【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
〉高野梨里です。今の電話、オレです。いきなりすみません。連絡ください。待ってます。
…高野さん!?…
海未はあの日…新文の柏木と会った日…に、病院に行きそびれて以来、高野と顔を合わせていない。
それどころか、話すらできていない。
本当ならその時の出来事を、真っ先に報告し、謝罪しなければならなかったのに…。
それでも、訪問しようという努力はした。
しかし、あの記者が、またどこかで待ち伏せしているのではないか…と思うと、足が前に進まなかった。
…あぁ、なぜ高野さんは私などを助けたのでしょうか…
なにを考えても、最終的に行き着くのはそのことだけだった。
…高野さん…
海未の頭の中に、あの時の様子が蘇る。
アクションスターのような身のこなしで、自分を救ってくれた人…。
そして、病室で目にした優しい笑顔と、思い遣りの心。
思い出すだけで、胸が締め付けられるように苦しくなる。
…なんて素敵な男性なのでしょう…
そう思ったのは、間違いなかった。
前々から、妄想癖がある海未。
一瞬「このような人が私の彼氏だったら…」と想像したのも事実だ。
しかし、そんな淡い想いも、つばさの存在を確認したことにより、打ち消される。
…私が愚かでした…
…そうですよね…
…サッカー界のスターでありながら、驕ることなく、こんなに素晴らしい性格の人に、彼女がいないわけがないじゃないですか…
…しかも、お相手は『あの』夢野つばささんです…
…私など出る幕はありません…
…と、そんなことは、すぐに理解したハズなのに…
…高野さんは命の恩人…それ以上でも、それ以下でもないハズなのに…
…なぜ、彼の事を考えると、いまだに胸が苦しくなるのでしょうか…
…生まれて初めてです…
…こういう気持ちで泣きたくなるのは…
海未は着ているシャツの胸元を、右手でギュッと握り締めた。
オレは結局、彼女に電話をしてしまった。
何が、どう力になれるかはわからないが、卑劣な記事に負けないでほしい。
それを伝えたかった。
だが、出ない。
出れないのか、出たくないのか…。
…ああ、そうか…
…いきなり、電話はマズかったか…
…知らない番号だったら出ないよな…
それに気付き、慌ててショートメールを送ったのだが…果たして彼女は連絡をくれるだろうか…。
…だが、待てよ…
…オレはなんて言葉を掛ければいいんだ…
…オレのせいで彼女を苦しめているのに『頑張れ』は、あまりに無責任過ぎるだろう…
…とにかく、今回の報道について、オレは一切気にしていないから…とだけは伝えたい…
…それで少しでも楽になるなら…
そんなことを考えていた。
そうこうしているうちに、ニュースメールが届いた。
〉なでしこジャパン、練習試合2戦目はスコアレスドロー。夢野は出場せず。
オレは敢えて『チョモ』とは、連絡を取っていない。
手術の日付が決まったことも、伝えていない。
とにかく試合に集中してほしいからだ。
だから、現地でどのような状態なのかはわからない。
少なからず、こっちの報道の影響があるだろうことは、容易に想像付くが…ヤツなら必ずやってくれる。
オレはそう信じてる。
…だが、欠場か…
ケガには滅法強いヤツのことだ。
ちょっとやそっとのことで『出場しない』ということはないだろう。
オリンピックのプレッシャー?
メンタルがやられてなきゃいいが…。
練習試合に欠場した夢野つばさは、ベンチ入りすらしなかった。
当然、マスコミからは監督に質問が飛んだが「戦略上の理由」とだけしか明かされなかった。
しかし、ここに来て、今さら『手の内を隠す為に欠場させた』などということは、考えづらい。
彼女が秘密兵器ならともかく、どのチームもマークするエースなのである。
本番で通常とは違う使い方…奇策を用いることはないとみていい。
そうなると、体調不良か…あるいは調整…のどちらかしか考えられなかった。
「どう?」
「お陰さまで、だいぶリフレッシュできたわ」
ゲームを終えて、宿舎に戻ってきた緑川沙紀の問い掛けに、夢野つばさは笑顔で答えた。
ピッチに立ったものの、まるで屍のように覇気がなかった練習試合の1戦目とは打って変わって、その顔は実にスッキリしていた。
この日の欠場は、つばさが監督に直訴したものだった。
表向きは、本戦に向けたコンディション調整ということにしたが、にわかに騒がしくなってきたマスコミからの回避…という側面の方が強かった。
監督はその意図を汲み、了承した。
どのみち、つばさ抜きでは戦えないのであるし、この期に及んで連携云々もない。
逆に不安定な気持ちのままゲームに出て、怪我をされる方が怖い。
特例中の特例で、リフレッシュ休暇を与えたのだった。
報道については、もちろん、耳に入っている。
高野との交際については、間違いではないので、特に問題視していない。
海未が、自分のいない間に高野を奪おうとしているのでは…ということについても、関係ないと思っている。
そもそも、自分が海未に託したことだ。
仮にそんなことになったとしたら…それは自分の見る目がなかった…と諦めるしかない。
だが、そうならない自信はある。
問題は…
良かれと思って海未にしたことが、裏目に出て、彼女に迷惑が掛かっていることだ。
こればかりは心が痛い。
だが、海未には悪いが、今はどうすることもできない。
下手にコメント出せば、しばらくはそれに振り回される。
しかし、それだと(沙紀にも言われたことだが)チームに迷惑が掛かる。
今のつばさに求められているのは、結果のみだ。
勝てば官軍。
結果を残せば、なんとかなる…そう思った。
宿舎に留まったつばさは、そんな諸々の騒音を掻き消すべく、持ち込んだギターを一心不乱に弾きまくった。
何もかも忘れて…。
「うん、大丈夫そうね」
つばさの吹っ切れた顔を見た沙紀は、安堵の表情を浮かべた。
~つづく~