【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~   作:スターダイヤモンド

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ラストゲーム(前編)

 

 

 

 

 

それは海未にとって、7年半ほど前に見た光景だった。

 

違うのは季節ぐらいである。

 

あとのときは初夏だった。

 

 

 

愛娘は母親に預けてきたので、ここにはいない。

 

だからICU…集中治療室…の前にいるのは、自分と父親、そして高野の両親…あの時と同じだった。

 

押し黙って、ただひたすら、彼の回復を待った。

 

暗く長い時間はいつまでも続く。

 

そして、そこに光が戻ることは…ついになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高野梨里がJリーグに復帰して5シーズンが過ぎた。

 

湘南ベルマーレに入団した『背番号28』は、主力としてチームを牽引し、今シーズン20数年ぶりのJ1制覇に貢献した。

 

 

 

この日はリーグ戦の…そしてホームの最終戦でもあり…さらには高野が『日本国内でプレーする最後の試合』だった。

 

彼は年が明けた2月から、念願だったスペインリーグに移籍するからだ。

 

留学していたイングランドのチームからもオファーがあったが『寒い』『メシが不味い』との理由で断っている。

 

もちろん、それは公にはしていない。

 

それは妻の海未だけが知っていること。

 

 

 

その妻と娘は、彼の勇姿を関係者席から見守っていた。

 

ゲームの終了後は、その勝敗に関わらず、サポーターに向けての…優勝報告や挨拶…が行われるセレモニーが予定されている。

 

 

 

そして…

 

 

 

復帰から5年間、チームを引っ張ってきた高野梨里の退団イベント…壮行会も。

 

 

 

だが…

 

 

海未とみそらは、彼に花束を渡すことになっていたが…それをすることは叶わなかった。

 

タイムアップの笛が鳴ったとき、彼はピッチにいなかったからだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アクシデントは、後半も残り僅か…という時に起きた。

 

スコアレスのまま迎えたベルマーレのCK。

 

高く上がったボールに、ジャンプして競った高野。

 

 

 

そこに…相手DFが交錯した。

 

 

 

「!!」

 

 

 

選手も、スタッフも、観客も…誰もが「ヤバイ!」と叫んだ。

 

高野はそんな落ち方をした。

 

 

 

競った相手の右腕が彼の喉元に入り、そのまま引き落としたように見えた。

 

プロレスでいうなら、クローズライン…もしくはネックドブリーカードロップである。

 

 

 

主審は即時ファールを宣告し、胸のポケットに手を入れた。

 

取り出したのは赤いカード。

 

悪質なプレーと判断して一発退場の判定が下された。

 

 

 

ここはベルマーレのホームである。

 

首を振りながらピッチを去るDFに、容赦ないブーイングが飛んだ。

 

 

 

両チームの選手はわりと冷静だった。

 

通常カードが出た場合は…審判に詰めよって取り消しを求めたり、選手同士で小競り合いが起きたりするもの…であるが、出された側のチームも「今のは仕方ない」とある意味諦めるようなファールだった。

 

 

 

しかし、ファンはそうではない。

 

 

 

ベルマーレのサポーターが、相手チームを罵倒した。

 

ファールを犯したのは選手だ。

 

そんなことはわかっているが、すぐに怒りの矛先は、その選手がいるチームを応援しているサポーターに向いた。

 

売り言葉に買い言葉。

 

これに数少ないアウェーのサポーターが反応し、緩衝地帯を挟んでが争い始まった。

 

すぐさま警備員が飛び出してきて、騒然となる会場。

 

 

 

しかし、その怒声や争いも、やがて沈静化する。

 

ピッチの異様な雰囲気を察知したのだ。

 

サポーターの視線はゴール前で倒れている、高野へを注がれた。

 

 

 

敵味方関係なく、心配そうに彼を取り囲む。

 

高野はピクリとも動かない。

 

 

 

「梨里~!!」

 

「梨里さ~ん!!」

 

「高野~!」

 

会場の四方八方から、彼の名前を叫ばれる。

 

 

 

だが、その呼び掛けに…彼は高野応じない。

 

 

 

担架が運び込まれたが、トレーナーはすぐに大きくバツを作り、手を上下に動かす仕草をした。

 

医療スタッフが駆け寄り、心臓マッサージを始めたのを見て…場内から悲鳴や泣き声が聴こえた。

 

事態は深刻だ。

 

誰もがそれを悟った。

 

 

 

「奥さん!」

 

スタンドにいた海未は、チームの関係者に呼ばた。

 

その声に弾かれたように…夫に渡すハズだった花束…を放り投げると、娘を抱きかかえ、誘導されるまま通路を走った。

 

 

 

ピッチに到着した救急車が…高野とスタッフ、そして、あとから来た妻と娘…を乗せると、赤いランプを点灯させながら、スタジアムを出て行った。

 

 

 

 

 

場内は、静寂に包まれた。

 

水を打ったように…というのはまさにこのことだ。

 

その中で、嗚咽の声だけが聴こえる。

 

 

 

誰もが、このまま試合が続けられるような状態ではないと感じていた。

 

それはサポーターの応援を取り仕切る、コールリーダーも同じだった。

 

普段なら、負傷した選手を鼓舞する為、名前を連呼するところだが、それはこの場合『不謹慎』だと思い…どうしていいかわからず、黙り込んでしまった。

 

 

 

審判団も同じ想いだった。

 

残り時間は5分余りあったが…果たしてこの状況下、まともな状態でプレーできるのだろうか…。

 

選手、監督、マッチコミッショナーが集まり協議した結果…ゲームは成立したものとして、このまま、タイムアップとなった。

 

 

 

異例の判断だった。

 

 

 

しかし、このままゲームを続けても、両チームとも選手のモチベーションが上がらないことは、充分予想できた。

 

ベルマーレはもちろん、相手チームも言い訳できないほどの悪質なファール。

 

チームの勝利よりむしろ、高野への同情心のほうが勝ってしまうことが危惧された。

 

だが、例え5分ほどとはいえ、無気力でプレーするとなれば…気持ちはわからないでもないが…それは審判団としては看過はできない。

 

プロである以上、最後まで全力を尽くすのが『是』であるからだ。

 

 

 

協議は10分以上続いたが…結論は先に述べた通り…となった。

 

そしてサポーターもこれを受け入れた。

 

暴動にすら発展しかねない、そんな状況であったが、幸いそこには至らなかった。

 

いや、それを幸いと言ってよいものか…。

 

兎にも角にも、彼らもこの状況では致し方ないと判断したようだ。

 

 

 

予定されていた、最終戦のセレモニーは延期となった。

 

もちろん、主役が不在となった高野の退団イベントも…だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳挫傷と頚椎損傷。

 

それが下された診断だった。

 

 

 

意識不明のまま病院に運ばれた高野は、すぐさま緊急手術が行われた。

 

 

 

「最善は尽くしました」

 

医師はそう言ったが…その顔を見れば、状況は極めて厳しいことがわかる。

 

一命は取り留めても…という表情だった。

 

 

 

そして彼は目を覚ますことなく、2日が過ぎ…3日が過ぎた。

 

 

 

「…何回、親に心配掛ければいいのかしら…」

 

「…まったくだ…」

 

高野の父は頷いた。

 

「お義母さん、お義父さん…」

 

「海未さん、申し訳ない。息子に代わって、まず私から謝らせてもらうよ」

 

「そんな…謝るだなんて…」

 

「息子に『海未さんみたいな女性を嫁にもらえ』と言ったのは私です。あなたは本当にいい娘さんだ。息子にはもったいないほど、できた娘さんだ。でも、それは私たちのエゴだったのかも知れない…。海未さんにとっては…最低な結婚になってしまった」

 

「やめてください…。いくらお義父さんとはいえ、そんなことは…私は私の意思で梨里さんと一緒になりました。最低だなんて思ったことなど、一度もありません!」

 

「海未さん…」

 

「えぇ、選手からもファンからも愛されている素晴らしい息子さんじゃないですか。海未がその選手の妻であること…それがどれだけ光栄なことか。彼は私にとっても、自慢の『息子』ですよ」

と海未の父。

 

「そう言って頂けるのはありがたいのですが…」

 

「大丈夫よ。梨里は絶対戻ってくるわ」

 

「お義母さん…」

 

「だって、こんなに綺麗な奥さんと、あんなに可愛い娘を残して…先に逝くわけないじゃない」

 

「はい…」

 

「信じましょう。だって私たちには、それしかできないんだから」

 

「はい、そうですね」

 

 

 

 

 

だが…

 

 

 

 

 

「残念ながら…」

 

無情にも医師が海未たちにそう通告したのは、彼が意識を無くしてから5日後のことだった。

 

 

 

ふらり…と倒れそうになる海未。

 

それを受けとめたのは高野の母だった。

 

しかし、今まで気丈に振舞ってきたものの…彼女の精神も限界だった。

 

2人はお互い、抱き合ったまま膝から崩れ落ち…泣いた。

 

 

 

高野の父は「親不幸者が…」と言い残し、どこかへ姿を消した。

 

それは彼なりの…精一杯の強がり…なのだろう。

 

 

 

奇跡は起こらなかった。

 

7年半前と同じような状況であったが、その再現はならなかった。

 

 

 

高野梨里は、あと10日ほどで29歳となるはずだったが…その前に生涯を終えてしまった。

 

 

 

 

そしてこの瞬間から、接触したあのDFは『殺人鬼』と呼ばれるようになったのだった…。

 

 

 

 

 

~ラストゲーム(前編)~

おわり

 





すみません、ウソつきました。
1話で終わりませんでした…。
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