【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「え~…今日からチームに合流する夢野つばさくんだ。まぁ、つばさくんについては、みんなの方が良く知ってると思うが…じゃあ、自己紹介を…」
大和シルフィードの監督…『田北』…が、つばさに挨拶を促した。
「はい…。初めまして、今日から大和シルフィードの一員としてお世話になります、夢野つばさです。色々やりづらい部分があるかと思いますが…私自身はレギュラーを獲るつもりで、ここに来ました…」
その一言に、聴いていたチームメイトの目付きが厳しくなった。
「一日も早く、戦力となるよう頑張りますので、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
つばさがそう言って頭を下げると、拍手が起こった。
しかし、つばさにはわかる。
それが歓迎されたもの…でないことを。
つばさ目当ての報道陣がいなければ、恐らくそれは、もっとまばらなものであっただろう。
歓迎されている雰囲気ではない。
だが…
つばさも並々ならぬ気合いで、この場に臨んでいる。
それは頭を見ればわかる。
モデルを始めてから伸ばしていた髪を、バッサリと切ったのだ。
それはまるで、小学生時代に戻ったほどの短さだった。
3月…。
つばさはチームの始動から1ヶ月遅れで、練習に合流した。
今日はその初日だった。
大和シルフィードは、下部組織は年代別に3チームあり、100名ほどが在籍している。
その上にあるのがトップチームで…つばさを含めて、30名となった。
うち社会人が19名。
大学生が8名。
つばさを含めた高校生が2名。
プロ契約している選手が1名。
…とはいえ、つばさを高校生とカテゴライズしてよいものか…という疑惑がある。
年齢的には(ゲー校に在学中の高校2年生であり)次の誕生日で17歳になるが…夢野つばさとして稼いだ年間収入は、社会人と…プロ契約しているチームメイト20人の収入を合計しても、はるかに上回る。
やはり…芸能人1名…という区分けが必要かも知れない。
日本の女子サッカーを取り巻く環境は、相変わらず厳しい。
なでしこジャパンの活躍を受け、代表戦こそ、そこそこ盛り上がるが、ではリーグ戦はどうかというと、こちらはサッパリである。
女子のサッカー人口は増えているものの、プロスポーツとして成功しているとは言いづらい。
代表に選ばれるような選手でさえ、アルバイトをしたりしているのが現状だ。
大和シルフィードの社長は…つばさを引っ張ってきた理由に打算的なところはあるが…一方では、もっと女子サッカーを盛り上げたい…という想いも強い。
その起爆剤として、つばさに白羽を立てたのだった。
しかし…
受け入れる側のチームメイトは、そう思っていない。
…芸能人が何しに来た!?…
そんなところだろう。
でも、今は、大勢の報道陣が見ている手前、表向きは穏やかに…平静を保っている。
保ってはいるが…
(自分が撮られている訳ではないことを知っていても)やはり、緊張だったり、照れが出てしまう。
強豪とはいえ、昨日まではまったくのアマチュアチーム。
マスコミ慣れしていないのは、当然のことだった。
アップ、ストレッチが終わり、チームはボールを使った全体練習に入った。
しかし、つばさだけは別行動。
ひとり、フィジカルトレーニングとなった。
当然である。
サッカー経験ゼロの選手を、いきなり同等には扱えない。
まずは夢野つばさがどんな選手か、見極める必要があった。
これに対し、不満の声をあげたのは、報道陣だった。
折角サッカーの取材にきたのに、ボールを蹴る様子が撮れないのであれば「画(え)」にならない。
「監督!練習、変えてもらえないですか?」
「ボール蹴ってくださいよ!」
「つばささん、こっちに目線もらっていいですか?」
「シュート打つところ、撮りたいんですが」
記者やワイドショーのリポーターが、好き勝手に注文をつける。
つばさは、チラリと視線を監督の田北に向けた。
頭を掻く田北…。
しかし、特に何も言わない。
黙々とトレーニングを続けるつばさに、なおも取材陣がしつこく要望を出す。
「え~い!うるさい!!取材をするのは自由だが、練習の邪魔はするな!!」
キレたのは、田北だった…。
突然の出来事に、押し黙る報道陣…いや、にわか記者と芸能リポーター。
田北が短気な性格なのは、スポーツ記者なら承知のこと。
そして彼らは、つばさをサッカー選手として、取材している。
一方、つばさにあれこれ要求していた連中は…あまりにチームに対する配慮が欠けていた。
それに対して田北の堪忍袋の緒が切れた。
「面倒くせぇ!つばさ!1本シュートを打ってやれ!」
「は、はい!?」
「シュート打つところを撮らしてやれって言ってるだよ!」
「は、はい…」
「ほら、アンタらも。それが撮れなきゃ帰れないって言うなら、撮らせてやるよ。その替わり、その後は静かに願いますよ!」
田北の剣幕に押された、にわか記者と芸能リポーターは「はい…」と小さく返事をした。
「緑川!お前がパスを出してやれ!」
田北が叫ぶ。
「私…ですか?」
少し離れたところでボールを蹴っていた、小柄な選手が呼ばれた。
「他にいるか?」
「…いません…」
「なら、いちいち確認するな」
「はぁ…すみません…」
「つばさは確か…左利きだったな?」
「はい」
つばさが頷く。
「じゃあ、緑川、向こうから蹴ってやれ」
「えっ!」
「早くしろ!」
「はい、はい、わかりましたよ!行けばいいんでしょ?行けば!」
「はい!は1回でいい!」
緑川と呼ばれた選手は、渋々さっきの位置…ピッチの向こう側へと歩いていった。
「まったく、アイツは俺のことをなんだと思ってやがるんだ…」
田北は少し苦笑いをした。
どうやら緑川が出したパスを、つばさがゴールに向かってシュートする…そんな構図とするようだ。
つばさがゴール前へと移動するのに合わせ、カメラも動き、準備は整った。
つばさが緑川に合図を送る。
「夢野つばさ…アンタの実力がどれほどのものか…お手並み…じゃない…お足並み拝見といきますか!」
緑川はボールをセットすると、2歩3歩と後ろに下がった。
「いくよ!」
右足でパスを出した。
いや、パスというほど優しくはない。
かなり強めのライナー。
…もう!…
…意地悪…
…だ…
…なっ!…
ぱしゅっ!!
てん、てん、てん…
ボールはネットを揺らしたあと、静かに転がった。
静まり返る練習グラウンド。
ことの成り行きを見守っていたチームメイトも、コーチも、そして取材陣も…つばさが放った殺人的シュートの威力に、言葉を失った。
…なに、今の…
パスを出した緑川も例外ではなかった。
今のつばさのシュートをリプレイすると…
『もう!』の時に、ボールのスピード、高さを判断して軽くジャンプ。
『意地悪』で、胸トラップ。
『だ』でボールを地面に落とし、最後の『なっ!』で、左足を振り抜いた。
…なんて正確なトラップなの…
…あのスピード、あの高さを簡単に抑え込んだわ…
…そして、あの左足…
…ハーフバウンドでボレーだなんて…
…さらに、あの威力…
…合わせるだけでも難しいのに…
…化け物が現れたわ…
奇しくも最後の言葉は、フットサルのコーチ石井が、初めてつばさの左足のシュートを受けた時と、同じ表現だった。
…夢野つばさ…
…ただ者じゃないわね…
これが、のちにつばさのパートナーとなる『緑川 沙紀』のファーストコンタクトだった…。
~つづく~