【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
海未は父と共に、ICUの前へと移動した。
その前のベンチには、男女の中年が腰かけている。
海未は、それがすぐに男性の両親だとわかった。
その姿を見て…足が止まる…。
…私はなんと声を掛ければよいのでしょうか…
男性の容態が気になり、無事を祈りたい…そう思ってここまで来たが、そこに両親がいることは想定外だった。
いや、掠り傷で済んだ自分でさえ、父が迎えにきたのだ。
冷静に考えてみれば当然だった。
「どうかしたか?」
海未の父は、立ち止まる娘に訊いた。
「あ、いえ…あちらにいらっしゃるのは、私を救って頂いた方のご両親かと思うのですが…なんとお声掛けしたらよいものかと…。息子さんが生死をさまよっている中『私は無事でした』と、のこのこ顔を出してよいのでしょうか?」
「ふむ…海未の言わんとすることもわからなくはないが…まずは素直に、感謝の気持ちを述べなさい。それは人としての礼儀です。そのあとについては…先方の様子を見ながらになさい。場合によっては、気を悪くされることもあるだろう。しかし、それも仕方のないこと…。覚悟しておきなさい…」
「はい…」
「じゃあ、行こうか」
父は、海未の背中を軽く叩いた。
2人の近づく足音に気付き、ベンチに座り俯いていた中年の男女が、顔をあげる。
廊下は薄暗く、ハッキリ顔が見えるわけではないが、お互いの視線が交わったことは確認できた。
先に頭を下げたのは、海未だった。
「園田 海未と申します。この度は息子さんに助けて頂きまして…ありがとうございます。まずはお礼をと思い…」
「海未の父です。私からも感謝申し上げます」
海未と父は、深々と頭を下げた。
すると、ベンチに座っていた2人が立ち上がった。
「あぁ…一緒に運ばれたという…。高野の父です。わざわざご丁寧に…」
…高野さんとおっしゃるのですね…
海未はこのとき初めて、彼の姓を知った。
「お怪我はありませんでしたか?」
と母。
「お陰さまで…。掠り傷程度で済みました」
海未は、恐縮しながら答えた。
「よかったわ…大事に至らなくて…」
と高野の母は、胸を撫で下ろす仕草。
その姿を見て、海未は胸が苦しくなる。
…いえ、お母様…
…私の心配は要りませぬ…
「ですが、その代わりに…ご子息が犠牲になられたと…なんと申し上げてよいのやら…」
海未の父は、娘に代わってそう告げた。
今、この状況の中で、一番ナーバスな部分。
その重い話を、娘に切り出させるわけにはいかなかった。
ことと次第によっては、彼らが感情的になり、攻撃されるのも、やむを得ないと思っていた。
だが…
帰ってきた答えは、想定のはるか斜め上をいく。
「いやいや、それはお気になさらずに…。助けたなどと大袈裟な話ではなく、どうせ、お嬢さんに見惚(と)れていて、よけ損なったのでしょう。その時に、たまたま、あなたにぶつかって…」
「そうですね。偶然そういう感じになったのではないか…と思いますよ」
高野の両親は、まったく意に介していないかのように振る舞った。
…たいしたものだ…
…普通なら愚痴のひとつも言いたくなるものを…
海未の父は、彼らの態度に感服した。
しかし…
「違います!!」
海未は、高野の父と母の言葉を強く否定する。
「彼は間違いなく、私を救ってくださいました。偶然でも何でもありません。反応が遅れて動けなかった私を、間違いなく救ってくださったのです」
「そうですか。だとしたら…それは誉めてあげなくちゃいけませんね」
母はニコリと微笑んだ。
「えっ?」
「悪いことをしたら叱る。いいことをしたら誉める。それが親の役目です。息子が人様のお役に立ったというのであれば…その部屋から出てきたら、誉めてあげましょう」
…どうしてなのですか…
…どうして、そんなに冷静なのでしょう…
「あ…あ…あの…」
心配ではないのですか…と言いかけて、口を噤(つぐ)む。
余りに穏やかに話をする高野の母に、海未は少し拍子抜けした。
いや、その言葉が妥当かどうかはわからないが、逆に何をどう話していいか…言葉が出ない。
子供のことは気にならないのか?そんな風にすら見えてしまう。
その海未の、不思議そうな顔を見た高野の父は、意を察して自らそれに答えた。
「私たちも連絡を頂いた時には…それはショックでした。私たちにとっては、たったひとりのかけがえのない息子ですからね…。それと同時に『なぜ、こんな時に!』とも思いました」
海未も父も、まだ、この時は高野の素性を知らない。
従って『こんな時に!』の意味はあとから理解することになる。
高野の父は言葉を続けた。
「ただ、まだ命を落としたわけではないので、今は私たちが悲観的になっていてはいけない…そう、頭を切り替えました。悲しい気持ちは家に置いてきたのです。ですから…今は…回復を祈る、それだけなのです」
「話を聴けば、息子は事故に巻き込まれたとのことで…しかも、他人様を庇ったらしい…とのことでした。事故を起こした人に対して、憎いというか、悔しいというか…そういう感情はありますよ。ですけど、今、ここで恨んでみたところで、意識が回復するわけではありませんから…」
高野の母も、その想いを語った。
理屈ではわかっていることであるが、そう簡単には割りきれるものではない。
内心…海未のことはともかくとして…忸怩たる想いでいるに違いない。
しかし、素振りは見せない。
もしかしたら、2人は『こういうことを想定して』申し合わせていたのかもしれない。
海未も、その父も、それくらいのことは見当がついた。
それでも、これだけの応対ができるとは…立派と言わざるを得なかった。
「園田さん…とおっしゃいましたっけ?…そういうことで、私たちは、あなたにどうのこうのと言うつもりは、一切ありませんよ。あなたも被害者なのですからですから…。なので、このことについては、どうか、お気になさらずに」
「申し訳ありません…」
「逆にお心遣いを頂き、ありがとうござます」
海未と父は、深い感謝の念を示した。
「ご迷惑でなければ…私もこちらで、回復をお祈りさせて頂いてもよろしいでしょうか」
海未は元々の目的を、高野の両親に告げた。
「えっ!?」
「今の私にできるのは、それくらいしかありませんので」
「そのお気持ちだけで、結構でございます」
高野の父は、海未の申し出をやんわりと断った。
しかし、海未は食い下がる。
「いえ、どのみち、この時間からでは帰る『足』もありませんし」
タクシーを拾えば帰れるが、もちろん、そういうことを言っているわけではない。
「ええ、それがどれくらいお力になれるかはわかりませんが、そうさせては頂けませんか。気になさるな…と仰いましたが、受けた恩はお返ししなければなりません。自己満足になってしまいますが、せめて、それくらいのことくらいはさせて頂いても、罰(バチ)は当たらないでしょう」
海未の父も、彼女の意見に同調した。
この娘にして、この親あり…。
…なんて思慮深い父子だろう…
今度は逆に、高野の両親が感心した。
「…そうですか…私が許可するとかしないとか、なんともおこがましいですが…そう言ってくださるのであれば…」
「そうですね。そのお気持ちはきっと息子に伝わると思いますよ」
高野の両親は、揃って頭を下げた。
「ありがとうございます…。では、海未、私は家に連絡をしてくるから…」
「あ、私もいきます。やはり、直接、伝えた方が…」
「うむ…。高野さん、すみませんが、少しだけ席を外させて頂きます」
「どうぞ、どうぞ。ご家族に無事を伝えて、早く安心させてあげてください」
「申し訳ございません…しばし、お時間を頂戴致します」
海未と父は一礼すると、電話が掛けられそうな場所を探した。
病院内で通話することは、昔に比べ規制が緩くなったとはいえ、既に深夜。
どこで喋っても声が響く。
2人はそっと裏口に廻り、外へと出た。
ここなら、大声で話さなければ、それほど迷惑にはならないだろう。
父は、院内に入るときに切った携帯の電源を立ち上げる。
思った通り、自宅から何度か着信があった。
折り返すと、妻が出た。
父は海未が無事であったこと、諸事情により病院で夜を明かすことを、手短かに説明した。
最後に、海未が自らの声を聴かせ、園田家への報告は終わった。
だが、海未は新たに報告すべきところがあることを発見する。
なんの気なしに、バッグに仕舞っておいたスマホを覗いてみる。
何度か着信を告げるバイブが響いていたのは知っていたが、状況が状況であった為に、見るのを控えていた。
そして、このタイミングで初めて見たのである。
するとそこには、数えきれぬほどの着信、メール、LINEが入っていた。
その大半がμ'sの元メンバーからのものだった。
…はて…何かあったのでしょうか…
海未はまだこの時、自分の置かれた立場を理解していなかった…。
~つづく~