【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~   作:スターダイヤモンド

76 / 173
月に向かって

 

 

 

 

 

「萌絵、かのん、海未さん…今日はどうもありがとう。お陰で、とてもリラックスした時間が過ごせたわ」

A-RISEを見送った綾乃は、3人に感謝の意を表した。

 

「いやいや。綾乃さんは日の丸を背負って戦うんですか、これくらいのことはお安いご用で」

萌絵は綾乃にVサインを突き出す。

 

「このあと私たちは、ちょっと服を見に行こうかな…と思うんですけど…綾乃さんはどうします?」

と、かのん。

 

「う~ん…付き合いたいのはやまやまだけど…今日は家に帰るわ」

 

「…ですよね!さすがに明日出発ですものね…」

 

「ごめんネ!」

 

「ゆっくりしてください」

 

「お土産、期待してますよ!」

 

「そうね。余裕があったら」

 

「海未さんはどうします?一緒に行きません?」

 

「いえ、私も今日はこの辺で失礼させて頂きます」

 

「そうですか…じゃあ、またの機会に…。海未さん、今日はお付き合い頂き、本当にありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

かのんと萌絵が頭を下げる。

 

「こちらこそ…」

 

「ネットの件は、後ほど連絡しますね」

 

「えっ?あ…はい、ご迷惑をお掛けします…」

 

「では、また」

 

萌絵とかのんは、2人に別れを告げると、人混みの中に消えていった。

 

 

 

 

 

「さぁ、それじゃあ、そろそろ私たちも…」

 

「はい。あ、あの…」

 

「ん?」

 

「オリンピック…頑張ってください!」

 

 

 

「…」

 

海未の言葉に、綾乃は一瞬困ったような顔を見せた。

 

 

 

「?」

 

 

 

「…頑張れる…かな…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「…こんな時に、サッカーなんてやってて…いいのかな…」

 

 

 

「綾乃…さん?」

 

 

 

…この感じ…以前にもあったような…

 

…!!…

 

…ことり!?…

 

…そうです、ことりが留学しようとした時、穂乃果に言い出せず悩んでいました…

 

…今のそれは、まさしくその時と同じ表情でした…

 

 

 

「綾乃さん?」

 

 

 

「あ、やだ…私、今、変なこと言ったわね…。やっぱり、オリンピックに出るのって凄いことなんだ…国を代表するって大変なことなんだ…って思ったら、急に怖くなっちゃって…」

 

綾乃は「えへっ!」と舌を出した。

 

「す、すみません!プレッシャーですよね…」

 

「ううん、そうじゃないの。大丈夫、なんでもないから」

 

 

 

…そっちの重圧(プレッシャー)ですか…

 

…それは確かにそうですが…

 

…本当にそれだけでしょうか…

 

 

 

「……と言うわけで…1ヵ月…」

 

「えっ?」

 

「私は1ヵ月、日本に帰ってきません!!」

 

「即ち、それは…決勝戦まで…ってことですね?」

 

「もちろん!」

綾乃は、胸を張り、首を大きく縦に振った。

 

だが、すぐに

「…その間…留守をお願いするわね…」

と小さな声で言った、海未に言う。

 

「留守…ですか?」

 

「海未さんに頼むのはスジじゃないとは思うけど…梨里のこと…」

 

「あっ!」

 

「あの人、ヒマするだろうから…たまにでいいから話し相手になってくれれば…あ、気が向いた時で構わないんだけど…本当にたまにでいいの」

 

「私が?…」

 

「こんなこと言える立場じゃないことは、わかってるんだけど…。海未さん、美人だから、居てくれるだけで、癒されると思うの」

 

「そんな、美人だ…などと…」

 

「だって、病室にいた時のことを思い出してみて?あの人、ずっとニヤニヤしてたでしょ?」

 

「そうだったでしょうか…?」

 

「普通なら、海未さんが襲われないか、心配になるところだけど…今の梨里は動けないから、変なことはしないと思うし」

綾乃はニッコリと笑い、うんうんと二度ほど頷いた。

 

海未には、その仕草が、自分を無理矢理納得させているように見えた。

 

 

 

「…お役に立てるのであれば…」

海未は二つ返事で、それを承諾した。

 

 

 

実は海未も、そのつもりでいた。

 

彼が復帰するまで、邪魔にならない程度に、サポートしようと心に決めていた。

 

ただし、梨里には綾乃という、素敵な彼女がいる。

 

だがら、あまり出しゃばってはいけない…とも思っていた。

 

しかし、今、1ヵ月という短期間であれ、それをすることの許しを得た。

 

海未にとって、断る理由はなかったのだ。

 

 

 

「ありがとう…無理を言っちゃって…。海未さんだってツラい立場なのに…こんなことを頼むのはおかしい…って、わかってるのに」

 

「いえ…」

 

「本当は…本当は…私がそばにいなくちゃいけないのに…」

綾乃は声を詰まらせると、海未に背中を向けた。

 

 

 

…綾乃さん!…

 

 

 

海未がどう声を掛けようか…と迷っているうちに

「ふぅ!危ない、危ない。危うく変なスイッチが入るところだった…。今はやっぱり、ダメね…オリンピック前で色々正常じゃないかも…」

と綾乃は振り返りながら、そう言った。

 

「大丈夫です。留守は預かりました。だから、綾乃さんは安心して、向こうに行ってきてください!」

 

海未の力強い言葉に、綾乃は両手を胸の前で合わせ、深々と礼をした。

 

 

 

その時だった。

 

2人の髪の毛に、水滴が当たる。

 

 

 

「えっ?雨?」

 

「雨ですね?」

 

「海未さん、傘は?」

 

「ありません…」

 

「私も…」

 

 

 

その瞬間、綾乃と海未の目と目が合う。

 

以心伝心…。

 

相手の考えていることがわかった。

 

 

 

「駅まで!」

 

「走ります!」

 

現地点から駅まではおよそ150m。

 

2人は猛然とダッシュした。

 

 

 

「ハァ、ハァ…さすがに見事な走りです。ハァ…私も脚には自信がないわけではないのですが、まったく着いて行けませんでした」

 

「伊達に『快足FW』とは呼ばれてないもの。でも、海未さんもそれだけ走れれば、たいしたものよ」

 

「恐縮です…。それにしても、凄い雨ですね…。よく『バケツをひっくり返した』などと言いますが、まさにこのことですね」

 

「間一髪ってヤツね…」

 

「はい」

 

「私は新宿経由で小田急線なんだけど…」

 

「私は逆方向です」

 

「そっか…だったら、ここでお別れね」

 

「そうですね」

 

「気を付けて帰ってね…電車止まらなきゃいいけど」

 

「綾乃さんも…。安易に『頑張ってください』などと言ってはいけないのでしょうけど…こちらのことは気になさらずに、サッカーのことだけ、集中してください!」

 

「うん、ありがとう」

 

「では、いってらっしゃいませ。1ヵ月後に会いましょう!」

 

「では、また…」

 

2人は両手でガッチリと握手を交わすと、改札を抜け、綾乃は山手線の外回り…海未は内回りのホームへと、それぞれ別れた…。

 

 

 

突然の豪雨に駅はごった返しており…故に、変装などせずとも、誰にも気付かれることなく、無事帰宅の途についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海未が自宅の最寄り駅に着く頃には、雨は上がっていた。

 

通り雨と呼ぶにはあまりに激しく、それは道路にできた水溜まりの大きさが、短時間にどれだけ降ったか…を如実に現していた。

 

スマホに入ってきたニュースメールを見ると、先程までいた場所は、道路が冠水し、大変な騒ぎになっているらしい。

 

幸い、海未はたいして濡れることなく自宅にたどり着いたが、この雨のせいで湿度は上がり、蒸し暑さが倍増している。

 

汗が身体に纏わり付く。

 

早くこの不快な状況から脱したいと、海未はすぐに入浴した。

 

 

 

「ふぅ…サッパリしました…」

 

海未はシャワー派ではない。

 

夏であろうと湯船に浸かり、今日一日を振り返るのが、彼女のルーティーン。

 

しかし、この日は様々な出来事があった為、風呂から出て、延長戦をすることにした。

 

 

 

…このままいたら、のぼせてしまいますものね…

 

 

 

海未は洗い髪もそのままに、Tシャツとハーフパンツ、首にはバスタオル…と、普段の海未からはおよそ想像つかないようなラフな格好で、縁側へとやってきた。

 

手には缶チューハイと枝豆。

 

 

 

アルコールへの免疫強化の為、誕生日から事故当日まで続けてきた『晩酌』。

 

あの日依頼、自粛していたのだが…というより、とてもそんな気にならなかったのだが、今日はなんとなく『飲みたい』という気持ちになった。

 

本当を言えばドラマで良くみるような…バーみたいなところに言って、無口だけど、やさしいマスターに話を聴いてほしい…そんな心境だった。

 

 

 

海未はまるでお茶を立てるかのように、背筋をピンと伸ばし、正座をした。

 

縁側の床板が、素足にひんやりとして、心地よかった。

 

「いただきます」

 

海未は缶チューハイのプルタブを起こすと、コクリと一口…喉を潤した。

 

そして、枝豆をつまみにしながら、綾乃の事を思った。

 

 

 

…綾乃さんは、明らかに葛藤しています…

 

 

 

…大切な人が大変な時に、そばにいられないツラさ…

 

…そんな時に、自分がサッカーをしていてよいのか…という戸惑い…

 

 

 

…私は大きな勘違いをしていたのかもしれません…

 

 

 

…綾乃さんも、高野さんも、ご両親も…穂乃果以上にポジティブな考えの持ち主だと思っていましたが…

 

…皆さん、決して強い人ではないのです…

 

…強くあろうとしているだけなのです…

 

…壊れそうな自分を、必死に抑えつけているのです…

 

…それはわかっていたつもりですが…

 

 

 

…私は、その優しさに甘えているのではないでしょうか?…

 

…もっと正々堂々、世間と戦わなければいけないのではないのでしょうか?

 

 

 

…私に今、できること…

 

 

 

…これ以上、高野さんやシルフィード、A-RISEの皆さん、そしてμ'sのメンバーに迷惑を掛けないこと…

 

…綾乃さん…夢野つばささんの健闘を祈ること…

 

…そして高野さんの復帰を全力で支援すること…

 

 

 

海未は心にそれを刻むと、やおら立ち上がり

「はい、やりますよ!!」

と、ひとり、空を見上げて、ようやく顔を出した月に向かって宣言した…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。