【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
気が付くとオレはベッドの上にいた。
目を開けると、見慣れた病室の天井が見える。
…夢か…現実か…
夢であって欲しい…そう願ったが、残念ながらそうではなかったようだ。
「よっ…と…」
オレはベッドの横にセットされているボタンを押す。
上半身がゆっくりと起き上がる。
「あっ…」
そこにはオレを取り囲むように、知った顔が並んでいた。
親父、おふくろ、小野さん、チョモとそのお母さん…。
みんな椅子に座っている。
「起きたか?」
と親父の声。
「あぁ…残念ながら目が覚めた…。ずっと寝てた方が良かったか?」
「バカいえ。まだお前の葬式を出すつもりはないぞ。もっともっと稼いでもらって、父さんたちを世界一周の旅行に1回や2回、連れてってもらわないと」
「…っつうか、どうしたの?みんな集まって…この雰囲気がすでに葬式みたいなんだけど…」
「そりゃ、病室でドンチャン騒ぎするわけにはいくまい」
「まぁ、確かにそうだけど」
「で…何しに?」
「様子見だ。あんな姿見たら、さすがに心配になるだろう…」
「そっか…すまなかったな…それにしても、わざわざ…チョモもおばさんも」
「私は別に…」
「私も。ほら、職場が南青山じゃない?帰り道に寄っただけだから…気にしないで」
「すみません…なんか…。冷静に対応したつもりだったんだけど…」
「大丈夫よ、誰も高野くんが悪いなんて思ってないから」
「誰だってあんなことを言われれば、そうなるさ」
「小野さん…ご迷惑をお掛けしました」
「あははは…たいしたことないよ、これくらい」
「あの後は?」
「会見はあそこで終了!」
「…でしょうね…」
「まぁ、高野くんも言いたいことが言えたし、良かったんじゃないかな…あれで」
「キミも…相当溜まってたんだね?あんなに恐い顔、初めて見たかも…」
「そうだな…ストレスはあったんだと思うけど…」
本来オレは平和主義なんで、争いごとは嫌いなんだ。
「ちょっとみんな、ビックリしてたよ」
「みんな?」
「あの場に居たから、女子代表」
「いたんだ?」
「あの部屋じゃないけど…。沙紀なんか号泣しちゃって…」
「なんで?」
「キミが『壊れた』と思ったんじゃない?」
「壊れてるのは、アイツの頭ん中だろ!」
思い出すだけで、ふつふつと怒りが沸いてくる。
「まぁ、人それぞれっつうことだ」
「親父…」
「お前と、あの記者と、どちらが正しいかは世間が判断することだ。それで、お前が負けるようなら、この世の終わりだけどな…」
「…ならいいけど…」
「さて、それじゃ帰るとするか?」
「あん?なにしに来たんだよ?」
「決まってるだろ。『父さんたちはお前の味方だ』。それを伝えに来た」
「それだけのために?」
「それが親子ってものよ。あなたがいくつになっても、親は親なのよ」
「おふくろ…」
「まぁ、じゃあ、そういうことだから」
親父はサッと右手をあげた。
…軽いなぁ…
「えっ、あぁ…」
「藤さん、たまには一杯いきます?」
親父がチョモのお母さんを誘った。
「そうですね、お腹も空いてきたので…ご一緒しようかしら」
「どうですか、小野さんも」
「いいですね!でしたら、この近くにいいお店が…」
「じゃあ、またな」
「リハビリ頑張ってね」
「また来るよ」
そう言って、彼らは次々部屋を出て行った。
「おいおい!って…ま、いっか…ん?チョモ、お前は行かなくていいのか?」
「出て行って欲しい?」
「えっ?あ…いや…」
「久々に顔を見たんだよ。もう少し一緒にいたっていいでしょ?」
「…そうだな…」
部屋の奥にいたヤツが、ベッドの隣へとやってきて、オレの顔をじっとみた。
「痩せたね」
「そりゃあな…あぁ、チョモ…オレ、言い忘れてたよ」
「なにが?」
「もうちょっとこっちに来て…聴こえないと困るから」
「充分聴こえるけど」
と言いつつ、ヤツはオレの口元に顔を寄せた。
「!」
反射的に、オレはヤツの唇に自分のそれを重ねていた。
怒るかなとも思ったが、ヤツは黙ってそれに応じてくれた。
久々に交わすキスだった。
「薬くさいよ」
照れ隠しなのか、唇が離れた瞬間、ヤツはそう言った。
「ムードのないことを言うねぇ」
「まぁ、仕方ないけど」
「チョモ…」
「ん?」
「…お帰り…」
「うん、ただいま!!」
そう返事をすると、今度はヤツからオレに抱きつきキスをした…。
「なぁ、チョモ…溜まってるのはストレスだけじゃなくて『コッチも』なんだけど…」
と、オレは下半身を指し示す。
「調子に乗るなっ!」
ヤツのデコピンがオレの額を捉えた…。
「どうだった、オリンピックは?」
「会見でも言ったけど、始まる前の方がナーバスだったかな。余計なこと考えちゃって…。それで沙紀に怒られちゃったの…『集中しろ!』って。叩かれちゃった…」
「へぇ、熱いねぇ!」
「うん。沙紀はねぇ、普段はおしゃべりだけど、サッカーに対する姿勢は凄く真面目で…精神的にも支えてくれて…頼りになるんだ」
「そういう仲間に巡り合えて、良かったな。彼女は闘争心あるし、タフだし…まだまだプレーに粗さがあるけど、これからも長く女子を引っ張っていくんだろうな」
「うん。私もそう思う…」
「チョモは試合、集中してたな。すごく冷静で。あの超ロングのループシュートを見て思ったよ。『あぁ、やっぱコイツすげぇなぁ…』って」
「ホント?ありがとう。まぁ、どこでやっても、サッカーはサッカーだから」
「おっ!一丁前のことを言うねぇ…。でも、なかなか普通はそうは思えないもんさ」
「そうかな?むしろアジア予選の時の方がプレッシャーあったよ」
「あぁ、それはわかる。今やオリンピックもワールドカップも『出て当然』と思われてるからな。…それより肩の具合はどうだ?」
「うん、だいぶ痛みは引いたかな」
「正直、ファールだったべ?」
「ブラジル戦の話でしょ?アレね…うん!絶対わざと膝を入れてきた」
「やっぱり?」
「でも、それでPK取れなったことより、肩を痛めちゃった方が悔しくて…」
「断言しよう。ブラジル戦は別としても、2戦目、3戦目はお前がベストなら絶対勝ってた」
「絶対はないよ」
「フランス戦はあれだけ荒れた試合だ。ちゃんと獲るべき人が獲ってれば、ああはならない」
「『タラ・レバ』の話をしてもしょうがない…ってさっきの会見で言ってなかったっけ?…もう結果は出ちゃたんだし…」
「バカ、あれは建前だ。男子だってオレが出てりゃあ、今ごろ、まだ現地で試合してるよ!」
「うん、そうだね…」
ヤツは視線を落とした。
「はい、はい、暗い顔をしない。そんなこと言っても仕方ないんだから」
「…わかってるけど…」
「そういえば、最終戦…はるかちゃんとめぐみちゃんが応援に行ってたな」
「1回会っただけで、随分、馴れ馴れしい呼び方じゃない?」
「あとA-LISEだっけ?」
「それと、浅倉さくらと…μ'sの皆さん」
「μ'sの皆さん?…確かに、園田さんからは『応援に行きます』って事前連絡があったけど」
「全員で応援に来てくれたみたい」
「全員?」
「9人全員」
「へぇ…そうだったんだ。中継でさ、何度も何度もはるかちゃんたちが映ってたよ」
「みたいね。あとから聴いたわ。で、その前の席で横断幕を持って座ってた人たちが、μ's…。結構ツィッターとかフェイスブックとかで話題になってるわよ。『奇跡の集結』ってね」
「なんだ、それ?」
「ほら、A-LISEとμ'sはファン同士が争ってたし、μ'sはμ'sで不仲説みたいなのがあったでしょ?」
「あの記事か!」
真相は園田さんから聴いている。
「そんな問題を払拭するくらいの『豪華な顔ぶれが一同に集まった』って」
「詳しいな」
「それは…ね…」
「園田さんはオレも『あっ!』ってわかったけど…それがさ、すごいショートカットになってて!!」
「それも結構話題になってるわ」
「本当、詳しいな」
「逆に、キミがそういう情報に疎すぎるのよ」
「…なのかな?…」
「な~んて…。正確なことを言うと、ちゃんと、はるかとめぐみから連絡があったのよ。さくらとA-LISEと応援に行くよ!って」
「なんだ、そういうことか」
「ただ、μ'sが全員集まることは想定外だったみたいで…。こっちは試合に負けて落ち込んでるのに、メチャクチャ高いテンションで『チョー興奮した!!』って、報告があったわ」
「あははは…」
「そのメッセージ見たら、なんかおかしくって…ちょっとは楽になったかな」
「空気読めってか?」
「でも、やっぱり…日本に帰ってきて、サポーターのなんともいえない顔を見たら…悔しくて、悔しくて…」
「負けて平然としている方がおかいしいさ…」
「うん…そうだね」
「チョモはよくやったよ、いや女子はよくやったよ」
「うん…うん…」
「続けるのか?サッカー…」
「えっ?」
「これで満足したわけじゃないだろう?」
「あ、うん…実はまだ、終わったばかりで、あんまり考えてないの…。考えてないっていうか、考えられないっていうか…」
「目指せよ、ワールドカップ」
「えっ?」
「3年後…」
「それは知ってるけど…」
「多くの競技でさ、世界選手権ってのがあって…」
「何の話?」
「『その競技の世界一』を決める大会なのに、どういうわけか日本では、オリンピックの方が価値が高いんだよ」
「?」
「『世界陸上』『世界水泳』『世界体操』『世界卓球』『世界柔道』…数え上げたらキリがないけど、そこで優勝することよりも『オリンピックでの優勝』の方が称えられる。『霊長類最強女子』って呼ばれるあの選手だって『世界選手権』を十何連覇したってことより、オリンピック3連覇の方が『偉業』って思われてるわけじゃん。まぁ、この場合、毎年毎年行われる大会より、4年に1回行われるオリンピックのメダルの方が希少価値が高い…って見方もできるかもしれないけどさ」
「だから何が言いたいの?」
「サッカーだけは別なんだよ」
「えっ?」
「サッカーの世界大会…ワールドカップは、オリンピックより『位(くらい)』が上なのさ。女子は年齢制限ないけど…男子はU-23までだろ。オーバーエイジ枠ってのはあるけど」
「う、うん」
「だから、次の戦い…ワールドカップを目指して、世界一になってこい!って言ってるわけ」
「そういうこと?説明が周りくどいよ」
ヤツはやっとオレの意図を理解したようだ。
「目標はあった方がいい」
「そうだね…でもさ…少し休ませて…。さすがに…疲…れ…た…」
ヤツはバサッとオレの身体の上に倒れこむと、そのままスヤスヤ眠ってしまった。
ヤツの上半身が、オレの太ももあたりに圧(の)し掛かる。
「おーい…起きろ…」
と小声で呼んでみる。
気持ち良さそうに寝ているところ、起こすのも悪い気がした。
しかし、ここで寝られても困る。
「おーい…起きないとエッチなことしちゃうぞ…」
反応なし。
…マジ寝かよ!…
…まぁ、放っておくか…
仕方ない。
ベッドをフラットな状態に元に戻し、オレも一眠りすることにした。
~つづく~