【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「じゃあ…行ってくる…」
「あぁ…」
「キミもトレーニング頑張って…。ドイツで待ってるわ」
「残念ながら、オレは寒いのが苦手だから、行くならリーガ エスパニョーラ(スペイン)だな」
「うん、わかった…じゃあ、そろそろ…」
「チョモ!」
「ん?…あっ!…」
「別れのキスだ…」
「…もう…ばか…」
「好きだよ…」
「…私も…あ、ダメ…そんなギュッとされたら…離れられなくなる…」
「これが最後だから」
「みんなが見てる…」
「構わないよ」
「それに…それ以上されたら…『したくなっちゃう』…」
「する?」
「…ばか…」
「あ~つばささんだ!」
「!」
「穂乃果さん?」
「つばささん、これから旅立たれるのですね!?」
「海未さん?…μ'sのみんな…どうして空港(ここ)に?」
「応援に伺いました!ご活躍、期待しております!」
「ありがとう!」
「どうぞ、お身体に気を付けて!」
「うん!じゃあ、行ってくる…。またね!バイバ~イ!」
「行ってしまいましたね…」
「あぁ…」
「それより、先程、つばささんと抱擁の上、口づけをされていたようですが…」
「そうなんだよ。これからだったのにジャマされちゃったよ…」
「す、すみません…」
「じゃあ、その続きを…園田さんとしていい?」
「な、なにを仰るのですか!!」
「だよね…」
「では、ことりとしますか?」
「えっ!?」
「こ、ことり!」
「南さん?」
「そんな他人行儀な呼ばれ方はイヤですよ…ことりと呼んでくださいな」
「ことりちゃん…」
「でも、やっぱり…ここじゃ恥ずかしいから…あっちに行きましょう!」
「おっ?」
「え~、ズルいよぅ。それなら穂乃果も一緒に!」
「ことりも穂乃果も、なにを考えてるんですか!」
「ちゅん…ちゅん…ちゅん…ちゅ~ん!…はい、高野さん、時間切れで~す…」
「時間切れ?」
「はい!」
高野はスマホのアラーム音に気付いた。
「…夢?…」
わかった、わかった…と呟きながら、画面をタップして音を止めた。
「…タイムアップ?…」
高野は残念そうに頭を掻く。
「これから…ってところで起こされちまったぜ…」
…それにしても…
…チョモとキスをしたり、抱き合ったり…南さんに手を握られたり…
…夢と呼ぶにはあまりにリアルな『感触』があった…
高野は左手で、自分の右手を触ったあと、うっすらと朝陽が差し込む室内を見回す。
もちろん、誰もいるハズがない。
「逆にいたら怖いか…」
…ホラーだな…
…しかし、それよりも…
…南さんって可愛いなぁ…
…あんな娘にキスをねだられたら…
…例え誰と付き合っていようと、断る自信がない…
…あ、いやいや、待て待て…
…あれは絶対男をダメにするタイプ…
…ハマったら抜け出せない…
…気を付けないと…
…でも…
…ハマってみたいかも…
…もう一度寝たら、続きが見れるかな…
高野はしばし、ベッドの中でそんなことを考えた。
まぁ、健全な男なら、それも致し方ないことだろう。
だが、ここは病院じゃない。
自宅だ。
だからこそ、スマホでアラームをセットし、早起きをした。
本格的にトレーニングを始めるにあたり、まずは身体の土台作りが必要だ。
今日から、専属トレーナーの元に通うことになっている。
従って、二度寝する余裕などなかった。
「…起きますか…」
ゆっくりとベッドから這い出る。
…だけど…溜まってるなぁ…
…まぁ、これも元気になった『証し』ということか…
自分の『下半身の膨らみ』を見て、呆ながらも、梨里は笑ってしまった。
「あら、おはよう!」
「お、おぅ…」
「ご飯食べる?」
「あ…あぁ…」
「ふふ…」
「なに笑ってるんだよ」
「逆に…なに緊張してるのかな…って…」
「そ、そりゃあ…久々の家だし…」
「自宅に帰ってきて、それはないんじゃない?」
梨里の母は、食事の仕度をしながら笑った。
「あ…いや…まぁ…それはそうだけど…やっと帰ってきたっていうか…ようやく、これからというか…ちょっとそんなことを思って…」
「そうね…」
「悪りぃな…また世話になるけど…」
「ばかなこと言わないの…」
「ん?」
「前に言わなかったっけ?幾つになっても、あなたは私の子供なんだって。面倒見られるうちは、頼っていいのよ」
「…そんな…いつまでも頼れねぇよ…」
「はい、どうぞ!」
彼女は、彼の言葉を聞き流すように、ご飯が盛られた茶碗を手渡した。
「あ…あぁ…いただきます…」
高野は手を合わせると、配膳された味噌汁、焼き鮭、卵焼きに箸を付けた。
「どう?久々の我が家の味は?」
「旅館の朝食みたいだな…」
「メニューじゃなくて、味を訊いてるのよ…」
「…う~ん…まぁまぁ…」
随分、素っ気ない返事である。
だが、母は知っている。
彼が言う「まぁまぁ…」は、不味くないという意味だ。
高野は決して味覚音痴ではない。
自分の好みに合わなければ、容赦なく「しょっぱい」だの「薄い」だのと言って、自分で味を調節する。
それをしないということは「OK」なのであろう。
母は満足そうに、彼の食事風景を黙って見守った。
「見てなくていいよ…食べづらい」
「いいじゃない、見てたって」
「監視されてるみたいで、好きじゃない…」
「ケチ!」
「そういう話じゃないだろ…」
「でも、良かった…こうやって戻ってきてくれて…」
「あ…」
突然の母の呟きに、高野の箸が止まった。
「さぁて、お母さんは邪魔者扱いされちゃったから、洗濯でもしてくるかね…」
彼女は、ケラケラと笑いながら部屋を出る。
その刹那、彼の胸に何かが突き刺さった。
高野は『夢野つばさ』こと『藤綾乃』のDNAを妬んだ時期があった。
国体選手の父親と、モデルの母親。
その2人の『長所のみ』を受け継いだような…非の打ち所のない綾乃。
対して、特になんの特徴もない、ごくごく一般的な両親から生まれた高野。
素材で勝てるハズはない…そう思っていた。
持って生まれた才能は、百の努力にも優る。
どう逆立ちしても、それはひっくり返せない。
綾乃の母を見るたびに『自分の母親との差』を痛感し、絶望することもあった。
高野の母も決して造作が悪い訳じゃないが…元モデルで、現ファション誌の編集長…おまけに二十代前半で綾乃を産んだ『久美』と、比較することに無理があった。
歳を重ねるにつれ、そんなコンプレックスは少しづつ解消されていったものの、それでも久美を見るとハッとさせられた。
それがどうだろう…
今、この瞬間、母親に対する変な感情が、スーッと消え去ったのだ。
まったく予期しなかった。
本当に突然に…。
…バカだなぁ、オレも…
…今、気付いちまったぜ…
…オレも親父とおふくろから、何事にも代えがたいDNAを受け継いでるじゃねえか…
…親父もおふくろもスゲーぜ…
一時は意識不明だった、息子。
目を覚ますまでの3日は、生きた心地がしなかったに違いない。
それでも、何事もなく、気丈に振る舞っていた。
高野の前で、悲しい顔など、一切見せなかった。
むしろ、驚くほど普段通りだった。
その様子に、つばさも海未も呆気に取られていたが、実は当の高野自身が一番驚いていた。
一歩間違えると、それはあまりに冷たく見えるかも知れない。
しかし、事故に遭って誰よりも辛いのは本人なのだ。
本人以上に、周りが取り乱しちゃいけない。
そんなことをすれば、本人はもっと苦しくなる。
だから…
…親父もおふくろも、オレの意識が回復しても、余計なことは何も言わなかった…
…強ぇよ…
…自分の親ながら、大したもんだよ…
…オレがこうして、わりと冷静でいられるのは…
…きっと2人から授かったDNAのお陰なんだろう…
…俺が受け継いだのは、外見や能力じゃない…
…何事にも動じない、強い精神力…
…これだったか…
食事が終わった高野は、洗濯機の前にいる母親の元へ歩み寄った。
「おふくろ…」
「なぁに?」
「ごちそうさん…」
「食べ終わった?」
「やっぱ、家のメシが一番美味い…ありがとな」
「…何か悪いものでも食べた?」
「おい、おい!自分で作っておいて、そりゃあ、ねぇだろ?」
高野は、アメリカのコメディアンみたいに、オーバーアクションで母親に突っ込みを入れた。
その頃…
「もしもし…海未?どうしたの?えっ…私に相談?…」
真姫は、滅多に掛かってこない相手からの電話に驚いていた。
しばらく話を訊いたが
「待って!そういう話なら希とか絵里の方が適任じゃない?…ダメです…って言われても…なら、ことりなら…えぇ?ことりもダメ?…だからってなんで私なのよ…意味わかんない…」
と明らかに困惑している。
しかし
「わ、わかったわ。電話で話しててもラチが開かないから、とりあえず、あとで…うん、じゃあ…」
と電話を切った。
海未に押し切られたたようだった…。
~つづく~