【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「それより、キミが助けた人…誰だか知ってる?」
チョモは、よっぽどのことがない限り、オレのことを『キミ』と呼ぶ。
「一応、警察から名前は聴いたけど…確か、女子大生だったような…」
「うん」
「大した怪我じゃなかったみたいで」
「かすり傷程度だって…」
「…らしいね。それならオレも、その人を『突き飛ばした』甲斐があるってもんだ」
「そうね」
「一瞬だったから、よく覚えてないが、かなり美人だった気がする」
「…とか言って、その美人を見つけて、あとを追いかけていったんじゃないの?」
「あはは…まさか、そんなこと…」
…半分、正解…
オレの視力はそれほど良くないが、綺麗な人、スタイルの良い人は、遠くにいても判別できる。
これも持って生まれた才能なんだと思っている。
そして、あの時も…
オレはジムでのトレーニングを終え、駅へと向かっていた。
車の免許は持っているが、特に今は大事な時期…ということで、協会から運転を止められていた。
いつもなら、ジムにタクシーを呼び、そこから乗って、家へと帰るところ。
それが、この日は、駅まで歩いてみよう…と思ってしまった。
何故か問われても、答えは出せない。
「なんとなく」
そうとしか、言いようがない。
これが運命の綾というヤツなのだろう。
駅まではオレの足で、5分ほどの道のり。
時刻は夜の9時過ぎだが、まだ人通りは多い。
そこまで走るという選択肢もあったが、別に急ぐ理由もなかったし、行き交う人にぶつかったりしたら、面倒だ。
…たまには、ゆっくり歩いてみるか…
今にして思えば、代表合宿を控え、心にゆとりとか、余裕が欲しかったのかも知れない。
必死に昂る気持ちを押さえつけていたのだろう。
そんな中でも、オレの『センサー』はいつも通りに作動する。
不思議なことに、その歩道には何十人もの人が歩いているのに、オレの目は『ある一点』にだけ、ピントが合った。
『彼女』は、オレのはるか前を歩いていた。
進む方向は同じ。
だから、オレが見ていたのは、後ろ姿。
細身の体型。
長い手足。
首筋あたりで、ひとつに束ねた髪は腰まであった。
背筋を伸ばして歩く姿は、気品が漂っていて…一言で表すなら大和撫子…。
視力の良くないオレだが、脳内のモニターには、そんなイメージが投影されていた。
決してナンパしようとか、そんな下心があったわけじゃない。
しかし、歩く速度と歩幅の違いなのか…彼女との距離はみるみるうちに縮まっていく。
悲しいかな…
ここまでくると、顔を見てみたい…と思うのは男の性。
失礼は承知で、追い抜いてから、振り返ろう…なんて、考えていた。
その矢先。
横断歩道の信号が点滅を始める。
少し駆け足をすれば、渡れなくはなかったが、そうしてから顔を拝む…というのは、あまりに『あからさま過ぎる』と思い、自重した。
そう、なんのことはない。
この時、渡ってさえいれば…オレは事故には逢わなかった。
これもまた、運命の分岐点。
サッカーに限らずだが『あの時パスを出していれば』『あの時シュートを撃っていたら』と、いうことはよくある。
『たられば』…ってヤツだ。
それは、自分の意思で決めたこと。
ある程度は納得できる。
だけど…きっと人は、毎日、いついかなる時も、自分が気が付かないうちに、運命というヤツは右に行ったり左に行ったりしているのだろう。
朝、起きる時間が1分早かったり、遅かったりしただけで、実は180度違う人生になっているのかも知れないのだ。
ジムからタクシーに乗らなかったこと、歩いたこと、彼女の顔を見ようと思ったこと…横断歩道を渡らなかったこと…。
これは全て自分の意思で決めたこと。
悔やんでも、仕方ない。
一方で、ジムを出るのが、あと1分…いや、30秒でも遅かったり早かったりしたら、どうだったのだろう。
同じ行動をしていても、結果は違っていたハズだ。
これは誰にもコントロールできない…
それこそ『神のみぞ知る』運命。
そう思えてならない。
事故は突然起きた。
まぁ、起こるとわかっていれば、被害に遭うことはないのだが。
信号が赤になり『オレたち』が立ち止まった瞬間だった。
『ガシャッ!』だったか『バンッ!』だったか…とにかく激しく物がぶつかる音がした。
直感的に「事故った!」とわかった。
その方向に目をやると、車同士が衝突している。
その反動で、1台の…黒のレクサス…が、こっちに向かって突っ込んで来た。
ハッとして振り返る。
素早く首を振って、味方や相手のポジションを確認するのは、サッカー選手のオレにとっては造作もないこと。
その一瞬で、彼女の位置を把握。
同時に、彼女の身体が硬直しているのも確認した。
彼女も、車がこっちに向かってくるのは認識していたであろう。
だが、人間、危険を感じた時は、まず自分の身体を防御しようとして、丸くなる。
身を竦める。
例えば物が落ちてくる。
「上!危ない!!」
と言われたら、大抵の人は、手で頭を隠してしゃがみこむ。
上を見て、落下物からパッと避けられる人は、そう多くない。
彼女も、まさにそんな状態。
「よけろっ!!」
それを見て、オレは咄嗟に彼女を突き飛ばした。
記憶はそこで途切れていた…。
あとから聴いたところによると…オレの身体はボンネットの上へと撥ね飛ばされ…頭から地面に落下したらしい。
一方、車は…そのまま進み、歩道の植え込みに当たって、ようやく止まった…と、事情聴取に来た警察は、オレにそう言った。
~つづく~