【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
雲ひとつない晴天。
例年より遅く咲いた桜が散り始め、風に花びらが舞う。
暑すぎず、寒すぎず、絶好のサッカー観戦日和だ。
4月2週目の土曜日の昼下がり。
サポーターが待ちに待った開幕戦。
大和シルフィードが本拠地とするスタジアムには、入場待ちの長蛇の列ができている。
この日の為に、北側に位置するゴール裏(トラックの第3~4コーナー)には、超大型ビジョンが運びこまれた。
またメインスタンドしかなかった観客席は、急遽、仮設のバックスタンドが造られ、そのどちらも、チームの並々ならぬ気合を感じさせた。
バックスタンドの後ろには、道路を挟んで、小田急線の電車がひっきりなしに行き来をしており…さらに上空は、市内と綾瀬市にまたがる厚木基地から、爆音を立てながら、米軍機が飛んでいる。
そんな騒音に負けじと、早くも熱心なサポーターが、試合前にも関わらず、チャント(応援歌)を歌い、声を枯らしていた。
混乱を避けるため、開門が30分早められる。
無償でタオマフ(タオルマフラー)が配られ、チームカラーであるスタンドはオレンジに染まった。
両チームの選手がピッチに登場。
試合前のウォーミングアップが始まる。
その中にいる背番号28を見つけると、集まったサポーターから大きな歓声があがった。
そして、いよいよスタメン発表。
まずはアウェイチームが紹介され、続いて大和シルフィード…。
アナウンスの度に、サポーターがその選手の名前をコールし、手拍子で盛り立てる。
だが、スターティングイレブンに羽山優子、緑川沙紀…そして夢野つばさの名はない。
彼女たちは、ベンチスタートだった。
スタメン発表に続き、サブのメンバーがアナウンスされる。
背番号28が呼ばれると、スタンドからつばさコールが沸き起こった。
試合に先立ち、行われるイベント。
シルフィードの水野めぐみ、星野はるか…『アクアスター』が、サポーターズソングをアカペラで披露。
レプリカのユニに身を包んだ2人は、圧巻の歌唱力で、観客を魅了した。
試合前のこうしたイベントに否定的な、サッカーファンは多い。
確かに、バレーボール大会における、某アイドルなどの扱い方を観ていると、そういう気持ちもわからなくはない。
本末転倒。
どっちを観に来ているんだ?と言いたくなる。
そういう意味では、めぐみとはるかの2人は、チームの応援歌という大義名分があったわけで、決して『受け入れ難し』というパフォーマンスではなかった。
大きな拍手で見送られ、ピッチをあとにする。
相当緊張していたのだろう。
引き上げる時の、ふたりの安堵の表情が、それを物語っていた。
場内にお馴染みの『FIFA Anthem(別名、ワールドフットボールアンセム)』が流れ、主審を先頭に、両チームの選手が入場。
左右のピッチに散った。
市長による『始球式(キックインセレモニーともいう)』が終わり、いよいよキックオフのホイッスルが吹かれた。
大和シルフィードの基本システムは、中盤をダイヤモンド型にした4-4-2。
両サイドバックが、いかに高い位置を取れるかが、カギとなる。
前半は、この絶望的なアウェイ感の中で戦う相手チームの『引き分けでもよし!』という戦術にはまり、無得点のまま、40分が経過する。
それでも43分。
右サイドバックの上がりから、チャンスが生まれ、コーナーキックを得る。
このチャンスに、最後はこぼれ球を押し込み、シルフィードが先制!
ところが…。
前半終了間際。
一瞬の隙を突かれ、同点ゴールを許してしまう。
ロスタイムでのプレーだった。
時計を気にして集中力が切れたところ、ロングボール1本から上手く繋がれ、GKが振られたところを、ゴール前で合わされ決められた。
悔やんでも悔やみきれない失点。
後半。
大和シルフィードは、同点に追い付いたショックからか、リズムが悪い。
逆に、相手チームが前半とは違い、高い位置からボールを奪いにくるようになったことで、プレッシャーが掛かり、凡ミスが増える。
何度かゴールを脅かされるが、クロスバーに救われた場面もあった。
見かねて、後半15分(残り30分)。
ついに、ベンチが動く。
羽山優子と緑川沙紀…2枚のカードを同時に切る。
しかし…
2人がピッチ横で交代の準備をしていたその矢先…
痛恨の2失点目!!
どうやら、この大観衆の前に浮き足だってしまい、ホームの地の利を活かせなかったのは、シルフィードだったようだ。
勝ち越しを狙っての選手交代のハズが、まさかの展開。
一転、まずは追い付かなくては…という状況になった。
しかし、監督の田北はそのまま2人を投入する。
ポジションは羽山がトップ下、沙紀はツートップの右に入った。
果たして…
勝ち越しに成功した相手チームは、再び、前半同様、退(ひ)いて守り、カウンター狙い。
シルフィードは中盤まではボールを回せるものの、前線にボールが入れられない。
羽山が徹底マークされ、有効なパスが出せないこと…沙紀の快速を活かせるスペースがないこと…これが苦しい。
ジリ貧。
そうしているうちに、20分経過。
スタンドがザワつきだす。
アップをしていた夢野つばさが、ベンチに呼ばれたからだ。
いよいよか?
そして、後半38分(のこり7分)。
つばさが、ウォームアップスーツを脱いだ。
選手交代。
スタンドは、先制点以来の盛り上がりをみせる。
ピッチに入ったつばさは、FWのポジションへ。
沙紀が下がり、羽山と並ぶ。
ワントップ、ツーシャドー。
システムは4-3-2-1となった。
つばさのワントップ?
作戦は明白だった。
パワープレー。
つばさの左足の威力については、あまりにも有名。
だが、高さに関しては…
相手チームは守りを固めている為、ディフェンスラインが低い。
前線に張り付くつばさが、オフサイドに掛かるリスクは少ない。
中盤では、ボールキープできていたシルフィード。
ボールを奪うと、一気に前線へと放り込む。
すると、その作戦が適中。
空中戦でつばさが競ることにより、そのこぼれ球を拾えるようになってきた。
そして、後半41分(残り4分)。
それが結実する。
羽山が上げたクロスに、つばさがヘディングで落とす。
走り込んだのは…
沙紀!!
多少不恰好ながらも、気持ちでボールを押し込み、ついに同点に追い付いた!
最初の紅白戦では、沙紀 → つばさ → 羽山での得点だったが、今回は逆に羽山 → つばさ → 沙紀で獲った。
ずっと練習していた形。
つばさのオプションのひとつである、高さ。
残念ながら、ヘディングで競った際、わずかに相手DFが触れた為、アシストは付かなかったものの、狙っていた形で点が獲れたのは、チームとしても、つばさとしても大きい。
しかし、まだ、同点。
ホームでの開幕戦。
もう1点、どうしても欲しい。
さて、どうする?
残り時間はない。
相手チームは、こうなると『引き分け狙い』でくることはわかりきっている。
これまでに増して、ゴール前でのスペースはない。
迎えた後半45分(ロスタイム1分)。
最後のチャンスが訪れる。
クロスをあげると見せ掛けた沙紀が、そのままドリブルで仕掛け、ファールをもらう。
ゴールエリアのやや外…距離にして、約20m。
ゴールのほぼ正面…若干右寄り。
とはいえ…
シルフィードにはフリーキックのスペシャリストがいない。
セットプレーを任されているのは、羽山。
直接狙えない距離ではないが…誰かに合わせるのか?
チーム最長身のDF『馬場聖子』が、ゴール前へ上がっていく。
相手チームは6枚の壁を作る。
間に紛れて、沙紀。
ゴール前に…つばさは…いない?
羽山が右指を3本立て、手を挙げてから、数歩、後ろに下がる。
リスタートの笛が吹かれた。
羽山が助走に入る。
そして右足で蹴った。
放たれたボールは…放物線を描き…いや、描かない!
壁の右端の方へと、コロコロと転がっていった…。
ミスキック!
誰もがそう思った瞬間だった!
そのボールに猛然と突っ込む選手がいる!
背番号28。
夢野つばさ!
転がってきたボールを、思いきり左足で蹴り込んだ。
出たぁ!
『K-アヤノ(ん)砲』炸裂!
ボールは低い弾道で、ゴールへと一直線。
ゴーーーール!!
味方の壁で、羽山の位置がブラインドとなっており、ボールの出所がわからなかったGK。
ケアしていたのは上がってきた馬場聖子と、壁の隙間に入った緑川沙紀だった。
しかし、シュートは予想外のところから飛んできた。
しかも、もの凄いスピードで。
まったく反応できず。
気が付いた時には、ボールはネットを揺らしていた。
あまりにも見事なトリックプレーに、相手チームの選手は唖然とするしかなかった…。
そして、この瞬間、タイムアップ。
オレンジのスタンドが揺れた。
その歓声は、小田急線の電車よりも、米軍の戦闘機よりも、大きな音量だった…。
~つづく~