プロローグ
6月。雨に濡れて今にも消えてしまいそうなその少女を、僕はアパートに連れ込んだ。響きだけならエロティックなものに聞こえるフレーズだけれど、殆ど死体となった「女王」にそんな事をしようとする気力はなかった。
「なんで。なんであたしばっかり。」
ブツブツと呟いてる。五月蠅い。確かに、あの日を境に女王はその玉座を追われた。だから、正確にはこの少女は女王じゃなくて、元女王だった。
昔隠れて読んだ、革命に追われるヨーロッパの女王とその親衛隊たる男装の麗人の話を思い出す。故郷からも国民からも憎まれ死ぬしかなかった女王。だとすれば、僕はこの少女を処刑する役なのだろうか?
どちらにせよ、延々と嘆く彼女になにか言わなければならない。
同情以上に、単に五月蠅い。かくまうのは構わないけれど、それまでだ。
「僕たちの現実は終わった。いや改変されたんだ。もうあの日々は戻ってこない。」
冷たく言い放った。これまで何千回も決闘者をすり潰し微笑んでいた「元女王」は、哀れな程に怯え泣いていた。
「こんなの、酷過ぎるよ。あたしが今まで築いていたモノは何だったのよ。もう。死ぬしかない。世界が変わってしまったのだから。」
醜く喚く女。僕は一切、優しくしようとは思わなかったが、バカにする事も出来なかった。
正直なところ、このまま自殺しても誰も疑問には思わないだろう。いっそ楽になれるんじゃないか、などと平然と出る位には女王は避けれらていた。
それに「デュエルモンスターズ」は自死に至る理由になる程に彼女を構成している。というかそんな寝ても覚めても決闘馬鹿だけがこの「楽園」に入国していたハズだ。
いつ世界が終わり始めていたのかは分からない。
僕は。この意味を無くした「楽園」で何をすればいいのか。
この1か月、様々な決闘者を見てきた。女王の様に凋落したもの。これまでの憎しみを晴らすためトップランカーを襲うもの。財産を無くしたカードショップ。新たな境地にデッキを嬉しそうに構築するもの。それまでの魂とも入れるカードを捨てざるを得ないもの。狂気じみた希望と絶望が渦巻いていた。
一切、元女王に優しくしない筈だった。何しろ、あの改変が起こらなければ一生続く恨みを持つはずだったのだ。
だけど。元女王は。ひょっとしたら、本当に生まれて初めてかもしれない口の動かし方をした。
「助けて」
僕はそれに。何も考えずに応える。本当にうっかり。
「分かった。」
・・・あの日の浸食する雪の様に。いつの間にか雨は止んでいた。