【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「…はぁ…」
と電車の中でため息をついたのは、海未たちと別れ、ひとり帰宅した真姫。
…付き添いなんて、しなきゃよかったわ…
…虚しくなっただけじゃない…
後悔の念にかられる。
…べ、別にクリスマスだから、どうのじゃないけど…
…それでも独りっていうのは、味気無いものね…
高一までは『サンタさん』がいると信じて疑わず…ある意味『純粋』で『世間知らずなお嬢様』だった。
そして彼女にとってのクリスマスは、家族で過ごすものであり、そこに恋人云々が登場することはなかった。
しかし、真姫も年が明けて4月になれば21歳になる。
さすがに、もう子供じゃない。
学業が忙しい故(ゆえ)、恋愛は面倒だ…という気持ちに偽りは無いものの、目の前であんな様子を見せられれば、心が揺らぐのも当然だろう。
本心を言えば、高野に会った上で、彼の人物像を見極め、海未の『目を覚まさせる』つもりだった。
ほらね!ろくな男じゃないわよ…と。
ところが、その目論みは覆された。
確かに…歯の浮くような誉め言葉があったり、八方美人的な発言は散見されたものの…『彼の存在を否定して、海未に諦めさせるほどの人ではない』というのが真姫の印象だった。
思ったよりチャラチャラしていなかった。
それどころか…
…意外と気遣いができるじゃない…
集合時間のはるか前に来ていたり、脱帽して挨拶したり、ブランケットを用意していたり…真姫がプラスにしたポイントは多い。
さらに高野は、海未だけでなく初対面の真姫にも均等に話を振り…試合中もルールやプレーについて、わかりやすく説明した。
そういったことも好印象だった。
…でも、ちょっと軽いのよね…
…というところがマイナスポイントだ。
それでも…
…ふふっ…大人っぽい…って言われちゃったわ…
…それに美人だとも…
と想い返し、頬を赤くする。
…って、なに考えてるの、真姫?…
…そんなの、当たり前じゃない!…
…私を誰だと思ってるのよ…
…でも…
真姫の美貌は自他共に認めるもの。
だが、その人を寄せ付けないオーラからか、言い寄る男は現れない。
いわゆる『高嶺の花』。
そんな存在。
だから、高野のように面と向かって、あんなにストレートに言われたことに、物凄い戸惑いを感じているのだ。
動揺していると言っていい。
…だから、なに?…
…バカじゃない…
そんなことを言われて、ちょっと浮かれそうになってる自分が恥ずかしくなった。
…クリスマスかぁ…
…穂乃果とことりは一緒かしら…
…でも、そこに入っていく勇気はないし…
…希には絵里がいるし…
…凛は…彼氏がいるから論外ね…
…残るは…
…あぁん、もう!どうしてこういうときに、カヨはアメリカなんかにいるのよ!…
…何も喋らなくていいから、傍にいてくれるだけでいいのに…
…でも…
…できれば、ギュッってしてほしい…
(私がいるじゃない!)
…に、にこちゃん?…
…でも、今日は舞台の稽古があるって…
(アンタが落ち込んでるみたいだから、わざわざ来てあげたんじゃないの)
…あ、ありがとう…
(まったくぅ…仕方ないわねぇ…いつまで経っても子供なんだから…さぁ、アタシの胸に飛び込んできなさい)
…にこちゃん!!…
『ゴンッ…』
…痛っ!!…
(この石頭!なに考えてるのよ!そんな勢いで突っ込んできたら、痛いに決まってるでしょ!)
…カヨならポヨンって…
(な、なによ…)
…やっぱり、にこちゃんじゃ、カヨの替りにはならないわね…
…あの、抱き心地のよさは異常だもの…
(ふん!そんなことを言うなら、真姫なんて絶交よ!)
…うそ!待ってよ、にこちゃん!…
「ハッ!」
…ゆ、夢?…
真姫はいつの間にか車内のドアにもたれながら、そんな夢を見ていたようだ。
電車の中が適度に暖かく、睡魔に負けたのだった。
その時である…
「ひょっとして…西木野真姫さんじゃないでしょうか?」
彼女の横から聴こえた…囁くような…声。
恐る恐る、そちらを見ると、そこに立っていたのはひとりの女性だった。
大学に入って視力が落ちた真姫。
その人物の顔を認証するまでに、少し時間が掛かった。
「突然、申し訳ございません…ご無沙汰しております『中目黒結奈』です」
彼女が名乗った瞬間、真姫の目のピントが合った。
「あ、あなたは…『ミュータントタート…』」
「『ガールズ』です。『Mutant Girls(ミュータントガールズ)』」
「あ…ごめんなさい」
「ふふふ…お気になさらずに。よく間違われましたから」
『ミュータントガールズ』…
真姫たちが出場したラブライブで、もしかしたらμ'sに替わって地区予選のベスト4に残っていたかもしれない、4人組のスクールアイドルだ。
穂乃果の見た夢が『正夢』であったのなら、今のμ'sはない。
両者、直接面識はなかったが、真姫と花陽は地区予選を戦う前に『プライベートでプラネタリウムを見に行った』際、その道中で彼女たち…今、目の前にいる『中目黒結奈』と出会う。
その時にはもうひとり『亀井紫恩』もいた。
学年は真姫のふたつ上…つまり絵里たちと同い年だった。
結奈たちは『自分たちを負かしたμ's』のパフォーマンスのクオリティの高さに驚き、同じスクールアイドルでありながら『ファン』になったと打ち明け、以降、交流を持つようになった。
真姫と花陽が、初めて『対外的に』サインした相手でもある。
『Dancing stars on me!』を披露したハロウィーンのイベントの前にも、μ'sを激励に訪れたり、アキバで行われたラストライブも、A-LISEとともに、衣装製作などをバックアップして、イベントを盛り上げるのに一役買っていた。
「一番初めにお会いしたときも、このような感じでお声掛けさせて頂いたのでしたね…」
「そうね…確か、あの時はバスの中だったかしら…」
「あれから、もう、5年も経つのですね…」
「早いわ…」
「μ's…再結成するのですね?」
当時ボブカットだった結奈だが、今は腰まであるロングヘアである。
そういう意味では、見た目の印象はだいぶ変わった。
しかし口調は同じ。
海未のように、一言一句が丁寧だ。
「えぇ…まぁ…」
μ'sのチャリティライブ出演が公にされてから、真姫の周りも騒がしくなってきている。
しかし、まだ何を歌うかも決まっていない状態で、まったく実感が沸いていない。
どこか他人事のような感じがしているのだ。
それが、さっきのような気のない返事になっている。
ところが、彼女の口から意外な事実を知らされ、表情が変わった。
「実は私も、チャリティライブに出演するのですよ」
「えっ?」
確かに自分たち以外にも複数のグループが出演する話は聴いていたが、アイドル事情に疎い真姫にとっては(アクアスターは別としても)その他は認識がなかった。
「そ、そうなの?ごめんなさい、まだちゃんと話を聴いてなくて…」
…でも、ミュータントタートルズの名前なんかあったかしら…
聴いていれば、忘れるはずのない名前。
だが、どう想い返してもその名前は出てこなかった。
もっとも『タートルズ』ではなく『ガールズ』なのだが。
「いいえ、私はまだデビューしておりませんので」
「えっ?」
「そのチャリティライブが、初ステージになるんです」
「あっ…」
…そういえば、A-LISEの事務所からデビューする新人云々がいるって言ってたっけ…
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「皆さんで?」
「私ひとりなんです」
「ソロ!?」
「はい」
「そう…」
「また、μ'sの皆さんと同じステージに立てるとは…考えてもみませんでした…」
「そうね…。でも、私たちが一番驚いているかも。もう二度とこの世界に戻ってくることはないと思っていたから…」
「幸せだと思いますよ」
「えっ?」
「私たちには…もう、できないことですので…」
「できない?」
「たった4人しかいなかったのに…ですけどね…」
「どういうこと?」
「私たちも高校を卒業して、スクールアイドルとしての活動は終わりにしました。A-LISEや皆さんのパフォーマンスを見せられたら、とても幼稚で、その先を目指そうなどと思うメンバーはおりませんでしたから」
「A-RISEはともかく、私たちは…」
「そんなことはありません。今も昔も、μ'sは私の憧れなんです」
「そ、そう…」
「それで、私たちは各々別々の道を歩みました。私は専門学校に進んだのですが…不完全燃焼だったのです。まだ『やるだけやっていない』と思ったのです。それでA-LISEの事務所の門を叩き…レッスンを重ねてきました。そうして、ようやくデビューとなったわけです」
「そうなの…。でも、それが?」
「メンバーと仲違(たが)いをしてしまいまして…」
「えっ!…」
「…」
「…まさかと思うけど…」
「はい…紫恩です…。キッカケはつまらないことなんですけど…修復できないくらいほど大きくなってしまって…もう2年以上音信不通で…」
「そんなことってあるの…信じられない…」
ポニーテールと大きなリボンがトレードマークで…μ'sで言えばことりのような容姿だった彼女。
しかし話し方はどちらかといえ、なれなれしく、穂乃果の近かった。
花陽と出掛けた先のバス停で、真姫をガン見していたのが彼女。
2人を見つけて『もしかしたら…』と思って眺めていたのだという。
その後、前述した通り、ミュータントガールズとは何度か顔を合わせており…だから知らない仲ではなかった。
なれなれしい…とは言ったが、裏のないストレートな性格…そういう印象。
結奈と紫恩は…例えて言うなら、海未と穂乃果のようだった。
真姫の記憶の中では、彼女の面影はそこで止まっている。
その2人がまさか…
唐突に知らされた情報に、頭が混乱した。
なぜか『海未が運ばれた』と聴いたときの、あの瞬間がクロスオーバーしたのだ。
双方の事情は違うが、いつかどこかで、誰かが欠けてしまうかも知れない…という漠然とした不安…。
お互いに誓った友情さえも、永遠ではないかも知れない…。
それを思った時、真姫の目から、唐突に涙が溢れ落ちた。
…なんで、泣くのよ…
…意味わかんない…
だがそれは、頭より早く、心が反射的に動いたらしい。
色々な感情が幾重にも連なっている。
「ご、ごめんなさい…」
と謝ったのは真姫。
「い、いえ、謝るのはこちらです。急におかしなことを言ってしまって…」
「ううん、いいの…ちょっと、私にも思い当たることがあったから…。そう、それは辛かったわね…」
「正直、こういうことを続けていいのかしら…という気持ちもありましたが…」
「いつかどこかで、わかりあえる日がくるわよ…」
「そうですね…だと、よいのですが…。ですから…μ'sのみなさんが全員揃ってステージに戻ってくることは、本当に素晴らしいことだなと…」
「…そうかも知れないわね…」
当事者は意外と気が付いていない。
9人揃ってステージに戻れるということが、どれだけ凄いことなのかを…。
健康でいることはもちろん、彼女たちのように何かが原因でバラバラになってしまえば、それは叶わないのだから…。
「あ、私はここで降りますので…」
「あっ…」
「まだデビューもしていない未熟ものですが、今後とも宜しくお願い申し上げます。では、ごきげよう」
「あ、また…」
「それでは、ライブ、楽しみにしております」
彼女はホームに出ると、ドアが閉まって走り出す電車を、小さくなくなるまで見送っていた。
真姫は、今日、心の中で沸き上がった様々な感情を整理しながら、ひとり電車の窓に流れる夜景を眺めた。
~つづく~
訳あって連投しました。