【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「もしもし…園田です」
「つばさです。今、電話大丈夫かしら」
「はい!」
「実は、あのあと、2人で話したの」
「梨里さんと?」
「うん。電話でだけどね」
「…それで…」
「…私…ドイツに行くことに決めたわ」
「あっ!」
「向こうで闘ってくる!」
「は、はい!」
「私ね…逃げてたの」
「えっ?」
「サッカーは続けるつもりだった。オリンピックの結果には満足していないし、ワールドカップだって出たことないから…この先の目標がないわけじゃないの」
「はい。みんな、もっともっとつばさんの活躍を期待してますよ」
「うん、そうね…だから…。でもね、日本を離れるのが怖かったの。今まで、いろんな人のサポートを受けながら、ここまでやってこれたのに…向こうに行ったら、誰も助けてもらえないでしょ。言葉も通じない異国の地で、ひとりでやっていけるのかって」
「わかります!」
「えっ?」
「そのお気持ちは、私も痛いほどわかります!」
海未は極端なほどの海外恐怖症である。
確かに日本ほど治安がいい国はそうないから、不安になる気持ちはわからないでもない。
しかし海未の場合、それに輪をかけて偏見に満ちた妄想が膨らみ、恐怖心は2倍にも3倍にもなってしまう。
さすがに今回のオリンピック観戦は、まだ「マシ」だったが、μ'sで行った解散前の海外ライブの際には、メンバーが説得するのに相当苦労した。
実際、現地でも宿泊するホテルに辿り着かなかったり、穂乃果が『行方不明』になったりしており、以降トラウマになっている。
そんな彼女だからこそ、つばさの「ひとりでやっていけるのか…」という言葉に激しく同意した。
「それでね、その自分の弱さを、梨里の怪我のせいにして、誤魔化そうとしたの」
「えっ?」
「梨里がそんな状態なのに、私一人が呑気にサッカーなんてしていられない!…って」
「…」
「アイツのこれからのことが心配なのは本当だし、私がサッカーのコーチなんか頼まなければ…今頃、海外からオファーがあったのは…梨里だったんじゃないのかな?…週刊誌の記事通り、私が疫病神なんじゃないかな?…なんて思ってるのも本当のこと」
「それを言うと、私があそこにいなければ…という話になります」
「…でも、アイツはそういうこと絶対に愚痴ったりしないでしょ?どうしてあんなポジティブで元気でいられるんだろう…っていうくらい」
「はい」
「だけどね…言われちゃったの。『オレはお前に負い目を感じさせながら生きるなんてゴメンだ』って。『逆に人に心配されながら生きるのもイヤだ』って。『だから、これからは…オレのことは気にせず、お前はお前の道を行けって』…カッコ付け過ぎでしょ?…」
つばさは「ふふふ…」と笑った。
海未にはそれが、寂しさと強がりと…そんな気持ちが同居しているように聴こえた。
「つばささん…」
「『身体が動くうちに、やりたいことはやっておけ』『死んだら何もできないんだぞ』とも言われたわ」
「えぇ、それは私も同じような言葉を聴きました」
「これ…結構、胸に突き刺さっちゃってね…梨里が言うから、説得力があるっていうか…」
「はい。怪我や病気になって、初めて健康であることのありがたみを知る…ということですね」
「そして『今を生きることの大切さ』ってことかしら」
「はい」
「頭では色々わかってたんだけど、それらの言葉をひとつひとつ並べられたら、反論できなくなっちゃって…」
「ドイツ行きを決断されたのですね?」
「うん。もっとも、メディカルチェックもあるし、まだ移籍できるって決まったわけじゃないんだけど」
「そうなのですか?」
「うん」
「あの…」
「えっ?」
「私がお伺いするのは大変おこがましいのですが…」
「はい?」
「高野さんはつばささに、ちゃんと想いを伝えたのでしょうか?」
「えっ?」
「私は…誠に僭越ながら、この間お伺いした際に、本音でぶつかり合うべきだと、生意気なことを言ってしまいました。ですが、今のお話を聴いていると…」
「優しいのよね…。バカが付くくらい」
「はい」
「うん…うん…ちゃんと聴いたよ。アイツの本音…」
「!!」
「好きだって言ってくれた。結婚したいとも言ってくれた」
「あっ!!では…」
「だけど…『お前が夢野つばさである限り、オレひとりが独占することはできない』って」
「えっ!?それって…」
「ふふふ…どうやら…体(てい)よくフラれたみたい…」
「そ、そんなぁ…」
つばさは一晩経って、吹っ切れているのだろうか。
そのことを語る彼女より、聴いた海未の方がショックが大きい。
ハンマーで後頭部を殴られたようだった。
「し、しかし、それだけでは…」
「私がサッカーに集中できるように、配慮してくれたんだと思う」
「は、はい。そうです。絶対に」
「アイツも今は自分のことに集中したいんだろうし。なぜなら、彼の目標は海外でプレーすることだから」
「だったら、なおさら、つばささんのような…心の支えになるような人が必要だと思うのですが…」
「そうね。でも…残念ながら、それは私じゃないみたい」
「つばささん…」
「私は彼にとってまた『ライバル』になっちゃったみたいだから…」
その声はどこか自嘲気味だ。
「ライバル…ですか!?…」
「そう。また『追い越せ、追いつけっていう目標ができた』…って。『私を目標にしてどうするの?』って笑ったんだけどね…でも、そう思ってくれて、彼が『生き返るなら』それはそれで私の励みにもなるし」
「…よいのですか?それで…」
「いいのよ、気にしないで」
「よくありません!」
「う、海未さん!?」
「納得できません!」
「?」
「そんなことってあるのですか?お互いの気持ちが通じあってるのに、一緒になれないなんて…」
「あるみたいよ…。私もびっくりしちゃった」
「おかしいです」
「おかしいよね…やっぱり…。でもね…元々私たちの関係って、恋人って感じじゃなかったし」
「…」
「私たち、尊重しあってここまできたけど…甘えたり、甘えられたり…傷付けたり、傷付けられたり…そういうことはして来なかったの。だから海未さんが言った通り、本音をぶつけ合って、成長することが大事なんだと思った。雨降って地固まるってヤツ?」
「あっ…」
「好きな人と結婚する人とは、別ってことかな?」
「も、申し訳ございません。何だか余計なことを言ったようで…」
「ううん、いいの。逆に感謝してるわ。これで踏ん切りがついた…っていうか。だから、心配しないで」
「…」
「でも変わらない。私にとって大事な人…尊敬できる人ってことは変わらないし、きっと距離感みたいなものも変わらないと思うの」
「…」
「だけど…海未さんだから言うんだけど…」
「は、はい?」
「私がアイツにフラれた本当の理由は…」
「は、はい…」
「胸の大きさね!」
「そ、そこですか!?」
「間違いないわ!」
…こんな時に冗談とは…
…やっぱり、つばささんは凄い人です…
「男の本能なのかしら?一緒にいても、そういう娘を見ると、必ずそこに目がいくんだから…。まぁ、そうは言っても『口だけ番長』だし、ムッツリよりもいいけどさ…。慣れるまではちょっとイラッとするかも…」
「は、はい?」
「あとは任せたわ」
「なっ…えっ…あっ…」
「ずっと顔に書いてあったわよ…好きなんでしょ?梨里のこと」
「!!」
「μ'sのメンバーも、魅力的な人たちが多いから、気を付けてね?」
「つばさ…さん…」
海未はなんと答えていいかわからなかった。
別れ話を聴いた上に、彼女の後継者に指名されたのだ。
好きだという気持ちは、あるにはあったが…それは片思いで十分なものだった。
そして、なにより…自分が奪ったみたいな罪悪感が、一気に押し寄せて…途端に涙が溢れた。
「つばささん…あの…」
必至に何かを伝えようとする海未。
だが、そのあとの言葉が出てこない。
それを察したのか
「…というわけで、この話はおしまい!!さぁ、次はドイツだぁ、ドイツ!ドイツに行って暴れるぞ!!」
と、彼女は強引に打ち切った。
「つばささん…」
「海未さんはドイツ語できる?」
「…はい?いえ、話せるほどではありませんが…」
「『Ich mag Fusball.』」
海未はそれがなんという意味か理解したようだ。
「あっ!?…はい!え~『Viel Erfolg! 』です」
「『Danke schon!』」
つばさは精一杯の明るい声を出して、海未に返事した。
夢野つばさと緑川沙紀の両名が、クラブハウスで海外リーグ挑戦の記者会見を開いたのは、その翌日のことだった。
~つづく~