【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
紅白戦当日。
事前に、つばさがwebサイトを通じて、告知を行ったこともあり、スタンドは地元サポーターや、つばさファンが詰めかけていた。
…と言っても、ホームとしているグラウンドはメインスタンドしかなく、キャパも千人程度と決して大きい訳ではない。
陸上競技場と兼用の為、ピッチまでの距離も遠い。
スタンドの傾斜が緩いこともあり、余計そう感じるのかも知れない。
このあたりは、今後に向けて、改善が必要だろう。
それでも、女子のアマチュアチームとしては、この環境は恵まれている方だと言えた。
つばさは、アウェー用の白を基調としユニフォームを身に纏い、控え組に入った。
しかし、同じ高校生の緑川沙紀とともに、ベンチスタートのようだ。
スタメンが発表されると、つばさファンからブーイングが起きた。
指揮を執るのは羽山優子。
自らの出場は、後半からを予定している。
紅白戦ということで、30分ハーフで行われる旨の場内アナウンスが入った。
ウォームアップ、ボール練習を終え、いよいよキックオフ。
笛が鳴る。
前半は、主力組が高いボールポゼッション(支配率)で攻め立てるが…5バックで退(ひ)いて守る控え組のディフェンスを、なかなか崩すことができずにいる。
アタッキングゾーンまでボールを運ぶものの、フィニッシュまで持っていけない。
シュートを打っても、枠に飛ばない。
それはまるで、アジアの格下チームと戦う、日本代表を見ているかのようだった。
逆に控え組も、カウンターのチャンスが何度かあったにも関わらず、スピードに欠け、チャンスらしいチャンスが作れないでいた。
そうこうしているうちに、ペナルティエリア内でファールを与えてしまい、PKを献上。
これを決められ、0-1で前半を折り返した。
盛り上がりに欠ける展開に、スタンドは沸かない…。
自然発生的に、つばさコールが起こった。
しかし、まだ出ない。
後半、先に登場したのは緑川沙紀だった。
控え組は1点ビハインドの状況となったことで、システムを5-3-2から両サイドを上げ、3-5-1-1-に変更。
沙紀ひとりのワントップにして、中盤を厚く、高い位置から積極的にボールを獲りにいく戦術とした。
沙紀が献身的に前からチェイスすることにより、主力組のボール回しの精度が低下。
パスミスが増えてきた。
逆に控え組は、ボールを奪ってから、ショートカウンターを発動させる。
沙紀がゴール前へ走り、そこへパスを出す…という動きが見られるようになってきた。
選手もようやくエンジンが掛かってきたのか、徐々にヒートアップ。
接触プレーも増え、紅白戦から実戦さながらの様相を呈してきた。
控え組ひとっては、ベンチ入り、レギュラー奪取のアピールの場。
主力組以上に力が入る。
そして、後半10分(残り20分)。
羽山優子がピッチに立った。
背番号は…10。
一昨年までは、なでしこジャパン…日本女子代表。
サッカーファンならずとも、一度はその名前を聴いたことがある、トッププレーヤー。
大ケガで引退が噂されたものの、厳しいリハビリを経て、約1年ぶりにピッチに帰ってきた。
それも地元のチームに!
スタンドに詰めかけたほとんどのサポーターは、それを知っている。
選手交代で彼女の名前が告げられると、大きな拍手と歓声が沸き起こった。
それに呼応するかのように、羽山がいきなり魅せる。
トップ下に入ると、最初のボールタッチでいきなり、ノールックのヒールパス。
そのままリターンをもらって抜け出そうとするが、ここはパスが合わずに失敗に終わる。
だが、このワンプレーだけ見ても、そのレベルの高さが窺えた。
…ふむ…
反対側のベンチで見ている監督の田北は、思わず唸った。
…やはり、現状は羽山に頼らなければならんのか…
監督としては…上を目指すのであれば、あと数人は彼女レベルの選手が欲しいところだろう。
後半20分(残り10分)…。
選手交代が告げらる。
ついに…つばさがピッチに現れた。
羽山の登場…いや、それ以上の歓声。
登場するだけで、雰囲気を変えられる選手。
チームの切り札。
ジョーカー。
「実力が伴えば、つばさはその最有力候補だな…」
田北は、そう呟いた。
大方の予想を裏切り、つばさは左のサイドハーフに入る。
まだフィールドの大きさに慣れていないつばさには、運動量が多いそのポジションは、体力的に厳しいと思われた。
果たして…
ファーストタッチは、味方クリアのこぼれ球だった。
ピッチの左サイドでそれを拾う。
すかさず、相手DFが間合いを詰めた。
その瞬間!
「フェイント!?」
『エラシコ』で躱す。
ボールをアウトサイドに出すと見せかけて、インサイドに切り込む、フェイントの高等技術。
「おぉ!」
このプレーにスタンドが沸く。
つばさは、そのままタッチライン沿いを、ドリブルでスイスイと駆け上がる。
対応に遅れたDFがプレスにいこうとした瞬間、つばさの左足が振り抜かれた。
アーリークロス…。
ボールは鋭くカーブを描きながら、ゴール前にあがる。
飛び込んだのは…
沙紀!
だが、彼女の頭にはわずかに合わず、ボールはそのままエンドラインを割った。
あぁ~…という溜め息がスタンドから漏れる。
羽山は親指を立て「ナイスプレー」と言っているが、沙紀は不満顔だ。
「なんか決められない私が悪い…みたいになってるんですけど…」
「はい、はい!文句言わない!次だよ、次!」
羽山は手を叩いて、沙紀を鼓舞した。
ゲームのリズムは、完全に控え組だ。
羽山が長短のパスを自在に出し、主力組に『ボールの取りどころ』を絞らせない。
パスの技術は健在だ。
ブランクを感じさせない。
くわえて、沙紀が右に左にとドリブルで突っ込み、相手の体力と集中力を擦り減らしていく。
つばさが次にパスをもらった時は、早めにチェックを受け、ドリブルに入る前に潰された。
身体を寄せられ、そのまま吹っ飛ぶようにして、ピッチに転がる。
一瞬ヒヤッとしたが、すぐにプレー続行『可』のサインを出した。
主力組もガチできている。
お互い負けられない。
『特につばさには』やられる訳にはいかない。
…素人に好き勝手はさせないよ…
DF陣の気合いが入る。
残り2分。
久々に、ボールがつばさに渡った。
フリーだ。
先ほどと同様、タッチライン沿いをドリブルで上がる。
同じことはさせない!…と、クロスを警戒して、間合いを計るDF。
…うん、同じことはしないよ!…
それを嘲笑うかのように、つばさは一転して中へと斬り込み、ペナルティエリアまで近づくと、迷わず左足でシュートを放った。
だが、これはGKの真っ正面。
ボールがホップした為、前にこぼしたものの、なんとか押さえた。
初ゴールならず…。
だが、その距離からでも、威力は充分だ。
…あの細い身体のどこに、そんなパワーが…
GKならずとも、全員が同じ感想を持ったに違いない。
そして、控え組が1点追いかける展開のまま、迎えたロスタイム。
中盤でパスカットした控え組のMFが、そのままドリブルで上がる。
恐らくラストプレイ。
ボールは、右のスペースにいた沙紀に出た。
相手DFの人数は揃っている。
自分で入っていくには、スペースがない。
その時、彼女の視界に、ファーポストへ走り込むつばさの姿が映った。
コーナー付近から、ハイボールのクロスをあげる沙紀。
つばさが、DFとヘディングで競り合う。
空中戦!
頭ひとつ高い!!
先に触れたのは、つばさ。
「うぐっ!…」
しかし、着地に失敗…背中から落ちた。
競ったボールは、足元へと転がり…そこに羽山が走り込む。
合わせるだけ。
ボールはGKの脇を抜け、ネットを揺らした。。
いわゆる『ごっつぁんゴール』。
同点…。
そして、そのままタイムアップとなった。
つばさは激しく咳き込んでいるが、頭は打っていなかったようだ。
チームメイトに手を引っ張られ起き上がると、スタンドの声援に、両手を挙げて応えた。
ゲームが終わると、クールダウンもそこそこに、集まった観客に向けてサイン会が行われた。
当初はつばさひとりであったが、監督の計らいで、羽山も並んで対応することとなった。
「ナイスプレー!」
小さく呟いた声に気付くと、ヤツは色紙から顔を上げ、オレを二度見した。
「た、高野くん!…来てたの!?あれ、練習は?」
「今日は親戚がひとり亡くなった…ことになっている…」
「悪いんだ…」
ヤツはクスッと笑った。
「あとで会えるか?」
「…えっ?…あ、うん…」
「じゃ、連絡する。…後ろが詰まってるから…また…」
「わかった…」
オレは羽山優子にもサインをもらうと、まだまだ続く長蛇の列を見ながら、ふと思った。
…夢野つばさに羽山優子…
…つばさと羽か…
…なんか、面白いチームになりそうだな…
~つづく~
ちなみに…現実世界の話。
『大和市営大和スポーツセンター競技場』は、神奈川県大和市の運営する大和スポーツセンター内にある陸上競技場。
1990年4月の大和スポーツセンターの開設に先立ち、同年3月に完成した。
フィールドのサイズは98×65mとサッカーの国際規格には足りないが『日本女子サッカーリーグ』『大和シルフィードのホームゲーム』や『天皇杯』『JFL』『なでしこリーグ1部』『Jユースカップ』など、国内のアマチュア公式戦ではトップレベルの試合が頻繁に行われている。
メインスタンドは2,452人、バックスタンドは500人収容。
そして、畏れ多くも2016年4月10日から
『大和なでしこスタジアム』
…の呼称を使用しているw