【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「そう言えば、海未ちゃん『みなとみらいの観覧車』に乗ってみたいって、昔から言うてたやんか」
「えっ!なんですか、突然」と言おうとした海未を、希の目が制した。
いいから、ウチに任せときぃ…そう訴えていた。
「ここはどこ?えっ!中華街!…そんなら、みなとみらいって?なんと、歩いてすぐやん!!これは折角やもん、行くしかないんやない?…えっ、ひとりで乗るのは寂しいって?…それはそうやなぁ…そやけど、ウチはもう帰らなければいかんのよ、門限が厳しくって…あ、でも、高野さんがいるやんか!!そうや、海未ちゃん、高野さんに連れてってもらえばいいやん!」
…希…
…なんですか、それは…
…いくらなんでも、その小芝居は無理があります…
海未は冷やかな目で、希を見た。
「オレは別に構わないけど」
「高野さん!?」
「考えてみれば、今日、クリスマスだったんだよね…」
「いえ、イブは明日ですから」
「まぁ、そう変わらないでしょ。それなのにサッカーに付き合わせちゃったり、中華街でメシだったり…雰囲気の欠片(かけら)もなかったね…まったく考えてなかったわ…」
「いえ、私もそういうつもりではございませんでしたので…」
「園田さんの時間さえよければ、オレはいいよ」
「えっ?あ、はい…その…」
「いいやん、いいやん。ウチは何回も来てるけど、海未ちゃんは滅多に来んのやろ?」
「まぁ、それはそうなのですが…」
「ほんなら決まりやね!高野さん、あとはお願いします。ウチは門限が…。今日はごちそうさんでした。ほな、また…」
これがアニメなら『ピュ~…』という効果音が付きそうな勢いで、希は走り去っていった。
もちろん、ひとり暮らしをしている希に、門限などあるはずがない。
「希さんって、あんな感じの人?もっと、おっとりしてるのかと思ってたんだけど…」
「ど、どうでしょう…」
海未はあさっての方向を見た。
「散歩…していく?」
「えっ?」
「食後の運動…」
「あ…はい…」
高野がテクテクと歩き始めた。
そのあとを一歩遅れて海未が着いていく。
「目の前に見えるのが『マリンタワー』。名前は格好いいけど、イメージだけ先行してる感じ?実際、高くもないし、上に行ってみて…ガッカリ…みたいな」
「そうなのですか…」
「まぁ、話しのタネに1回くらいは行ってもいいとは思うけど…そう何回も行くようなところじゃない…。そして…右の方に首都高が見えるでしょ…その奥にあるのが『港の見える丘公園』。ここからじゃ見えないけどね。…それで…ここが、かの有名な『山下公園』。ん?別に有名じゃない?」
高野はひとりで笑う。
2人は海沿いまで歩いてきた。
海風が強く吹いているため、体感温度は相当低くなる。
「寒っ!!」
高野は大袈裟に身体を震わせた。
「園田さん寒くない?」
寒くないわけがない。
ただし、海未は弓道をしていることもあってか、わりと寒さに強い。
思わず
「いえ、そこまでは…」
と答えてしまった。
…あぁ、なんて可愛い気のない女なのでしょう…
…ことりでしたら『高野くん、寒いね…』と、スッと寄り添っていくのでしょうに…
ことあるごとに、メンバーを引き合いに出す海未。
「へぇ…オレ、ダメかも。早く、このゾーンは抜けよう!」
と、高野の脚は競歩のように速くなった。
ストライドの長い脚が、テケテケと進んでいくのだから、海未は勢い、駆け足に近い形で後を追う。
「ちなみに、右横に見えるのが『氷川丸』。戦前から唯一現存する貨客船で、中は博物館になってるんだ。そして…正面が目指す観覧車だぁ!!」
高野の進む速度を上がり、競歩からジョッグ、最終的にはダッシュして公園を通過する。
「えっ、た、高野さん!待ってください!!」
必死に追いかける海未。
高野は少し走ってから、速度を緩め…止まった。
「はぁ…はぁ…急に走らないでください」
「ビックリした?」
「はい…置いていかれるかと思いました…」
「あははは…」
「笑いごとじゃありません!」
「ごめん、ごめん…公園内はカップルしかいないし…なんとなく気まずいかなって」
「あっ…」
…確かに…手を繋いだり、抱き合ったりしている男女しかいませんでした…
「あ、でも、すごくない?オレ、ここまで走れるようになったんだぜ」
「はい!そうですね!」
…つい、この間までは歩くのもままならなかったはずです…
…いくらアスリートとはいえ、相当、トレーニングをされているのでしょう…
海未は感心すると共に、順調に回復していることを嬉しく思った。
「そんでもって…この橋を渡った…ここが『赤レンガ倉庫』」
高野が歩きながら説明を続ける。
「綺麗ですね」
「ライトアップしてるんだね」
電球色に照らされた建物は、そこだけが浮かび上がっているように見える。
「『スノハレ』だっけ?あの照明みたいだね」
「だいたいオレンジの光に照らされると、そうなります」
と海未は笑った。
「お、ほら、この角度から見ると…赤レンガ倉庫を挟んで右にマリンタワー、左にベイブリッジ…」
「わぁ、とても素敵な景色ですねぇ」
「『インスタ映え』ってヤツ?」
「そうですね。私はしておりませんが」
「オレもそういうのしてないけど…折角だから、写真くらいは撮っておくか」
そう言って高野はスマホを取り出した。
「あ、よければお撮りしましょうか?」
「えっ?」
突然、見知らぬ人に高野は声を掛けられた。
歳は高野より少し上だろうか。
若い男だ。
隣には彼女らしき人が寄り添っている。
「この角度じゃ、自撮りも難しいですから…」
「いいんですか?」
「はいはい、構いませんよ」
お節介なのか、親切なのか…とにもかくにも物好きな人がいるものである。
しかし高野は、その好意に甘えることとした。
「じゃあ、お願いしちゃおうかなぁ」
高野は彼にスマホを渡した。
「はい。あ…ほら、『彼女さん』も早く並んで」
…彼女…ですか…
…私が?…
「ほら、照れてる場合じゃないでしょ?もっと寄って、そうそう、はい、じゃあいきますよ…」
カシャッ
「ありがとうございます」
「いえいえ」
「お二人は撮られたのですか?お返しさせていただきますよ」
高野が礼を言いつつ、彼らに訊いた。
「はい、僕たちはもう…」
と男は三脚を見せる。
「あ、なるほど…」
高野と海未は何回も礼を言い、その場を離れた。
「世の中、親切な方がいらっしゃるものですね」
「そうだね」
「私など、見知らぬ人に声を掛けるなんて、到底できないのですが」
「普通はね。でも、意外とああいう場所では、フレンドリーな人、多いよ。まぁ『気持ちに余裕がある人』じゃなきゃ、なかなかそうはならないだろうけど」
「…と、仰いますと?…」
「あの人も『独り身』じゃなかった…ってこと」
「なるほど、そういうことですか…。あ、でも、さっきの方は、ひとつ勘違いをされてました」
「ん?」
「私のことを…高野さんの彼女だと…」
と海未は俯いた。
「あははは…まぁ、そりゃあねぇ…親子には見えないでしょ!」
気不味くなる雰囲気を嫌うかのように、高野は冗談を飛ばした。
そうこうして歩いているうちに、2人の眼前にLEDで七色に輝く…直径100m、日本最大級…の観覧車が現れた。
正式名称は『コスモクロック21』という。
「綺麗ですね」
「うん。照明は去年、改修されたんだったかな?」
「高野さんは乗ったことがあるのですか?」
「まぁ、何回か」
…何回か…ですか…
乗り場には50mほどの列が出来ていた。
チケットを買った2人は、その最後尾に並ぶ。
「確か…1周15分くらいだったかな」
「詳しいのですね」
「まぁ…地元だから…。逆にいうと、ここ以外はまったく知らない。試合で地方にも行くけど、遊んで帰ることはないからなぁ。恥ずかしい話だけど、ディズニーランドもシーも行ったことないんだ」
と高野は頭を掻いた。
「では、こんど是非ご一緒に」と心の中で呟く海未。
…なぜ、それを声に出さないのですか!!…
彼女は自分の頭をポカポカと殴った。
「園田さん?」
「い、いえ、何でもありません」
「?」
彼らの順番がやってくると、係員に誘導され、ゴンドラに入った。
2人は向かい合って座る。
「高いの怖くない?」
「はい。そこまでは…」
…あぁ、またも可愛い気のないことを言ってしまいました…
…どうして私はこうもダメなのしょう…
ゆっくりと地上から離れるにつれ、下界のざわめきが消えていく。
正確に言えば、なにも聴こえなくなったわけではないが、2人だけの密室の空間が、そういう風に思わせた。
その雰囲気に合わせたのだろうか…ここまで饒舌だった高野も、なぜか黙ったまま外の景色を見ている。
4分の1を過ぎたあたりで、海未が口を開いた。
「あの…高野さん…」
「ん?」
「実は、私、どうしてもお伝えしたいことがございまして…」
「?」
その言葉に、外を眺めていた高野は海未へと向き直った。
~つづく~