【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「よう!ヒマか?」
「オレは『杉下右京』か!」
病室に入ってきた親父に、思わずそう突っ込んだ。
「ヒマに決まってるだろ!」と、続けて悪態をつきたいところだっだが…親父も仕事終わりに、わざわざ神奈川から都内の病院に来てるんだ。
それを考えれば、自重せざるを得なかった。
「まぁな…そりゃ、ヒマじゃない…わけがない」
「だろうと思って、土産を持ってきたぞ」
「土産?」
親父はベッドサイドテーブルの上に、1冊の本を置いた。
『aile blessée』。
タイトルはそう書いてあるが…
「読めない…。何語だ?」
「フランス語だ。『エール ブレッセ』…『傷付いた羽』っていう意味らしい」
「フランス語?誰の本?」
「何を隠そう、あの『羽山優子』の本だ」
「えっ!?羽山優子?」
羽山優子。
オレと同郷の『大先輩』で、元なでしこジャパンの名MF。
フランスでプレー中、相手選手と接触し、靭帯断裂の大ケガを負ったが…その後懸命なリハビリの末、見事に選手として復帰。
大和シルフィードで、つばさや緑川沙紀と一緒にプレーして、チームを1部リーグに昇格させる原動力となった。
昨シーズンをもって現役を引退し、今はサッカー解説者として活躍している。
つばさとは、公私共に仲が良く、オレが(サッカー選手 つばさの)『師匠』なら、彼女は『育ての親』という感じか。
出身地が同じということで、オレも地元のイベントなどで、何度か会ったことがある。
「今日発売の新刊だぞ」
「へぇ…羽山さん、本を出したんだ」
「それでさっき、発売イベントがあってな…」
「ん?」
「握手とサインをしてもらってきた」
と、自慢気に親父は本を開いた。
確かに、背表紙の裏には彼女のサインがある。
そして、その横には気になる一文が。
『負けるな、梨里!!』
そう見えた。
「親父…ひとつふたつ訊きたいことがある」
「なんだ?」
「ひとつめ。このサインの横の文字は?」
「読めないのか?お前への励ましの言葉だ」
「…ひょっとして…『梨里の父』ですとか言ったのか?」
「その通り。一緒に写真も撮ってもらった…ほら!」
親父はオレに、スマホの中に入っていた画像を見せた。
「…」
開いた口が塞がらない。
「なにか?」
「ふたつめ。そのイベントってどこでやったんだよ?」
オレは心を落ち着けて、もうひとつの質問をした。
「有楽町の…」
「おいおい、仕事サボって、なに遊んでるんだよ!」
「サボってはいない。ちゃんと届けを出して早退した。今なら『息子のことで…』って言えば、特にそれ以上理由を問われることもないからな」
悪びれる様子もない親父。
「仕事が終わって見舞いに来てくれたとのかと思ったら、違うんかい!」
「『親の心、子知らず』だな。お前の為を思って、わざわざ行列に並んで買ってきたというのに」
「並んだのかよ!どっちがヒマ人だ!」
「何を怒ってるんだ?」
「呆れてるんだよ」
「なぜ?」
「たいてい、そういうイベントは、マスコミが取材するもんだろ?そこに早退した親父が現れて『梨里の父です』なんて名乗ったら、格好のネタじゃないか!」
「ネタ?」
「息子が入院してるのに『父親は能天気にサインもらってました』なんてことになりかねないだろ?しかも写真まで」
「ほうほう…」
「ほうほう…じゃねぇよ!」
「まぁ、そう言うな。これもお前の為を思ってしたことだ」
「ツーショットを撮ってもらうことがか?」
「いや違う、それはオマケだ。そうではなくて、見てほしいのは本の内容だ」
「本の内容?」
「この本は、いわば彼女のリハビリ日記みたいなものだ。負傷してから復帰…引退するまでの出来事が綴られている」
…あっ…
…『傷付いた羽(山)』…
…そういう意味か…
「怪我して絶望の淵に追いやられてから、復帰するまでの長い道のり…その中にあった苦悩とか葛藤とか…彼女の当時の心境が赤裸々に記されている。状況こそ違え、お前もこれから同じような経験をするんだ。読んでおいて損はないだろう」
「あ、あぁ…まぁ、そういうことなら…」
「そこには手術を受けた時のことも書いてある。事前の心構えとか…色々参考になると思うぞ」
「お、おぅ…って、もう読んだのかよ」
「うむ、一気読みした」
「マジか!」
…結構、厚い本だぞ…
…オレと違って親父が頭いいのは間違いないが…
…どんだけ早くから並んで買ってきたんだよ…
「と、取り敢えず、サンキューな。あとでゆっくり読むわ」
…数ページで寝ちゃいそうだが…
「それより、見たか?今日、オリンピック代表が出発したぞ」
「あぁ、見た…」
「父さんもさっきニュースで見たんだが…背番号7が大勢いて、少し泣きそうになってしまった」
「死者を追悼するんじゃないだからさ、そんなことくらいで泣かないでくれよ」
…とかいって、オレも少なからず感動したけど…
「いよいよだな」
「あぁ…」
「客観的に見て、どうかね。1勝1敗1分で予選通過を狙っているとか言われてるが」
「やってる側から言わせりゃ、3戦全勝のつもりでいるよ」
「それはそうだが…だから客観的に見て…と訊いている」
「オレにそれを言わせるか?」
「父さんは、お前が抜けた穴は大きいと思っている。代わりに入った本間くんもいい選手には違いないが…1週間やそこらでチームにアジャストできるとは思わない」
「まぁ、そうだろうな…」
「それに、お前のようにドリブルで仕掛けて局面を打開するわけではなく、どちらかというと周りを使うタイプだからな。他の選手が意図をもって動き出さないと、ボールを持っても孤立する」
「…」
親父は(運動音痴ではないようだが)特にスポーツが得意という訳ではない。
だが、あらゆる種目に精通していて、知識だけは豊富だ。
今の話も…新聞やニュースの受け売りじゃなくて、ちゃんと自分の意見として発言している。
下手をすると評論家より評論家らしいことを言う。
もっとも経験がないだけに、説得力はまったくないんだが。
「まぁまぁ、苦しい試合になることは間違いないだろうけど…別にいいんだよ、どんだけシュート撃たれたって。決められなきゃいいんだから」
オレはガンダムに出てくるシャアの『当たらなければどうという事はない』という名セリフを引き合いに出して言った。
「正直言うとだな…父さんは全敗してほしいと思っている」
「はぁ!?」
オレは親父の言葉を理解するのに、数秒掛かった。
聞き間違えかと思ったからだ。
「3戦全敗…それが父さんの希望」
どうやら間違いではなかったようだ…。
「何を言ってるんだ?」
「親バカだということだ」
「あん?」
「お前の代わりに入った選手が活躍して、日本を勝利に導く…なんて、父さんはどんな顔をして、それを観ていればいい?」
「親父…」
「父親としては『やっぱり梨里がいなかったのは大きかった…』そう思ってもらいたい」
「…非国民だな…」
「そうだな」
「気持ちは嬉しいけど…そんな余計なこと、外で絶対に話すなよ。エライ目に遭うぞ」
「わかってる。2人だから言える話だ」
…本当に大丈夫か?…
…意外と天然だからな…
「オレは…半々だな…」
「半々?」
「親父の意見もわかる…っつうか、オレは当事者だからな。やっぱ自分が出れなかった試合で代わりの選手が活躍する…っていうのは手放しじゃ喜べない。だけど、3戦全敗とか、手も足も出ずに惨敗…っつうのは、なんだかな…って思う。日本のレベルはこんなに低いのか…って思われるのも『日本人のサッカー選手として』癪に障(さわ)るだろ。だから、誰がどうのじゃなくて、チームとして戦って、結果を残してほしい。それがオレの偽ざる気持ちだ」
「大人の発言だな」
親父は何故か嬉しそうな顔をしてした。
「当たり前だ。今はちょっと何か言えば、すぐ叩かれる時代だからな。一言喋るにも色々気を使う。オレの辞書に『炎上商法』なんて単語はないんでね」
「うむ、そうだな。この間も、国会議員がレッズサポーターを挑発して騒ぎになったしな。本人もその…炎上商法?と認めたようだが」
「は?」
「あ、お前は知らないのか。あったんだよ、そういうことが」
「へぇ…命知らずだな」
小さい時は、レッズの応援を『敵ながら』カッコいいと思ったこともある。
時おり行われる『サポーターによる360°のコレオ(人文字)』などは、鳥肌ものだ。
だけど、どんなに熱心なファンであろうと、サポーターであろうと…チームに迷惑をかける人は、客でもなんでもない。
ましてや神様でなんか、あるハズがない。
レッズサポーターのカッコ良さは『男っぽさ』にあると思っている。
だけど『硬派』と『武闘派』は違う。
そこをわかっていない輩(やから)が多い。
サポーターが問題を起こすことは、どこのチームでもあることだが、ことさらレッズが目立つのは、そういった『悪しき伝統(大いなる勘違い)』を引き継いでいるから…じゃないだろうか。
大事なことだから何度でも言うが、どんなにチームを愛していても、迷惑を掛けるようなら、それは背任行為でしかない。
そういうことをする人は…チームを愛してる『つもりの』自分…が好きなんだろう。
「オレの愛は、こんなに深いんだぜ!だから、何してもいいんだ!誰にも邪魔させねぇ!」…みたいな。
…なんだか、DVの論理に似てるな…
話が横に逸れた。
その(一部の輩のせいで)『過激』と言われるレッズサポーターを挑発するなど、オレにとってはあり得ないことだった。
「オレは言論の自由は否定しない。誰が何を言っても構わないけど…自分の発言は責任を持たないとな」
「まったくだ」
「だからオレはブログもしないし、SNSもしない。その辺の雑談ならいざ知らず、わざわざ証拠となるものに、無責任な発言は載せられないからな」
「懸命な判断だ」
「…で、何の話から、こうなったんだっけ?」
「お前が大人の発言をするようになったな…ということからだ」
「あぁ、そうそう、思い出した。だから、親父、くれぐれも外では慎重に頼むぜ」
「わかってる」
「本当かよ…」
「それより、昨日は随分賑やかだったみたいだな」
「ん?」
「若い女の子に、囲まれたらしいじゃないか」
親父がニヤけた顔で俺を見る。
「あ、あぁ…って言っても、チョモとその友達と…園田さんだけどな」
「楽しかったか?」
「楽しい?…まぁ、悪い気はしなかったな…って、何を言わせるんだよ」
「いや、羨ましいなと思って」
「アホか!」
「園田さんって娘は、いい子だな」
と今度は急に真顔になった。
「えっ?あぁ…今までオレが会ったことがないタイプだな。礼儀正しい…っていうか、生真面目…っていうか」
「うむ、父さんもそう思う。今時、珍しい」
「…だな…」
「ああいう娘が嫁に来てくれたらな…」
「あぁ…じゃない、オレにはチョモが…」
と言い掛けて、口淀んだ。
…ヨメ?…
…結婚?…
…するのか、オレたち…
「父さんは、もちろん綾乃くんのことは好きだが…アスリートの嫁さんとして選ぶなら、園田さんみたいな娘もいいと思うぞ」
「よ、余計なお世話だ!」
…と言ったものの…
…確かに、親父の言うこともわからなくはない…
…いやいや、何をバカなことを!…
…園田さん…か…
オレの頭の中で『チョモ』と『園田さん』の姿が、替わるがわる現れた。
…う~ん、どっちも、胸の大きさが…
…いや、それ以上は言うまい…
~つづく~