【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「園田 海未さんですね?」
「は、はい…」
「すみません。少しお話を聴かせて頂いてもよろしいですか?」
「どちらさまでしょうか?」
「失礼…私はこういうものです」
海未に声を掛けてきた『男』は、スーツの内ポケットに手を入れると、無造作に名刺を1枚取り出した。
「『週刊 新文』?』」
海未が手渡された『それ』を見て呟く。
「…の、柏木です。今後、お見知りおきを」
その男…柏木…は、軽く頭を下げた。
…ついに、きたのですね…
海未はその瞬間、そう思った。
彼女が向かおうとした先は、高野の病室である。
夢野つばさに…いや綾乃に「梨里の話し相手になってほしい」と頼まれてから、4日が経った。
あまり頻繁に訪れるというのは、さすがに非常識である。
そう思い、少し時間を空けた。
東京の天気は不安定で、日中は晴れていても、夕方から夜にかけて局地的な豪雨…という日が『あれから』続いている。
今日の予報も、昨日と変わらない。
それでも「遅くならなければ、大丈夫でしょう」と出掛ける決心をした。
だが「念のため…」と、バッグにはレインコートを入れた。
あの雨量では、折り畳みの傘などなんの役にも立たないことは、十人が十人知っていることだ。
海未は空を見ながら、家の門を出た。
柏木と名乗る男に声を掛けられたのは、まさに矢先のことだった。
しかし、不意の出来事にも関わらず、海未は落ち着いている。
何故か?
そろそろ来るんじゃないかと『予想』していたからだ。
海未がつばさの壮行会に参加した夜、高野梨里のコメントが報道された。
本人が『作文』と揶揄した、アレである。
ニュースでは主に『意識を取り戻したこと』『復帰に向けて意欲を見せていること』『日本代表にエールを送ったこと』が取り上げられた。
だが『異性関係』について触れたメディアは少ない。
一方、ネットなどでは、その『全文』を公開しており、サッカー協会も追従する形で、高野の『身の潔白』を強くアピールした。
広報の小野が、彼の意を汲んで画策した結果である。
高野が一番訴えたかったことは、自分のことでもなく、代表のことでもなく、何より『一般人である海未』への気遣い、配慮だった。
また、同日の深夜にはA-RISEが、自身のHPとブログにて「最近、心無い方々の、人を深く傷つけるようなカキコミが増えてます」とした上で、ファンに不毛なやりとりの自粛を要請。
「仮に挑発を受けても乗らないように」と、冷静な対応をしてほしい旨のコメントもした。
敢えてμ'sの名前は出さなかったが、彼女たちのファンなら、それが何を指しているか、すぐにわかることだった。
それらが奏功したのか、ネット上では高野や海未を叩く声、μ'sのファン同士…あるいはA-RISEを巻き込んだ争いを疑問視するカキコミが一気に増え…これにより、彼らの言葉を借りるなら『一時停戦』と相成った。
ところが…である。
それと入れ替わるように現れたのが…あの男だった。
最初の報告は穂乃果から入った。
そして、その日のうちに、ことり、凛、真姫…そして絵里からと、次々に同様の連絡が届いた。
フットワーク軽く、こうも1日のうちに何人もと接触できるものか…と海未は驚いたが、ひょっとして『柏木』と名乗る男が複数いるのではないか…とも思った。
彼女たちの報告内容には『週刊 新文の柏木と名乗る男』としか触れておらず、その容姿には言及していないからである。
しかし、ひとりであろうと、複数であろうと、柏木の取材目的はひとつであった。
『あの人は、今!?』である。
ネットの影響を受けているのは明らかだった。
安易な企画である。
そもそも、μ'sが解散してから、まだ4年ほどしか経っていない。
あの人は…と言われるほど、歳を取っているわけではない。
しかし、売上数が絶対の週刊誌がなんのネタもないまま、ただそんなことに飛び付くハズがない。
おそらく、真(まこと)しやかに噂されている『不仲説』を軸に、あることないこと書き立てるのであろう。
実はそれについては『小庭 沙弥』こと、矢澤にこからμ'sメンバーに事前通達されていた。
曰く
「μ'sに対して好意的でない取材に対しては『すみません、急いでますので…』と、ひたすらノーコメントを貫きなさいよ。どうせ喋っても喋らなくても叩かれるんだから…だったら余計なことを言わないのが、一番傷が浅く済むの。アタシ?アタシは『事務所を通してください』で逃げるわよ」
…と。
これはにこが高校を卒業するときに語った言葉なのだが…穂乃果たちは、それを思いのほか早く実践することになった。
彼女たちは一様に「ノーコメント」を貫き通し、この取材をやり過ごしたのである。
海未はこの情報があったからこそ、冷静でいられたのだった。
しかし…
…にもかかわらず、海未は立ち止まった。
「どういうご用件でしょうか?」
逆に柏木の方が、驚いたような顔をした。
まさか話を聴いてくれるとは思わなかったのだろう。
「えっ?あぁ…実は我々の企画でμ'sのその後を追っているんですが」
「はぁ」
「単刀直入にお訊きします。高野梨里選手とはどういうご関係で?」
…やはり、そういうことですか…
海未は一瞬、フッと笑ったような表情を見せた。
…本命は私…ということなのですね?…
…高野さんもA-RISEも…そして、シルフィードやμ'sのメンバーも、私を助けようとしてくださいます…
…しかし、当の本人がなにもしないのは、おかしな話です…
…この問題は自ら解決しなくてはなりません!…
…これ以上迷惑は掛けられないのです…
…受けて立ちましょう…
「高野さんとの関係ですか?高野さんは私を事故の危機から救ってくださった恩人です。それ以上でも、それ以下でもありません」
「…そうですか…。ところで、彼とはどこで知り合われたのですか?」
「いえ、その時まで一切面識はありませんでした。居合わせたたのは偶然ですし…その方が高野さん…サッカー選手だったと知ったのは、病院で検査が終わってから…それも外からの情報で知ったところです」
「その時はどう思いました?」
「大変なことをした…そう思いました。自力で逃げていれば、こうはならなかっと悔いました」
「その後、あなたは何回か、彼の元へと訪れていますよね?それはどういうことで?」
「えっ?」
海未は声を詰まらせた。
…見られていたのですか?…
…いつから?…
「そんな難しい顔をしないでくださいよ。彼の病院を張っていたら『噂通り』あなたが現れた…ってことですよ。さすがに病室まで付いていく訳にはいかないですから、何をしていたかまではわかりませんけどね」
「そういうことですか。何を期待されているかは存じ上げませんが、疚(やま)しいことはしておりません、お見舞いに伺っただけです」
「見舞い?」
「はい。命の恩人をお見舞いすることに、なにか問題があるのでしょうか?」
「そこで恋が芽生えた…恋心を抱いている…ということはありませんか?」
「なっ…」
「今日もこれから、彼の元へと行くところだったのでは?」
「!」
「図星ですね」
「お見舞いに行こうとしているのは、事実です。ですが、恋心云々とはあまりに失礼です!」
「別に隠さなくてもいいじゃないですか。お互い未婚なんですし」
「そういうことを言っているのではありません。それに高野さんには彼女が…ハッ!…いえ、なんでもありません」
「ほぅ、彼には彼女がいるんですか?」
「し、知りません!」
「ひょっとして、その人は…『夢野つばさ』じゃありませんか?」
「…知りません…」
「ははは…あなたは嘘がつけない人のようだ。顔には『そうです』と書いてある」
海未はトランプの『ババ抜き』が異常に弱い。
それはポーカーフェイスが保てないからである。
相手がジョーカーを抜こうとすると、明らかに安堵の表情を見せ…それ以外を引こうとしたら、今にも泣き出しそうな顔をする。
バレバレなのだ。
柏木からの想像もしていなかった質問に、海未の脆さが露呈した。
不意をつかれ、弓道で培った精神力を発揮できなかった。
「夢野つばさは、今、国内にいませんよね?その間に逢瀬ですか…」
「ち、違います!そういうつもりはありません!」
「わかりました…そういうことにしておきます。では、質問を変えましょう…ズバリ、あなたのアイドル復帰はありますか?」
「えっ?μ'sじゃなくて…私…ですか?」
「シルフィードとA-RISEと、その話をしてたんじゃないんですか?」
「!?」
…なぜ、それを…
「言ったでしょ?彼の病院で張ってたって。そうしたら、夢野つばさだけてなく、アクアスターも現れて…最後はあなたと一緒に出ていったんでね…おもしろそうだったから、店までご一緒させてもらったよ」
「…」
「そうしたら、A-RISEまでやってきて…お陰でいい写真が撮れたよ」
「隠し撮りですか!」
「そんなことはない。店から出て、外で話しているところを『堂々と』撮らせてもらいましたよ。もっとも、あなたたちは気付かなかったようですが」
「卑劣です」
「そうかな?別に疚しいことをしてるんじゃないなら、写真の1枚や2枚、構わないんじやないのかい」
「変なことを書いたら、名誉毀損で訴えますよ!」
「安心してください。訴えられて負けるような記事は書きませんから…では、お時間を取らせました。私は次がありますので、この辺で失礼します。あなたは彼のところへどうぞ…。ごゆっくり」
そう言うと柏木は、アッという間に海未の前から姿を消した。
呆然とする、海未。
完敗だった。
彼女の強い正義感が、完全に裏目に出た。
相手が1枚も2枚も上手だった。
…にこの助言を聴いておけば…
海未の顔に悔しさが滲む。
思わす、拳を握り込んだ。
思いきり叫びたくなった。
しかし、ここは住宅街のど真ん中。
ぐっと堪えた。
替わりに、目から熱いものが零れ落ち、頬を伝った。
…私はなんて愚かなことをしたのでしょう…
…皆さんの好意を無にしてしまいました…
海未は…まるで、蝋人形かのように微動だにせず、しばらくそこに立ち尽くしていた…。
~つつく~