【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「萌絵、かのん、海未さん…今日はどうもありがとう。お陰で、とてもリラックスした時間が過ごせたわ」
A-RISEを見送った綾乃は、3人に感謝の意を表した。
「いやいや。綾乃さんは日の丸を背負って戦うんですか、これくらいのことはお安いご用で」
萌絵は綾乃にVサインを突き出す。
「このあと私たちは、ちょっと服を見に行こうかな…と思うんですけど…綾乃さんはどうします?」
と、かのん。
「う~ん…付き合いたいのはやまやまだけど…今日は家に帰るわ」
「…ですよね!さすがに明日出発ですものね…」
「ごめんネ!」
「ゆっくりしてください」
「お土産、期待してますよ!」
「そうね。余裕があったら」
「海未さんはどうします?一緒に行きません?」
「いえ、私も今日はこの辺で失礼させて頂きます」
「そうですか…じゃあ、またの機会に…。海未さん、今日はお付き合い頂き、本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
かのんと萌絵が頭を下げる。
「こちらこそ…」
「ネットの件は、後ほど連絡しますね」
「えっ?あ…はい、ご迷惑をお掛けします…」
「では、また」
萌絵とかのんは、2人に別れを告げると、人混みの中に消えていった。
「さぁ、それじゃあ、そろそろ私たちも…」
「はい。あ、あの…」
「ん?」
「オリンピック…頑張ってください!」
「…」
海未の言葉に、綾乃は一瞬困ったような顔を見せた。
「?」
「…頑張れる…かな…」
「えっ?」
「…こんな時に、サッカーなんてやってて…いいのかな…」
「綾乃…さん?」
…この感じ…以前にもあったような…
…!!…
…ことり!?…
…そうです、ことりが留学しようとした時、穂乃果に言い出せず悩んでいました…
…今のそれは、まさしくその時と同じ表情でした…
「綾乃さん?」
「あ、やだ…私、今、変なこと言ったわね…。やっぱり、オリンピックに出るのって凄いことなんだ…国を代表するって大変なことなんだ…って思ったら、急に怖くなっちゃって…」
綾乃は「えへっ!」と舌を出した。
「す、すみません!プレッシャーですよね…」
「ううん、そうじゃないの。大丈夫、なんでもないから」
…そっちの重圧(プレッシャー)ですか…
…それは確かにそうですが…
…本当にそれだけでしょうか…
「……と言うわけで…1ヵ月…」
「えっ?」
「私は1ヵ月、日本に帰ってきません!!」
「即ち、それは…決勝戦まで…ってことですね?」
「もちろん!」
綾乃は、胸を張り、首を大きく縦に振った。
だが、すぐに
「…その間…留守をお願いするわね…」
と小さな声で言った、海未に言う。
「留守…ですか?」
「海未さんに頼むのはスジじゃないとは思うけど…梨里のこと…」
「あっ!」
「あの人、ヒマするだろうから…たまにでいいから話し相手になってくれれば…あ、気が向いた時で構わないんだけど…本当にたまにでいいの」
「私が?…」
「こんなこと言える立場じゃないことは、わかってるんだけど…。海未さん、美人だから、居てくれるだけで、癒されると思うの」
「そんな、美人だ…などと…」
「だって、病室にいた時のことを思い出してみて?あの人、ずっとニヤニヤしてたでしょ?」
「そうだったでしょうか…?」
「普通なら、海未さんが襲われないか、心配になるところだけど…今の梨里は動けないから、変なことはしないと思うし」
綾乃はニッコリと笑い、うんうんと二度ほど頷いた。
海未には、その仕草が、自分を無理矢理納得させているように見えた。
「…お役に立てるのであれば…」
海未は二つ返事で、それを承諾した。
実は海未も、そのつもりでいた。
彼が復帰するまで、邪魔にならない程度に、サポートしようと心に決めていた。
ただし、梨里には綾乃という、素敵な彼女がいる。
だがら、あまり出しゃばってはいけない…とも思っていた。
しかし、今、1ヵ月という短期間であれ、それをすることの許しを得た。
海未にとって、断る理由はなかったのだ。
「ありがとう…無理を言っちゃって…。海未さんだってツラい立場なのに…こんなことを頼むのはおかしい…って、わかってるのに」
「いえ…」
「本当は…本当は…私がそばにいなくちゃいけないのに…」
綾乃は声を詰まらせると、海未に背中を向けた。
…綾乃さん!…
海未がどう声を掛けようか…と迷っているうちに
「ふぅ!危ない、危ない。危うく変なスイッチが入るところだった…。今はやっぱり、ダメね…オリンピック前で色々正常じゃないかも…」
と綾乃は振り返りながら、そう言った。
「大丈夫です。留守は預かりました。だから、綾乃さんは安心して、向こうに行ってきてください!」
海未の力強い言葉に、綾乃は両手を胸の前で合わせ、深々と礼をした。
その時だった。
2人の髪の毛に、水滴が当たる。
「えっ?雨?」
「雨ですね?」
「海未さん、傘は?」
「ありません…」
「私も…」
その瞬間、綾乃と海未の目と目が合う。
以心伝心…。
相手の考えていることがわかった。
「駅まで!」
「走ります!」
現地点から駅まではおよそ150m。
2人は猛然とダッシュした。
「ハァ、ハァ…さすがに見事な走りです。ハァ…私も脚には自信がないわけではないのですが、まったく着いて行けませんでした」
「伊達に『快足FW』とは呼ばれてないもの。でも、海未さんもそれだけ走れれば、たいしたものよ」
「恐縮です…。それにしても、凄い雨ですね…。よく『バケツをひっくり返した』などと言いますが、まさにこのことですね」
「間一髪ってヤツね…」
「はい」
「私は新宿経由で小田急線なんだけど…」
「私は逆方向です」
「そっか…だったら、ここでお別れね」
「そうですね」
「気を付けて帰ってね…電車止まらなきゃいいけど」
「綾乃さんも…。安易に『頑張ってください』などと言ってはいけないのでしょうけど…こちらのことは気になさらずに、サッカーのことだけ、集中してください!」
「うん、ありがとう」
「では、いってらっしゃいませ。1ヵ月後に会いましょう!」
「では、また…」
2人は両手でガッチリと握手を交わすと、改札を抜け、綾乃は山手線の外回り…海未は内回りのホームへと、それぞれ別れた…。
突然の豪雨に駅はごった返しており…故に、変装などせずとも、誰にも気付かれることなく、無事帰宅の途についた。
海未が自宅の最寄り駅に着く頃には、雨は上がっていた。
通り雨と呼ぶにはあまりに激しく、それは道路にできた水溜まりの大きさが、短時間にどれだけ降ったか…を如実に現していた。
スマホに入ってきたニュースメールを見ると、先程までいた場所は、道路が冠水し、大変な騒ぎになっているらしい。
幸い、海未はたいして濡れることなく自宅にたどり着いたが、この雨のせいで湿度は上がり、蒸し暑さが倍増している。
汗が身体に纏わり付く。
早くこの不快な状況から脱したいと、海未はすぐに入浴した。
「ふぅ…サッパリしました…」
海未はシャワー派ではない。
夏であろうと湯船に浸かり、今日一日を振り返るのが、彼女のルーティーン。
しかし、この日は様々な出来事があった為、風呂から出て、延長戦をすることにした。
…このままいたら、のぼせてしまいますものね…
海未は洗い髪もそのままに、Tシャツとハーフパンツ、首にはバスタオル…と、普段の海未からはおよそ想像つかないようなラフな格好で、縁側へとやってきた。
手には缶チューハイと枝豆。
アルコールへの免疫強化の為、誕生日から事故当日まで続けてきた『晩酌』。
あの日依頼、自粛していたのだが…というより、とてもそんな気にならなかったのだが、今日はなんとなく『飲みたい』という気持ちになった。
本当を言えばドラマで良くみるような…バーみたいなところに言って、無口だけど、やさしいマスターに話を聴いてほしい…そんな心境だった。
海未はまるでお茶を立てるかのように、背筋をピンと伸ばし、正座をした。
縁側の床板が、素足にひんやりとして、心地よかった。
「いただきます」
海未は缶チューハイのプルタブを起こすと、コクリと一口…喉を潤した。
そして、枝豆をつまみにしながら、綾乃の事を思った。
…綾乃さんは、明らかに葛藤しています…
…大切な人が大変な時に、そばにいられないツラさ…
…そんな時に、自分がサッカーをしていてよいのか…という戸惑い…
…私は大きな勘違いをしていたのかもしれません…
…綾乃さんも、高野さんも、ご両親も…穂乃果以上にポジティブな考えの持ち主だと思っていましたが…
…皆さん、決して強い人ではないのです…
…強くあろうとしているだけなのです…
…壊れそうな自分を、必死に抑えつけているのです…
…それはわかっていたつもりですが…
…私は、その優しさに甘えているのではないでしょうか?…
…もっと正々堂々、世間と戦わなければいけないのではないのでしょうか?
…私に今、できること…
…これ以上、高野さんやシルフィード、A-RISEの皆さん、そしてμ'sのメンバーに迷惑を掛けないこと…
…綾乃さん…夢野つばささんの健闘を祈ること…
…そして高野さんの復帰を全力で支援すること…
海未は心にそれを刻むと、やおら立ち上がり
「はい、やりますよ!!」
と、ひとり、空を見上げて、ようやく顔を出した月に向かって宣言した…。
~つづく~