【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
何年ぶりかの大雪が降った、12月の下旬。
それはラブライブ最終地区予選の当日だった。
積雪に対して脆弱な都市の交通網は、完全に麻痺。
延期すら考えられる状況であったが、それでも出演者、関係者の熱意がそうさせたのか、雪も弱まり、何とか開催できることとなった。
μ'sは、2年生組が会場入りできなくないかも…という事態に陥るも、音ノ坂全生徒の協力もあって、それを回避。
そんなアクシデントに見舞われながら、逆にそれで集中力が高まったのか、最高のパフォーマンスで、A-RISEほか3チームを抑え、見事、予選を突破した。
「μ'sか…」
ポツリと呟いたのは、ネットでその様子を観ていた萌絵。
「μ'sだね…」
と、こちらは隣にいるかのん。
「どっちも良かったと思うけど…テーマとか季節感とかがハマったかな?」
「μ'sの方が、お客さんの心を、少し多く掴んだ…ってこと?」
「ライブだから…そういう空気感は大事だよね」
「私たちはそのあたり、不慣れだから…逆に勉強になったかも」
「そうだね…」
水野めぐみ、星野はるかの『アクアスター』は、デビュー3年目の来春、初めてライブツアーを行う。
今はシルフィードの楽曲を含む『セットリスト』を作製している最中であるが、目下の不安は2時間の長丁場をこなす体力の有無と、MCである。
「あぁ、ツアーの時だけ、綾乃さん、戻ってきてくれないかしら」
普段は元気印の萌絵だが、時おりポロッとこういう言葉をこぼす。
「ダメだよ、頼っちゃ。それは確かに綾乃さんがいれば心強いけど…今はダメ。サッカーに集中させてあげなきゃ」
穏やかな外見に似合わず、意外としっかり者のかのんが、彼女を諭す。
「わかってるよ…ちょっと言ってみただけ…。私たちだけでも大丈夫だよ!ってところを見せるんだもんね」
「そう!それが今まで面倒を見てきてくれた綾乃さんへの、恩返しなんだから」
「そういえば、明日って、大和シルフィードの最終戦じゃなかったっけ?」
「うん…あ、ねぇ、応援に行かない?」
「いいねぇ!たまにはサプライズで!…でも、こんなに雪積もっててやるのかな?」
「やるんじゃない?サッカーは雨でも雪でも関係なく、やるハズだよ」
「さすが雪国出身者!」
それを聴いた秋田出身のかのんは、軽く微笑んだ。
その大和シルフィードが本拠地としているスタジアムは、人海戦術で雪掻きが行われ、ピッチコンディションは最悪ながらも、試合ができないレベルではない…ところまで、こぎつけた。
チームは2節前に優勝を決めているが、ホームで迎える最終戦とあって、多くのサポーターが詰めかけている。
白銀の中から現れたピッチ。
スタンドを埋めつくしたチームカラー。
その3色が、鮮やかなコントラストを映しだしている。
会場に訪れた萌絵は
「雪の白と、マフラーのオレンジの対比がさ、昨日観た『μ'sのライブ』みたいだね」
と一緒に来たかのんに言った。
「ブワ~っと、照明が点くところでしょ?あの演出は、鳥肌が立ったよ」
「やっぱり?実はあの瞬間、なんかわからないけど、ちょっと泣きそうになっちゃって」
「あ、実は私も…。恥ずかしいから言わなかったけど…」
「A-RISEとの差…そこにあったかも…」
「それだけじゃないだろうけど、一因ではあるよね」
「私たちも、ライブ、色々工夫を凝らさなきゃ…だね」
「うん」
萌絵とかのんは、サポーターの熱気に包まれるスタンドで、そんなことを話し合った。
雪上戦用のピンクボールが用いられた試合は、前半で3-0とワンサイドゲームになったこともあり、初めて後半始めからつばさを投入。
ファンサービスの意味合いもあったかも知れない。
だが、シルフィードは攻撃の手を弛めない。
羽山とのコンビプレーから、つばさがスルーパスを出すと、ウラに抜け出した沙紀がこれを決めて4-0。
日に日に、つばさと沙紀の連携が高まっている…と感じさせるに十分なゴールだった。
これ以上の失点を避けたい相手チームだったが、今度は羽山のクロスに、つばさが豪快なボレーで蹴り込み、追加点を奪われる。
つばさはこれで、今シーズンの4得点目を記録。
後半終了間際には、CKでつばさが競ったこぼれ球を、最後は羽山が押し込み、6-0。
シルフィードは、きっちり勝ちを収め、今シーズンの有終の美を飾った。
13勝2敗3分の成績で『なでしこリーグ(2部)』へ自動昇格を決めた。
来月末には、正式承認されるハズだ。
これだけの成績を残しながら、チームから、得点王、アシスト王は誕生しなかったのは少し寂しいが、裏を返せば、ロースコアの展開でも、しっかり勝ちきれた…勝負強かった…ということだろう。
シーズン通してのMVPには、シルフィードの長身DF『馬場聖子』が選ばれた。
チームの生え抜き。
羽山優子が万全でない中、フル出場を果たし、最終ラインからチームを鼓舞し続けた。
シルフィード優勝の立役者。
この結果は当然と言えた。
来シーズンもチームの柱として、期待される選手だ。
試合終了後、チームからサポーターに向けての挨拶が行われ、今シーズンの戦いは幕を閉じた。
つばさの成績は出場14試合(出場時間98分)4ゴール、6アシストだった。
そして大晦日。
水野めぐみと、星野はるかは「アクアスター」として、紅白歌合戦のステージに立っていた。
ことしはサプライズゲストではなく、紅組として出場して、それぞれのソロ曲からのメドレーを披露。
2人の年内の仕事は、これをもって終了した。
それをつばさは…
沙紀と一緒に、羽山の部屋で観ていた。
羽山は都内にマンションを借り、独り暮らしをしているが
「年越しそばを一緒に食べよう」
と2人を誘ったのだ。
「去年はあっちにいたんでしょ?」
TVの画面を指差し、沙紀が訊く。
「うん。なんか、信じられないけどね…。こうやって観ると、すごいところで歌ったんだな…って思う」
「すごいよね、あの人前で歌うんだから。私にはムリ!」
と笑う沙紀。
「でもね『ヴェル』、代表戦になると何万人って中で試合をするんだよ」
羽山がそばを茹でながら、沙紀に言う。
「何万人…」
「グルッと360度から聴こえてくる君が代に、毎回ゾワゾワってして…ちょっとイッちゃいそうになるの」
「表現が下品なんですけど」
「あはは…ヴェル、ごめん、ごめん」
といいつつ、悪びれる様子はない。
女もアラサーになると下ネタのひとつやふたつ、なんとも思わないらしい。
「じゃあ、その中でゴールなんか決めたら…」
「身体の『芯』から地鳴りみたいな振動が伝わってきて…すべての人が私を見てる!って思ったら意識が吹っ飛ぶわ。つばさなら少しはわかると思うけど…」
確かに、昨年の紅白出場時に、似たような経験はしている。
だが4万、5万の観衆となると、その何十倍である。
ちょっと想像がつかない。
「ほんの少しですけど。でも規模が違いますし、360度ではないですから…」
「本当に気持ちいいよ!だから2人には、あの興奮と快感を味わってほしいのよね」
「それは…代表を目指せ…ってことですか?」
つばさが訊く。
「正解!」
「私たちが…」
「代表!?」
「そんなに驚くことじゃないでしょ?」
「いえ、ヴェルはともかく、私は…」
「あら?つばさは入ってきた時『やるからにはレギュラーとるつもりですから』みたいなこと、言わなかったっけ?」
「…言いました…」
「だよねぇ!同じことでしょ?やるからには代表目指しなさいよ」
「はぁ…」
「今シーズン、あなたたち2人とプレーしてわかったわ。ヴェルもつばさも、それだけの素質は持ってる。私が言うんだから、間違いないわ」
「あ、ありがとうございます」
「本当はもう少しレベルの高いチームで戦ってほしいけど…とはいえ、順番ってものがあるから、まずは私と一緒にシルフィードを1部に導いて。そうすれば、自ずと代表への道は開けるよ」
「はい」
沙紀とつばさが頷く。
「私はもう長くないから…」
「えっ?」
「やっぱり…膝がもたないみたい…」
「そんな…」
「大丈夫、死ぬわけじゃないし。国内レベルならまだまだ、十分イケるわ。でも、代表復帰は…」
「なに言ってるんですか!一緒に代表目指しましょうよ」
「ありがとう、ヴェル。だけど自分の身体は自分が一番わかるから…」
「羽山さん…」
「その替わり、来シーズンは2人にバシバシ、アシストして…ガンガン、いくから!ガシガシ、ゴール決めなさいよ!!」
「あ…はい!」
「わかりました!」
「よし!じゃあ、年越しそばを食べて、初詣に行くわよ!」
「は~い!」
~つづく~