【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~   作:スターダイヤモンド

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すれ違う2人

 

 

 

 

 

「ブンデスリーガかぁ…」

 

「…うん…」

 

 

 

つばさは、沙紀と飲食を共にした翌日、高野の病室を訪れていた。

 

もちろん移籍の件についての報告である。

 

 

 

「『FFCフランクフルト』?」

 

「…うん…」

 

「なっ?オレが予想した通り、海外からオファーが来ただろ?」

 

「…うん…」

 

「それにしてもまたドイツとはねぇ…」

 

「…うん…」

 

「個人的にはアメリカの女子リーグもレベルは高いと思うけどさ、歴史が浅いし、ちょいちょいチーム数が変わったりするしなぁ…。それに較べればドイツは基盤がしっかりしてるから、いいと思うぞ」

 

「…うん…」

 

「…って、さっきから生返事ばっかりだな…。もしかして…迷ってるのか?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「あははは…贅沢!贅沢!身体が動くうちに好きなことができる。こんな贅沢はことはないって。オレは今、身に沁みてそれを感じてるんだ。羨ましくてしょうがない。『迷わずにいけよ!行けばわかるさ!』by アントニオ猪木…なんてね…はははは…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「…なんだよ…そんな暗い顔するなよ」

 

「…うん…でも…」

 

「デモもストもない!…行って暴れてこいよ!『Flügel eines Traums』」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「ドイツ語で『夢の翼』だ」

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

「これは余談だけどさ、その昔Jリーグに『横浜フリューゲルス』っていうチームがあったんだよ。全日空が親会社でさ…チーム名は飛行機だけに『翼』。それをドイツ語読みしたのが『フリューゲル』ってことだ。もっとも、今はなくなっちゃってマリノスに吸収合併されちゃったたんだけど…だから『横浜F・マリノス』の『F』はその名残ってワケ。それでオレ的には…『夢野つばさ』って名前を初めて聴いたとき、真っ先に浮かんだのこの『フリューゲル』って言葉なんだよ」

 

 

 

「…そう…なんだ…」

 

 

 

「…で…その時、ちょっと調べてみたんだ。じゃあドイツ語で『夢の翼』ってどう言うんだろうって?今は検索掛けると簡単に出てくるからじゃん?そうしたらこの言葉が出てきて…『夢』は『トゥラウム』だって。英語なら『ドリーム』だろ?おぉ、なんとなく似てるな…みたいな…。オレは学がないから、ドイツ語どころか英語も話せないけど、そんなことがあって、ずっと覚えてた」

 

 

 

「…」

 

 

 

「ドイツはさ、男子の選手も沢山在籍してるだろ?元々職人気質の国だから、生真面目で勤勉な日本人とは『性格的に』合うらしいね。女子はどうだか知らんけど」

 

「…そう…」

 

「そういうわけで、ドイツに移籍した女子も、わりと男子選手とは交流があるらしいしよ…って聴いてるか?」

 

「聴いてるよ」

 

「他人事だと思ってない?お前のことだぞ」

 

「キミこそ、他人事だよ。こんな大事なこと、そう簡単には決められないって…」

 

「何を迷ってるんだよ?」

 

「それは…」

 

「『みさきちゃん(沙紀)』はフランス行きを即決したんだろ?」

 

「そうだけど…」

 

「大和シルフィードも昇格させたし、地元にも充分恩返ししたじゃん。チームも移籍OKって言ってくれてるんだろ?何の障害もないじゃん」

 

 

 

「だけど!!」

 

珍しくつばさが声を荒げた。

 

 

 

「だけどじゃねぇよ!」

 

つられて高野の声も大きくなった。

 

 

 

「!!」

 

 

 

「今、日本にいてもロクなことにならない。くだらない取材やなんやかんやで、日々の暮らしすらまともにできないだろ?こんな雑音の中で、サッカーなんかできないだろ?」

 

 

 

「…私はまだサッカーを続けるなんて言ってない…」

 

 

 

「…バカを言うな…」

 

 

 

「何がバカなの!?…私がサッカーを教えてなんて頼まなければ、梨里はこんなことにならなかったんだよ?私が頼まなければ、海外でプレーしてたのは梨里なんだよ?それが、どうして私なのよ…」

 

「あぁ!?記事を気にしすぎだ。あんなの偶然の一致だ!」

 

「だけど、実際、そうじゃない!」

 

「違う!お前に関わったからこうなったんじゃない。そんなこと考えるな!」

 

 

 

「考えるよわ!!」

 

 

 

「チョモ!!」

 

 

 

「梨里がこんな状態なのに、私だけサッカーしてていいの?私はそんなに薄情な人間じゃない!!」

 

 

 

「…オレを置いて、出て行けない…ってか…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「…気にするなよ…オレはオレ、お前はお前だ。お前がどうしたいか?それが大事だ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「それに…正直に言うよ。自分の夢を『オレのせいで叶えられなかった』なんて言われても困る」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「そんなこと言われたら、オレは一生その十字架を背負って生きていかなくちゃいけない。悪いがそれはごめんだ」

 

「誰もそうは言って…」

 

「わかってるよ!わかってる…。チョモはそういう人間じゃないってことはわかってるさ。そんなことを言う人間じゃない…オレにはもったいないほどのデキた人間だ」

 

 

 

「梨里…」

 

 

 

「だけど、お前に気を遣われれば遣われるほど、自分が惨めになる。気を遣わせてしまってることに対して、どうしたらいいのかわからないんだよ」

 

 

 

「梨里は…梨里は私をこの世界に導いてくれた。でも、私はその恩返しが出来てない」

 

 

 

「バカか!お前がサッカーを始めたとき言っただろ。将来チョモが代表にでも選ばれたら『アイツを教えたのはオレだよ』って自慢させてもらうから…って。だから、もう十分だって。オレは満足してるよ」

 

「バカ、バカって言わないでよ…」

 

「いや、バカだろ。頭はいいけど、何もわかっちゃいない。オレはお前がいたから、頑張ってこれた。お前の存在が、オレを強くした。恩返しどころか、それ以上のものをもらってるよ」

 

「ヴェルも同じようなことを言ってた…」

 

「だろ?だからお前は、もうオレなんかに気を遣わずに、やりたいことをやれ!やれるうちにやったほうがいい。それはお前が一番良くわかってるだろう?」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「…人間…死んじまったら…なんにもできないんだぜ…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「お前の親父さん…山下弘…」

 

 

 

「わ、わかってるよ、そんなこと!!」

 

つばさはそう叫ぶと、脱兎の如く、病室を飛び出していった。

 

 

 

「チョモ!!待て!」

と呼び止めたものの、あとを追うことはできない。

 

 

 

…持ってきたバッグが置きっ放しだから、戻ってくると思うが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時間はどれくらい過ぎたろうか。

 

 

 

5分経ち…10分経ち…20分経ち…

 

つばさは戻ってこない。

 

 

 

そして30分が過ぎた頃、病室のドアがノックされた。

 

 

 

…帰ってきたか…

 

 

 

「こんにちは」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「お加減はいかがですか?」

 

 

 

「園田さん!?」

 

 

 

「たまたま、近くまで用があったものですから…」

 

「たまたま?…あ、入って」

 

「はい、失礼致します」

 

「今日は…ひとり?」

 

「あ、はい。やはり大人数で押しかけるのはどうかと思いまして…」

 

「別に何人でも構わないよ。μ'sみたいな綺麗な女性に囲まれるなら、大歓迎だよ」

 

 

 

…だから1人で来たのです…

 

 

 

「ん?何か言った?」

 

 

 

「い、いえ…あの…これ…穂乃果の実家の和菓子です。一番初めにお伺いしたときは、まだ召し上がれる状況ではなくて…ですが、もう、普通にお食事が摂れる様になったとお聴きしたものですから…」

 

「あ、わざわざ、ありがとう。そんな気を使わなくてもいいのに…」

 

「いえいえ…。それより、お二人ともなにか大変のことになってるようで」

 

「えっ?あぁ、新文の記事の話?」

 

「はい」

 

「ま、まぁね。何がなんだか…オレたちもよくわからないんだよ。偶然っていやぁ、偶然だし」

 

「特につばささんが心配なのですが…」

 

「つばさ…あ、あぁ…まぁ、大丈夫なんじゃない?あいつメンタル強いから」

 

「そうでしょうか…」

 

「周りが気にしても仕方がないよ」

 

「誠の僭越ながら、もし私がお役に立てるようなことがあれば…」

 

「そうだね。その時は遠慮なく相談させてもらよ」

 

 

 

 

 

ガチャ…

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

 

「つばささん!!」

 

 

 

「海未さん!?」

 

 

 

「ご無沙汰しております。あれから直接お会いできずに…」

 

 

 

「そっか…」

 

つばさが、海未の言葉を遮る。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「海未さんがいたんだっけ…」

 

 

 

「チョモ!」

 

 

 

「…梨里…海未さん…今日は帰るわ…」

 

つばさは自分のバックを手に取ると「じゃあ…」と振り返りもせずに病室を出て行った。

 

 

 

「ま、待ってください!!」

 

海未があとを追い廊下に出たが

「ごめんね。今日はひとりにさせて欲しいの…」

とつばさは足早にそこから去って行った。

 

 

 

 

 

「高野さん…つばささんと…何かあったのですか?」

 

病室に戻った海未が訊く。

 

 

 

「いや…別に…」

 

 

 

「…という雰囲気ではありませんでしたよ」

 

 

 

「園田さんには、関係ないから」

 

「いえ、そうはいきません!たった今、何かあったら相談して下さい…と言ったばかりじゃないですか!お役に立てるかどうかはわかりませんが、話だけでも楽になると思いますよ…高野さんが私にしてくださったことです」

 

 

 

「う~ん…」

と一回唸った高野。

 

渋々ながら事情を話した。

 

 

 

 

 

 

「そうでしたか…。私は最悪なタイミングでお邪魔してしまったのですね…」

 

 

 

「だから、もう、そういうのはやめよう!誰がどうこうとか、そういうのはもういいよ!」

 

 

 

「!!」

 

初めて聴く高野の苛立った口調に、海未は一瞬言葉を失った。

 

 

 

「あ、ごめん。園田さんに当たるつもりはないんだ」

 

「い、いえ…」

 

「でも…」

と言ったきり、高野は口ごもる。

 

それから、しばらくして、その言葉の続きを口にした。

 

 

 

「オレの考え、間違ってるのかな?」

 

 

 

「…どうでしょう…お互いがお互いを思いやった結果だと思いますので、どちらの考え方も間違いだとは…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「ただ…あの…参考になるかどうかは、わかりませんが…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「実は私たちにも似たような経験がありまして…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「あれは私たちがμ'sを結成して、少し活動が軌道に乗ってきた頃でした。突然…この間、一緒にお伺いしたことり…に留学の話が持ち上がったのです」

 

「留学?」

 

「はい、ファッションの勉強をするために…パリに」

 

 

 

「パリ?」

 

 

 

「ですが、突然だと思ったのは私たちが知らなかっただけで…ことりは、随分前からその準備を進めていたのです。ただ、なかなか、先方から返事がなく…。その間にμ'sの活動を始めてしまいましたので…」

 

「つまり…その返事が、あとから来た?と…」

 

「はい…」

 

「それで?」

 

「ことりの夢でしたから、誰も止める者はいませんでした」

 

「そうだろうね」

 

「ですが、本当は…『行って欲しくない』『ここまで一緒にやってきたのに、どうして今なの?』という気持ちもありました」

 

「それは、でも…」

 

「はい。私たちのわがままです」

 

「だよね」

 

「それでも…それでも…『その気持ち』だけはことりに伝えるべきだと思いました。もっと一緒にいたいという気持ちだけは、伝えたるべきだと思ったのです」

 

 

 

「…」

 

 

 

「代表して、穂乃果が空港まで行きました。そして…ことりに言いました…『行かないで欲しい』と」

 

 

 

「…」

 

 

 

「ことりは『うん』と返事をしてくれました。本当は止めて欲しかったんだと…その言葉を待っていたのだと…」

 

 

 

「…夢を…諦めた?」

 

 

 

「いえ、それはちょっと違います。彼女は私たちといる『今』を選んでくれたのです」

 

 

 

「…」

 

 

 

「正直、それでことりが留学しても、別に誰も文句を言わなかったと思います。ですが、本音を伝えずに見送っていたら、後悔していたかもしれません」

 

 

 

「本音…」

 

 

 

「高野さん『も』気を遣いすぎなのです。つばささんに対しても、私に対しても…。高野さんの気持ちを、つばささんは理解していると思いますよ。ですが、ひとこと欲しかったのではないでしょうか?『本当はそばにいて欲しい』と…」

 

 

 

「えっ?オレが?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「あはは…そんなセリフ、言えるわけないじゃん!」

 

「言葉にしなければわからないことも、あるのですよ…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「…などと、私が言える立場ではないのですが…ことりのときと状況が重なって見えたもので…」

 

「…そう…」

 

「すみません。つまらぬことを長々と…今日はこれにて私もお暇(いとま)させて頂きます。あとで、つばささんには私から一報入れておきますので…」

 

海未が深々とお辞儀をする。

 

「あ、あぁ…わざわざありがとう…」

 

彼女はドアの前で立ち止まると、もう一度頭を下げ、病室をあとにした…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 


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