【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「曜ちゃんが!」
「代役ぅ!?」
「すごいよ、曜ちゃん!」
「はい、まさかまさかの大抜擢ですわ!」
「がんばルビィです!」
盛り上がる千歌、ダイヤ、ルビィ。
「代役?私が?」
しかし、当の本人は困惑気味だ。
「希、それはいくらなんでも、失礼よ」
「そやけど、えりち…今、ここにいないのは花陽ちゃん…そして、ここにいるのがソックリさん…いないのが凛ちゃんでも成り立たたんし、優勝したのがAqoursやなかったら…やっぱり成り立たんし」
「…なんか、ミステリー小説のトリックみたいズラ…」
「…これを『スピリチュアル』と言わずして何とするぅ!!」
「何か悪いものでも食べた?」
希の芝居掛かった口調に、にこは呆れながら、ことりに訊いた。
「ちゅん、ちゅん!」
彼女もどう答えたらいいかわからず、そう言って誤魔化すしかなかった。
「すみません、訊きそびれましたが、なぜ花陽さまはいないのでしょうか?」
「まさか『漆黒の闇』へと葬り去られたとか?」
「善子は黙ってるズラ」
「ヨハネでしょ!」
「『漆黒の闇』?『ヨハネ』?」
「あ、希さま、今のは気にしないでくださいませ」
と言ったあと、ダイヤは善子を睨み付けた。
「?」
「かよちんは、アメリカから今日の午前中に帰国予定だったんだけど、飛行機のトラブルでまだ、空港に着いてなくて」
「えっ?」
「それで穂乃果ちゃんと海未ちゃんが、そのことを相談しにA-RISEのところに行ってるの」
凛とことりの説明を聴いて、Aqoursのメンバーも、ことの重大さに気付いたようだ。
「間に合うんですか!?」
と千歌。
「それが…」
絵里は言葉を濁した。
「えりち…最悪の事を考えれば、頼んでみる価値はあるんやないかと思うんやけど…」
「ちなみにアンタ、この中で歌える曲はある?」
と、にこはセットリストが書かれた紙を曜に見せる。
「は~い、私は全部踊れま~す!」
「千歌さんではありません!曜さんが訊かれてるのです」
「…たぶん、この曲ならイケると思います…」
と曜はその中の1曲を指差した。
「OKわかったわ!それなら話は早い」
「にこ…」
「絵里、この娘に迷惑かけるつもりはないけど、希の言う通り、最悪の場合は想定しておくべきだと思う。曲順を入れ換えて…あとは、この『にこさま』の超絶ラブリーなMCで時間を稼げば…」
「にこちゃんがMCなんてしたら、すぐにみんな寝ちゃうにゃ…」
「なんですって!?」
「にこ!凛!…あっ、ごめんなさい…わかったわ…曜さん…と言ったかしら?」
「はい…」
「そういう事情なの…。もし良かったら…協力して頂けないかしら?」
「…」
「曜ちゃん!?」
「ヨーソロー…であります!!」
「それは…OKって意味かしら?」
「はい。だって、自分たちの衣装以外にμ'sの衣装も着れるかも…ってことですよね?はい、やります!やります!頑張ります!」
「あ、ありがとう…」
急にテンションが高くなった彼女を見て、μ'sのメンバーは「?」という表情をした。
「あ、そうなったら、練習しておいた方がいいよね。曜ちゃん、楽屋に戻ろう!では、μ'sのみなさん、のちほど」
と千歌は、曜の手を引っ張るとドアを開け飛び出していった。
「ちょっと、千歌さん!」
「千歌っち!」
「千歌!」
年長者3人が、次々に彼女の名前を呼んだが、戻ってくる様子はない。
「た、大変申し訳ございません。お騒がせいたしまして…」
と頭を下げるダイヤ。
「ううん…こっちこそ、変なお願いをしちゃって…」
と絵里も頭を下げた。
「では、一旦自分たちの楽屋に戻りますので…」
果南が音頭を取り、Aqoursのメンバーは一礼して部屋を出ていった。
「あの千歌っていう娘、穂乃果みたい…」
「えりち?…うん…そうやね。なんて言えばいいんやろ…猪突猛進?」
「うふふ…そうかも…」
「みんな!お待たせ!」
「お待たせしました!」
「…って言うてたら、ご本人登場…」
「へっ!?穂乃果?…なになに?…」
「…ということで、A-RISEには事情説明の上、出演順や曲順については、臨機応変に対応頂けるよう頼んできました」
「迷惑を掛けるわね…」
「何言ってるのよ!?元々今日は、私たちμ'sの為のライブみたいなもんじゃない。それくらいのことは当然でしょ!」
「…なんて、A-RISEの前じゃ、一言も言えないクセに」
「うるさいわねぇ!」
「にこっちも、凛ちゃんもその辺にしときぃ。今は、そんなんしてる場合やないんよ」
「…ごめん…」
「…すみません…」
そのあともμ'sの楽屋には、一緒に出演するアイドルたちが、代わるがわる訪れ、彼女たちに挨拶をしていく。
そして、全員が全員『伝説のスクールアイドル』と対面できたことに感動し、興奮状態で部屋を出ていくのであった…。
「そろそろ落ち着いたかしら?じゃあ、私たちも準備を始めましょう!」
絵里がパン!パン!と手を鳴らすと、メンバーの表情が一変した。
スイッチが切り替わった…そんな感じだ。
「花陽のことは心配だけど、今、考えても仕方ないわ。むしろ、このスリルを楽しみましょう」
「えりち…」
「スリルを楽しむ…ですか?」
「だってそうでしょ?泣いても笑っても、これがμ's最期のステージなんだから」
「…そうだよ!うん!楽しもう!」
「穂乃果…」
「その…曜さんだっけ?その娘が歌ってるうしろから、花陽ちゃんが出てきたら面白いよね」
「ご本人登場にゃ…」
「それはそれで趣旨が変わってしまいますが…」
「とにかく、アタシたちはできる範囲でベスト尽くす。この期に及んで四の五の言っても始まらないし」
「お客さんを笑顔にさせるのがアイドルだもんね?」
「ことり、わかってるじゃない!」
「その為には、まず自分たちが楽しむ…ってことでしょ」
「真姫ちゃんも随分ポジティブになったもんやね」
「あ、当たり前でしょ。何年あなたたちと付き合ってると思ってるのよ」
「それじゃあ、改めて…言っちゃおうかな…」
「?」
「ファイトだよ!!」
チャリティライブは、定刻より10分遅れで開演した。
オープニングはA-RISEの『Shocking Party』だ。
いきなり、ステージの上から吊られて降りてくるという、派手な演出。
少し焦らされたこともあり、会場のボルテージは一気に上がった。
「皆さん、こんばんは!A-RISEです!!」
どわ~っと地鳴りのような歓声が、場内に響く。
「まずは私たちの代表曲『Shocking Party』を聴いて頂きました」
「今日はちょっと天気が怪しくて、みんなちゃんと来てくれるか心配だったけど…完全にフルハウスね!」
「凄い熱気だ…こっちも、みんなに負けないくらいのパワーで歌って踊るから…今日はよろしく!」
3人のアップがREDの巨大ヴィジョンに映されるたび、それぞれのファンが彼女たちの名前を叫ぶ。
やはりA-RISEは、押しも押されもせぬトップアーティストなのだ。
綺羅ツバサが今日のイベントの趣旨を改めて説明する。
「…そして、この呼びかけに、大勢のアイドル、アーティストが集まってくれました。どうか、それぞれのファン同士、尊重しあって、争いごとのないように…3時間と短い時間ですが、みんなで盛り上がっていきましょう!!」
と観客に訴えたあと、立て続けに自分たちのヒット曲を2曲披露して一旦、掃けた。
※掃ける=ステージ上から引っ込むこと。
替わって、今、売り出し中のアイドルたちが、次々と登場。
今日の目玉はなんといっても『A-RISE』『アクアスター』そして『μ's』の競演だが、会場の観客たちは、彼女たちにも大きな声援を送った。
場内に設置された巨大ヴィジョンには、全曲歌詞が流れているので、お目当てのグループの曲でなくても、メロディーを知っていれば口ずさめた。
実はA-RISEが一番気を使った部分だった。
特に昨年は、μ'sのファンと自分たちのファンが、ネット上で不毛な中傷合戦が繰り広げたという、苦い経験がある。
それ故、それぞれのファンが、敵対心を持って憎しみ合うのでなく、同じ仲間としてみんなで盛り上がってほしい。
その想いが、この歌詞テロップに現れていた。
おかげで『推し』だ『アンチ』だという争いもなく、穏やかな雰囲気の中で折り返しを迎えた。
後半戦のスタートはAqoursからだ。
ラブライブ優勝チームとはいえ、さすがにこの中にあっては認知度は低い。
それでも彼女たちは今、持てる力を出し切り、臆することなく歌い切った。
少ないながらも、観客席からメンバー名のコールも聴こえた。
彼女たちにとっては、おそらくこれがAqoursとしての最後のパフォーマンス。
万感の想いを胸に、ステージを降りた。
ここで再びA-RISEが登場して、5分ほどのMCが挟まれた。
「…さて、続いては…来月、私たちの事務所からデビューする新人の登場です」
「実は彼女もスクールアイドル出身で、私たちとは旧知の仲なのよね!」
「とにかく歌が上手なんだ。その美声に酔いしれるがいい!」
3人に紹介されてステージに現れたのは『中目黒結奈』であった。
彼女の路線はアイドルではなく『シンガー』のようだ。
春から始まるアニメの主題歌として、そのサビはCMでも何度も流れているので、会場の観客も耳馴染みの様子だった。
彼女の透き通った声に、客席は静寂に包まれた。
聴き入っている…という表現が妥当だろう。
歌い終わった彼女には、万雷の拍手が送られた。
そして…
続いて、登場したのは『アクアスター』の2人。
ユニットとしてもソロとしても活躍しており、どの曲もヒットを飛ばしている…今回のライブの主催者A-RISEと並ぶ…若手アーティストの双璧。
彼女たちはまず…アクアスターとしてのデビュー曲…を披露したあと、はるかが自分のソロ曲を、めぐみの奏でるピアノで歌い…、めぐみも自分のソロ曲を、はるかが爪弾くアコースティックギターで歌い…会場を魅了する。
拍手が鳴り止むと、場内が暗転した。
おぉ~!!
何か大きなことが起こる予感。
胸騒ぎ。
暗闇の中から聴こえてきたのは…フラメンコを思わせる…掻き鳴らすような、荒々しいギター。
それを追いかけるようにキーボードが旋律を紡いでいく。
どぉ!っという声と共に会場が揺れた。
その音源の主をスポットライトが照らす。
場内に設けられたセンターステージには星野はるかと水野めぐみがいた。
この曲は『シルフィード』として2枚同時にリリースしたデビューシングル『スピードの向こう側』だ。
夢野つばさが音楽活動を休止してから、アクアスターの2人は一度もこの曲を披露したことがなかった。
故に、シルフィードの代表曲でありながら、幻の曲と言われていた。
それが…今…
ライブ仕様なのか…いつもより長めの前奏で、お互いの演奏テクニックをたっぷり魅せ付けたあと、ようやく1コーラス目を歌い始めた。
そして、間奏に入ったとたん、2人は演奏をピタリと止めた。
すると、どうだろう。
入れ替わるように、別のギターの音が鳴り響く。
センターステージに設けられたセリから上がってきた人影に、ライトが当たる。
長身の女性。
手にしているギターは左利き用…。
巨大ヴィジョンに映し出された彼女の顔に、大歓声が起こった。
彼女のギターが軽快なリズムを刻む中
「それでは、メンバー紹介します。星野はるか!」
とめぐみ。
「水野めぐみ!」
とはるか。
「そして…夢野つばさ~!!」
2人は声を合わせて絶叫した。
うぉ~~
この日一番の歓声。
一瞬、つばさの鳴らすギターの音は掻き消されたが、そこに、はるかとめぐみが音を重ね、再びメロディーが形成されていく。
そして3人で2コーラス目を歌い切った。
「みなさん、こんばんは!!」
「シルフィードです!」
どぉ~…
「なんと、5年ぶりに、夢野つばさがステージの上に帰ってきたよう!!」
「皆さん、お久しぶりです。夢野つばさです」
つばさ~!
つばさちゃ~ん!
お帰り~!
「どう?この雰囲気は?」
「オリンピックでPK蹴った時より緊張した…」
会場から笑いが起きる。
「今日はわざわざ?」
「うん、この日の為にドイツから戻ってきたんだ」
「試合は?」
「次は日本時間だと、今度の日曜日の深夜かな。みなさん、応援よろしくお願いします…というわけで…じゃあ、あとは頑張って!」
え~!?
「えっ?嘘でしょ」
「そうだよ!これで帰るなんて言わせないから…ねぇ?」
と、はるかが客席に問い掛けると、自然発生的に拍手が沸き起こった。
「せっかくだから、もう1曲歌っていこうよ」
そうだよ!
もう1曲!!
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
うわぁ~
水野めぐみがキーボードを奏で始めた。
これは…
シルフィードのもうひとつのデビューシングル『風の誘惑』である。
先ほどとは打って変わって、落ち着いた優雅な音色と、めぐみの澄んだ耳障りのいい声が会場に響く。
そして邪魔しない程度に折り重なる2台のアコースティックギターと、2人のバックコーラス。
特に3人のハーモニーが素晴らしく、場内は誰もがその歌声に聴き惚れた。
元々、圧倒的な歌唱力を武器に、この業界に入った星野はるかと水野めぐみ。
ここ数年の間、さらなる実力を付けて、今や彼女たちは『若手』という形容詞は外され、ただ単に『ミュージシャン』と呼ばれるほどとなっていた。
先に登場したアイドルグループと、年齢はそう変わらないが、もう充分にベテランとしての存在感、貫禄があった。
そしてつばさも…
長らく音楽の仕事はしていなかったが、サッカーの合間は常にギターを弾いていた為、その腕は落ちておらず、ブランクをまったく感じさせなかった。
むしろ、当時より今の方が上手くなっている感がある。
原曲とまったく同じアレンジで歌い終え、鳴り止まない拍手の中、3人は奈落へとゆっくり姿を消していった。
~つづく~