【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
高野とつばさが病室で『週刊 新文』の特集を読んでいたのと、ほぼ同じ時刻…。
『穂むら』の2階の一室には、その部屋の主(あるじ)と妹…そして海未が集まり、同じように記事を読んでいた。
「…以上が、今回の特集の内容です」
海未が雑誌をパタンと閉じた。
「なんか、どっと疲れたね?」
「読み上げていたのは私ですが…」
「聴いているだけで、疲れたってことだよ」
穂乃果は自分のベッドに仰向けでバタッと倒れる。
「う~ん、話が複雑過ぎるぅ…」
雪穂もずっと緊張しながら話を聴いていた為か、大きくひとつ伸びをした。
「はい。なんだか推理小説の前半部分が終わったようです」
「なるほど言われてみれば『横溝正史』みたいですね。人間関係がドロドロしてて」
「ヨコミゾセイシ?」
「お姉ちゃん、横溝正史も知らないの?金田一耕介が活躍するシリーズを書いた作家だよ」
「はい。日本ミステリー界の巨匠です」
「さすがに名前くらいは聴いたことあるでしょ?『犬神家の一族』とか『八墓村』とか」
雪穂と海未が矢継ぎ早に畳み掛ける。
「あぁ、あれね。湖の中で…よいしょっ…こうなってるやつ」
と言うと穂乃果は、ベッドの上で三点倒立をして、脚を左右にパカッと開いた。
「お姉ちゃん…やりたいことはわかるけど…パンツ見えてるよ…」
履いているスカートの裾が、バサッと落ちて、穂乃果の顔を隠す。
「えへへ…スカートだったことを忘れてた…」
「忘れますか!!」
海未が呆れて、雪穂の顔を見る。
妹は『理解不能』とばかりに、肩をすくめた。
「それにしても…つばささん可愛そうですね…」
雪穂は気を取り直して海未に話し掛ける。
「はい、できれば知らなかった方が良かった情報かも知れませんね」
「自分の父親を轢いた人の息子が、今度はその恋人を轢いた…それだけでも凄いことなのに、その同乗者の一族が、自分の人生に関わってきた人ばかりなんて…ありえないよね?」
スカートを直しながら、穂乃果が2人の会話に参戦する。
「そうですね。そのうちのひとりが、あの『水谷さん』だとは…」
「まぁ、水谷さんは別に、つばささんに何か悪いことをしたわけじゃないけどさ」
「記事にはμ'sとも繋がりが深いみたいに書いてあるけど?」
「そっか、雪穂は水谷さんを知らないんだ」
「初めて会ったのは…アキバで行われた『利き米コンテスト』の時でしたね」
「花陽ちゃんとA-LISEの英玲奈さんが勝ち上がった決勝の、5人の中にいたんだよね。まさかそんなに凄い人だとは思ってなかったけど」
「そこで私たちは1曲披露することになって」
「あ、確かA-LISEに挑発されて…即興で『愛してるバンザーイ(アカペラver.)』を歌ったんですよね?」
「挑発とい表現が正しいかどうかはわかりませんが…」
「…で…それを観て、この水谷さんがスクールアイドルに興味を持ってくれたんだよね?」
と穂乃果。
「はい。ラブライブのドーム開催のスポンサーになるキッカケになったと仰ってました」
「それで、お姉ちゃんたちの海外ライブをバックアップしてくれたのが…」
「この水谷さんです」
「なるほど。じゃあ、お姉ちゃんたちのブレイクは、ある意味、この人のお陰でもあるんだ」
※詳細は#82486『Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~』の『にこ編』『ことり編』を参照願います。
「はい。ですが、遡れば花陽がコンテストの決勝に残ってくれたお陰でもありますし、その話を持ってきた『にこ』のお陰でもあります」
「あはは…海未ちゃん、それを言ったらキリがなくなるって」
「ええ、それはわかっていますが」
「まぁ、この間の高野さんの話を思い出せば、そうも言いたくなるけどさ」
「高野さんの話?『IF』の世界が、どうのこうの…ってやつ?」
「雪穂にも話たっけ?」
「なんとなくは…ね。お姉ちゃんの説明が下手で、理解するのに苦労したけど」
「どうして、そういうことばっかり言うかな?」
「事実だもん。でも、そっか…確かにそこで曲を披露しなかったら、海外ライブはなかったかも…ってことだもんね?うん、そう考えるとラブライブはこんなに大きくなってなかったかも知れないし、スクールアイドルもマイナーなままだったかも…か。にこ先輩と花陽先輩に大大大感謝だね!」
「いや、雪穂。その前にμ'sを立ち上げたのはお姉ちゃんに感謝しなさいよ」
穂乃果はベッドの上に仁王立ちした。
「海未さん、本当にこんなお姉ちゃんに付き合ってくれて、ありがとうございました」
「って…アレ!?」
雪穂のお約束の返しに、コントのようにコケて、ベッドから転げ落ちる姉。
「だからパンツ見えるって…」
そして再び妹から指摘をされた。
「私たちのことはどうでもよいのですが…」
…つばささんのことはかなり心配ですね…
海未はそんなことを考えながら、雪穂が出してくれた…すっかり冷めきってしまった…お茶を啜った。
「ちょっと、ショック大きいよね」
「うん」
「この少年とその父親のこともそうだけどさ」
「これでしょ?バレーボール部員の自殺の話…」
星野はるかの問いに、水野めぐみは黙って頷いた。
2人は、新大阪に向かう新幹線の車内でこの記事を読んだ。
夢野つばさのメンタルの強さは、よく知っている。
だが、今回の記事は…部外者の自分たちさえ心が痛むのである。
当事者が大丈夫であるはずがなかった。
「確かこの人さ、綾乃さんに『別れの挨拶』をしたあと、自殺しちゃったんだよね?」
とはるか。
「うん。あれからしばらくは、さすがに立ち直れなかったもんね。なんであの時、気付いてあげられなかったんだろう…て」
めぐみは車窓に流れる景色に視線を移す。
既につばさは音楽活動を休止しており、一緒に活動はしていなかったが、高校では顔を合わせていた。
1週間ほど体調不良を理由に休んだはずだ。
それまで2人の前では常に明るく振舞っていたつばさだったが、その時に初めて見た彼女の陰の部分…。
あとから、それが父親の事故死が大きく影響を及ぼしていることを知った。
以降、極力、つばさの前では『死』に関連する言葉は避けている。
「去年だっけ?3回忌やったの」
「うん」
めぐみが外を眺めながら返事をする。
「やっと落ち着いたって頃にこれか…」
「家族はずっと戦ってたんじゃない?自殺した原因が本当はなんだったか…その答えがやっとわかった…」
「…そういうことか…」
「その原因が…性的虐待っていうのが、ことさらショックだよね…」
「当時、自殺した理由って『膝の故障が原因で』みたなことだったと思うけど…」
「家族にも知られたくなかったんじゃない?キズモノにされてました…なんてこと」
「これが本当なら許せないね…」
「そうだね…」
…綾乃さん…
めぐみは心の中で「頑張って」と呟いた。
その想いは、はるかも同じだった。
「つばさ…大丈夫ですかね?」
「どうかな…。通常時のメンタルはメチャメチャ強いけど、人の死が絡むと、あり得ないくらいボロボロになっちゃうから」
「優子さん、1回、様子見にいきません?また落ち込んでるようなら、直接『喝』を入れてあげないと」
「オリンピックの時みたいに?それと今回のことは、状況が違うわよ。『ねぇ、暴力はいけないんだよねぇ』」
と『優子』と呼ばれた女性は『お腹の子』に向かってを囁いた。
彼女はの名前は『中村優子』…。
旧姓『羽山』。
元なでしこジャパンの名MF。
大和シルフィードで現役生活を終えたあと、チームのトレーナーだった中村と結婚…現在妊娠5ヶ月という身である。
そして、2人の…いや、2.5人の愛の巣を訪れているのは、緑川沙紀。
羽山優子の弟子であり、つばさの親友である。
今はオリンピックブレイク中。
秋になればリーグ戦が再開される。
沙紀は練習のオフ日を利用して、ここに来ていた。
「つわりも治まってきたし、別に行くのは全然構わないけど…今は少しそっとしておいてあげたら?」
「だけど…」
「この間と違って『高野くん』もそばにいるんだし」
「そこなんですよ!」
「えっ?」
「優子さんだから言うんですけど…彼の存在って、つばさにとってプラスだと思います?」
「『ヴェル』…」
今でこそ『みさき』と呼ばれることが多い沙紀だが、優子は今も、昔からのあだ名でそう呼ぶ。
「それはね、彼のことは私だって理解してますよ。いい男だと思うし、悪く言うつもりはないけど…でも、今、つばさにはサッカーに集中して欲しいんです。オリンピックのリベンジもしなきゃいけないし、ワールドカップだってある。男にうつつを抜かしてる場合じゃないですよ」
「別にうつつは抜かしてないんじゃない?」
「…かも知れないですけど、これで結婚・引退なんてことになったら、私はどうすればいいんですか!?」
「こらこら、そんなに大きい声を出さないでよ。胎教に悪いわ」
「あっ…すみません…つい…」
「ふふふ…ジェラシーね?」
「えっ?」
「つばさが高野くんに獲られるのが怖いんでしょ…妬かない、妬かない」
「なっ…なにを仰いますやら…」
「目が泳いでるわよ?」
「いや…その…私はただ…チームメイトとして…その…」
「気持ちはわかるけどね」
「で、ですよね!?」
「あれだけのプレーヤーだから、20歳やそこらで引退するのは勿体ないと思うし…世界で活躍できると思ってるから」
「世界…」
「あなたもよ、ヴェル」
「!」
「それは今回オリンピックを戦ってみて、充分実感したんじゃない?」
「う~ん、それなりにやれるかな…とは思ったけど…自信があるかどうかと言われれば…でも、つばさは確かにそうだと思います。やっぱり彼女は凄いです」
「うん、だから女子のサッカー界を考えれば、まだまだ続けて欲しいとは思うの。でも、それは私たちが決められることじゃないわ」
「…」
「だけど大丈夫よ。あの娘はまだ満足してないわ。これで辞めるような娘じゃない。モデルから、女子サッカー界の頂点まで登り詰めた根性の持ち主なのよ?あんな結果に終わって満足なわけないじゃない」
「優子さん…」
「あのブラジル戦、5-1になっても諦めずに点を獲りいったのは誰?あなたとつばさでしょ?」
「あっ…」
「私、あれ見て泣きそうになっちゃったんだから。『すごい!この娘たち、まだファイトしてる!諦めてないよ』って」
「えへへ…」
「だから、きっと大丈夫」
「はい!」
「もちろん、今回、色々なことが記事になって…さすがに不安定だとは思うから、そこはあなたがカバーしてあげる必要はあると思うけど…」
「はい」
「でも、もう叩いちゃダメよ!ああいうことは1回しか効果ないんだから」
「わかりました」
「それと…」
「はい?」
「今後はつばさと離れた方がいいわね」
「えっ?離れる?」
「そう。同じチームで息の合ったプレーをするのは、もちろん素晴らしいことだとは思うけど、どっちかが欠けたら持ち味を出せない、機能しなくなるっていうのなら意味ないわ。だから、お互いのレベルを上げるためにも、別々のチームでプレーした方がいいと思う」
「…」
「まぁ、2人とも海外に移籍することだってあるわけだし、黙っててもそういう日がくるかも知れないけど」
…考えてもいなかった…
…ずっと同じチームでプレーすると思ってたのに…
…私がつばさの力を一番引き出せるのに…
…つばさが私の力を一番引き出してくれるのに…
「ワードカップ、頂点を狙うんでしょ!?まだまだ『個』の力を高めないと、とてもじゃないけど勝てないわよ。『引き出し』を増やしなさい」
「…」
「そんな不安な顔をしないの。大丈夫だって、ちょっとやそっとじゃ、あなたちの『コンビプレー』は乱れないわよ」
優子は「ねぇ?」とお腹をさすりながら、胎内の子に同意を求めた。
~つづく~