【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「大きいお車ですね」
エルグランドの助手席に乗り込んだ海未は、車内をグルッと見回した。
「スポーツカーみたいなのを想像してた?」
「いえ、そういうわけでは…」
「あ、これでも、最高クラスの特別仕様車で、あれこれ手を加えてるから…なんだかんだで『両手』くらいはするんだけどね…」
ハンドルを握っている高野は、あはは…と笑ったが、聴かされた海未は飛び上がるほど驚き、声を失った。
「ん?どうかした?」
「よ、よろしいのでしょうか…私がお乗りして…」
「全然、全然…その席にたまに『うちの親』も座るし」
…当然、つばささんも…
「ん?」
「あ、いえ…座り心地が…素晴らしいです」
「でしょ?そこは一番拘(こだわ)ったところだからね!」
海未がシーベルトを締めたのを確認すると、高野はアクセルを踏んだ。
2月14日…水曜日。
平日ではあるが、現在『無職』の高野と、大学生の海未なら、予定を合わせることは、そう難しくないことだった。
待ち合わせた東京駅で海未をピックアップした高野は、久々のロングドライブに気分が良さそうだ。
「楽しそうですね?」
「ん?オレ?…オレ、無趣味でさ…まぁ、車が唯一、息抜きできる時間なんだよね…。だから、無駄に金掛けちゃって…。一点、豪華主義…ってヤツ?もちろん『速い車』に興味がないワケじゃないけど、そんなのに乗って事故ったら元も子もないし…乗り心地と安全面重視ってことで」
「そうなのですね…」
「それに…好きな人とドライブだし、楽しくないわけ、ないでしょ?」
「…はい…」
海未は少し俯いて、小さな声で答えた。
…まぁ、でも、コイツはいずれ手放すことになるんだろうなぁ…
プロ選手として復帰できる保証はない。
イザとなれば、売ることも考えなくなればならない…と高野は思っていた。
「あ、そうだ!」
と、思い出したように彼はハンドルのスイッチを操作すると、無音だった車内に曲が流れ始めた。
「!!」
音楽には興味がない、疎い…言っている高野だが、その印象を覆すほどハイクオリティな音が車内に響く。
それはまるで、上質なコンサートホールにいるかのような臨場感で…海未はそれが如何にいい音響設備(つまりスピーカー)であるか、容易にわかった。
なるほど。
少なくとも『アーティストの彼氏』だった男だ。
海未の前に…永らく助手席に座っていたであろう『彼女の為』に、それなりに…いや、そこを強く拘ったのだろう。
流れてきたのがクラッシックであれば、シートのホールド感と相まって、あっという間に深い眠りへと落ちていける。
そんな安らぎの空間になりえた。
だが、海未がハッとしたのは、流れてきた曲が『クラッシックではなかったから』だ。
「この間もらったCDだよ…」
「本人の前で掛けますか!」
「ん?」
「恥ずかしすぎます…」
「なんで?2週間後には、5万人の前で歌うんでしょ?別にオレが聴くぐらい、どうってことないでしょ…。それに、その為にCD貰ったんだし」
「それはそうですが…」
「この曲、格好いいよね!ラテンぽいっていうか、ブラスが利いてて、ノリがよくて…タイトルなんだっけ?」
「『あ・の・ね・が・ん・ば・れ・!』です」
「あっ、そっか!それで…特に間奏の…ここ!ここ好き!」
「…歌詞じゃないのですね…」
「ん?なんか言った?」
「い、いえ…あ、ありがとうございます…」
「あ、この曲も好き」
…その曲はことりと花陽のユニット曲です…
「『♪好きですが、好きですか…』こんなこと言われたら『好きで~す!』ってすぐ答えるよね」
「はぁ…」
「…でも、ドライブの時の曲じゃないかな…デレデレしちゃって、集中出来ない…」
…なんですかそれは…
…勝手にしてください…
呆れる海未。
そんな気持ちを知ってか知らずか
「やっぱ平日だね!空いてて走りやすい。天気もいいし、まさにドライブ日和」
と高野はご機嫌だ。
ところが…
車が湾岸線に入ったところで、点滅したハザードの波が、前の方から押し寄せて来た。
高野も、それに合わせ後続の車に合図を送ると、アクセルを弛め、ブレーキを踏んだ。
「渋滞…ですか…」
「うん…なんだろ?ナビにもまだ情報入ってきてないから…これが自然渋滞なのか、事故渋滞なのかわからないけど…」
「慌てなくて良いので、安全運転でお願いします…。事故は渋滞中に起きやすいとも言いますし」
「そうだね…。でも、何が原因かは知りたいよね…」
と高野は、車内をFMラジオに切り換え、交通情報が流れるのを待った。
その間に数台のパトカーと救急車が、後ろからやって来て、路側帯をすり抜けて行く。
そして約10分後…ようやくそれが『3km先で起きた車3台が絡む事故で、通過に1時間以上掛かる』とわかった。
「わぁ…やっぱり『やったばっか』か…」
「先程の救急車などは…」
「これだろうな…」
「事故は…イヤですね…」
「どんなに気を付けてても『もらい事故』ってあるし、オレだって、起こさないとは言い切れないけど…」
「はい」
「3km先か…」
「どうなさいました?」
「いつもこういう時思うんだけどさ、3kmなら時速60kmで3分でしょ?つまり、あと3分早くそこを通過していれば、渋滞に遭わなくて済んだわけじゃん」
「理屈上ではそうなりますね…」
「その3分の差で1時間が無駄になるか、ならないか…その1時間で、オレたちの人生が変わるんだから、不思議だと思わない?」
「人生は言い過ぎじゃないでしょうか?」
「そうかな?だって、3分前に通過した車は…オレたちと目的地が同じだった…と過程してだけど…もう10分か、15分後にはそこに到着するわけでしょ?少なくとも、ストレスは発生しないよね?」
「はぁ…」
「一方『期せずして』渋滞に巻き込まれたオレたちは、どうしたってイライラしちゃうだろ?『あはは、渋滞、マジ最高!』ってヤツはあんまりいない」
「えぇ、まぁ…」
「どんなに仲がいいカップルだって、こいつに嵌まりゃ、段々、雲行きが怪しくなってくるものよ」
「そういうものでしょうか…」
「挙げ句の果ては『計画が杜撰』とまで、言われかねない。『だから、電車にすれば良かったのに…』とかね。あ、本人の名誉の為に言うけど、チョモの話じゃないよ。あくまで一般論として…ってこと」
「私は別に…何も…」
「何の話だっけ?あ、そうそう、そんなイライラ、ギスギスした状態でデートしたって楽しくないじゃん。…で、それが原因で別れちゃうことだってあるわけでしょ?」
「ない…とは言えないのでしょうね…」
「…ってこと」
「…高野さんは、常にそのようなことを考えてらっしゃるのでしょうか?」
「別れるとか、別れないとか…ってこと?」
「いえ、そうではなく…『もしもの世界』と申しますか…」
「海未さんは、そういうこと考えたり
しない?全然、大きなことじゃなくてもさ」
「時折はありますが…」
「『バタフライ効果』って知ってる?」
「はい!」
「あぁ、さすが海未ちゃん!小学生の頃、漫画かなんかでそれを見てさ…それから、その手の話にスッゲー興味持っちゃって…。『風が吹けば桶屋が儲かる』とかさ。突き詰めれば、オレのゴールひとつで…海未ちゃんの歌声ひとつで世界が動くわけじゃん」
「私にそんな力は…」
「でも、蝶の羽ばたきひとつで、嵐が起きるんだぜ。あり得ない話じゃない」
「私はともかく、高野ならできると思いますよ」
「海未ちゃんだって」
「私は…」
「いや、もう動かしちゃったか」
「えっ?」
「μ'sとなって…スクールアイドルのカリスマになって…μ'sのファンは元気とか勇気をもらい、そのパワーが日本経済を支えていく…」
「大袈裟です」
「そうかな?間違っちゃいないと思うけど」
「クスッ」
「ん?どうかした?」
「いえ…やはり高野は面白い人です。単に格好いいサッカー選手ではありませんね」
「それって褒められてる?」
「はい!とても!」
…お話しをしていて飽きません…
「ヒュー!…理屈っぽい…って言われなくて良かったよ」
トロトロと進む前の車と距離を測りながら、高野は口笛を吹いたあと、そう嘯(うそぶ)いた。
~つづく~
チャリティライブまで、あと4話です。
しばし、お待ちを。