【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「内舘です。どうぞよろしく」
「高野梨里です。こちらこそ、宜しくお願い申し上げます」
この人は、オレが雇った弁護士だ。
今回の事故に対する賠償責任を問う『民事裁判』。
オレは、誰に対して、いくら請求するべきか?それを一緒に考えてもらうアドバイザーだ。
運転していた少年は法律によって裁かれる。
こっちは『刑事裁判』。
『目には目を、歯には歯を!』は唱えたのは…確かハンムラビ法典だったか?
中学の歴史で習った気がする。
オレは基本的にはこの考え方に賛成だった。
犯罪者には、自分が犯した罪と同等の苦しみを与えるべきだ…と少し前までは思っていた。
しかし、ひとりとして同じ境遇の人などいない。
加害者に同じことをして、同じ苦しみが与えられるどうかなんて保障はどこにもない…ということに最近気が付いた。
細かく話すと長くなるので割愛させてもらうが、単純な「仕返し」では済まないということだ。
犯罪者の中には、生かしておく価値がないヤツがいるのは確かである。
しかし極端な話、極刑を望んだところで、自分の手で殺めることは不可能だ。
この世の中には『必殺仕事人の中村主水』も『シティーハンターの冴羽遼』もいないのだから、誰かに頼んで仇を討ってもらうこともできない。
いや仮に、それ…つまり『仇討ち』ができたとしよう。
だが果たして、それで満足感が得られるのかと言えば…きっと答えに窮するのではなかろうか。
少なくとも、その加害者の肉体と魂がこの世から消え去った…という安心感はあると思う。
とはいえ、どのように殺し方をしても『まともな人間』なら、今度は自ら行ったその行為によって、精神的に苦しめられるのではないだろうか?
逆にそこに満足感や快感を覚え『木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊になった』…なんてことになれば、本末転倒だ。
日本おいては、年に数回、死刑が執行されているようだが、そこに携わる…例えば執行する人、遺体を処理する人…らの精神は正常に保たれているのか、他人事ながら心配になる。
相も変わらず、話が大きく逸れてしまった。
現行の法律では、オレたちが被害者として意見を述べることはできても、自らの手で罰することはできない。
そんなわけで、オレがこの少年をどうしたい、こうしたいと言ったところで、高が知れている。
だから、この少年が1年で出ようと3年で出ようと、正直、オレ自身はあまり興味ない。
何年か経てば『失われた時間が取り戻せる』というなら話は別だが、どうも今の世の中は、そうはなっていないらしい。
どうせこういうヤツは、更生プログラムなんて組んだところで効果がないのだから、数年も立てば、また直ぐに何かやらかす。
この少年の親父の話を聴けば、そんなことは直ぐわかる。
そりゃ、再犯しないに越したことはないし、なにかあったら大変だが、現行の法律じゃどうにもならない。
365日24時間監視をつけるわけにもいかない。
最新テクノロジーで、西遊記の孫悟空が頭に付けてる輪っかみたいなものが、疚しいことをしそうになったら勝手に締め付けて抑制させる…なんてできれば、少しは違うのだろうが…。
だからオレは、今回のような事件でもっとも有効な再犯防止策は『加害者の視力を奪うこと』だと思っている。
どのような方法がいいかまではわからない。
目薬のようなものが無難だろうと思うが、どうなんだろう…。
なぜそう思ったか?
耳や口が不自由でも車は運転できるが、目が不自由ではそうはいくまい。
視力を奪ってしまえば、少なくともこの事件において「再犯」は起きないだろう。
それどころか、何の訓練もしなければ、普通に生活することさえままならない。
勝手に『のたれ死んでくれ』…って感じだ。
まぁ、それで電車に飛び込まれたり、どこから転落したりして「トバッチリ」を受ける人が出るなら、それはそれで問題だけど。
自分でも恐ろしいことを考えるな…と思っている。
だけど、誰の胸の中にも、残虐性というのはある。
ヒーロー物でも、ヒロイン物でも…あるいはRPGでもアクションゲームでも、オレたちは『敵を倒す』ことにカタルシスを感じている。
相手は悪いヤツかも知れないし、怖いモンスターかも知れないが、話し合いで解決しよう…などということは(ほとんど)ない。
ボコボコに叩きのめしてこそ、正義(勝利)なのである。
ルールがある格闘技でさえ、判定よりKOによる決着でないと『面白くない』となる。
これが、オレたちの心の中に潜む残虐性だ。
今回の事件も同じ。
明日はわが身…という怖さはあるにせよ、当事者でない他人が、社会の正義の名の下に、無責任に加害者やその家族をつるし上げる。
実際に、殴る、蹴るという行為があるわけではないが、言葉の刃を携えながら、何千人、何万人という『私刑執行人』が対象者やその家族を追い詰めていくのだ。
一歩間違えれば『デビルマン(コミック版)』のようになり兼ねない。
主人公『不動明(ふどうあきら)』の恋人の『ミキちゃん』の首が『一般人』に斬られてしまったシーンの、そのショックたるや。
かなり、幼い頃に読んだハズだが、今でも胸に焼き付いている。
しかし、かろうじて、実際に行動にでない…つまり暴力まで発展しないのは…まだ理性がそれに『ギリギリ』打ち勝っているからだろう。
『ギリギリ』。
だから、ことさら、オレが残虐な…サディスティックな人間だとは思っていない。
極めて冷静に判断して導き出した、オレなりの『犯した罪に対する罰』である。
…とはいえ、現実問題、彼の処遇は司法に委ねるしかない。
「少年に対して、何か言いたいことはありますか?」と問われれば「二度と同じ過ちを繰り返さないで欲しい」としか言いようがない。
『視力を奪ってしまえ』などと思っていても、表立って口に出すことなどできない。
オレの『妄想』は、ここで留めておかなきゃいけない。
…であるならば、あとは民事裁判によって闘うしかないのだ。
そうなると、手っ取り早く、金銭での補償請求ということになる。
「まず、基本的考え方として、交通事故の賠償金は『治療費用+入院雑費+休業損害+入通院慰謝料+後遺障害慰謝料(死亡慰謝料)』となります」
と弁護士の内舘さん。
「なるほど」
「高野さんの場合、休業損害、入通院慰謝料、後遺障害慰謝料がいくら取れるかってことがカギになるでしょうけど…」
「けど?」
「先に断って起きますけど、何億も取れると思ったら大間違いですよ」
「ん?」
「一般的に自動車事故の過失致死…つまり、不注意などの運転ミスが原因で起きた交通事故で、一家の大黒柱が亡くなったときの賠償金は『2,600万~3,200万円くらい』が、相場です」
「亡くなってその程度?」
「はい。しかし、残念ながら高野さんは亡くなったわけではありませんので、もっと額は低くなります…」
と内舘さんはそう言って笑った。
「『残念ながら』…ね…」
オレもつられて笑う。
「請求先は、当然、運転をしていた加害者ということになります」
「未成年だけど?」
「未成年だからといって、支払う必要がないということではありません。このあたりは今後の争点になると思いますが、現時点では責任能力はあると思われますので」
「へぇ…」
「ですが『支払い責任』と『支払い能力』は別です。未成年でも18歳以上なら、自賠責なり任意保険なりからの支払いもありえますが…」
「無免許だし、16歳だし…」
「そうですね。支払い能力は皆無ですね」
「だとすると?」
「当然、両親への請求ということになります」
「だろうね…。車の所有者…つまり亡くなった少女の方には、請求できるの?」
「できます。ただし、管理責任を追及して、多額の賠償金を請求するところまでは…」
「簡単ではない?」
「時間と労力を相当有すると思いますし、費用対効果はそう見込めません」
「ふ~ん…。オレの青写真じゃさぁ…オリンピックで活躍して、海外に移籍して、個人スポンサーと何社も契約して…年間数億円を稼ぐプレーヤーになってるハズだったんだけど…これで棒に振ったわけじゃない?それどころか、復帰できるかどうかも怪しくなっちまった…この代償は、どうしてくれるんだ?って話だけど?」
「気持ちはわかります。ですが、現実的に高野さんが将来どれだけ稼げるかを推測するのには無理がありますし、せいぜい請求できて今季+来季の年棒くらいまでがいいところでしょうね」
「やられ損だな」
「えぇ…これがアメリカとかでしたら『懲罰的損害賠償』みたいな請求もありますが…それこそ高野さんの言う『無免許で運転できる車を作った責任』とか『それを認めている国の責任』とか」
「そうは言っちゃいないけど…いや、言ってるか…」
「制度の違いですけどね。なんせ『ファストフード店のコーヒーが熱すぎて火傷した』で『3億円』の支払いが命じられる国ですから」
「それはほとんど言いがかりに近い」
「はい。それはまだマシな方です。他にも『ハンバーガーを食べ過ぎて病気になった。責任取れ!』とか『猫を乾燥機に掛けたら死んだ。責任取れ!』とか…」
「頭、悪っ!」
「それでも原告が勝ちますからね…」
「…」
「…ということも踏まえて考えて頂いても、日本の現行制度では、今回のケースではなかなか多額の賠償金は望めません」
「…あっそ…」
「ただし、少年少女の一族…特に少女側の風評被害といいますか…社会的・道義的責任は免れないでしょうし、事業における打撃は数億円にも数十億円にも上ることは予想されます。まぁ、実際、Y氏の関連企業の株価は暴落してますから」
「別にそんなことは望んでないけどさ」
高野は少し動くようになった首を、左右に何度か動かした。
~つづく~