【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「『お母さん』…はい、これ…」
「なんですか、これは?」
「『みぃ』からのプレゼント」
「プレゼント…ですか?…ですが…今日はクリスマスでも、誕生日でもありませんが…」
「結婚記念日…でしょ?今日…20回目の」
「あっ…」
「『磁器婚式』って言うんだって!20周年は」
「磁器婚式ですか…」
「それでね…たいしたものじゃないんだけど…」
「開けてもいいですか?」
「もちろん!」
娘が手渡したのはジュエリーショップの紙袋。
その中に入っていたのは…薄いブルーのベルベットを纏ったハート型のリングケース。
母親はそれを手に取ると、ゆっくり開いた。
中から現れたのは翡翠の指輪だった。
大きすぎず、小さすぎず…それは上品な深い碧の光を放っていた。
「へへへ…なかなかセンスいいでしょ?」
「『みそら』…」
「な~んて…『陽菜』のお母さんに選んでもらったんだけどね」
「ことりが…」
「あのね…お母さん…お父さんと結婚してくれて…ありがとう!」
「!!」
「あ、ほら…2人が結婚しなかったら、私は生まれてなかったわけだし…その…」
「みそら…」
そう言ったまま母親は何も言えず、娘をギュッと抱きしめた。
「や、やだなぁ…泣かないでよぅ…今の私に出来ることって言ったらさ…こんなことしかないから…」
暫くの間、それに応えるように、娘もまた、母親を強く抱きしめ返した。
「指輪なんてもらうの…何十年ぶり…でしょ?」
「何十年とは…それは言いすぎです…。ちゃんと梨里さんは記念日ごとにプレゼントしてくれましたよ」
どれくらい経ったろうか。
お互い昂っていた感情は少し落ち着き、娘が放った軽口に、母は笑みを浮かべながら答えた。
「へぇ…そうなんだぁ…。あっ!じゃあさ、初めて指輪をプレゼントされた時のことって覚えてる」
「当たり前です」
「どんな感じだったの?」
「そ、それはですね…いえ、内緒です」
母親は顔を赤くして下を向いた。
「え~!なにそれぇ…いいじゃん、教えてくれたって!」
「ダメです!」
「娘だよ」
「ダメです!娘とはいえ、話せることと話せないことがあります」
「修羅場があったとか?」
「ありません!」
「じゃあ、話せることだけ話してよ!」
「…そうですね…まぁ、それなら…」
園田海未は教職に就いて、初めての年末を迎えようとしていた。
春先に『イングランド』へサッカー留学した彼氏は、まだ戻ってこない。
「長くても1年」
その言葉を信じ「あと3ヶ月の我慢です」と自分に言い聞かせているのだが…仮装に浮かれるハロウィーンのバカ騒ぎが終わり、街がクリスマス一色となった途端、日に日に寂しさが込み上げてくる。
もちろん、その理由は街中がカップルで溢れているからだ。
それまで海未にとって、クリスマスは穂乃果やことり…あるいはμ'sのメンバーと過ごすイベントだった。
それほど他人…カップル…を羨んだこともない。
いや、そう言うとウソになるかも知れない。
自分もいつかは…という気持ちはあったし、その日を妄想していた。
しかし、気を紛らわすことができる仲間がいたから、ツラくはなかった。
しかし、今は…。
彼氏がいるにも関わらず、腕を組んで歩くことができないのだ。
その寂しさは、例えようがない。
だからと言ってμ'sのメンバーにそんなことを話そうものなら
「海未ちゃん、それはイヤミっていうものだよ」
などと言われるのがオチである。
…いるだけマシですか…
何度もそう呟いて、自分を無理矢理納得させたのだった。
思えば…高野に自分の思いを打ち明けたのは2年前のこの時期…横浜にある大観覧車の中だった。
今でもあの日のことを思い出すと、胸が苦しくなる。
「好きです」と伝えたいだけだった。
だが、それを言うことは許されない。
言ってはいけない。
彼を好きになることは『罪』…そう思っていた。
そんな葛藤の中…しかし彼は自分の気持ちの全てを受け入れてくれた。
すぐに破廉恥な言葉を口にするけれど…そのことを除けば、自分にとって贅沢すぎる相手だった。
そして…『この人の為に、自分の生涯を捧げよう』…そう思える人と気持ちがひとつになれたことが、なによりのプレゼントだと思った。
その次のクリスマス…つまり昨年…彼は『留学』を宣言した。
突然のことに困惑したが、お互いがお互いの夢を叶えるための決断。
反対は出来なかった。
彼がサッカー選手でなくていい。
海未にとっては、好きになった人がたまたまサッカー選手だったのだから。
でも、彼にとっては、そうじゃない。
サッカー選手として輝くことが、彼の真髄。
だから…認めた。
しばしの別れ。
今は、少し我慢の時。
そして、その日は…付き合い始めてから1、2を争うほどの…『濃密な夜』を過ごしたのだった…。
海未が大学を卒業したのと、ほぼ同時に、彼は海外へと旅立った。
それから一度も帰国していない。
周りは「いくらなんでも、それは酷い!」と言うが、海未はそうは思わなかった。
彼がサッカー選手として復活に懸けるその想いに、一点の曇りが無いことを知っている。
それだけの決意をもって渡英したのだ。
決して自分が蔑(ないがし)ろにされてるとは思っていなかった。
そして、付き合い始めてから今回が3度目のクリスマス。
頻繁に…というわけではないが、それなりに連絡は取っているし、声も聴いている。
それでも、隣に寄り添う相手がいないというのは
「こんなにも切ないものなのですね…」
としみじみ思っている。
しかし『イブ』の前日。
高野から「海未ちゃんにプレゼントを渡すよう『知人』に頼んでおいたから、受取ってね」と突然LINEのメッセージが入った。
12月24日、指定の時間に、東京駅で待っていてほしい…とのことだった。
「知人…ですか?どなたです?」
「それは…内緒!まぁ、楽しみにしてて」
…いわゆるサプライズということでしょうか…
海未は考えた。
…梨里さんと私と接点がある人物と言えば…
…やはりμ'sのメンバーでしょうか…
…もしもの時の為…ということで、LINEの連絡先交換はしておりますし…
…であるならば…
真姫を除けば、みんな社会人である。
そう自由に動けるメンバーはいない。
いや、それ以前に…いくら高野とはいえども、そう気安く頼めることじゃない。
もし、それをしたのであれば、頼む方も頼む方だが、受ける方も受ける方である。
自分の知らないところで、そんなに仲が良いのかと勘繰ってしまう。
…さすがにそれはないと思いますが…
それでもあえて可能性を探すなら
「ことりか希でしょうか…」
とひとり呟く海未。
双方とも仕事でロンドンに行っており、その際わざわざ『様子見』と称して高野と面会している。
2人とも「疚しいことは何ひとつしていない」と言っているし、海未もそれは信じている。
だが、その時にこの日の依頼をされた可能性はある。
もしくは、その面会をキッカケに、話を進めたのかも知れない。
…いえ、μ'sのメンバーとは限りませんね…
…その前にA-RISEの3人とも会っていますから…
…!!…
…ま、まさか…つばささん…夢野つばささん?…
…だとしたら…あまりに非常識です!!…
元カノを経由してプレゼントを渡される…そんなバカなことなどあるのだろうか。
海未は眉を顰めた。
いずれにしても、自分の知らないところで、高野が誰かと密かに打合せをしているのかと思うと、いたたまれなくなってきた。
ワクワクよりも…ソワソワというか、イライラというか…なんとも言えない気持ちで、その時間まで過ごすこととなった。
幸い、明日から高校は冬休みに入る。
こんな状態で生徒と接したら、きっと八つ当たりしてしまうところだった。
それは海未にとって…いや彼女たちにとって不幸中(?)の幸いだったと言えるだろう。
想い出①クリスマス(前編)
~おわり~