【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
2月。
緊急記者会見が開かれた。
それは夢野つばさの、大和シルフィード入団発表だった。
社長、監督と共に会見に臨んだ、つばさ。
登録名は、そのまま『夢野つばさ』となるらしい。
真新しいオレンジ色のユニフォームを社長から手渡されると、カメラマンの要求を受け、高校の制服のブレザーを脱ぎ、ブラウスの上からそれを被った。
背番号は『28』。
わかる人にはわかると思うが、本家『大空翼』が、バルサに入団した時と同じ番号だ。
激しくフラッシュが焚かれ、写真撮影が終わった。
だが、会見が穏やかだったのは、ここまで。
一転、集まった報道陣から厳しい声が飛ぶ。
シルフィードは、マスコミへの露出が極端に少なかった。
だから批判こそあれ(3人とも中高生ということもあったが)大きなスキャンダルもなく、これまで過ごしてきた。
しかし、成功している人間を見れば、どこかで足を引っ張りたくなるもの。
人の心は振り子のように揺れる、
この会見では、それが露骨に現れていた。
つばさの余りに無謀とも言える挑戦に、容赦のない、無慈悲な、冷たい質問が彼女を襲う。
ここぞとばかりに攻め立てる。
だいたいは、オレが想像した通りだった。
つまり『サッカーを冒涜しているのではないか』ということ。
これに対し、つばさは…真摯に、丁寧に自分の想いを語った。
「まず、名前が同じだということで、社長からお声掛け頂いたのですが…たまたまチームが私の出身地であったりと、なにか『縁』のようなものを感じました。そこで、少しでも地元に恩返しできるのであれば…という想いから、このオファーを受けさせて頂きました」
》本気でサッカー選手を目指すんですか?
「はい」
》音楽活動はどうされますか?
「しばらく、お休みさせて頂きます。解散するわけじゃありませんが、今年はそれぞれ、ソロ活動が中心になります」
》単刀直入に…人寄せパンダではないかとの声もありますが
「はい。承知してます」
》その事については、どう思われますか?
「ベンチ入りできなければ、私を観に来て頂くこともできません。…お客さんを呼べる、呼べない以前の問題です。なので、まずはそこからだと思ってます」
》サッカーをやってる方たちに、何か一言ありますか?
「…そうですね…恐らく…いい気分ではないかと思います。…ですが…折角、挑戦する機会を頂いたので、やらないで後悔するするよりは…と思ってます」
》監督にお訊ねします。今回の入団について…起用方法含めて、どうお考えですか?
「そうですね…。ポジションはFWになるかと思いますが、そこはこれから見極めていきたいと思います」
》他の選手への影響などは?
「無いと言ったら嘘になるでしょうね。ですが、これくらいのことでバタバタするようなら、精神的に未熟だということ。動じないでほしいですね」
》先程、つばささんがベンチ入り云々と仰っていましたが、監督として…例えば…マスコットのような立場で試合に帯同させることは考えてますか?
「試合の外…ファンサービスのようなことなら、してもらうことはあるかも知れません」
》デビュー戦はいつですか?
「私はチームを勝たせる為に監督をしているので、人気だけの選手は使いません。つばさ選手には大いに期待しておりますが、ポジションは自分で奪い取ってほしいと思います。ですから『いつです』などという返答はできません」
》つまり、贔屓はしないと?
「サッカーの監督は数試合結果が出ないだけで、すぐに解任させられる職業です。そんな余裕はありません」
》最後に、つばささん。ファンの方に意気込みを…
「はい…。これまで応援してくださったファンの皆さん、関係者の方々、ありがとうございました。この度、夢野つばさは新しいステージ…サッカーというジャンルに挑戦させて頂くこととなりました。もちろん、厳しいご意見もあるかと思いますが、片手間でできることではありませんので、音楽活動を一時休止させて頂き、全力で戦いたいます。どうぞ、よろしくお願いします…」
実際はもっと長いやりとりだったが、抜粋させてもらった。
ネチネチと、同じような質問を繰り返す記者に、オレは少し腹を立てながらそれを見ていたのだが…
感想としては『完璧な会見』だったと思う。
余計な演出…例えば、水野めぐみや星野はるかが出てきて花束を渡す…などもなく、非常にシンプルだったことに、好感を持った。
多分『所詮、芸能人だし…』というような誹謗・中傷の類いは出てくるだろう。
失敗しても帰るところがある(と思われている)から、仕方がない。
それでも、今、この場での決意表面としては、これ以上でもこれ以下でもない。
ヤツがこの1ヶ月、どれほど真剣にサッカーに取り組んできたか、練習に付き合ってきたオレにはわかる。
フットサルより、サッカーの方がボールはひとまわり大きいが、そういったことも含め、だいぶ前から準備はしていたようだ。
…きっとマスコミもチームメイトも、ヤツの技術の高さには驚くハズ…
そう思うと、自然とニヤけてしまう。
ただ、サッカー選手としてプレーするには、課題が盛り沢山だ。
…ここからその差をどうやって縮めていくかは、ヤツのさらなる努力に掛かっている…
…結果がすべての世界…
…負けるなよ…
そんなことを思いながら、オレはTVを消した。
チームの広告塔。
それが、まず夢野つばさに与えられた役割だった。
数年後になでしこリーグ入りを目指すチームにとって、実力もさるこながら、運営資金をどう確保していくか…ということが、非常に大きな要素となる。
大和シルフィードが夢野つばさを引っ張った『真の目的』は、そこにあった。
つまり(いみじくも監督も述べていたが)レプリカのユニフォームや関連グッズを、つばさが『売り子』となれば、その売上額は数倍、数十倍にも跳ね上がるだろう。
例えば、そういうこと。
いやそれ以上に、彼女の人気に伴って『スポンサー』を獲得できたことが、何にも増して大きい。
胸にはCM曲でタイアップした菓子のロゴが入り、背中や袖にもIT関連などのスポンサーが付いた。
アマチュアチームに対しては、充分すぎるバックアップである,
ちなみに、このCM曲はシルフィードでの活動休止前のラストシングルであり、カップリング曲はチームの公式サポーターソングとなった。
つばさはチームの『公式リポーター』も兼任することになり、webサイトを通じて情報を発信していく仕事も任された。
今後は、まさにチームの顔として、広報活動に勤しむことになる。
だが、つばさは…それを承知で敢えてこのオファーを受けた。
そこにあったのは…自分への挑戦であった。
振り返れば、小中学生のカリスマと呼ばれたモデルの『AYA』も、紅白出場歌手という肩書きを背負うことになった『シルフィードの夢野つばさ』も、自らの意思によって進んできた道ではない。
周りにお膳立てされて、導いてもらってきただけだった。
もちろん、自分なりに努力はしてきた。
それを恥じるつもりはない。
しかし、フットサルを始めてから気付いたことがある。
それは自分が根っからのアスリートであるということ。
アーティストではない。
アスリートなのだ。
スポーツをして、汗を流したあとの充実感。
それは『綾乃』にとって、やはり特別なものだった。
なににも代えがたい、大事なもの。
バレーボールを不完全燃焼で終わらせてしまったことへの、贖罪もあったかもしれない。
だが…
自分が自分らしくある為に…自分の意思として何かに挑戦したいと思った。
だから大和シルフィードから話があった時『ここだ!』と感じた。
やらずに後悔するのであれば、失敗してもいいからやろう!
そう思った。
それは綾乃の深層心理に、若くして他界した父親の存在があったのかも知れない。
人生は長くない。
そう感じているのではないか…。
…人寄せパンダ?…
…広告塔?…
…そんなことはわかってる…
…でも、私の目標はそこじゃない!!…
…日本代表…オリンピック…ワールドカップ…
…やるからには上を目指す…
…立つよ!頂点に!…
会見を終えた夢野つばさは、ユニフォームの襟元をギュッと握りしめて、会場をあとにした…。
~つづく~