【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
綾乃に起きた、もうひとつの変化。
それは…
『フットサル』を始めたことだった。
誘ったのは、別の事務所のモデルで、ゲー校高等部3年の『山瀬 寧々』。
2000年代初頭は、Jリーグのバックアップもあり(アイドルを中心とした)芸能人女子のフットサルが花盛りであった。
合計10チームほどが参加し、リーグ戦も行われていた。
較べて今は…その頃ほどの盛り上がりはない。
それでも事務所の垣根を越えて、数チームが存在している。
寧々から誘われたのは「バレーボールをしていた」と、何かの拍子に話したのがきっかけだった。
「フットサル…ですか?」
「体力余ってるなら、ちょっと顔出してみない?」
「えっと…バレーボールなら、そこそこ自信ありますが、それ以外の球技はあまり…」
「いいのよ。最初から上手い人なんていないし」
「まぁ、それはそうですけど…」
「フットサルって、1チーム5人でやるスポーツ…って知ってる?」
「なんとなくは…」
「これが…コートが小さいから…って、舐めちゃいけないの!意外とハードで…交代選手がいないとキツイ、キツイ…。だから、ひとりでも仲間は多い方がいいのよ…どう?」
「…はぁ…わかりました…そういうことなら。でも、本当に期待しないでくださいね…」
綾乃は一年間(授業でダンスなどはあるものの)スポーツとは無縁の生活を送ってきた。
もちろん、その期間はこれまで体験したことがない、とても充実した時間だった。
しかし、長らく…自らを鍛えて、ライバルと競い合い、戦いに挑んできた身である。
少なからず…物足りなさ…みたいなものがあった。
離れてみてわかる。
…やっぱり、バレーボールが好きだったんだな…
そんな時に舞い込んできたフットサルの話。
競技はまったく違うが、身体を動かすことは悪くない。
むしろバレーボールだと、逆に本気を出しづらい。
明らかに『引かれる』。
そういう意味からすれば、ゼロからのスタートは、自分に新鮮な刺激を与えてくれるのではないか。
そう思った。
迎えた初練習の日。
フットサル場には、既に10名ほどが集まっていた。
全員、20代前半までのモデル仲間。
半分くらいは面識があったが、残りの半分は「初めまして」だった。
指導は元Jリーガーの『石井』という男性コーチが行う。
準備運動を済ませると、早速ボールを使った練習に入る。
まずはパイロンを並べて、スラロームしながらのドリブル。
足でボールを扱うことが初めての綾乃。
コントロールが覚束ない。
大きく蹴りすぎたり、パイロンにぶつかったりして、なかなかスムーズに前に進まない。
ただ、周りを見ると、半分はそんな感じであった為、少しだけホッとした。
次は2人一組になってのパス交換。
しっかりボールを止めて、インサイドキックでボールを転がして、相手にパスする。
距離も短く、比較的簡単な練習なのだが、ここでも綾乃は苦戦する。
トラップができない。
来たボールは足をすり抜けていき、何度も後ろに走った。
さすがにこれはショックだったようだ。
…ここまで、酷いとは…
「はぁ…」と大きく溜め息をつく。
しかし、簡単になんでも上手くいったら面白くはない。
下手ということは『伸び代』があるということ。
練習をすれば、それだけ、成果が出る。
そう思うと、落ち込んではいられなかった。
そして次はシュート練習。
フットサルはサッカーに較べて、コートもゴールも小さい為、シュートはゴール前でのテクニックが重視される。
いかに『ゴレイロ(キーパー)の隙を突いてシュートを撃てるか』…が、勝敗のカギとなる。
しかし、それは上級者の話。
素人同然の彼女たちには、まず『いかに正確にゴールの枠内にボールを蹴れるか』が求められる。
コーチの石井に『シュートするポイント』を教わった綾乃は、転がってきたボールを、ダイレクトで思いきり蹴った。
「おぉ!」
メンバーが、そのボールの軌道にどよめく。
綾乃が振り抜いた右足は、タイミング良くボールを捉え、ライナーでゴールへと飛んでいった。
思わずゴレイロ役を務めるコーチの石井も
「ナイ(ス)シュー(ト)」
と声を掛けた。
ここまで『いいとこなし』だった綾乃。
しかし、このシュート練習では人が変わったように、低く、鋭い軌道でボールが枠に飛んでいく。
そういえば、綾乃は小学生時代、バレーボールでスーパーエースだった。
トスをスパイクするのと…転がってきたボールをシュートをするのと…どこか合い通じるところがあるのだろう。
フィーリング?
タイミング?
言葉では表現できないが、身体が勝手に反応しているのを、綾乃自身が感じていた。
「あの…次、左で蹴ってもいいですか?」
綾乃はしばし、自分が左利きだということを忘れていた。
ボールを蹴ること自体、ほぼ初めてに近い状態であった為、周りを見ながらそうしていたら、知らず知らずに右足を使っていた。
なんとなくやりづらさを感じていたのだが…ふと、気付く。
…そうだ、私、左利きだったんだ…
…あれ?でも、足にも『右利き』『左利き』ってあるのかしら?…
そんなことを考えながら、訊いたのが、さっきの言葉。
もちろん、石井はダメだとは言わない。
そして、不用意にOKしたそのセリフが、悲劇を招く。
「いくよ!」
コロコロ…
バシッ!
どすっ!
「ごほっ!」
「コーチ!」
「…う…ぁ…ぅう…」
「大丈夫ですか!!」
「…タ…マ…が…ダメ…かも…」
「コーチ…」
何が起こったのかと言うと…
綾乃が左足で放ったシュート。
それは、先ほどまでとは桁違いの速さで、ボールが飛んでいき…
不意を突かれた石井の急所に直撃した。
いや、その球筋を目で追ってしまい、避け損なったと言うのが正しいかもしれない。
地を這うような…という言葉があるが、まさにそれ。
最後は少しホップしていた。
なかなか女子では見ることのできない、凄い一撃だった。
…ひょっとして、俺は、とんでもない『化け物』を見つけたんじゃないだろうか…
石井は、股間を押さえ踞(うずくま)りながらも、そんなことが脳裏に浮かんでいた。
~つづく~