【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
11月…。
事故から5ヶ月間の時を経て、高野はようやく退院した。
当初は全治6ヶ月と言われていたので、見込みより1ヶ月ほど早い。
「さすがアスリート!」などと、病院関係者に煽(おだ)てられたが、どちらかと言えば、肉体的なことよりは、厳しいリハビリをこなした精神力を讃えたのであろう。
そうして高野は、松葉杖を使わずも、普通に歩けるまでとなった。
ただ、それは『一般的な生活ができるレベルに回復した』…というだけで、サッカー選手として復帰するには、まだまだこれからのことだ。
超大物有名人などが病院を出るときは、看護師一同が正面入口に並んで大きな花束を渡たし、その瞬間を報道陣のカメラが捕らえる…というシーンがしばしば見られるが、そんなことはレアケースである。
花束こそ、治療やリハビリに携わった関係者から渡されたものの、病院を出るときはひとりだった。
高野梨里と言えども、チームでは控えに甘んじているし『やむを得ない事情があったにせよ』結局オリンピックに出場もしていない。
事故に巻き込まれたことで『色々と話題にはなった』が、実績を残しているわけではない。
この半年弱の間に、彼はすっかり忘れられた存在になってしまった。
故に…このような寂しい状況も、当たり前と言えば当たり前だった。
…1年後にはオレも『あの人は、今!?』のリスト入りだな…
高野は自嘲ぎみに笑う。
もっとも彼自身は、派手に見送られることを望んでいるわけではない。
そんなことをされるのはガラじゃない。
ただ…
本来なら出迎えてくれたであろう『夢野つばさ』がいないことに、寂しさを感じていた。
自分から『大見得を切って』離別を決断した手前、女々しいことは言えないが…
季節は秋。
人恋しい季節である。
…園田さんには伝えておくべきだったかな?…
義理堅い彼女のことだ。
花束や手土産を持って、出迎えに来てくれるに違いない。
しかし、そのあとはどうしたらいいのだろう?
まさか、彼女を残して、ひとり立ち去る訳にはいかない。
かと言って、一緒に帰るというのも変な話だ。
結局のところ、彼女へは事後報告という形がベストだということで自己解決した。
「寒ぃなぁ…」
昔から高野は寒さが苦手だ。
病院の外に出たとたん、うぅ…と身体を震わせた。
その時に吹いてきた風に、落ち葉がザサーッと舞い上がる。
彼には、その木枯らしが身にも心にも沁みた。
つばさは今、ドイツでメディカルチェックを受けている。
順調にいけば、この月末にも正式入団となる見込みだ。
「オレも負けてらんねぇぞぅ!!」
うーん…と伸びをしながら、大声で叫ぶ。
弱気な心を振り払うように、気合いを入れたらしい。
高野は一旦立ち止まり、身体を反転させた。
「じゃあな!」
と病院に別れを告げると、待たせていたタクシーに乗り込み『クラブハウス』がある横浜へと向かった…。
彼が所属するチームの、今シーズンの成績は、決して芳しいものではなかった。
Jリーグカップ、天皇杯とも早々に敗退。
リーグ戦は…降格争いをすることはなかったが…しかし、優勝争いに絡むこともなく、シーズン終盤を迎えるにあたって盛り上がりに欠けていた。
加えて親会社の不祥事などもあり、輪を掛けて選手の士気も低下しているようだった。
「退院おめでとう!」
そう高野に声を掛けたチームマネージャーの声も、心なしか暗く感じる。
「あんまり歓迎されている感じじゃないですね」
と高野。
「いや、そうじゃない。こんな状況でキミを迎えなきゃいけないというのが、心苦しくてね…」
「監督、辞任すると出ていましたが…」
「オフレコだが…その通りだ。…と言っても、選手には通達してあるがね」
「そうですか…」
「昨シーズンは戦術が上手く嵌って、そこそこの成績を残せたが…今シーズンは打つ手打つ手が、ことごとく裏目に出た。何より期待していた高野梨里も離脱したし…」
「あははは…心にもないことを」
「そんなことはないさ。私はもっと早くにキミを使えと推していたよ」
「そりゃあ、どうも…」
「キミがオリンピックでそれなりの活躍をしてくれれば、注目度も上がっただろうし…私からしてみれば、色々な意味で痛かったよ」
「自分もそのつもりだったんですけどねぇ…」
「まぁ、事故は不可抗力だ。仕方ない。それにサッカーはひとりでプレーするわけじゃない。キミだけ頑張っても、そう簡単には好転しないさ」
「はぁ…」
「メッシ級の選手なら別だが…」
「…それは…つまり自分がそこまでの選手じゃない…ってことですよね?」
「ふっ、言葉の綾だ。そう、恐い顔をするなよ…」
「あ、いえ…すみません…そういうつもりじゃ…」
高野は頭を掻いた。
「それで…どうだ?体調の方は…」
マネージャーは徐(おもむろ)に立ち上がると、部屋にあるエスプレッソマシンにカップをセットした。
「どうもこうも…やっと歩けるようになりました…という程度なので、なんとも…」
「だろうな…」
マネージャーは淹れたてのコーヒーを高野に手渡す。
「実は今日お伺いしたのは、退院の報告だけじゃないんです」
「ん?」
「…退団の申し出に来ました…」
高野は表情を変えることなく、ことも無げに言った。
「!?」
高野が放った言葉と、部屋に漂うコーヒーの芳(かぐわ)しい薫りが不釣り合いだ。
マネージャーは、漂う湯気の向こうの高野の顔をじっと見た。
「長い間…お世話になりました…」
「…どういうことかね?…」
「まぁ、気分の問題です。平たく言うと…『解雇』されるとショックが大きいんで、先に自分から辞めようかと」
高野は笑みを浮かべる。
「辞める?サッカーを?」
「あ、いえ…サッカーは辞めませんよ。必ずピッチに帰ってきます。でも…自分は、怪我する前でもレギュラーじゃありませんでしたからね…そんな選手が復帰するのを、チームが何年も待ってくれるとは思えません」
「待つさ…キミは生え抜きの選手でもあり、宝だからな」
「嘘でも、そう言って頂けるのはありがたいですが…」
「嘘じゃない。ファンにとっては、地元の選手、生え抜きの選手っていうのは特別な存在だ」
「…ですね。それはわかります。だだ、理由としては、もうひとつ。チームにいながら復帰を目指しても、甘えが出ちゃうと思うんですよね。『クビ!』って言われるまでは、一応給料は貰えるんで」
「退路を断つ…とでも?」
「はい。『復帰』とか『復活』じゃダメなんです。怪我する前と同等レベルじゃ、結局レギュラーは取れませんから。…超えないと…そのレベルを1段でも2段でも超えていかないと、海外じゃ戦えませんので」
「高野くん…」
「自分が闘える!と思えるレベルにまで到達したら、改めて入団テストを受けますよ!…まぁ、それがマリノスかどうかはわかりませんけどね…」
「なにも、退院した初日にそんなことを言わなくとも…キミはまだ若い。焦る必要はないだろう?」
「そんなことはありませんよ。マネージャーだって期待されながら怪我で泣かされた選手を、さんざ見てきてるじゃないですか」
「それはそうだが…」
「すみません、生意気言いまして…。自分は…やっぱり地元のチームだし、ユースから面倒見てもらってるし…レギュラー獲れなったのは自分の実力ですし…だからこのチームに『砂を掛けて出て行く』つもりはまったくないですんですけど…それ以前にサッカーを続けていく為に、どうしたらいいか…いや、続けるだけじゃなくて、活躍する為にはどうしたらいいか…入院中ずっと考えてました。それで出した結論が、これです」
「…」
「2年頑張って、ピッチに戻れなかったら、引退します」
「引退!?」
「それくらいの覚悟がないと…ってことです」
「…」
「あ、すみません。せっかくなんで、コーヒー頂きます…」
高野は、悪びれることもなく、カップに口を付けた。
「そうか…とりあえず決意はわかった…一旦、こっちで預かる」
苦渋の表情のマネージャー。
「時間が経っても、考え方はかわりませんよ」
「あぁ…まぁ…だが…発表は待ってくれ。こちらとしてもそれなりの準備が必要だ」
「準備?」
「キミも一社会人だろ?どんな理由であれ『辞めます!』『はい、わかりました』ってほど簡単なものじゃない…ということはわかるはずだ」
「…それは確かに…」
「…ということで、それなりの時間をもらえないかね…。少なくとも今シーズンが終わるまでは待ってほしい」
…そりゃあ、オレが退団するってなりゃあ、マスコミがうるさいだろうしな…
…自分から辞めたって言っても、絶対に『辞めさせた』ってことに『したがる』だろうし…
…そんなことになれば、チームもガタガタ…来シーズンのメンバー編成にも影響しかねない…
…それはそうだな…
「…わかりました…」
高野は頷いた。
だが、それとは別にマネージャーの本心はどうなのか?
高野も読みきれていない。
厄介払いができて良かった。
それも自分から退団するって言ってきたよ!
ラッキー!
少なからず、そんな気持ちはあるだろう。
…なんせ、オレはメッシではないからな…
高野はそんなことを思いながら、コーヒーを飲み干した。
~つづく~