【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~   作:スターダイヤモンド

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海未、運ばれる

 

 

 

 

 

『私』は病院のベッドに横たわっていました。

 

大きな怪我はしていません。

 

落ち着くまで安静にしているように…と指示があったので、それに従っていたのです。

 

 

 

別段、興奮状態にあったわけではありませんが…では、落ち着いたか…と問われれば、返答に困ります。

 

ボーッとして頭が働かない…というのが、正解なのでしょう。

 

 

 

 

 

ですが、事故の瞬間は、鮮明に覚えています。

 

 

 

 

激しい衝突音。

 

こちらに向かってくる車。

 

動けない自分。

 

 

 

そして…

 

隣にいた男性の顔。

 

 

 

その人は、私を見ると「よけろっ!」と叫んで、突き飛ばしました。

 

身体が流されていくなかで…私は彼を見ていました。

 

 

 

不思議ですね。

 

そういう状況にありながらも、私の目は、彼の姿を追っていたのです…。

 

 

 

男性は、走り高跳びの背面跳びのように、身体が反らせながら、ジャンプをしました。

 

うまくボンネットの上に乗ったように見えたのですが…フロントガラスにぶつかり…転がるようにして頭から落ちました…。

 

 

 

その時、私は道路に倒れた状態でした。

 

咄嗟に手を伸ばしたのですが、届きませんでした。

 

いえ、もしかしたら、伸ばしたつもりになっているのかもしれません。

 

 

 

彼が地面に落ちた瞬間、私の目の前は真っ暗になりました。

 

 

 

それ以降の記憶は、断片的にしかありません。

 

 

 

 

突っ込んできた車は、歩道の植え込み…街路樹…にぶつかり、止まっていました。

 

頭には…周りにいた人の悲鳴、叫び声が残っています。

 

 

 

何人もの人に

「大丈夫か!?」

と訊かれたのは覚えていますが、なんと答えたかは定かではありません。

 

 

 

気が付くと私は、救急車の…薄暗い車内のベンチに座っていました。

 

人差し指には、大きなクリップのようなものが付けられています。

 

どうやら、これで脈拍を計っているようです。

 

飲酒後だった為か、それとも緊張の為か、救急隊員の方が

「かなり早い!」

と言っていました。

 

 

 

名前を訊かれ

「園田 海未と申します」

と、それだけはハッキリと答えたと記憶してます。

 

 

 

ですが、連絡先については…

 

やはり気が動転していたのでしょう、誤って穂乃果の自宅の番号を伝えてしまったようです。

 

言ったあとに違和感を覚えて、すぐに訂正しました。

 

 

 

隊員の方が自宅に電話を掛けて、簡単に事情説明して、これから向かう病院を告げてくださいました。

 

「お父さんが、来てくださるようですよ」

 

 

 

…父ですか…

 

 

 

まさか、二十歳を過ぎて父の世話になろうとは。

 

 

 

…情けない…

 

 

 

心なしか、お酒を飲んだということの…後ろめたさのようなものがありました。

 

 

 

 

 

ふと、前方に視線を移すと…

 

そこには彼が横たわっていました。

 

 

 

それまで自分のことに気をとられ、目に入ってこなかったのです。

 

 

 

…情けないです…

 

 

 

自分の視野の狭さに、再び落ち込みました。

 

 

 

 

私と彼は、同じ救急車で運ばれていました。

 

車内では、隊員の方の声と、無線からの声が、交互に聴こえてきます。

 

しかし何を言っているかは、まったくわかりません。

 

頭に入ってきませんでした。

 

ですが、目の前の光景は、ドラマなどで観るそれと同じでした。

 

 

 

バカですね。

 

現実に起こっていることなのに、それを『受け入れられない気持ち』があったみたいです。

 

切羽詰まった状況にあるにもか関わらず

「こういうシーン、観たことありますね…」

などと思っていました。

 

 

 

なんて最低な人間なんでしょう。

 

 

 

自己嫌悪に陥ります。

 

 

 

 

 

時おり、自分の名前が呼ばれます。

 

「私は大丈夫ですから、彼を!」

 

そう答えたつもりでいましたが、果たしてちゃんと届いていたのでしょうか。

 

 

 

私は偽善者です。

 

 

 

なぜなら、今初めて彼の容態を心配したのですから。

 

そして救って頂いた感謝すらも。

 

 

 

それに気が付いたのは、病院に着いてからでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイレンが鳴り止み…救急車は病院に到着しました。

 

 

 

彼はストレッチャーに乗せられ、先に出ました。

 

そして、恥ずかしながら、ここで気付いたのです。

 

 

 

…私は彼にお礼をしていませんでした…

 

 

 

慌ててそのあとを追おうと立ち上がりましたが…指にはクリップが付けっぱなしでした。

 

足ももつれてしまい、私は車内で転んでしまいます。

 

隊員の方に

「ここでケガを増やさないでくださいね!」

と冗談混じりに注意されました。

 

 

 

それから私は車椅子に乗せられ、院内に向かいました。

 

 

 

このような状況になるとは、数分前には考えてもみませんでした。

 

 

 

自分が運ばれている姿を、客観的に想像し、とても恥ずかしくなりました。

 

 

 

 

 

目立った外傷は擦り傷程度でしたので、そちらの治療はすぐに終わったのですが

「念のために」

と、レントゲン、CTスキャン、MRIなど一通りの検査を受け、ようやく解放されました。

 

 

 

幸いなことに、私は大事には至りませんでした。

 

 

 

しかし

「今は気が張っているのでわからないかもしれないが、あとから具合が悪くなることもあるので、少し休んでいなさい」

と言われ、ベッドの上にいました。

 

 

 

「園田さん…具合はいかがですか?寒くないですか?」

 

看護師さんが声を掛けてくれました。

 

「寒くはありませんが…お水を頂けないでしょうか…。少し、ボーッとしておりまして…」

 

私がそのように返答すると、水が入ったコップ手渡されました。

 

 

 

「ふう…」

 

冷たいものが身体中に染み渡り、私は少し生き返った気がしました。

 

やっと、頭が冴えてきた…そう感じたのです。

 

 

 

そして思い出します。

 

彼のことを。

 

 

 

「看護師さん、一緒に運ばれてきた男性は…」

 

「えっ!?あぁ…今、治療中よ」

 

「助けて頂いたお礼を言わねば…」

 

「それは無理だわ。気持ちはわかるけど…今は無理よ。また、日を改めてからになさい」

 

「では、治療が終わってから…」

 

「園田さん…残念ながら、今はそういう状況ではないの…。私の口からはハッキリ申し上げられないのだけど…察してくださる?」

 

 

 

「!」

 

 

 

「…その気持ちがあるなら、無事を祈っててあげてちょうだい…」

 

 

 

「は、はい…」

 

 

 

…無事を祈ってて…

 

…と、いうことは亡くなったわけではないのですね…

 

 

 

…とはいえ…

 

 

 

 

まだ、最悪の事態を免れた訳ではありません。

 

私には祈ることしかできませんでした。

 

 

 

 

 

しばらくすると、父がやってきました。

 

タクシーに乗って駆けつけたようです。

 

これまでの経緯を話すと、父は怒ることなく、ただただ安堵の表情を浮かべてました。

 

それを見て、私もホッとしたのか、ポロポロと涙が溢れ落ちてしまいました。

 

 

 

穂乃果がいなかったのは、不幸中の幸いです。

 

彼女だけには、私のこんな姿は、絶対に見られたくないのです。

 

つまらない意地ですね…。

 

 

 

 

 

検査も終わり、容態も落ち着いたとのことで、私はこのあと警察の方から、事情聴取を受けました。

 

もちろん、私は被害者ですから、詰問されるようなことはありませんでしたが、事故の状況を覚えてる限り、お伝えしました。

 

 

 

警察官からは、後日、現場検証を行うとのことで、その時は立ち会ってほしい旨、お話しがありました。

 

 

 

 

病院、警察とも「今日はこれで終わりです」と帰宅の許可を頂いたのですが…

 

 

 

私は帰りませんでした。

 

 

 

彼の容態が気になったからです。

 

それを父に伝えると、素直に了承してくれました。

 

 

 

彼はICUで治療中とのことで、面会は出来ないとのことですが、それを承知でその部屋の前へと向かいました…。

 

 

 

 

 

そこには、彼のご両親がいらっしゃいました。

 

 

 

 

 

~つづく~

 


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