【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「キミは『μ's』って知ってる?」
一旦、ジュースを買いに病室を出たチョモが、戻ってくるなり、オレにそう訊いた。
「ミューズ…石鹸だろ?」
「言うと思った…」
「違うんだ?」
「もう今から4年前になるかしら。『スクールアイドル』『ラブライブ』って言葉が、流行語大賞に選ばれたでしょ?」
「あぁ…あったね…」
「その時の授賞式に出席したのは?」
「そこまでは覚えてない…」
「正解は『A-RISE』よ」
「A-RISEは一応知ってる…」
「逆にA-RISEを知らない人がいたら、会ってみたいわ」
「まぁな…」
アイドルとか芸能人とかに疎いオレでも、彼女たちは知っている。
3人組の女性アーティストだ。
代表戦で国歌を斉唱したこともある。
「A-RISEは、その年の春にメジャーデビューしたんだけど、それまでは高校生で…『スクールアイドル』として活動してたの」
「…スクールアイドル?…」
「その全国にいるスクールアイドルが目指す大会…それが『ラブライブ』…ここまではいい?」
「サッカーで言うところの『冬の選手権』みたいなもんだな」
「そうね…。A-RISEは、スクールアイドルとラブライブを世に広めて、認知度を高めた…として受賞したの。だけど、本当は『もう一組』出ることになっていて…」
「それが『μ's』?」
「当たり!…結局、既に『解散しているから』…っていう理由で、メンバーが集結することはなかったんだけどね…」
「そんなに凄いんだ?μ'sって」
「μ'sは、ラブライブを目指すスクールアイドルや、ファンの間では『カリスマ的存在』なの。解散から4年が経った今でも、その人気は絶大で…当時のライブ映像は、ずっと再生回数上位にランクインしてるし…特にアキバで行ったラストライブは『伝説』って呼ばれてるのよ」
「伝説?…たかだか4年前の話だろ?『ペレ』や『ジーコ』じゃあるまいし」
「ペレ?ジーコ?」
「いやいや、お前もサッカーやってるんだから、それくらいは知っとけよ!!…まぁ、とにかく、オレに言わせれば、最近は『カリスマ』だとか『神』だとか『レジェンド』だとか、安易に使い過ぎだと思うんだが…あっ!…」
…そう言えばチョモも、かつてはカリスマって呼ばれてたんだっけ…
「すまん。そういうつもりじゃ…」
「別に…気にしてないわよ。正論だと思うし…。じゃあ、なんでμ'sがカリスマとか伝説とかって呼ばれてるかというと…スクールアイドル、ラブライブの礎を築いたのが彼女たち…というのが、まずひとつ。μ'sの活躍と努力のお陰で、ラブライブは今、アキバドームで開催されるまでになったの」
「なるほど…。それなら、少しは話がわかる」
「ふたつ目。キミも知ってるそのA-RISEが『今でも私たちのライバルは、μ's』…って公言してること」
「ふ~ん…チョモでいうと『緑川 沙紀』みたいな感じ?」
「ちょっと違うかな。確かに沙紀はライバルのひとりだけど、同じチームで一緒にやってるし…」
「あぁ、そうか…」
「どっちかって言えば…バレーやってた時の『弘美』かな…。私がアタッカーからセッターになった時の…私の目標。…結局、彼女を越えることができないまま、私が違う道を歩むことになって…」
「…亡くなったんだっけ…その子…」
チョモは黙って頷いた…。
その子は…将来、女子バレーボール日本代表にも選ばれようかという逸材だったらしい。
しかし進学した高校で膝を壊し、選手としてプレーすることを諦め。
それでもマネージャーとして、献身的にチームを支えていたのだが…。
自ら命を絶ってしまった。
なにが彼女をそこまで追い詰めたのか…
オレには知る由もない。
ただ、亡くなる直前、彼女はチョモの所属チームのロッカールームを訪れ、こう言ったという…
「私は今でも、あなたのことをライバルだと思ってる。あなたが、私に追い付こうとして、必死に練習する姿が、私の心に火を点けた。あなたがいたから、今の私がいる…。例え、今、あなたのやってることが違っても、あなたの活躍する姿が、私を奮い立たせるの…。またいつか、一緒にバレーができたらいいな…」
それが、チョモが聴いた最後の言葉。
オレたちが高3になったばかりのころだった…。
「A-RISEが、そのμ'sを今でもライバル…というのは…つまり…その時を越えるような、熱い思いをぶつけられるような…そんな相手が今はいない…ってことか…」
「…たぶん…」
「想い出ってのは、どんどん美化されていくからな…」
「そうね…」
チョモは少し間を空けたあと、再び話し始めた。
「μ'sがね、伝説って言われる理由が、もうひとつ。…実は、これが一番大きいと思うんだけど…」
「ん?」
「『実物』を見た人が、ほとんどいないの…」
「?」
「彼女たちは海外でのライブを成功させて、一夜にしてスターになった」
「あっ!思い出した…そうか…あの娘たちか…はい、はい…当時、人数が多くて、誰が誰だか区別がつかない…とか思ってたっけ…」
「彼女たちが、カリスマとか伝説とか…って呼ばれてる真の理由は『さぁ!これから!』って時に活動を辞めちゃったから…」
「パッ咲いて、パッと散る…みたいな?」
「そう。μ'sの名前が日本中…ううん、世界中に知れ渡った時、もう、彼女たちは解散していた…。だから、ほとんどの人たちが、生で観たことがないの」
「『UMA』みたいなもんか…」
「ユーマ?」
「未確認生物のこと。ネッシーとか雪男とか…要は『幻の存在』ってことだろ?」
「その例えが正しいかどうかは、わからないけど…」
「…で?…」
「…で?…って?」
チョモは、オレの質問の意味を理解していないようだ。
「今まで、お前の口からμ'sのミュの字も聴いたことがなかったし…それなのに急に熱く語り始めるから」
「えっ?」
「だから、そのμ'sがどうかしたのか?って訊いている」
「…」
直接、顔は見えないが、きっとチョモは冷ややかな目でオレを見ている。
長い付き合いだ、それくらいのことはわかる。
「なんだよ…」
「キミも勘が悪いね…」
「はぁ?」
「キミが助けた人は、そのμ'sの元メンバーなの!」
「はい?」
オレはチョモの言葉に耳を疑った…。
~つづく~