【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
高野の予想通り、つばさにその知らせが来たのは、週刊新文の記事が出てから直ぐのことだった。
「お前に『女子ブンデスリーガのFFCフランクフルト』から、獲得のオファーが届いている。オリンピックでのプレーが、スカウトの目に留まったようだ。非常にダイナミックで、かつクオリティーの高い選手だってね」
クラブハウスに呼び出されたつばさは、チームマネージャーの『柱谷』から、そう告げられた。
「ブ、ブンデスリーガですか!」
サッカーを始めた当初は、ペレもジーコも知らなかったつばさ。
しかし、さすがに5年近くもこの世界に身を置いている。
その話がどれだけ大変なことか、瞬時に理解した。
つまりドイツからのオファーが届いたということだ。
ちなみにブンデスリーガとはドイツ語で『連邦リーグ』という意味で、基本的にはドイツ(またはドイツ語圏諸国)で行われているスポーツは、各々『○○ブンデスリーガ』という『連盟』の中で、競われている。
なので『バレーボール』ブンデスリーガとか『バスケットボール』ブンデスリーガとか『卓球』ブンデスリーガ』などがあり、変わったところでは『チェス』ブンデスリーガなどもある。
もちろん、つばさが誘われたのは卓球やチェスであるはずもなく『(女子)サッカー』ブンデスリーガだということは、言うに及ばずである。
異論はあるかも知れないが、ブンデスリーガは女子サッカー界において最高峰のレベルだといっていい。
「残念ながら、既にリーグ戦は開幕している為、仮に移籍するとすれば…ビザの取得や、メディカルチェック等々の手続きを考えて、早くて11月…もしくはウインターブレイク(12月~1月)明けということになると思う。確か…シーズンは5月までだったかな」
と柱谷。
「ブンデスリーガ?私がですか?」
事の重大さは理解したものの、それが自分自身の話だという実感がない。
つばさは再度同じ言葉を繰り返した。
「『FFCフランクフルト』といえば『UEFA女子チャンピオンズリーグ』において、歴代最多タイの4度の優勝を誇る、強豪中の強豪だ。チームとして夢野つばさを失うのは痛いが、日本のサッカー界のことを考えれば、お前が世界のレベルで揉まれてくることは、悪い話ではない」
「は、はぁ…。ですが、いきなりそんなことを言われても…」
「まぁ、それはそうだろうな。しかし物事には期限がある。諸々のスケジュールを考えれば、ゆっくりと考えている暇はない」
「どれくらい時間はあるのですか?」
「そうだな…今から2週間というところか」
「2週間ですか!」
「まずは、お前が行く意思があるのか、ないのか?これが大事だ。これは早急に決断しなきゃいけない。行く意思がないのに、長々と回答を引っ張るのは失礼だからな。そして行くのであれば、代理人を通して、条件面での交渉だ。もちろん、この時点で、決裂する場合もある」
「…」
「まぁ、代理人で言えば羽山優子や馬場聖子などを担当した『浅野くん』がいるから、彼に任せればいいと思うが」
「はぁ…」
「しかし仮にそこが上手くまとまっても、メディカルチェックで不合格となる場合がある。肩の痛みは…だいぶ回復したと思うが、或いはその辺りが確認ポイントのひとつになるかも知れない」
「その意思表示は、どれくらいで…」
「3日…だろうな」
「3日ですか!」
「突然で戸惑っているのはわかる。だから羽山や馬場あたりにも相談してもいいと思う。もちろん家族にもな。…ただ、決めるのは、周りの人間じゃない。お前自身だ。お前がこのあとサッカー選手としてどう生きていくのか…それはお前が決めることだ」
「…」
「実はな…緑川にも海外リーグからオファーが来ているんだ。お前と入れ違いで…1時間ほど前に、その旨を通達した」
「えっ!?」
「緑川は…フランスリーグ…『ディヴィジョン・アン』の『オリンピック・リヨン』だ。こっちもUEFA女子チャンピオンズリーグではフランクフルトと並んで、4度の優勝を誇る強豪だ」
「それでヴェルはなんて…」
「即答で『行きます!』って答えたよ。
「!!」
「国は違えど、お互い強豪チームだ。場合によってはチャンピオンズリーグの決勝で当たるかもな」
「ヴェルが…移籍する…」
「私も頭が痛い。チームの看板選手が2人もいなくなれば、戦力的にも運営資金も大きくダウンすることは否めない。それでも広い目で見れば、君たちのような才能あるプレーヤーが国内の環境でプレーしていても、これ以上のレベルアップは難しい。緑川はそのことをよく理解していて、ふたつ返事でOKしたよ」
「ヴェル…」
「つばさ…」
マネージャーから通達を受けて数時間後、2人は地元の居酒屋で落ち合った。
チームの関係者も利用している、顔馴染みの店である。
奥のこじんまりとした小上がりに、沙紀がいた。
つばさが着くと簾が下ろされ、個室状態になった。
「グレープフルーツサワー」
「カシスオレンジ」
決してアルコールが強いわけではないが、飲めないわけでもない。
ただ、お互いアスリートである。
頼んでも、1杯~2杯、そんな程度である。
食べ物は既に沙紀がオーダーしていたようで、飲み物とほぼ同時に、何皿か運ばれてきた。
「ごめん、適当に頼んじゃったよ」
「あ、うん…ありがとう」
「…」
「…」
「乾杯…はおかしいよね?」
と沙紀。
「あ、でも…海外からのオファーだなんて…やっぱりおめでたいことだと思うから…乾杯でいいんじゃないかな?」
「…そうだね…。じゃあ、カンパ~イ!」
「カンパ~イ」
二人はグラスを合わせた。
「フランス…行くんだって?」
「『ボンジョワール』くらいしか喋れないけどさ…せっかくのチャンスだから」
「そっか…」
「本当はさ、直ぐに連絡しようと思ったんだけど、柱谷さんに止められてね…。『つばさにはオレから話すから』って。だから隠してるつもりはなかったんだけど」
「ううん。別に気にしてないよ。きっと先にその話を聴いてたら、クラブハウスに行ってなかったかも…だし」
「つばさ…」
「だって…ヴェルと離れてプレーするなんて、今まで考えたことがなかったから…」
「そうだね」
「私が入ったとき、メチャクチャ喋る子だなって思ったことを、今でもよく覚えてるなぁ。あと、ことあるごとに監督に怒られてたことも」
「そ、そう?」
「私の周りは大人びた人が多かったから、結構新鮮だったよ。若いなっていうか、子供っぽいっていうか…」
「軽くディスられてるわね…」
「あははは…そう聴こえた?」
「私は『化け物』だと思ったわ」
「うわっ、ヒドい…」
「綺麗な顔をして、なんて恐ろしいシュートを打つの!?って」
「練習初日のことだよね?マスコミ向けに、シュートしているシーンを撮らせるって話になって…パス出してくれたのがヴェルだったんだよね?すっごく悪意に満ちたボールだったけど」
「それはそうよ。こっちは『夢野つばさがこんなところに何しに来たの?』って感じだったし『なんで私が引き立て役にならなきゃいけないの』って思ってたから」
「あはは…」
「だけど、アレを見せられたら、まぁ、仕方ないか…みたいな。『一生、この人に付いて行こう!』って」
「うそだぁ!」
「…思ったよ…」
「えっ?」
「思った」
「ヴェル…」
「最初はさ、アンタに対する反発心みたいなのが物凄くあって…いや、違うか。どっちかって言えば…マスコミに対する敵対心かな。アタシがどれだけ活躍しても、常に見出しは『夢野つばさ』だったから、どうしたら認めてもらえるんだろうって」
「…」
「でも、その気持ちがアタシのスキルを上げっていったわけだし、それはそれで良かったって思ってるんだ。自分でいうのもなんだけど、アレで腐ってたら、今はなかったし」
「…」
「それにね…そりゃあ、アンタはさ、ルックスも良くて、実力もあって…冗談じゃないわ
…って、妬んだこともあったけどさ…つばさはつばさでアタシとは較べものにならないくらいのプレッシャーの中で闘ってるんだ…と気付いたとき、あぁ、アタシってなんて小さいんだろうって思ったのよね」
「ヴェル…」
「そうなんだ…注目されるってのはさ、活躍したときは称えられるけど、ダメだったときは逆に叩かれるってことじゃん?ましてや夢野つばさは畑違いのところから入ってきて…口だけじゃなくて、ちゃんと努力して結果を出している。自分にそれだけの覚悟があるかって考えたとき、答えは『NO』だったの」
「そんなことないよ。ヴェルがどれだけサッカーに真剣に取り組んでたか、私は知ってるわ」
「それはアンタがいたからよ」
「えっ?」
「だから『夢野つばさには、絶対に負けちゃいけない』そう思ったの。お陰で切磋琢磨してきたし、ゴールデンコンビって言われるようにもなった。まぁ『つばさが主役』で『みさきは脇役』っていうのは気に入らないんだけどさ。そもそも『夢野つばさ』じゃなくて『藤綾乃』でしょ!?」
と沙紀は笑う。
「そうなんだよね…」
つられてつばさも笑ってしまった。
「アタシはね…日本中で…ううん、世界中で一番、夢野つばさのいいところを引き出せるプレーヤーだと思ってるの。そして、私のいいところを引き出してくれるのが『夢野つばさ』だと思ってる」
「ヴェル…」
「だから、アタシもアンタと離れてプレーするなんて考えたこともなかった。一生、一緒にプレーするもだと思ってた」
「…」
「だけど…優子さんに言われたの。お互いの為に、一旦、別々になるべきだって」
「優子さんが?」
「それこそ、ついこの間、言われたばっかりなんだけど…。週刊誌の報道が出て『アイツ、このままサッカー辞めちゃうんじゃない』って心配になってさ、優子さんのところの相談に行ったわけ。その時に、返す刀でそう言われちゃったのよ。離れ離れになって、もっと揉まれて、個々のレベルアップをするべきだ…ってね」
「…」
「だから…この移籍の話はOKしたの。迷うことなくね…。それは怖いわよ。正直、自分の実力をそこまで過信してないし、そう簡単に通用するなんて思ってないし…言葉だってわからないし、食べ物だって合うかどうかわからない。でも…でもね…」
沙紀の声が聴こえなくなった。
つばさはそれがどういう状況なのかはわかったが、彼女の『嗚咽』が止まるのを待った。
なんて声を掛けていいか、わからなかったからだ。
そして沙紀は搾り出すように言った。
「…上手くなりたいんだよ。上手くなって、オリンピックもワールドカップも優勝したいんだよ。だから…だから、やらずに後悔するようなことはしたくない。やってダメでも、何が足りないのかがわかれば、それでいい。そう思ったんだ」
「ヴェル…」
「アンタはどうするの?」
「!?」
「行くんでしょ?ドイツ」
「それは…まだ…」
「ふざけないで!!」
「!?」
「私たちはまだ、何も成し遂げていないのよ!それとも、オリンピックに出れただけで満足なの?アンタはそんな中途半端な気持ちで、この世界に入ってきたの?だったら、アンタと共にしてきた5年間を返してよ!アンタとさ、2人で頂点を獲ることを夢見てきた、この5年間を返してよ!!」
「…」
「…なんてね…」
「えっ」
「優子さんに言われた。…とはいえ、私たちがアンタの将来を決めることはできないって」
「…」
「色々な事情があるのはわかるけど…じゃないか…ごめん、やっぱり、わからない。…つらいだろうし、大変だとは思うけど…それがどれくらいのことなのか、アタシには想像つかない。だからさ、本当はアタシなんかが口出しちゃいけないんだけど…でも、負けて欲しくのない。あんなこじつけみたいな話、ぶち壊してほしい。だって、アンタは『夢の翼』なんだもん。その翼で夢を運ぶんだもん…でしょ?」
沙紀はそう言うと、おしぼりで目の下を拭き、ニッコリと微笑んだ。
~つづく~