【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
ここまでの話は『オレたち自身のこと』であるし、いずれバレたであろうから、まぁ、仕方ないと思っていた。
しかし、この先の話は違う。
まったく無関係な人が巻き込まれているのだ。
ジョークなど必要ない。
「今、話があった通り、報道された人は、僕とともに事故に巻き込まれた被害者です。幸いにも彼女は掠り傷程度で済みましたが、心に負った傷という点では僕と変わりません…。そして、その人が見舞いに来てくれたのは事実ですが、そのを行為を否定するような記事に対しては、強い憤りを感じています」
「同感です」
モニターの向こうでチョモが頷いた。
》しかし、私の取材に対し、その人は「命の恩人以上の何か」を心の内に秘めていることについて、否定しませんでしたよ?
…私の取材に対し?…
オレは…姿は見られないが、その声の主が誰だか悟った。
「…なるほど…あなたが週刊 新文の柏木さんですか…」
》私をご存知とは…光栄です。
「さっき退席させたれた『セクハラ記者』は別として…あなたもちょくちょく失礼な質問をしていましたね?気にはなっていましたが…そこにいるとは…」
》いますよ、当然。
「まぁ、それならそれで、話が早いです。あなたにはいろいろ言いたいことがありましたし、その為にわざわざこの会見を開いたようなものですから」
》おもしろい…どうぞ。
「先ほども言いましたが、僕と彼女は共に被害者という立場で顔を合わせています。それはそこにいる夢野つばさも承知してますし…当然疚しいことなどもしていません。もっとも、この身体じゃ、したくてもできませんがね…」
思いっきり皮肉を言ってやった。
「記事には夢野つばさが不在時に面会しようとしたことについて『泥棒猫』のように書いてありましたけど、そうなった経緯(いきさつ)は、さっき彼女が述べた通りです」
「そうです。私が彼がヒマをしていると思うので、話相手くらいになって頂ければ…とお願いしました。それが軽率だというなら、謝りますけど」
「それに、その人は有名なスクールアイドルの元メンバーだったかもしれませんが、今は普通の大学生です。一般人を無理やり巻き込むようなことは、やめませんか?」
》しかし、その一般人が、高野梨里、夢野つばさ、アクアスター、A-LISEとコンタクトしているのです。興味があるじゃないですか…『何が起きてるんだろう』ってね。だからこそ、記事として成立するのです。我々は新聞記者ではありませんのでね、中立・公正の報道なんてことに興味がないんですよ。読者の知りたいことを代わりに取材しているだけで…。偏った考えであっても、それを見て読者が是か非か、判断の材料にしてもらえればいい。
「つまり嘘を書いてもかまわないと?」
》嘘は書きません。ちゃんと取材に基づいて記事にしていますよ。ただし、その結果事実と違うことがあるかもれませんが…。なるほど、今回の『園田海未』さんの件はおっしゃる通りかもしれませんね。でしたら次号で訂正を入れましょう。
…ここでわざわざ固有名詞を出してきやがった!…
…卑劣な野郎だ…
会見は、急遽、オレとコイツとの1対1の対決の場となった。
》では、せっかくなので、私もこの場を借りて質問を。まず、サッカーの男子代表も残念ながら予選リーグ敗退となりましたが、この結果をどう思われますか。
…急にまともな質問をしてきた…
…何か意図があるのか?…
「1勝1敗1分で4チーム並んだわけですから、実力は拮抗していたと思います。できれば決勝トーナメントに進んで欲しかったですが」
オレは言葉を選びながら、慎重に答えた。
》高野選手が出ていれば、勝てたと思いますか?
…なるほど…
…オレを挑発して、失言を引き出そうって腹か…
「勝負の世界に『タラ・レバ』はありませんから、僕が出ていたとしても結果がどうだったかわかりません。ですが『オレが出てても結果は同じですよ』なんていう選手は、いないんじゃないですかね?」
》活躍する自信はあった…と。
「さっき、彼女に対し、あなたが言ってたんじゃないですかね?『もっとガツガツいかないと』『気合いが足りないんじゃないですか』って。出るからには、自分を信じて闘うでしょ…それは。
》代役として入った本間選手のプレーは、どう映りました?
「僕は評論家じゃないんで、その件についてはコメントを控えさせて頂きます」
》つまり、評価に値しないと?
「煽りますねぇ。…一緒にプレーもしていないので、他人のことをとやかく言う資格は私にはありません。それに…勘違いされてるかも知れませんが、サッカーは個人競技ではありません。総括すべきはチームとしてどうだったか?で、個々ひとりだけの問題ではありませんよ」
これは常々俺が言っていること。
代表メンバーから外れるとわかった時にも、一番始めにそう思った。
》私はね、やはり高野選手がいなかったのは大きいと思うんですよ。なんと言ってもチームの中心人物だったわけですから。ただ単に選手が1人代わったということではなく、それによって戦術から連携まで、大きく変わってしまう…これが響いたと。
「個人的に…そういう評価をして頂けるというのは、サッカー選手として嬉しいことではあります。しかし、自分の実力は…ひとまず置いておいて…今回の戦いにどれくらい影響があったのか…まぁ、迷惑を掛けたな…とは思いますけど…そのあたりは監督や代表メンバーに訊いてください」
》ズバリ、戦犯はあなただと思いますよ、高野さん。
「!」
…戦犯?…
オレの心の中で、何かがざわめいた。
》あなたが怪我さえ負わなければ、こうはならなかった。夢野つばさ選手も精神的なダメージを受けることがなく、もっといいパフォーマンスで試合に臨(のぞ)めたでしょう。つまりあなたは男女ともの…予選敗退の元凶となったことになる。
…何を言い出すんだ?…
「ふぅ…随分な極論をぶっこんで来ましたね…まぁ、怪我をしたのは自己責任ですし、否定はしませんけど…戦犯とは言葉が過ぎませんかね?」
》一緒に巻き込まれた園田さん、それと目撃者等の話によりますと…あなたは突っ込んできた車を避けれたにも関わらず、事故に遭われた。なぜ、逃げなかったのですか?
…あぁ?…
…質問の意味が理解できないんだが…
「そこに逃げそびれた人がいたからです」
》フフフ…『そこに山があるから』…まるで登山家みたいなセリフですね。
「笑うポイントではありませんが?」
》それで、その逃げ遅れた人が園田さんなんですよね?
「あの…いいかげん、固有名詞を出すのはやめませんか?彼女には何の罪もない!」
徐々にオレの語気が荒くなる。
》つまり、そうなのですね?
「何が言いたいんですか!?」
》あなたはたった一人の女性を庇ったことにより、自分自身のサッカー選手としての将来を棒に振っただけでなく『日本国民の夢』『男女の決勝トーナメント進出』そしてその後発生したであろう『何百億円という経済効果』…そういったもの全てを消してしまったのです!!これは日本国に対する背信行為でしょう!?
「!!」
…大丈夫か、コイツ!?…
目の前にいたら、ぶん殴っていたかも知れない。
いや、心の中では、ヤツの顔面にストレートをヒットさせていた。
だがコイツはモニターの向こうだ。
それが救いだった。
そうでなければオレは暴力事件を起こして、警察のお世話になっていたかも知れない。
もちろん、目の前にいても、今のオレには力いっぱい殴ることなどできないのだが。
退席したセクハラ記者…アイツの方が数倍マシに思えた。
うっすらと『暴論だ!』とかいう声と、会場が騒然となっている様子が伝わってきた。
「目の前に困っている人がいた…。本能的に身体が動いた…。ただ、それだけのこと…」
オレの心の中のざわめきが、音を立てて大きくなっていく。
》偽善ですよ、それは。
「偽善?…彼女が…轢かれればよかった…とでも?」
》自分の身は自分で守るものです。他人を庇って自らが命を落とすなんて、本末転倒ではありませんか。美談でも何でもありませんよ…
「ふざけるなぁ!!!」
オレは腹の底から叫んだ。
マイクを通じて拾った声は、ハウリングを起こしたであろう。
こんな怒りは、生まれて初めてかもしれない。
事故に遭って怪我の状況を知った時ですら、こんな感情は出てこなかった。
いや、ずっと抑えていた…隠していたのかもしれない。
どこかで爆発させたかった…のかもしれない。
でも、できなかった。
それがここにきて起爆剤に点火した。
「悪いのは、車を運転していたガキじゃねぇか!!同乗していた女子じゃねぇか!!その親だろうが!無免許でも運転できる車だろうがぁ!!日本経済の損失?知ったこっちゃねぇよ!そんなことを考えながらプレーしてる選手は、ひとりもいねぇよ!!」
「た、高野くん!!」
オレの傍で見守っていてくれた代表の広報…小野さん…がオレを止めに入る。
》あなたは加害者のことをどれだけ知っているのですか?なんの根拠もなしに、そういうことを言っていいんですかね?
「あぁ!?加害者の事情だぁ?知るか!」
「高野くん、もういい!相手にするのはやめなさい!…おい、会見は中止だ。回線を切れ!!」
「小野さん!!」
「わかってる!気持ちはわかる!だが、これ以上付き合っちゃいけない!」
「うぉおおお!!!」
オレは荒ぶる感情を抑えきれず、机の上にあったマイクやらボイスレコーダーを全て払い落とした。
勢いでオレも車椅子から落ちた。
落ちてなお『欲しいものを買ってもらえない駄々っ子』のように、手をバタつかせた。
オレは看護師とスタッフに『取り押さえられる』と、そこから意識がなくなった。
どうやら鎮静剤を射たれたようだった…。
~つづく~