【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「どうです?サッカーの方は?」
『水野めぐみ』こと、阿部かのんに質問されたのは『夢野つばさ』こと、藤綾乃。
「うん、まぁ…頑張ってるよ。でも、ゲームに出られるからどうかは…」
「今週末ですもんね…頑張ってください」
「ありがとう!」
『星野はるか』こと、鈴木萌絵の激励に、綾乃は笑顔で応えた。
ここはゲー高のカフェテラス。
春休みが終わり、新学期になった。
かのんと萌絵は、高校の入学式を終えて、綾乃と合流。
夢野つばさが音楽活動を休止した為、シルフィードの3人が集まるのは、久々のことだった。
今週末、夢野つばさが所属するサッカーチーム『大和シルフィード』は、地域リーグの開幕戦を、ホームで迎える。
最初は、つばさの挑戦を冷ややかに見ていたチームメイトも、彼女が真剣に練習する姿に、考えを改めるようになっていた。
そして、日が経つにつれて、つばさのサッカーに関する才能が開花していく様子に、驚きを隠せなくなる。
…うかうかすると、レギュラー獲られるかも…
そう思わせるほどの実力。
周りがショボいのではない。
つばさが異常なのだ。
チームメイトの見る目が変わる。
そのつばさの存在が『いい緊張感』をもらたし、レギュラー争いは激化。
結果、短期間でチームの総合力がアップした。
つばさの才能にいち早く気付いたのは、キャプテンを務める『羽山優子』だ。
あの左足の破壊力は、誰しもが認めるところだが…
それ以上に驚いたのが、パスの正確さと視野の広さだった。
つばさは、バレーボールのセッターをやっていたお陰で、ボールの回転、スピードが把握できるという『特殊能力』を持っている。
だから、ダイレクトでボールを捌くときも…それを見極め、どのくらいの力加減で、どこを蹴ればいいのか…が、感覚的にわかるのだという。
加えて…
セッターはレシーブが乱れてポジションを動かされても、アタッカーの打ちやすいところへ、きちっとトスを上げるのが役目。
どこからでも、決められた位置にトスアップしなければならない。
サッカーのパスも同じ。
相手の欲しいところに、ボールを出す。
つばさに言わせれば「まったく一緒」らしい。
さらに言えば、セッターは相手の陣形を常に見て、どのように攻撃すればいいのかを考えるポジション。
敵チームの『穴』を探している。
その観察眼…戦術眼とも言えるかもしれない…が、サッカーにおいても活かされている。
つばさは敵味方の位置を、瞬時に把握する能力に長けていた。
だから、どこの誰にパスを出すのが効果的か…あるいはドリブルで仕掛けた方がいいのか…言葉は妥当ではないかもしれないが『セッター目線』でピッチに立っていた。
視野が広いとは、故にそのことを差す。
羽山は、正確無比なパスを武器に、フランスでアシスト王寸前まで登り積めた自分と、同じ『匂い』を、つばさに感じていた。
…この娘は、絶対に中盤の方が活きるわ…
ミドル…いやロングシュートが撃てるのも魅力的だった。
羽山は徹底的に自分の知識、テクニックを叩きこんだ。
チームを勝利に導くには、それを出し惜しみしている場合ではなかった。
自分の負担を軽くする…マークを分散させる為にも、絶対に必要なことだった。
つばさは、こうしてアタッカーだけでなく、ゲームメイカーというオプションを手にしたのである。
しかし、レギュラーを奪うのには、圧倒的な足りないものがあった。
それは一朝一夕ではどうにもならないもの。
持久力だ。
トレーナーの中村と二人三脚で、スタミナアップに励んできたものの、まだ、90分戦えるだけの体力は持ち合わせていない。
これは、未だ、克服できていない。
現状ではスーパーサブという役割が濃厚。
あとは…つばさが、緒戦にベンチ入りできるかどうかは、監督の田北の腹積もりひとつだった。
「そっちはどう?緊張してない?ちゃんと盛り上げてね!」
開幕戦のイベントとして、めぐみとはるかは、試合前にサポーターズソングを披露することになっている。
生で歌うのは、年末の紅白歌合戦以来だった。
「任せてください!」
「はい、それは、何の心配もいりませんよ」
ふたりは、顔の横でVサインを作った。
「ソロのレコーディングは順調?」
「お陰さまで」
かのんはにこやかに答えた。
「私は、ちょっと遅れてます。どうしても、感情が上手く込められなくて…」
と萌絵。
「珍しいわね、スランプ?」
「…っていうか、プレッシャーですかね…。これまで3人で歌ってきたから」
「でもデビュー前は、ひとりでずっと歌ってたんじゃない?」
「それはそうですけど…初めてのソロシングルとなると、別問題です…。それに…」
「それに?」
「かのんとはライバルになるわけですから、そう思うと、変に意識しちゃって…」
「繊細なんだねぇ…」
「はい。そうなんですよ、こう見えても萌絵はナイーブなんです」
かのんが『代わりに』答えると、萌絵は「えへへ…」と笑って頭を掻いた。
綾乃は2人より、学年がひとつ上だ。
初めて会ってから2年が過ぎたが…かのんと萌絵は、綾乃にも…ともに教育係を任された浅倉さくらにも…完全に心を開くことはなかった。
当時の彼女たちは、人気絶頂のモデル。
だから、どこか気後れや遠慮があったのかもしれない。
また、慣れない東京の生活と、デビューに向けて必死だったこともあるのだろう。
本人たちに悪気はなかったが、どうしても『先輩・後輩』という立場から離れることが、できないでいた。
いや、上下関係は大事だ。
礼儀作法にうるさい事務所の社長は、言葉遣いも含め、そこは厳しく指導している。
しかし、同じユニットを組んで活動する以上、もう少しフランクに付き合っても良いのでは…と感じながら、ここまできた。
綾乃は(学年が違うこともあり)2人の話題に入っていけず…時おり疎外感のようなものさえ感じることもあった。
さくらにそのことを相談すると
「気にすることはないんじゃない?いつかは、慣れるわよ。それでも親密になりたいって言うなら、一週間くらい、合宿でもしてみれば?そうすれば、色々わかるんじゃないかしら」
と言われた。
確かに…考えてみれば、綾乃にも心を許せる『親友』と呼べる人間は、さくらしかいない。
のちに『ゴールデンコンビ』とまで呼ばれるチームメイトの緑川沙紀とは…同じ学年である為、仲良くはしているが、まだ『この時点では』プライベートで遊びに行くほどの、関係ではなかった。
…山下弘美…
…彼女となら、意外と上手くやっていけたかも…
綾乃はかつての目標であり、ライバルの存在を、ふと思い出した。
…元気にしてるかな?
一瞬、遠い目をした綾乃。
「…綾乃さん?」
「どうかしました?」
「ううん、なんでもない。大丈夫だよ、萌絵ちゃん。自信持っていこう!かのんちゃんと同じ曲を歌うわけじゃないんだから、比較するとかしないとか、そんなの関係ないよ!」
「綾乃さんは、いつもポジティブですよね」
「そうかな?それって私が能天気ってこと?」
「はい!」
「はい!?」
「ウソで~す」
萌絵は笑って、ペロッと舌を出した。
「先輩を…からかうんじゃ…ないの!」
綾乃は利き手の左で、彼女の額にデコピンをする…フリをした。
「痛っ!」
「当たってないから」
「ですね…」
再び萌絵は舌を出して、ケラケラと笑う。
つられて、綾乃とかのんも笑った。
鈴木萌絵は普段から、こんなキャラだ。
いつも明るい。
ムードメーカー。
だけど、時おりナーバスになる。
特に思い通りのパフォーマンスができなかった時…彼女の場合、それは歌と演奏なのだが…それが練習であっても、激しく落ち込む。
しかし、人前でそれを見せることはない。
ひとり、その場を離れ、気分を落ち着かせてから戻ってくる。
だから、さっきのように「プレッシャー」だと言って悩む姿など、綾乃は見たことがなかった。
逆に言えば、それは『少し心を開いた証し』とも言えなくもない。
彼女たちが、同じ高校生になったこともあるのだろう。
皮肉なことに、3人でいた時よりも、今の方が距離が近い気がした。
「綾乃さん、なにかいいことありました?」
「えっ!かのんちゃん、どうして?」
「だって、今日は会った時から、ずっと笑顔ですよ」
「いつも、そんなに怖い顔してる?」
「いえ、そうじゃなくて…なんていうのかな…『幸せオーラ全開!』みたいな」
思い当たる節はある。
だが、彼女たちにそのことを話す訳にはいかない。
「そ、そうかな?あ、あれじゃない?久々にあなたたちと会えたから…」
「とか言って、好きな人でもできたんじゃないですか?」
「あ、わかる?」
と、ここはワザとノッてみる。
「いいなぁ…私にも誰か紹介してください…」
かのんはそう、うそぶいた。
阿部かのんは、おっとりしているように見られがちだが、実は決して弱音を吐かない、芯の強い少女だ。
ほんわかとした外見とは裏腹に、とてもストイック。
そして誰よりも冷静で、どこか冷めている…そんなイメージ…。
だが、彼女もまた、少し余裕が出てきたのだろうか…綾乃に対して軽口を叩けるようになっていた。
綾乃は、初めてふたりと打ち解けたように感じたのだった…。
~つづく~