【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「おはよう」
席に着いた綾乃に、さくらが声を掛けた。
「おはようございます」
「綾乃、学校じゃ私に敬語使わなくていいわよ」
「えっ?あ、でも…」
「このクラスの中では、上も下もないの。変に譲(へ)り下ると『バカ』が付け上がるから、気を付けた方がいいわ」
…バカ?…
綾乃は、さくらの口から突然そんな言葉が飛び出してくるとは思わず、一瞬、面食らった。
「ほら、さっそく来たわよ…」
さくらは綾乃の顔を見ず、独り言のように囁いた。
「えっと…藤さん…って言ったかしら?」
綾乃の元へとやって来たのは…体格の良い女子。
背はそれほど高くないが『横幅がある』為、そう見える。
「はい、藤綾乃です。今日からよろしくお願いします」
「役者?モデル?」
「私…ですか?」
J-BEATの5月号が発売されるまで、専属モデルになったことは、極秘である。
「えっ?あぁ…いや、まだ、その…」
「ふ~ん、まぁ、何かわからないことがあったら、言いなさい。色々教えてあげるから」
「はい、ありがとうございます…」
綾乃は席を立って礼をした。
「今の、誰だか知ってる?」
さくらは正面を向いたまま、綾乃に問い掛ける。
「それが…その…見たことがあるような、無いような…」
「芸名『島崎 涼子』…本名『島崎 圭』…」
「あっ!…」
「わかった?昔は天才子役として有名だったけど…最近見ないでしょ?」
「ちょっとイメージが…」
「かなり…でしょ?不摂生なのか、病気か遺伝なのかは…知らないけど、太ったからね…彼女…」
「はぁ…」
「事務所は路線変更…コメディエンヌ的な役にシフトしようとしてるんだけど…。もう、昔のようにはいかないのに、本人が認めないのよね…。プライドが高いというか、なんというか」
「そうなんですか?」
「それに輪を掛けて、下手に芸歴が長いから、全員を『下』に見てるの。…『何かあったら、いいなさい』…なんて真に受けちゃダメよ」
…なるほど…
…そういうこと…
「圭だけじゃ…あ、ここでは全員本名で呼ぶから、涼子じゃなくて、圭って言うんだけど…そういうの、多いから」
「わかりました」
「ほら、そこは『わかった』でいいよ」
「あ…うん…わかった!」
「はい、良くできました」
さくらは、綾乃にウインクして、右の親指を立てた。
「さっきも言ったけど、みんな同い年なんだから、売れてる・売れてない、芸歴が長い・短いは関係ないハズなのにねぇ…結構、意識しまくりなの」
「はぁ…」
「私は事務所の方針で『学業優先』だから、ほとんど欠席しないのね…あぁ、綾乃も社長から言われてると思うけど」
「うん…言われた…」
まだ少しぎこちないが、綾乃は敬語を使わずに返事した。
「そういう例外を除いて、毎日学校に来ている子は…売れてない…って、見られるわけ」
「そっか…」
「仕事が無ければ、事務所をクビになる格率も高くなるでしょ?そういう状態の人を『前座さん』って呼ぶの。…で、確定しちゃった人は『真打ち』」
先に説明した落後者…咄家から派生した言葉だろう。
「私も聴いた話だけど、中1で40人が入ったとするでしょ?高3で最後まで残るのは、半分らしいわよ」
「半分?」
「そう。…確かに、このクラスも1年で3人辞めてるし…」
「そうなんだ…」
「そういう意味じゃ圭は今、前座さん。位置的には際どいところにいる」
「あの人でも?」
「シビアな世界でしょ?」
「うん…」
「だから、綾乃が入ってきたことに対し、嫉妬してるし、その半面バカにもしてる」
「嫉妬?」
「今、このタイミングで入ってきた…ってことは、綾乃が期待されてる…『これからの人』ってことでしょ?…下り坂の圭にしてみれば、羨ましくて仕方ないわよ」
「バカにしてる…っていうのは?」
「綾乃が無名で、実績も無いから…」
「それは、しょうがないなぁ…実際、その通りだし」
「恐らく、他の子たちも、そう思ってる…。そして、注目もしてる。興味津々であなたを見てるわ」
「…」
「もしかしたら、今月のJ-BEATに、あなたが載ってた…って気付いた子がいるかも知れないけど…誰も専属モデルになったなんて知らない。それがわかった時、どう出るか…」
「どう出るか?」
「冷静でいられるか、いられないか…人間性が…まぁ、そのうちわかるわ…」
「人間性…」
「私だって、信用したらイケないかもよ」
そう言った時のさくらの目付きが、あまりに鋭くて、綾乃は少しドキリとした。
「なぁんてね…」
さくらは悪戯っぽく笑った。
…モデルの時の笑顔…
…でも、その裏には、きっと人知れぬ苦労がある…
綾乃は、さくらの表情を見て、改めてこの世界でやっていくことの厳しさを知った。
「そう言えば、さっき、学校じゃ本名で呼ぶ…って言ってたよね?」
「うん」
「浅倉さくら…って、本名だったの?」
「今さら?」
「あ、そうなんだ…」
…ダジャレじゃなかったんだ…
~つづく~