【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「それにしても、オリンピック代表かぁ。信じられないよね」
「日本代表だもんね」
萌絵とかのんはピッツァをむしゃむしゃと頬張りながら、綾乃の顔を見る。
「そんな食べながら言われても、全然敬意が感じられないんだけど」
と苦笑いしながら綾乃。
「そうなんですよ。ここにいる綾乃さんと、サッカーやってる夢野つばささんは別人ですから」
「ユニフォーム着てる夢野つばささんは、話し掛けづらいもんね」
「そんなこと言ったら、あなたたちだって。何度かライブ前に楽屋に行ったけど、ピリピリしてて…特に星野はるかの緊張感なんて、ハンパじゃないじゃない。お互い様でしょ」
「そうなのですか?」
「なにがです?」
「いえ、そういうことには無縁の人なのかと」
「普段はね。でも、実は3人の中で、一番、気性のアップダウンが激しいのが、星野はるかなんですよ。落ち込んでる時なんか、近寄れないですもの。闇の世界に引きずり込まれそうで」
「あははは…」
かのんの言葉に、萌絵は照れ笑いを浮かべた。
…人は見掛けによらぬものですね…
「海未さん、どうかした?」
「いえ、かのんさん。少し安心したというか…。皆さん、芸能界の第一線で活躍されてらっしゃっているのに、でも、根本の部分では、私たちとそう変わらないのかと思いまして」
「変わらないよね?」
「うん、変わらない。ただし、この人だけは別ですけど」
「私?」
綾乃が自分を指差す。
「やっぱり、あり得ないですよ。モデル → アーティスト →オリンピック選手だなんて」
「違うのよ。オリンピック出場は幼い頃からの夢だったのよ。その時はバレーボールだったけど。それが、ちょっと寄り道して、違うことを経験させてもらって…って話。だから、こっちが本来の自分なの」
海未も粗方、綾乃の歩んできた道は知っている。
彼女がオリンピック代表に決まった時、連日のようにその報道がなされていたので、逆に知らない人の方が少ないだろう。
「何が凄いって、モデルもアーティストも、本意でなかったとか言いながら、サラッとこなしちゃう才能が凄いよね?」
「それも一回はトップに登り詰めてるんだから、なお」
「それは周りの人たちに恵まれただけ。私の力だとは『これっぽっちも』思ってないわよ。モデルの時は、さくらと組ませてもらったからこその人気だし…シルフィードだって、あなたたちがいてくれたからこそだもの。正直、ソロでデビューしてたら、今、私はここにいなかったかも知れない…」
「縁…ですね…」
海未はその言葉を噛み締めるように呟いた。
「縁…タイミング…そうね。本当にそう。あの時、ああだったら…この時、こうだったら…って考えると…人生、どこでどう変わっていたか、わからないものね」
「はい…私も穂乃果が『スクールアイドルを始める』などと言わなければ、あのような経験は一生しなかったでしょうし…」
「梨里(りさと)がね…前に面白いことを言ってたわ。例えばサッカーでプレーしてて、ここでパスすべきか、ドリブルで仕掛けるべきか、あるいはシュートを狙うべきか…。そのワンプレーの判断はほんの一瞬のことで…もしかしたら、どれを選択しても、その時はゴールに結び付かなかったかも知れない…結果は同じだったかも知れない。だけど、そのどれかを選んだかによって、数分後の結果は変わるんだって」
「難しい話ですね」
「哲学的ですね」
萌絵とかのんは揃って首を傾げた。
「面白い話だと思います」
「わかる?」
「はい。私たちは、いつ、何時であっても、何かを選択しながら生きているということですよね」
「正解!例えば、このオレンジジュース…これを飲もうと飲むまいと、人生が大きく変わることはないと思うでしょ?」
「はぁ…」
萌絵は、不思議そうな顔をして、綾乃を見た。
「でも、ジュースを飲んだら、トイレに行きたくなって、この部屋を出たら、素敵な人に出逢った…とか、あるかも知れないでしょ?逆に飲まずにトイレに行かなかったら、その出逢いはないままで終わるの」
「まぁ、わからなくはないですけど」
「逆もありますよね?部屋を出なかったからこそ、得をした…みたいな」
「あるかもね。それが運命の分かれ道でしょ?だけど、そんなことは誰にもわからないこと…予想つかないことじゃない。確かに人生において、自分自身で大きな決断を迫られるときがあるけど、そうじゃなくて、日常生活においても、何を選ぶか、どう行動するかで、一分、一秒…運命って変わってるんじゃないかと思うの…って、梨里の受け売りなんだけど」
「なるほど、仰る通りですね。私は穂乃果に誘われてμ'sを始めましたが、そもそも穂乃果がそんなことを考えなければ、誘われもしなかった…ということですものね」
「でしょ?私だって、母と一緒に買い物に行かなければ、雑誌に写真が載ることもなかったし、それがなければ、モデルになんてなることもなかったんだから」
「そう考えると、一言で運命って言いますけど、自分でできることなんて、タカが知れてますね」
「だから、私はあなたたちこそが凄いと思うんだ。歌手になりたい!って夢を、そういった運命に流されずに、ちゃんと叶えたんだから」
「ブホッ!」
突然、誉められた為か、萌絵はジュースを飲もうとして噎(む)せた。
「大丈夫?」
「…じゃないです…あぁ、びっくりした…」
「どうしたの?」
「今日は夢野つばさの壮行会ですよ!私たちが誉められても…って話です」
「いいのではないでしょうか!お互い尊重し合える仲ということですよね。素敵だと思いますよ」
「まぁ、そうですよね。私も綾乃さんのことは、本当にリスペクトしてるんです。さっき、縁だとかタイミングだとか言ってましたけど、本人の努力なくしては、絶対、成功しなかったと思うし」
「それはね、かのん…みんな努力はするわよ」
「そうかも知れないですけど、ちゃんと実を結ぶ努力をしてた…ってことです」
「さらに言えば、サッカー選手になって、日本代表になるなんて…やっぱりどう考えてもあり得ないですよ」
「確かに。話は戻りますけど、ここにいる綾乃さんは、私たちの仲間でもあり、お姉さんでもあり…。だけど、サッカー選手 夢野つばさは、スターとしか言いようがないんです。別格の存在なんです」
「プッ!ちょっと誉めすぎじゃない?」
「だって、今日はそういう会なんですから」
萌絵は事も無げに言った。
「ん?」
「もちろん、本心です!本心!」
慌てふためいて取り繕う姿を見て、3人が笑った。
「ところで、サッカーの方は…メダル獲れそうなんでしょうか?」
海未は一転して、心配そうな表情で質問を切れ出した。
「世間では『死の組』などと言われていますが」
「一戦必勝…これしか言いようがないわね。正直、苦しい組に入ったのは間違いないわ。ブラジル、フランス、南アフリカ…全部ランキングは日本より上だしね。だけど、それはあんまりアテにならないかも。女子は力が拮抗してるし…とにかく、一戦一戦、全力でプレーするしかないわ」
「緊張とかしないのですか?私など…弓道は個人競技ですが…思うように力が出せないことが多々あります。それなのに、個人でなく国を背負うなどとは…とても考えられません」
「まだ、そこまでは…。別に国を背負うなんて、考えてないけどね…でも、どうかな?実際にピッチに立ったら、足が震えちゃうかも…わかんないな…」
「でも、予選とかで、何万人のサポーターの前で試合してるじゃないですか?大丈夫ですよ」
「だといいんだけど…こればっかりは私も初めての経験だから…」
「そうですか。こういう時、私たちはなんと言えば良いのでしょうか…。頑張れというのも失礼な話ですし」
「いいわよ、頑張れで」
「はい、そう仰るなら!日本の為とかではなく、是非、綾乃さん…夢野つばさのやりたいサッカーをしてきて下さい!現地には行けませんが、日本から応援させていただきます!」
「ありがとう!そう言ってもらえると心強いわ」
綾乃はテーブルの上で、左手を差し出した。
「それじゃあ、応援、よろしくね!」
「はい!全力で応援します!」
海未は、綾乃の手を強く握り返す。
ふたりは手だけでなく、目でも握手を交わしていた。
「ゴメン、遅くなったわ…もっと早く終わるハズだったん…えっ…園田…さん?…」
海未と綾乃が、心を通い合わせているところに、個室の戸がスッと開き、姿を現したのは…
A-RISEだった。
「ご無沙汰しております」
海未は緊張の面持ちで、綺羅ツバサと、優木あんじゅ、統堂英玲奈と顔を合わせた。
反対にその3人は、驚きの表情で、海未を見つめた。
~つづく~