【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「A-RISEから誘われていたチャリティライブの話ですが…」
「あ、あぁ…どうすることにした?」
「実は当初、年末の予定と聴いていたのですが、3月に変更となりまして…」
「へぇ」
「会場も武道館からアキバドームに変わりました」
「そりゃあまた、随分スケールアップしたねぇ」
芸能関係に疎い高野でも、それくらいのことはわかる。
「はい。それで、メンバー一同、話し合ったのですが…」
「やっぱり…無理か…」
彼は残念そうに、彼女の顔を見る。
「いえ…お受けすることとなりました!」
高野の病室を訪れた海未は、明るい表情でそう告げた。
「おっ?やるんだ?ライブ!」
「簡単には纏まりませんでしたけど…」
「ん?」
抵抗したのは…案の定、にこだった。
後日、海未と真姫、凛…それとにこが、再び穂乃果の部屋に集まった。
事前にメンバーが予想して通り、にこは開口一番
「いい?アタシたちは伝説のスクールアイドルなのよ!伝説っていうのはねぇ、そんな簡単に復活したら、価値はなくなるの!」
と言い放つ。
「でもさぁ、あのA-RISEと共演出来るんだよ。にこちゃん、μ'sのラストライブの時言ってたじゃん!『こんなこと一生のうち、1回有るか無いかだ』…って」
「言ったわよ!言ったけど…」
「場所もアキバドームにゃ!」
「わかってるわよ!」
「それじゃあ、何がダメなのさ?」
「…」
「にこちゃん!?」
「今のアタシは『小庭 沙弥』なの。かつての『宇宙人No.1アイドル、超絶可愛いラブリーにこちゃん』は、もうこの世にいないのよ…残念ながらね」
「はぁ?」
「にゃ?」
真姫は呆れ顔で、凛は吹き出しそうだ。
「はぁ?…じゃないわよ!わかりなさいよ、今の説明で!」
「つまり…当時のキャラを演じるのは、あまりにバカバカしすぎて、できない…ってことかにゃ?」
「そうね。22歳にもなって『にっこにっこに~!』はちょっとねぇ…」
と真姫。
「ちょっと、アンタたち!バカバカしいとは何よ!?そうとは言ってないでしょ!?ただ、アタシは今は女優なの!だから、そのイメージは崩したくない…って言ってるの!」
「まだ、デビューしてないにゃ!」
「するの!来月にはステージに立つんだから!」
「端役なんでしょ…」
「その言い方はさすがに失礼かと…」
「あ…ごめん…」
海未に諭され、真姫は謝った。
「そういうアンタたちはどうなのよ?誰も反対する人はいないの?」
「…」
「どうして黙るのよ?」
「いやぁ…意外とすんなり決まっちゃったんだよねぇ…もっと揉めるかと思ったんだけど…」
と穂乃果。
「はい。みんな、ずっとやりたかったんです。でも、ああいう形で解散を決めた以上、口にするのは憚(はばか)れましたし…」
「真姫も?」
「私は…まぁ、別にどっちでもよかったんだけど…」
「まったく、素直じゃないにゃ…」
「キッカケが欲しかったんだよ!それをA-RISEが作ってくれるとは思わなかったけどさ」
「まぁ、にこちゃんがやりたくないって言うなら断るけど…μ'sは9人揃ってμ'sなんだから」
「ちょっと、真姫、そういう言い方は卑怯じゃない?」
「どうしてよ?誰がひとりでも欠けたらμ'sはμ'sじゃなくなるの。それは今も昔も変わらないわ。だから、にこちゃんが『参加しない』って言えば、この話は断るわよ」
「…」
にこは複雑な表情をしている。
「…ということです」
海未が、返答に困っている彼女に追い討ちを掛ける。
「え、絵里はどうなのよ?膝の心配があるでしょ?」
「はい、それは確かに。ですが、絵里も前向きですよ」
「ダンスは身体が覚えてるだろうから、昔ほど追い込まなくても大丈夫だし、数曲程度なら問題ない…ってさ」
「ふん!そんな簡単に…」
「なにを迷ってるにゃ?にこちゃんもやりたいならやりたい…って素直に言えばいいのに。真姫ちゃんとおんなじにゃ」
「なんでそこで私が出てくるのよ!」
「まぁまぁ…」
珍しく穂乃果が仲裁に入る。
普段の自分と海未とのやりとりを見ているようで思わず苦笑した。
「実は…私たちがやろうと決めたのには…もうひとつ理由があるのです」
「?」
「恐らく、μ'sとして活動出来るのは、これが最後のチャンスかと…」
「!」
「そうね…それがもしかしたら一番大きな理由かも知れないわね」
「な、なに言ってるのよ!そんなこと…」
「そうは思いたくないけど…」
「最後なんて言わないでよ!」
「わかってるわよ。そんなこと思いたくないけど、海未が事故に遭ったって聴いたとき…救急車で運ばれたって聴いたとき…9人で居られるのが永遠じゃない…って思ったの。もちろん、いつかそういう日が来ることはわかっていたけど…それが『突然起きることもある』って、改めて気付かされたのは事実…」
「だから…そうなる前に、もう一度みんなでステージに立ちたいにゃ!」
「真姫…凛…」
にこは2人の顔を交互に見た。
真姫は少し恥ずかしそうにして目を逸らせたが、凛は真っ直ぐにこを見つめた。
「それに…やっぱり、みんなが待ち望んでくれてる、このタイミングしかないでしょ?」
「穂乃果…」
「でしょ?」
「…花陽は…花陽はどうなのよ?できる、できない…って言ったら、あの娘が一番ネックじゃない!?」
「にこちゃん、かよちんが断るハズないにゃ!」
「一番弟子がやるって言ってるのに、師匠が出ないっていうのはねぇ…」
と意地悪そうな目をして穂乃果が煽る。
「にこちゃん、わりとビビりだから、5万5千人って規模に怖じ気付いてるんじゃない?」
と真姫も、穂乃果に続く。
「そ、そんなこと、あるワケないでしょ!アンタたちと違ってアタシはプロなのよ!」
「じゃあ、やるにゃあ!?」
「世界中のファンが、この『にこにー』の復活を待ち望んでることは、よ~くわかってるわよ?でも、そんな大事なこと、二つ返事で答えるわけにはいかないの!!」
にこは両手を握ると、ブンブンと2回ほど上下に振った。
そして、しばし間を置いてから
「一日…」
と呟いた。
「えっ?」
「一日だけ考える時間を頂戴よ…」
「にこちゃん…」
「明日には答えを出すから」
穂乃果がみんなの顔を見る。
海未も、真姫も、凛も…黙って頷いた。
にこの回答はわかってる…そんな、どことなく余裕のある顔だった。
「うん!わかった!待つよ」
「ありがと…」
にこは小さく呟くと…穂乃果の部屋から出て行った。
「それで返事は?」
海未の話を聴いていた高野が、その先を尋ねた。
「『仕方ないわねぇ…』でした」
「OKしたってこと?」
「はい」
「そうだよね?さっき参加するって言ってたもんね…でも、その人は、なんでそんなに渋ったのかな?」
「そうですね…それは…話せば長くなりますが…彼女はμ'sの中で唯一本気でアイドルを目指していたメンバーなのです。ですから、アキバドームでライブができるなんて、本当は嬉しくて嬉しくて堪らなかったと思いますよ」
「だよねぇ」
「なので、もしかしたら、照れ隠しみたいなものもあったと思います」
「あぁ、なるほど…」
「それともうひとつ…本気でアイドルに憧れていたからこそ、その世界から戻れなくなることが、怖かったのかも知れません」
「ん?」
「彼女は今、アイドルの夢を絶ち切って、ミュージカル女優の道を歩き始めました。もし、ここで、アイドルとしての快感を覚えてしまったら…」
「なるほどねぇ…決心が揺らぐかも…ってことか…」
「はい…」
「そりゃあ、確かにあるかも…まぁ、なんにせよ、よかった、よかった…かな?」
「はい」
「ところで…園田さんは彼氏とかいるの?」
「は、はい?」
「好きな人とか…」
「なんですか!?いきなり!」
…ま、まさか…
…いえ、そんな…
…心の準備が…
…いえ、いえ、まだ早いです…
「いや、ごめん、ごめん…ふと、雑誌の記事を思い出してさ。ひとりだけいたじゃない?…星空さん…って言ったっけ?でも、他の人は本当のところはどうなのかな…って」
「は、はぁ…」
「前にさ、μ'sって色々な特技を持ったメンバーが奇跡的に集まった…って言ってたでしょ」
「えぇ」
「だけど、もっと凄いのは、揃いも揃って、みんな美人さんだってことじゃない?オレはそっちの方がよっぽど奇跡だと思うわ。書類審査でもした?って感じで」
と高野は屈託なく笑った。
「そ、そうですね…」
海未の顔は、少し引きつっている。
「だから、みんながみんな、彼氏がいないなんて、にわかには信じられなくて」
「私もすべてを知ってるわけではありませんが…」
「へぇ…性格に難あり…とか?いくら綺麗でも、性格悪いのは…だし…」
「そ、そんなことはありません!みんな、とても素晴らしい人ばかりです」
「だろうね。園田さんの仲間だもんね」
「きょ、恐縮です…」
「…っていうと、相手に求めるものが高すぎるのかな?…この間、一緒に来てくれた…高坂さん…だっけ?彼女なんかは、誰とでもすぐに打ち解けそうだし、男子受けしそうな感じだけどなぁ…」
「友人は多いと思いますが…恋人は…」
「そっか…なるほどね…」
ひとり頷く高野。
「?」
「あと、もうひとり…えっと…」
「ことりですか?」
「そう!あの娘はヤバイよね!仕草とか声とか、計算してやってるんじゃないとしたら…記事にも書いてあったけど…あれは男が勘違いしちゃうわ」
嬉しそうに話す高野の言葉に、一瞬、眉を顰(ひそ)めた海未。
だが、すぐに
「はい。私もことりに見つめられてお願いされると、何でも許してしまいます」
と切り返した。
「オレも一瞬クラッときたもんなぁ…」
「えっ?」
「あ、いやいや…それだけ魅力的な人が多いって話で」
「は、はぁ…」
「で?」
「はい?」
「園田さんは?」
「えっ?」
「彼氏…好きな人…」
「あっ…いえ、私もまだ…」
「でも、モテるでしょ?」
「いえ、いえ…」
「ま~たまた…謙遜しちゃって…」
「本当です!!」
海未の声が少し大きくなった。
…あぁ、恥ずかしい…
…ちょっとムキになってしまいました…
「あっ、すみません…」
「あ、こっちこそ、ごめん。ふ~ん、いないんだぁ…みんな見る目ないんだなぁ…」
「いえ、そんなこと…」
「ちなみにどういう人がタイプなの?」
「は、はい?」
「見た目とか…」
「見た目はあまり拘りませんが…」
「いやぁ、みんな、そう言うけどさ…見た目って結構大事だと思うけどね…。カッコいいとか、カッコよくないとかじゃなくてさ、タイプかタイプじゃないか…っていう意味で」
「?」
「性格なんて、付き合ってみなきゃわからないんだから、まず導入部はルックスでしょ?」
「は、はぁ…」
「特にタイプというのはないのですが…苦手な人なら…」
「ん?」
「時間とお金にルーズな人は…」
「おぉ!気が合うねぇ!オレもそこにだらしない人はダメだなぁ」
「はい!やはり何事にも誠実な人が…」
「そりゃあ、そうだ…」
「あの…」
「ん?」
「高野さんは…」
と言い掛けて、海未は口を噤んだ。
…思わず高野さんの好みの女性を訊こうとしてしまいましたが…
…愚問ですね…
…あんなに非の打ち所がない人と付き合ってらしたのですもの…
「オレがどうかした?」
「あ、いえ…」
「オレの好きなタイプ?そうだなぁ…見た目も大事。中身も大事。あはは…欲張り?ルックスはいいに越したことはないけどさ…あんまりこだわらないんだ」
海未の言いたいことが伝わったのか、高野は自ら話し始めた。
「?」
「さっきの話と矛盾してるだろ?でも…口で説明するのは難しいんだけどさ、可愛い人もアリだし、綺麗な人もアリ。人を外見で判断しちゃいけないんだけど、自分の中の合格点みたいなのがあって、そこをクリアしてればいいかな…って」
「はぁ…」
「でも、太ってる人はNGだな。自己管理が出来ない人なのかな?…て思っちゃう。…あぁ、これってセクハラに当たる?大丈夫だよね、園田さんはスマートだし」
「どうでしょう…あまり大きな声では言わない方が…」
「…やっぱり?」
「ですが…自己管理が出来ない…という点では、共感します。もちろん、すべての人がそうだとは言えませんが…」
海未の頭の中に、幼馴染みの姿が浮かぶ。
「だから…μ'sの中だったら誰?って訊かれたら…」
…誰なのですか?…
「答えられないよねぇ…タイプは違うけど、みんながみんな、綺麗だし、可愛いし」
それを聴き、メンバーの固有名詞が出てこなかったことに、海未はホッとした。
…ですが…
…高野さんがμ'sのことを知れば知るほど、得も言われぬ不安が襲ってきます…
「?」
「あ、いえ…」
「みんなを生で観られるのかと思うと、今からワクワクしちゃうな」
「観に…来て頂けるのですか?」
「もちろん!…3月って言ったよねぇ…あと4ヶ月ちょい?頑張ってね!」
「はい!あ、高野さんもリハビリ…」
「あぁ、そうそう。オレさ、順調にいけば、2週間後…来月始めには退院できそうなんだ」
「あっ!」
「歩行訓練もだいぶ進んで、もう少しで松葉杖も取れる」
「おめでとうございます!」
「まだ、早いよ。オレの場合、ここからが長いから…」
「…」
「あ、うそ、うそ!普通の人はって話。オレはほら、アスリートだし!…Jリーグの開幕は3月の末だから…オレも園田さんと一緒に、その時を目指すよ」
「は、はい!」
そう返事はしたものの、さすがの海未でも、そんなに簡単ではないことはわかる。
…高野さんは、どこまで優しいのでしょうか…
「園田さん?」
「楽しみにしててください!絶対に素敵なステージにしますから」
「約束だよ!」
そう言って高野は右手を肩の上へと上げた。
海未は、その意味を悟り軽く手を合わせた。
それは彼女が、異性と初めて交わしたハイタッチだった…。
~つづく~