【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
『衝撃の左足!』
『驚異の弾丸シュート!』
『魅せた!身体能力の高さ!』
翌日、スポーツ新聞の見出しに、そんな文字が踊った。
朝からワイドショーでも、繰り返し、そのシュートシーンが放送されている。
コメンテーターからは一様に、そのパフォーマンスの高さに驚く声が聞かれた。
一方、所詮は『練習でのシュート』。
騒ぐのは、試合に出て、ゴールを決めてから…との声もある。
極めてまっとうな意見だ。
そこで、昨日の『騒動』を受け、撮影はOKだが、練習中のリクエストには一切応じないことが、通達される。
その替わり、練習終了後に『応対する』ことで、取材協定を結んだ。
…これで、多少は落ち着くだろう…
監督の田北は、胸を撫で下ろした。
夕方になり、練習時間を迎える。
さすがに昨日ほどではないが、それでも、これまでの何倍もの報道陣が詰めかけている。
またスタンドには『つばさ見たさ』の、にわかファンが集まっていた。
いや『にわか』を否定する訳ではない。
それこそが、つばさに与えられた使命のひとつなのだから。
きっかけはどうであれ、結果に繋がればそれでいい。
つばさは男女を問わず送られる黄色い声援に、時おり、手を挙げて応えた。
「緑川…ストレッチ、つばさと組んでやれ」
「私…ですか?」
「うちのチームに、お前以外、緑川がいるか?」
「いません…」
「なら、お前だ」
「…はぁ…」
「まったく、毎回毎回、同じ会話をさせるな…。お前とつばさは同い年だろ?色々と面倒見てやれ」
「はい、はい…わかりましたよ」
「はい!は1回でいい!」
それを見て、周りからは笑い声が漏れる。
どうやら、このやりとりは日課のことらしい。
「…っていう訳で、私がアナタの教育係になったから」
監督の田北に指示を受けた緑川が、つばさの元へとやってきた。
「あ、は…よろしくお願いします」
「沙紀でいいわ。私もアナタのこと、つばさって呼ぶから」
「はい…」
「もしくは、私のこと『ヴェル』って呼んでくれても構わないわ。先輩たちは、みんな、そう呼ぶし」
「ベル?…鈴?」
「ベルじゃなくて、ヴェルよ!ヴェ・ル!」
「ヴェルサーチの…」
「そう、それ!なんでそう呼ばれてるかと言うと…つばさは『東京ヴェルディ』って知ってるでしょ?」
「…お店の名前?…」
「ウソッ!知らないの?」
「はい…」
「あのね、東京ヴェルディって言うのは…」
「コラッ!緑川!仲良くするのはいいんだが、練習中だ…私語は慎め」
沙紀が監督に怒られた。
「つばさのせいで私が怒られたわ…」
「あ、ごめんなさい…」
「なんてね…。じゃあ、続きはあとで…ということで」
「はい…」
…良く喋る子だな…
それがつばさの…沙紀に対する印象だった。
ちなみに、何故、緑川沙紀がヴェルと呼ばれているか…あとから聴いた説明によると…
Jリーグの名門『東京ヴェルディ1969』。
かつてホームタウンが川崎だった頃のチーム名は『ヴェルディ川崎』だった。
ヴェルデとはイタリア語で、チームカラーである緑を意味する。
つまり『緑の川崎』であった。
そして、これは、まったくの偶然の一致。
両親は狙って付けた訳ではないとのことだが…
彼女の名前は『緑川沙紀』。
『緑(の)川崎』と『緑川沙紀』…
誰が言い始めたか覚えていないが、気付いたときには『ヴェルディ川沙紀』と呼ばれていたという。
そこから今はヴェルに。
沙紀自身、自分の名前に入っている『緑』は、結構、意識してきた。
好きな色…ではないが、無視できない色。
だから、このヴェルというあだ名も、それほど違和感なく受け入れられたという。
…私のチョモより、全然いいわ…
彼女の話を聴いて、つばさは思った。
そのつばさをチョモと呼ぶ…恐らく世界で唯一の人間…高野梨里の自宅へは、レクチャーを頼んでからの1ヶ月、ほぼ毎日通った。
まず高野は、つばさに座学を叩き込んだ。
サッカーにおけるシステム、ポジション別の役割、動き方などを、ゲームをしながら詳しく教えた。
つばさは左足の破壊力を見込まれて、FWでの登録となるようだが…所々でゲームを止め
「これがDFラインを上げるということ」
「これがウラをとる…という動き」
…などと、逐一説明する。
そして全てのポジションの立場で
「この時と、この選手は何をケアしなければならないのか」
「この時、ボールを持った選手に、どうアプローチしたらいいか」
「この時、どんなプレーをしたら、相手は嫌がるか」
…等々、こと細かくレクチャーした。
このお陰でつばさは、ルールを含めて、フットサルとの違いを、かなり理解できたと思っている。
もうひとつは、実技。
こちらについては、つばさのボール捌きがあまりに上手くて、逆に高野が驚いた。
特にトラップの上手さや、ダイレクトでボールを叩(はた)くそれは、目を見張るものがあった。
つばさ曰く
「ボールの回転がわかる」
のだと言う。
にわかには信じられない話だが、本人によると、バレーボールの頃に、死ぬほど練習したトスアップのお陰らしい。
レシーブされて上がってくるボールは、時に不規則な回転が掛かっている。
それをドリブル(ダブルコンタクト)せぬよう、見極めているうちに
「どのくらいの力加減で、トスを上げればいいか」
が身に付いたらしい。
サッカーでもそれは同じで、来たボールのスピード、回転を見極めれば、どのくらいのボールタッチで、どうすれコントロールすればいいかわかると言う。
…仮にそうだとしても、それをサラッとやっちまうことが、スゲェよなぁ…
高野は声にはしなかったが、つばさの底知れぬポテンシャルの高さに、少しだけ畏怖の念を抱いた。
ダイレクトにボールを捌ける上手さは、元来アタッカーだった名残だろうか?
タイミングの合わせかたが、抜群に上手い。
上記の2点については、文句の付けようが無かった。
しかし圧倒的に足りないのことがある。
それはフィジカルの強さと、90分戦い抜くだけの持久力…そして実戦。
こればかりは、短期集中講座でどうこうなるものではなかった。
それはチームが行った能力テストでも明らかになる…。
~つづく~