会長の手伝いを全て正午前に終わるかと言われると正直キツい。彼女の美味しい料理を食べれないのは残念だがここは我慢。

 

 そう思ってメッセージを打とうとすると、

 

「携帯やってないで!早く終わらせるよ!」

 

 いなくなったはずの会長が注意してきたのですぐさま携帯をしまう。まぁ空いた時間に打てば良いかと思い作業に取りかかった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「う、い、ち~!よっ!」

 

「わっ!?」

 

 用があって大学に来ていると急に声を掛けてきた人物に抱きつかれ私は体勢を崩しそうになる。この展開には馴れているのだが、毎回彼女の体重を支えきれず倒れそうになる。

 

 彼女、大津(おおつ) 巳羅(みら)、通称巳羅姉は私より二学年上の大学四年生。学部は人間心理学部。念の為に言っておくと私より軽いはず。

 

 (スネーク)の時の根暗そうな髪型とは違い長い前髪を左に流し、大きくて綺麗な右目を出して反対に左目を前髪で隠す事によってミステリアスさを醸し出している。髪は黒色のロング。顔は私より美人だし性格も姉御肌と言える...だろう。身長は私より少し高く、見た感じ後輩クンよりは少し低いぐらいだろうか、因みにスタイルはたまにモデルのスカウトを受けるほど良い。

 

 彼女との関係は十年に及ぶ。十二獣の時に知り合って、中学、高校と家出してお金に困った私を援助してもらい、もはや頭が上がらない。なので私も知り合いの中では最も彼女を信頼し、何かあった時は真っ先に彼女に相談しようと決めている...が。

 

「たまたまいたのは幸いだった。さてさてあのガキの事を説明してもらおうか?」

 

 そう言って私の身体をまさぐってくる。色んな事があったせいで連絡を忘れていた。彼女が怒っているのは間違いなく私が彼氏でもない男の子の家に居候している事だろう。

 

「わかった...から、くすぐるの止め...てっ!」

 

 何とか両手の拘束を振りほどき両手で胸を隠すようにする。絶対触られた、しかも重点的に。しかも毎回スキンシップをとってくるが絶対触ってくる気がする、気のせいかもしれないけど。

 

「はぁ、私がスキンシップの時に必ず触っていたその凶器と言えるべき二つの塊をあのガキに触られていると思うと何か悔しいな~」

 

 はい白状しましたー。やっぱり触っていたな私の胸を。まぁ女性相手しかも巳羅姉だからあまり嫌ではないけどそろそろ恥ずかしいから止めて欲しい。

 

「彼とはそういう関係じゃないし!ちゃんと説明するから決めつけないで!あと胸触るの禁止!次やったら巳羅姉呼びから変態セクハラ姉呼びに降格だからね!」

 

「人前でその呼ばれ方は死ねるな。わかりましたよ、もうやんない。その代わり洗いざらい話してね。私はあなたの親代わりでもあるんだから」

 

 彼女はそう言ってウインクをする。何で私に対してだけこんな残念な美女みたいになってしまうんだろう。じっとしてたら本当に綺麗なのに。まぁ彼女が好きでそういう性格にしているから受け入れるべきではあるんだけど。

 

「何か娘の反抗期を迎えた母みたい。うりゃ」

 

 そう言って私の頬をいじってくる。本当にこの人は...

 

「これじゃあふぇつめいできにゃい」

 

「可愛い、家には絶対無い癒しだわ~」

 

 彼氏いないなら猫か犬飼えば、といつも提案するのだが彼女はマンション住みだからそれも厳しい。彼女の実家なら飼えるらしいが性格的に実家に住むわけもない。

 

 彼女の実家、大津家は美神家に比べれば流石に劣るが一般的に富裕層と呼ばれる家系であり、資産家である。と言っても何か運営している訳ではないので次の交代で十二獣の一つをとれなければ家は厳しいと彼女は言っていた。

 

 十二年周期でメンバーが変更される十二獣。そもそも神聖区の治安維持や発展を裏から支えるべく発足した民間組織であり、民間人に不利益が働くような規則を出さないように管理局に圧をかける事が出来る唯一の民間組織である。その為メンバーの殆どが富豪の関係者である。

 

 メンバーは会議中は干支にちなんだコードネームを呼び会う。コードネームによって担当する地域は決まっている。会議は不定期開催であり、前回指定された名前の者の一人が開催地の整備、もう一人が警備を担当する。会議には自分の素性がバレないようコードネームに関連した格好をして参加する事が義務づけられている。

 

 メンバーになる条件は指名の一部に十二支の動物の文字が入っていること、及び各地域への貢献度等によって選出されるが前者を満たすハードルが高く、前任が死亡、又は引退をしない限り覇権を握るのは難しいとされる。

 

 ゆえに大津家は次のメンバー変更で外される可能性が最も高い。その事を必死に阻止しようとしているのが彼女の父親だ。その関係のせいで彼女は生活費を実家から踏んだくりマンションで一人暮らしをしているのだ。

 

「もうっ!説明するから離して。長くなるけど...」

 

 そう言って私は今日に至るまでの出来事を彼女に話した。勿論魔王装備や翔君、麗華ちゃんの事まで。彼女は信頼に値すると思ったからある一部の事実は除いて話したのだ。

 

「零矢って言うんだっけ、まぁ良い奴そうだけど男はいつ狼になるかわからないからね。しかも盛んな時期だし十分気を付けなよ」

 

 と大体の事を理解したらしく私に対して忠告をしてきた。確かに世間一般的に見ればどれだけ彼が無実でもそう思われてしまうのは致し方ないのかもしれない。実際心配になるぐらいにはそっちの気は起こされてないんだが...あでも視線を感じる時はあるか。

 

「わかってる。流石に何もしてこないって信じてるけど、もし何かしてきたら『電気銃』で動きを止めて殴れる程の度胸はあるんで」

 

 そう言って私は胸を張った。例え弟分であっても礼儀は礼儀。倫理観を逸脱するような行動は許さない。本当は住む家を貸してくれている時点でそういう雰囲気になった場合断るべきか悩んでたのは内緒だけど。

 

 そんな事を考えていると携帯にその彼から

 

❲事情聴取終わりました。特に変な事は口走っていません❳

 

 というメッセージが入っていた。直前に変な事を喋らないようにメッセージを送っておいて正解だった。取り敢えずこれで学校側から目をつけられなければ次の神力集めに支障が出ることはない。

 

 何よりまずは当事者である彼と話したいが意外と律儀なので翔君や麗華ちゃんが終わるまで校舎内で待っている可能性がある。時刻は十時前、今は東街の神聖大学だから私は三十分ぐらいで家まで帰れる。

 

「でもその麗華って奴は本当に信頼できるのか?」

 

 でももう少し説明が必要らしい様子なので遅く見積もっても正午までには帰してもらえるだろう。お昼ご飯の準備もあるし。

 

❲今日お昼家に帰ってくる?❳

 

 打ちながら不覚にも母親みたいだなと思ってしまった。彼は弟みたいなものなのに。すると既読の表示が出た。しかし返事が帰って来ない。

 

……律儀だからすぐに返事してくると思ったんだけどな。今手が離せない状況なのかな?早く返事...欲しいんだケド。

 

「やっぱり心配だな」

 

「え、何が?」

 

 なぜか巳羅姉はため息をついた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「麗華さん、大丈夫でした?」

 

 廊下で待っていた翔が校長室から出てきた麗華に話しかける。名前が変わった事もあり、色々と詰問されて大変だっただろうと心配する翔をよそに麗華は涼しげな顔をしていた。

 

「まぁ予想通り名字が変わった事と名前の漢字が変わった事に対して色々と言われたけど家庭の事情で押しきった」

 

 とんでもなく複雑な家庭だと思われていないだろうかと翔は心配になったが麗華が答えた事はあながち間違ってはいない。

 

「でも一番ムカついたのは交遊関係には気を付けた方が良いって言われたこと...何なの?私達のこと何も知らないくせに」

 

「知らないからでしょうね」

 

 翔も同じような事を言われていた。二人に対してそう圧力にも似た事を言ってくるということは、多分零矢の事だろうと翔は睨んでいた。前に聞いた噂通りなら学校が零矢個人を疎ましく思うのも仕方ないとは思うが。

 

 それよりも翔は気になっていた事があった。それは先日の戦いの決着の後の麗華の一言、

 

(私はあなたの支配から抜け出してやる、だから名前も変える!でもあなたとの繋がりを捨てたくはないから名字だけは虹神...アルコバレーノの血を引くものとしてこの名字にしたい...いつか時神に変わるその日まで)

 

「あの時の言葉は何ですか?養子になりたいって意味ですか」

 

「……ばか」

 

 と麗華は小さな声で言ってそそくさと歩いていってしまった。急に機嫌を損ねた理由がわからなかった翔は少し立ち止まって考えたが結論に至るよりも先に

 

「……帰るよ」

 

 と麗華に半ば強引に手を引かれ校舎を後にした。二人は何か忘れているような感覚に陥りながらも仲良く家に帰ったのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……おい、何で翔も麗華も電話に出ないんだ?どう考えても事情聴取は終わってるだろ!?もう少しで帰れそうだから待ち合わせようとしたのに

 

「書記~終わった?」

 

「後、この荷物上にしまえば終わり!」

 

「じゃあ終わったらこっち来て」

 

 荷物を棚の上に押し上げながら俺は携帯をスピーカーにし、翔か麗華に連絡を取ろうと試みていた。が、二回ずつ掛けたにも関わらずどちらも応答しない。電源でも切ってるのか?

 

「馬鹿だな~」

 

 急に携帯の画面に銀髪の女が映し出される。そう言えば久し振りだなと思いながら会長に聞こえないように小声で何が、と言った。すると、

 

「電話に出れない程夢中なんだよ、これに」

 

 と言って両手を顔の前に持ってくる。掌をこちらに見せたまま中指と薬指を倒しその腹の部分に親指を当てる。幼い頃影遊びでよくやる狐の形だ。

 

 それを両手で作るとその三本の指を顔の前でくっつけるようにした。そして交互に前後に揺らす。

 

 そして再び掌を開き今度は指を交互に組みながら まるで祈るかのように手を握ると指だけをぐにゃぐにゃと動かす。

 

「……は?」

 

「知らんぷりするなよ?年頃なんだしわかってるんだろ」

 

 そして更に指の動きは激しくなっていった。もはやホラー映画に出てきそうな触手を持ったエイリアンのように見えてくる。気持ち悪っ。

 

「影遊びなんて高校生にもなって夢中にやらないだろ」

 

 そう言うと“神”は手をほどきつまんない奴、と舌打ちをして画面から消えた。マジで何しに来たんだあの駄神。

 

……まぁつまらないって事は答えが別にあるってことだよな。待てよ...何かちょっと前に発売したエイリアンを倒すゲームが人気だって聞いたことがある!ゲームに夢中だってことか...

 

「……じゃねぇよ!?帰る時に一声掛けろっつーの!ってかじゃああの狐は一体...」

 

 そう独り言を言っていると、用務室のドアが大きな音を立てて開き会長が凄い剣幕で入ってくる。

 

「何サボってんだ!彼女だか何だか知らんが今は仕事中って...」

 

 そう言って会長は視線を俺の手にスライドする。俺の両手は丁度狐の形を作っており、先程“神”がやっていたように三本の指が重なった先端同士をくっつけていた。

 

「あー、書記...その悪かった。本命の子だったんだろ。その...泣くな、愚痴ぐらいなら聞いてやるから。現実はそれみたいには簡単にはならないから...えーっと強く生きろよ?」

 

 なぜか憐れみの目を向けられた。怒りに来たんじゃないのか。というか何で頑なに目を会わせないんだ会長。何で明後日の方を向いているんだ会長。どうして今ハンカチを取り出すと見せかけて雑巾を差し出して来たんだ会長。ってか別に俺泣いてないし。

 

「ボランティアの件は明日話すからさ...その何て言うか美味しい物食べて良く寝なよ。明日学校来るの待ってるからさ...お疲れ」

 

 そう言いながら雑巾を置いて会長は生徒会室に戻っていった。せめてその雑巾戻せよ、と言いたくなったのを堪え俺は代わりに雑巾を戻して生徒会室を後にした。

 

 去り際に会長が、

 

「諦めんな...星は沢山あるから。またどれか一つを太陽にすれば良いんだ」

 

 と急に親指を立てながら言ってきたが意味がわからないので無視して部屋のドアを閉めた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「私の方が先に家に着いてしまった...」

 

 結局後輩クンから連絡がくる事はなく、私は巳羅姉が納得するまで説明をしたあと一人で家まで帰って来た。

 

……既読スルーかまされるとは...お姉さんは悲しいよ

 

 まぁ私が彼の行動を制限するわけにもいかないので仕方ないと言えば仕方ないのだが。だがどうにも心の奥に引っ掛かっている物があった。

 

……違う、後輩クンは他の男とは絶対に違う

 

 巳羅姉に言われた事が頭の中に再び甦る。心の傷をえぐられたような不快感。単なる思い込みなのに彼にないがしろにされてしまうのがここまで応えるとは思わなかった。

 

 彼にもらった合鍵を強く握り家のドアを開ける。私達は協力関係だ。決してそれ以上の関係になったりしないし、望んだりもしない。

 

 玄関に入りドアを閉めると想定以上に汗をかいている事に気づく。何だか情けないと思いながらも軽くシャワーを浴びて着替えるかと思ったその時、チャイムがなった。

 

 ハンカチで顔を拭き、一度深呼吸をしてからドアを開けた。

 

「お帰り後輩ク...」

 

「えっ、誰あなた?」

 

 そこには彼ではなく見知らぬ夫婦と思わしき男女が立っていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 嫌な予感というものは今までにもいくつか感じた事はある。この問題の答えは違ったんじゃないか、とかこの後怪我するんじゃないか、など第六感とでも言うべきものである。

 

 しかし今、俺は非常に胸騒ぎがして家に急いでいた。何かはわからないが自分にとって不利益な事が起こりそうなそんな胸騒ぎだった。

 

……ん?あ、ヤバっ!ウィッチさんに連絡するの忘れてた

 

 この胸騒ぎの正体はこれだったのかと納得がいき俺は急いでGod-tellを取り出すとウィッチさんに電話を入れる。

 

「すみませんウィッチさん!連絡遅れてしまって」

 

「今...どこにいる?」

 

 何だか声が小さく覇気が感じられなかった。

 

「もうすぐ家の前に出ますけど何かありました?」

 

「わかった」

 

 そう言って電話は途切れてしまう。不審に思いすぐに家の前まで着くてドアを開けた俺は玄関に見慣れない二足の靴が並んでいるのに気づく。一つは女性用、もう片方は恐らく男性用。どちらも俺や彼女が持っているものではない。

 

 まさか強盗でも入って来たんじゃ、と言う予感がした俺は乱暴に靴を脱ぐと転びそうになりながらもリビングへと続くドアの元にたどり着き、無造作にドアを開けた。

 

 そこにはテレビと机の間に座らされたウィッチさんとソファに座る一組の男女。瞬時に俺はこの二人が胸騒ぎの原因だったと確信した。

 

「座れ、彼女の隣に」

 

 こちらを見向きもせず、ソファに座った男は俺に冷たく言い放つ。俺は鞄を置くと、座っているウィッチさんの隣に座り向かいに座る男の顔を睨んだ。

 

「よぉ、零矢」

 

「お帰り、零ちゃん」

 

……最悪だ、よりにもよってこんな時に親が帰ってくるなんて

 

 そう、この二人は俺の両親。何の仕事か息子にろくに説明もせず世界を、はたまた惑星を跨ぎまくっている夫婦だ。前に帰って来たのは一年以上前、まさか音沙汰なしに帰って来るとは流石に予想外だった。

 

 俺に似て目つきが悪く、軍人かと思うほどにがたいが良いのが父親、神木 零人(れいと)。その隣のセミロングの髪に父親と比べると華奢に見えてしまう身体つきの方が母親、神木 早矢(はや)だ。

 

 二人は幼なじみであり結婚して二十年以上経つが、人生の半分以上はお互い一緒にいるというのが自慢らしい。三十で俺が生まれたから二人とも年齢は四十八か。その割には特に母さんは若いような見た目だ。

 

「さてと、じゃあ零矢の口から隣の嬢ちゃんが何で家の鍵を持っているのか聞かせてもらおうか」

 

 ウィッチさんの方を盗み見ると、彼女も俺の方を向いて困惑していた。それもそのはず、俺は彼女に今日両親が帰って来るなんて言ってない上に完全に予想外だったので伝えることなど出来るはずがない。

 

 それに彼女の事を一から説明するとなるとGD関連の事を話さなければならなくなる。以前も似たような事があった為、それだけは避けたい。そうなると最適解は...

 

「わかるだろ、女だよ。俺の」

 

 父親を睨みながら嘘だと悟られないように言った。彼女設定なら家にいても不自然じゃない。たまたま遊びに来たという言い逃れだって出来る。

 

「まぁ、そうよね。その子も同じ事言ってたし。私達の寝室がこの子用に変わってたもの」

 

 どうやら彼女も同じ設定で乗りきったらしく上手く口裏を合わせられたようだ。まさかそこまで予想済みとは恐ろしい。困惑した表情を見せたのもこの解答に辿り着く為の誘導だったのか。しかし彼女は何だか深刻な顔をしている様に見える。

 

「だが一つ不自然な点がある」

 

 一つ関門を潜り抜けたと安堵していた所に冷たい声が響き渡る。もしや彼女との設定の間で何か矛盾点があったのかとヒヤヒヤしていると

 

「私達が前に帰ってきたのが一年...二年ぐらい前かしら。つまりその期間で零ちゃんには彼女が出来て同棲するまでに至った。しかもこの子とあだ名で呼び合う程、今も仲が良い事が推測出来る。だったら一箱ぐらいあっても良いじゃない?」

 

「何が?」

 

「コ●ドームよ」

 

はあっっ!?」

 

「だってそうでしょ、その歳で出来ちゃうわけにはいかないし。若いんだから盛ってるでしょ。私達その頃はどうだったかしら...」

 

「ちょ、ちょストップ、ストップ!!」

 

 聞きたくない話を立ちながら必死に遮り、俺は再び座った。気まず過ぎて隣を見ることが出来ない。だが彼女も俯き耳まで真っ赤になっている事は横目でわかった。

 

 最悪である。この後の彼女との関係に亀裂が入りかねない事態に陥ってしまった。これだったらただ単に居候と説明した方がまだマシだったかも知れない。何だか時神家の母親と似た物を感じる。

 

あの...その...」

 

 ウィッチさんが震えるような声を出し発言をしようとする。まさかこの状況を打破出来る針の穴を通すような一言があるのではと期待していると

 

対策は...してますじゃない...あッ、してないわけじゃ...あ、うぅ...ごめんなさい...」

 

 確実にオーバーヒートしていた。日頃の彼女からは想像出来ない程の小さな声で自分の言った事に自分で間違いを見つけてつっこんでいる。とうとう恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってしまった。

 

 流石に申し訳なく思ったのか

 

「ごめん、ごめん卯一ちゃん。そんなに辱しめるつもりじゃなかったんだけど」

 

「取り敢えずこの人の事はいいだろ!それより何で帰って来たんだよ?」

 

 すると不思議そうにお互い顔を合わせながら

 

「何でって、ここ私達の家だし」

 

「たまたまこっちに帰って来る用があったんだよ。お前の様子を見に来ただけだ、また変な事に首を突っ込んでないかってな」

 

 もう突っ込んでるわ。テロリストと殺り合って国に喧嘩売ったわ...って威張れることじゃないか。本当に心配しにきたのか?

 

(何も言うな。お前は黙って寝とけ)

 

 思い出したように父親の冷たい声が頭に響く。あの時だってそうだ。俺に何も教えてくれないで大人は勝手に解決してしまう。子供の意思など関係ない。

 

 だから俺はこの二人が苦手である。第一、心配なら息子を放ったらかしにするだろうか。連絡先もわからない、生きているかもわからない。年に一度帰って来るかわからない人に心配などしてほしくない。

 

「まぁその様子じゃ、また何かしらに首を突っ込んでそうだから忠告しといてやる。ガキが半端な正義を振りかざしてると痛い目見るからな」

 

 余計なお世話だっつーの、と心の中で叫びながら俺は立ち上がって、大分落ち着いたウィッチさんを促し、鞄を取ると逃げるように二階へと急いだ。

 

 彼女を俺の部屋に入れ、鞄を机の上に置くとすぐに階下に聞こえないようなボリュームで

 

「家の両親が本っ当すいませんでした!」

 

 と彼女に土下座した。彼女は慌てて俺の頭を起こすと、

 

「仕方ないよ、取り敢えず恋人設定で通すしかないし...さっきの私の言葉は聞かなかったって...事で、ね?」

 

 思い出したのか俺との目線をそらしながら彼女は言った。少しだけ開いたカーテンから漏れた光が彼女の顔を照らす。その顔はどこか寂しげな表情だった。

 

「俺と恋人役じゃ嫌でしたよね...嫌な気持ちにさせてごめんなさい。両親もまたすぐに出ていくと思うので、出来たら...まだ家にいて欲しい...です」

 

 わがままだということは百の承知である。しかし、既に一ヶ月が経って彼女の存在はもう俺の生活の中で大きくなっていた。

 

「君とは協力関係だし...住む家も無いからここにいさせてもらうよ。私の事はあまり気にしないでね、折角家族が揃ったんだからキミももう少し肩の力を抜きな?」

 

 そう両手を肩に乗せられながら言われた。確かに他人に家族のいざこざなど本来見せるべきではない。俺も少々ムキになりすぎていた事に気づく。

 

 落ち着いたことを感じ取ったのか、彼女はよし、とだけ言って立ち上がり部屋を出ていった。その余韻の中、俺は思い出した。

 

 彼女は家族にそう簡単に会えないのだ。前に言っていた集会を除いて企業の社長と接触する機会などほぼ無いに等しい。それに美神 寅次に妹がいることは公にされていないことから、何らかの理由で匿われていた可能性がある。

 

 つまり家族が恋しくなったとしても簡単に会いに行くことは出来ないのだ。そんな彼女だからこそあんな風に諭したんだろう。

 

 こんな状況でも自分ではなく俺の事を優先してくれている、そんな彼女に頭が上がらないなと思いながら俺は制服から着替えた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「私が約束破ってどうするんだろう...」

 

 後輩クンの部屋から出た私はため息交じりに呟いた。咄嗟に出た言い訳とはいえ、協力関係以上は望まないなんて言った矢先に彼女です、なんて出てしまうとは。

 

 冷静に考えれば年頃の男女が同じ屋根の下で暮らしている時点で...まぁ私がこの家に住ませてもらおうとした最初の時点で危惧していた事が一気に襲いかかってきた感じか。

 

……思ったより自己評価低いのかな、別に嫌じゃないんだけど...そこんところちょっと可愛らしい気も...

 

「って待て待て待て!?何考えてるんだ私?あっ、そうだきっと恥ずかしさでオゥバーフローしてるんだ。ここは一発ハザードフィニッ...」

 

「何してるのあなた?」

 

「ひゃいッ!?あっす、すみません」

 

 廊下ではしゃぎすぎた為、早矢さんの気配に気づく事が出来なかった。変な声が出た後、中途半端に浮かせた右足を恐る恐る地面に着ける。

 

「零ちゃんと似たタイプなのね。あの子が好きになるわけだわ」

 

「きょ、恐縮です」

 

「良かったらお昼ご一緒しても良いかしら?冷蔵庫の中にあるもので適当に作るから手伝って頂けない?」

 

「は、はいっ」

 

 何だか私は早矢さんが少し苦手な感じがした。口調では丁寧に接してくれているがどこか溝を感じる。まぁでも普通自分の家に知らない女が入り込んでいたらそんな風になるか、私だってなるし。

 

 私も彼女の機嫌を損ねて家を追い出されてしまったら元も子もないので、当たり障りのないように常にへりくだりながら彼女に接した。まさか高校時代部活で培った目上の人を敬う技術がここで役に立つとは。

 

 そして無事に料理を終えて家族の食事に私は一人浮いてしまっていたが難なくクリア。零人さんは電話で外に出て、後輩クンはシャワーを浴びに脱衣所に消えた。

 

 そして再び早矢さんと二人になり、一緒に食器を洗っていた。

 

……取り敢えず恋人設定は押し通せたし、品位の欠片もないことは何も言っていない。今のところは完璧!

 

 少し浮かれつつ手早く食器を洗い終わるとそれを棚に戻し、彼女の前に置かれた食器を手に取り拭いていく。

 

「そう言えばまたどこかに行かれるんですか?」

 

「あら、邪魔したみたいでごめんなさいね」

 

「いえいえ、とんでもないです。最初はびっくりしましたけど楽しかったですよ」

 

 食器を拭き終わり彼女の分も含めて棚に戻した。これで全てが終わる。完璧な彼女を演じきった、これで恐らく家を追い出されることはない。

 

「そんな事言って、本当は邪魔だったんでしょ?」

 

 いやいや、と言いながら振り向くと視界に彼女の姿は無かった。しかし急に左手を捻って背中に回して固定し、同時に右肩に手を回され爪を首筋に突きつけられる。

 

「私達がいると零ちゃんを落とせないから」

 

 先程のフレンドリーな声とはうって変わりドスの効いた低音の声色になった彼女が言った。私は声を出そうとするが

 

「私の爪さ、何か塗ってたりとかしたりするかもだからそんなに騒がない方が良いかもよ」

 

 と言って更に肌に触れるギリギリまで爪を突き立てる。冗談ではなく、今叫んだならば躊躇なく喉をかっ切るつもりだろう。

 

 この状況になって気づいた。何故さっき廊下で気配に気づけなかったのか。あれは集中力が散漫していたわけでもない。今もそうだったが明らかに彼女自身が故意的に気配を消していたからだ。

 

「でさ、やっと二人になれたから聞くんだけど、零ちゃんの何を狙ってるのかしら」

 

「何のっ...事ですか?」

 

「だってあなた達別に恋人でも何でもないんでしょ?仲は良いかも知れないけどお互い心のそこまで踏み込んでない、うわべだけの仲良し」

 

 核心を着かれ、私は内心焦りを感じていた。この数時間で私と後輩クンの関係を完全に把握された。それよりも意図も簡単に気配を消せて、相手の背後を取れるなど一体この人は何者なんだろうか。

 

「き、緊張してるから...そう見えただけ...ですよ。離してくれません...か?」

 

「緊張ねぇ...」

 

 納得したのか突き立てていた爪を離し、私がほっとしていると今度は右手も後ろに回され、左手と一緒に背中で拘束される。彼女は左手一本で押さえているはずなのに身動きが取れない。

 

「痛ッ、叫びますよっ!?」

 

「爪の事、忘れないでね」

 

 と言われ突き出した状態の胸に手を回された。撫で回すかのような手付きに恥ずかしさと同時に不快感を感じる。巳羅姉のようにふざけているわけではない、まるで敵を拷問するかのごときプレッシャーを背後から感じた。

 

「本当に彼女なら零ちゃんとこういう事してるでしょ?身体つきは良さそうだから零ちゃんは喜びそうね」

 

「だから、さっき...うっ、から何の事を言って?」

 

「とぼけないで、わざわざこの家に住んでるって事は私達の事か、零ちゃんの事か、単にお金とかの為に派遣されんでしょ?両親不在のこの家じゃほぼ零ちゃん一人だけしかいない。つまり零ちゃんをハニートラップで引っ掻ければ後は芋づる式に...」

 

「本ッ当に何の事ですかッ...私はそんなつもり...ッ!!」

 

 背中で押さつけられた手を更に締められ痛みで言葉が中断されてしまう。恐らく彼女は何かを勘違いしている。私をどこかの組織から派遣されたスパイか何かと思っているみたいだ。

 

 だが普通に暮らしてそんな事を警戒するだろうか。何か隠さなければいけない秘密を持ってる、しかも後輩クンにすら教えない何かを知ってるって事だろうか。

 

 スパイに過剰ともいえる警戒をするなら彼女自身がスパイという可能性もある。又はスパイが身近に潜んでる危険性がある職業...それこそ国家秘密に関する仕事とか。

 

「流石に尋問に対する耐性は出来てるみたいね。だったら...」

 

「ッッ!!!?」

 

 胸を強く握られるように掴まれ痛みが走った。息が荒くなり、頭がぼーっとする。熱があるかのように顔が熱くかなり汗をかいている事がわかった。

 

 逃げるように身体を前に屈めるが結局動けず垂れてきた横髪のせいで更に顔の表面温度が上がる。

 

「息子に近づく危ない蜂は私が対処するしかないわね。あの子はまだ弱い...」

 

「何やってんだ母さん!!!!」

 

 その叫び声のした方を目にかかった前髪の間から見ると、サイズの大きいTシャツとハーフパンツという軽装の彼が立っていた。

 

 彼は私の表情を見て察したのかすぐに私達に詰めより彼女の手を私の身体からほどいた。その弾みで私は彼に寄りかかる形になり、彼の胸に身を任せた。

 

 彼は私を庇うように右足を一歩下げ、私が彼女から離れるようにした。そのまま彼女を睨みながら静かな怒りを込めて言い放つ。

 

「何してんだよ...この人、凄い熱じゃないか」

 

 彼女が私と目を会わせようとしてきたので私は彼の右肩に顔を押し付けた。そのまま彼のTシャツをギュッと握り締める。

 

「はぁ、零ちゃんはゾッコンなのね。それよりその子、本当は彼女じゃないんじゃないの?」

 

「あぁ、そうだよ...でもな、大事な人なんだよ。だから例え相手が親だろうとこの人を傷つけるなら許さねぇぞ」

 

 聞いてるこっちが恥ずかしくなるような台詞を言われ頬が紅潮する。身体が再び熱を帯び、鼓動が速くなっていくのを感じる。

 

 そう言えば何で私は彼に抱き付いているんだ?何で私はこの状況で安心感を抱いていれるんだ?頭の中が色々な感情でごちゃ混ぜになりオーバーヒート寸前になる。

 

 普段の私なら絶対にあり得ない。常にクールで平常心、それがモットーの私が今日に限って何回も熱暴走を起こしている。これはきっと身体の不調だ。慣れない人間関係に脳はついていけても身体がついていけないだけだ。

 

「...ウィッチさん?」

 

 でも前から気になっていたが私は何故彼に触れても拒絶反応が起きないんだろう。あれ以来男性に触れられただけで悪寒が走るようになったのに彼は未だにその徴候が見られない。

 

「あのー...」

 

 『聖なる力』だからか?でもその原理なら翔君にも当てはまるはず。彼に触れられた事はまだないけどもしその徴候が見られなかったら...

 

「大丈夫...ですか?」

 

「へっ......ッ!!」

 

 思ったより顔が近かった為、思わず押しとばしてしまった。急に力を受けた彼はそのまま後ろに倒れてしまう。

 

「ごっ、ごめん!!大丈夫?」

 

「ってて...そっちも元気そうでなにより」

 

 彼を起こすと私は彼女に対して向き直った。相変わらず疑いの目を向ける彼女に私は胸を張りながら

 

「確かに私は彼の彼女ではありませんがあなたが思うようなスパイでも何でもありません。協力関係で結ばれた只の同僚であり、居候です。あなた方の事も知らないし、知りたくもありません。清廉潔白な只の大学生です」

 

 と言いながら目をそらさないように彼女を睨み続ける。しばらく睨み会った後、彼女は深いため息を吐き

 

「はぁ、私の思い違いね。物凄く失礼な事をしてしまったわ、本当にごめんなさい」

 

 と言って頭を下げた。私は慌てて

 

「いえいえ、身元も知らない私が悪いこともありますし。息子さんが心配なのは良くわかります」

 

 と弁明すると

 

「本当に良い子ね、家の娘に欲しいぐらい」

 

 とお褒めなのかよくわからないがそういうものをもらった。やはりさっきまでの行動は疑いから来ていたのだろうか。それにしては手馴れているような気がしたが。

 

「零ちゃん、この子大事にしなさいよ。じゃあ仕事あるからすぐ出るわね。ご縁が会ったら一年後ぐらいにまた会いましょ。アデュー」

 

 と彼に投げキッスをして置いて会った荷物を持って出て言ってしまった。少し具合が悪そうに見えたのは気のせいだろうか。確認の為に外を見ると零人さんの姿も見えない。

 

 二人がいなくなった事を実感すると身体の力がドッと抜けるのを感じた。そのまま近くのソファに倒れ込んでしまう。

 

「マジでごめんなさい」

 

「うん...キミのご両親色々...言って良いのかわからないけどヤバいね...」

 

「会わせたくなかったんですけどね...」

 

 誰か来る度にあんな風になったらこの子人付き合い大変だなと実感しつつ、母親の方は過保護なところもあるのだろう。家の両親も実家を出てもこちらの位置を特定してる辺り、また別のベクトルで過保護だとは思うが。

 

 実際ずっと家に居られると業務に支障が出かねないので、家をずっと開けておいてくれるのは私と彼にとって好都合だった。よくアニメとかの主人公の両親が不在なのはそういう理由なのかと納得した。

 

「連絡忘れてたのごめんなさい」

 

「あー、全ッ然怒ってないからー、次から忘れなければ、問題ないし?もういいよ~」

 

 疲れ過ぎて半ば変なテンションになりながらもソファから起き上がりシャワーを浴びに脱衣所へ向かうのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ん?終わったのか」

 

「一応」

 

 外で待ち合わせていた零人に早矢が合流する。心なしか彼女はとても疲れたような表情をしていた。

 

「名前を聞いてもしかしてって思って尋問形式で調べたけど前屈みになった時にようやく見つけたわ、左耳に三つ並ぶホクロ」

 

 同じ名前で同じ身体的特徴を持った人物が二人の脳裏に浮かび上がる。

 

「美神のところの第二子か」

 

「年も多分同じ、よく零ちゃんと遊んでは泣かされてた()()()()()ね。まさかあんなにグラマーな体型になってたとは驚きだわ。母親似ね」

 

 キャリーバッグを引きずり二人は過去を回想しながら目的地に向けて歩いていく。

 

「美神が娘をこっちに寄越したと?」

 

「そう疑ったけど多分シロ、でも偶然にしてはよく出来過ぎてなくて?」

 

「確かにな。だがあの子が俺達の事も忘れてるとなると零矢の事も忘れてるはずだろ」

 

「まぁあの時は幼かったし、あの事件の後なるべく零ちゃんと会わせないようにしたし...」

 

「それよりお前発作は?」

 

「ちょっと出たわ、零ちゃんを怒らせた時に」

 

「やっぱり駄目か。美神の娘は気になるが、何はともあれ...」

 

 二人はある高層ビルの前で足を止めた。そこには美神コーポレーションの文字が入り口にあしらわれている。

 

「聞けばわかるか」

 

「面と会うのは三年振りくらいかしら」

 

 中に入ろうとすると、スーツを着た黒髪の女性が出てきて

 

「お久しぶりです。お二人ともお元気そうで、案内いたしますね」

 

「美空ちゃん綺麗になったのね、寅次君とは相変わらずラブラブなの?」

 

「えっ...コホン、失礼取り乱しました。ご案内いたしますので社内では()()()()

 

 そう言われ二人は美空にこの会社の最上階へと連れて行かれるのであった。




卯「はぁ~憂鬱」

零「ネタバレ?」

卯「ん、ちょっとね」

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