【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~   作:スターダイヤモンド

78 / 173
余計なことを言うなよ

 

 

 

 

「よう!ヒマか?」

 

「オレは『杉下右京』か!」

 

病室に入ってきた親父に、思わずそう突っ込んだ。

 

「ヒマに決まってるだろ!」と、続けて悪態をつきたいところだっだが…親父も仕事終わりに、わざわざ神奈川から都内の病院に来てるんだ。

 

それを考えれば、自重せざるを得なかった。

 

「まぁな…そりゃ、ヒマじゃない…わけがない」

 

「だろうと思って、土産を持ってきたぞ」

 

「土産?」

 

親父はベッドサイドテーブルの上に、1冊の本を置いた。

 

 

 

『aile blessée』。

 

 

 

タイトルはそう書いてあるが…

 

「読めない…。何語だ?」

 

「フランス語だ。『エール ブレッセ』…『傷付いた羽』っていう意味らしい」

 

「フランス語?誰の本?」

 

「何を隠そう、あの『羽山優子』の本だ」

 

「えっ!?羽山優子?」

 

 

 

羽山優子。

 

オレと同郷の『大先輩』で、元なでしこジャパンの名MF。

 

フランスでプレー中、相手選手と接触し、靭帯断裂の大ケガを負ったが…その後懸命なリハビリの末、見事に選手として復帰。

 

大和シルフィードで、つばさや緑川沙紀と一緒にプレーして、チームを1部リーグに昇格させる原動力となった。

 

昨シーズンをもって現役を引退し、今はサッカー解説者として活躍している。

 

つばさとは、公私共に仲が良く、オレが(サッカー選手 つばさの)『師匠』なら、彼女は『育ての親』という感じか。

 

出身地が同じということで、オレも地元のイベントなどで、何度か会ったことがある。

 

 

 

「今日発売の新刊だぞ」

 

「へぇ…羽山さん、本を出したんだ」

 

「それでさっき、発売イベントがあってな…」

 

「ん?」

 

「握手とサインをしてもらってきた」

と、自慢気に親父は本を開いた。

 

確かに、背表紙の裏には彼女のサインがある。

 

そして、その横には気になる一文が。

 

 

 

『負けるな、梨里!!』

 

 

 

そう見えた。

 

 

 

「親父…ひとつふたつ訊きたいことがある」

 

「なんだ?」

 

「ひとつめ。このサインの横の文字は?」

 

「読めないのか?お前への励ましの言葉だ」

 

「…ひょっとして…『梨里の父』ですとか言ったのか?」

 

「その通り。一緒に写真も撮ってもらった…ほら!」

親父はオレに、スマホの中に入っていた画像を見せた。

 

 

 

「…」

 

開いた口が塞がらない。

 

 

 

「なにか?」

 

 

 

「ふたつめ。そのイベントってどこでやったんだよ?」

オレは心を落ち着けて、もうひとつの質問をした。

 

「有楽町の…」

 

「おいおい、仕事サボって、なに遊んでるんだよ!」

 

「サボってはいない。ちゃんと届けを出して早退した。今なら『息子のことで…』って言えば、特にそれ以上理由を問われることもないからな」

悪びれる様子もない親父。

 

「仕事が終わって見舞いに来てくれたとのかと思ったら、違うんかい!」

 

「『親の心、子知らず』だな。お前の為を思って、わざわざ行列に並んで買ってきたというのに」

 

「並んだのかよ!どっちがヒマ人だ!」

 

「何を怒ってるんだ?」

 

「呆れてるんだよ」

 

「なぜ?」

 

「たいてい、そういうイベントは、マスコミが取材するもんだろ?そこに早退した親父が現れて『梨里の父です』なんて名乗ったら、格好のネタじゃないか!」

 

「ネタ?」

 

「息子が入院してるのに『父親は能天気にサインもらってました』なんてことになりかねないだろ?しかも写真まで」

 

「ほうほう…」

 

「ほうほう…じゃねぇよ!」

 

「まぁ、そう言うな。これもお前の為を思ってしたことだ」

 

「ツーショットを撮ってもらうことがか?」

 

「いや違う、それはオマケだ。そうではなくて、見てほしいのは本の内容だ」

 

「本の内容?」

 

「この本は、いわば彼女のリハビリ日記みたいなものだ。負傷してから復帰…引退するまでの出来事が綴られている」

 

 

 

…あっ…

 

…『傷付いた羽(山)』…

 

…そういう意味か…

 

 

 

「怪我して絶望の淵に追いやられてから、復帰するまでの長い道のり…その中にあった苦悩とか葛藤とか…彼女の当時の心境が赤裸々に記されている。状況こそ違え、お前もこれから同じような経験をするんだ。読んでおいて損はないだろう」

 

「あ、あぁ…まぁ、そういうことなら…」

 

「そこには手術を受けた時のことも書いてある。事前の心構えとか…色々参考になると思うぞ」

 

「お、おぅ…って、もう読んだのかよ」

 

「うむ、一気読みした」

 

「マジか!」

 

 

 

…結構、厚い本だぞ…

 

…オレと違って親父が頭いいのは間違いないが…

 

…どんだけ早くから並んで買ってきたんだよ…

 

 

 

「と、取り敢えず、サンキューな。あとでゆっくり読むわ」

 

 

 

…数ページで寝ちゃいそうだが…

 

 

 

「それより、見たか?今日、オリンピック代表が出発したぞ」

 

「あぁ、見た…」

 

「父さんもさっきニュースで見たんだが…背番号7が大勢いて、少し泣きそうになってしまった」

 

「死者を追悼するんじゃないだからさ、そんなことくらいで泣かないでくれよ」

 

 

 

…とかいって、オレも少なからず感動したけど…

 

 

 

「いよいよだな」

 

「あぁ…」

 

「客観的に見て、どうかね。1勝1敗1分で予選通過を狙っているとか言われてるが」

 

「やってる側から言わせりゃ、3戦全勝のつもりでいるよ」

 

「それはそうだが…だから客観的に見て…と訊いている」

 

「オレにそれを言わせるか?」

 

「父さんは、お前が抜けた穴は大きいと思っている。代わりに入った本間くんもいい選手には違いないが…1週間やそこらでチームにアジャストできるとは思わない」

 

「まぁ、そうだろうな…」

 

「それに、お前のようにドリブルで仕掛けて局面を打開するわけではなく、どちらかというと周りを使うタイプだからな。他の選手が意図をもって動き出さないと、ボールを持っても孤立する」

 

 

 

「…」

 

 

 

親父は(運動音痴ではないようだが)特にスポーツが得意という訳ではない。

 

だが、あらゆる種目に精通していて、知識だけは豊富だ。

 

今の話も…新聞やニュースの受け売りじゃなくて、ちゃんと自分の意見として発言している。

 

下手をすると評論家より評論家らしいことを言う。

 

もっとも経験がないだけに、説得力はまったくないんだが。

 

 

 

「まぁまぁ、苦しい試合になることは間違いないだろうけど…別にいいんだよ、どんだけシュート撃たれたって。決められなきゃいいんだから」

 

オレはガンダムに出てくるシャアの『当たらなければどうという事はない』という名セリフを引き合いに出して言った。

 

 

 

「正直言うとだな…父さんは全敗してほしいと思っている」

 

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

オレは親父の言葉を理解するのに、数秒掛かった。

 

聞き間違えかと思ったからだ。

 

 

 

「3戦全敗…それが父さんの希望」

 

 

 

どうやら間違いではなかったようだ…。

 

 

 

「何を言ってるんだ?」

 

「親バカだということだ」

 

「あん?」

 

「お前の代わりに入った選手が活躍して、日本を勝利に導く…なんて、父さんはどんな顔をして、それを観ていればいい?」

 

「親父…」

 

「父親としては『やっぱり梨里がいなかったのは大きかった…』そう思ってもらいたい」

 

「…非国民だな…」

 

「そうだな」

 

「気持ちは嬉しいけど…そんな余計なこと、外で絶対に話すなよ。エライ目に遭うぞ」

 

「わかってる。2人だから言える話だ」

 

 

 

…本当に大丈夫か?…

 

…意外と天然だからな…

 

 

 

「オレは…半々だな…」

 

「半々?」

 

「親父の意見もわかる…っつうか、オレは当事者だからな。やっぱ自分が出れなかった試合で代わりの選手が活躍する…っていうのは手放しじゃ喜べない。だけど、3戦全敗とか、手も足も出ずに惨敗…っつうのは、なんだかな…って思う。日本のレベルはこんなに低いのか…って思われるのも『日本人のサッカー選手として』癪に障(さわ)るだろ。だから、誰がどうのじゃなくて、チームとして戦って、結果を残してほしい。それがオレの偽ざる気持ちだ」

 

「大人の発言だな」

親父は何故か嬉しそうな顔をしてした。

 

「当たり前だ。今はちょっと何か言えば、すぐ叩かれる時代だからな。一言喋るにも色々気を使う。オレの辞書に『炎上商法』なんて単語はないんでね」

 

「うむ、そうだな。この間も、国会議員がレッズサポーターを挑発して騒ぎになったしな。本人もその…炎上商法?と認めたようだが」

 

「は?」

 

「あ、お前は知らないのか。あったんだよ、そういうことが」

 

「へぇ…命知らずだな」

 

 

 

小さい時は、レッズの応援を『敵ながら』カッコいいと思ったこともある。

 

時おり行われる『サポーターによる360°のコレオ(人文字)』などは、鳥肌ものだ。

 

だけど、どんなに熱心なファンであろうと、サポーターであろうと…チームに迷惑をかける人は、客でもなんでもない。

 

ましてや神様でなんか、あるハズがない。

 

レッズサポーターのカッコ良さは『男っぽさ』にあると思っている。

 

だけど『硬派』と『武闘派』は違う。

 

そこをわかっていない輩(やから)が多い。

 

サポーターが問題を起こすことは、どこのチームでもあることだが、ことさらレッズが目立つのは、そういった『悪しき伝統(大いなる勘違い)』を引き継いでいるから…じゃないだろうか。

 

大事なことだから何度でも言うが、どんなにチームを愛していても、迷惑を掛けるようなら、それは背任行為でしかない。

 

そういうことをする人は…チームを愛してる『つもりの』自分…が好きなんだろう。

 

「オレの愛は、こんなに深いんだぜ!だから、何してもいいんだ!誰にも邪魔させねぇ!」…みたいな。

 

 

 

…なんだか、DVの論理に似てるな…

 

 

 

話が横に逸れた。

 

 

 

その(一部の輩のせいで)『過激』と言われるレッズサポーターを挑発するなど、オレにとってはあり得ないことだった。

 

 

 

「オレは言論の自由は否定しない。誰が何を言っても構わないけど…自分の発言は責任を持たないとな」

 

「まったくだ」

 

「だからオレはブログもしないし、SNSもしない。その辺の雑談ならいざ知らず、わざわざ証拠となるものに、無責任な発言は載せられないからな」

 

「懸命な判断だ」

 

「…で、何の話から、こうなったんだっけ?」

 

「お前が大人の発言をするようになったな…ということからだ」

 

「あぁ、そうそう、思い出した。だから、親父、くれぐれも外では慎重に頼むぜ」

 

「わかってる」

 

「本当かよ…」

 

「それより、昨日は随分賑やかだったみたいだな」

 

「ん?」

 

「若い女の子に、囲まれたらしいじゃないか」

親父がニヤけた顔で俺を見る。

 

「あ、あぁ…って言っても、チョモとその友達と…園田さんだけどな」

 

「楽しかったか?」

 

「楽しい?…まぁ、悪い気はしなかったな…って、何を言わせるんだよ」

 

「いや、羨ましいなと思って」

 

「アホか!」

 

 

 

「園田さんって娘は、いい子だな」

と今度は急に真顔になった。

 

 

 

「えっ?あぁ…今までオレが会ったことがないタイプだな。礼儀正しい…っていうか、生真面目…っていうか」

 

「うむ、父さんもそう思う。今時、珍しい」

 

「…だな…」

 

「ああいう娘が嫁に来てくれたらな…」

 

「あぁ…じゃない、オレにはチョモが…」

と言い掛けて、口淀んだ。

 

 

 

…ヨメ?…

 

…結婚?…

 

…するのか、オレたち…

 

 

 

「父さんは、もちろん綾乃くんのことは好きだが…アスリートの嫁さんとして選ぶなら、園田さんみたいな娘もいいと思うぞ」

 

「よ、余計なお世話だ!」

 

 

 

…と言ったものの…

 

…確かに、親父の言うこともわからなくはない…

 

 

 

…いやいや、何をバカなことを!…

 

 

 

 

 

…園田さん…か…

 

 

 

 

 

オレの頭の中で『チョモ』と『園田さん』の姿が、替わるがわる現れた。

 

 

 

…う~ん、どっちも、胸の大きさが…

 

…いや、それ以上は言うまい…

 

 

 

 

 

~つづく~

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。